この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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愚痴と休息。

「それじゃあ行ってきます」

 

「いってきま〜す!」

 

 姉妹が手を繋いで出かけていく。

 ここ数日、めぐみんがこめっこを連れてアクセルの街を案内している。

 玄関を閉めて2人が見えなくなると、スズハが珍しく目に見えて肩の力を抜く。

 

「おぅ。大丈夫か?」

 

「あ、はい。すみません、だらしないところを見せて」

 

 謝るスズハにアクアが眉を真ん中に寄せる。

 

「そんなこといちいち気にしないの! 大体スズハがだらしなかったらここに居るカズマさんなんて、もう人として生きていけないレベルでだらしないんだから!」

 

「んだとオラァ! お前にだけは言われたくねぇんだよ! この駄女神ぃ!!」

 

「イタイ! 痛いわよ、カズマァ!」

 

 じゃれ合う2人を見て仲が良いな、とスズハは微笑む。

 アクアにヘッドロックをかけながら、カズマが質問する。

 

「まぁ、でも。子供なんだし、そうカリカリすることもないんじゃないか? あの歳の頃はあんなもんだろ?」

 

 子供なんて手がかかり、騒がしくて当たり前だと思っているカズマ。

 しかしスズハはその言葉に首をかしげた。

 

「そうですか? わたしは幼稚園に入る年齢には母や父の雇った方々に30分単位でスケジュール管理されてましたよ? 躾には厳しくて、言い付けを守らなかったり、行儀の悪い行動を取ると、空き部屋に閉じ込められてひたすらに課題をやらされました」

 

 だから同じ間違いは2度も犯さなかったと言う。

 例えば習い事が上手く出来なかったり、躾や行儀に問題があれば、母や先生に出来るまで部屋から出して貰えなかったとも語る。

 自分の幼少期とのあまりの違いにカズマが遠い目をする。

 アクアが恐る恐る質問した。

 

「ね、ねぇスズハ。ヒナが大きくなったら同じ事をするつもりなの? 私、そんなの見たくないんですけど……」

 

 アクアの質問にスズハは苦笑する。

 

「まさか。ヒナとわたしとではもう環境は違いますよ。娘には伸び伸びと健康に育ってくれれば充分です。でもそうですね。こめっこさんを見て、多少厳しくした方が良いのかな? とは思いましたが」

 

 どうやらこめっこを見てスズハのヒナに対する教育方針は上向きへと修正されたらしい。

 

「スズハはこめっこのどこが苦手なの? かわいいじゃない。あっ! もしかしてみんなでめぐみんの妹を可愛がるから嫉妬してるのかしら?」

 

「そう、なんでしょうか?」

 

 アクアの言及にスズハは首を傾げる。

 そんなスズハにアクアは片手を胸に当て、反対の手をスズハに差し伸べて言う。

 

「思うところがあるならこの女神アクアに言ってみなさい! 言葉にするだけで楽になるものよ!」

 

(久々に女神っぽいことしてみたくなっただけだな)

 

 自分に酔ったアクアの表情にカズマは白けた眼を向ける。

 しかし、言ってる事は間違ってない。ストレスを溜め込むよりも、言葉だけでも吐き出せば幾許か楽になるだろう。

 スズハは天井に視線を向けて少し考える素振りを見せる。

 考えが纏まったのか、スーッと表情が冷たくなった。

 

「普段は2日3日措きに食材を買ってるのに、こめっこさんが勝手に食べてしまって毎日買い物に行くのが正直しんどいです。皆さんから預かってる食費が嵩むのも申し訳ないですし。それと食事中にいきなり手掴みで食べ始めて食べカスやらソースやらをポロポロテーブルや床に溢されると苛々します。拭くのわたしかめぐみんさんですし。何より、ヒナがお昼寝してようやく一休み出来ると思ったら、こめっこさんが騒いで起こされて、泣き出したヒナをあやすのが大変で辛いです。身体が休まりません。それから──―」

 

「うん! もう分かったわ! 軽はずみに訊いたりしてごめんなさいっ!!」

 

 居た堪れなくなってアクアが止める。

 スズハがここまで静かに怒るのも珍しく、余計に怖がっている。

 カズマ達が思っていた以上にストレスが溜まっているらしい。

 

「それに、めぐみんさんの妹さんですから、どう叱れば良いのか分からなくて」

 

 もしもヒナが大きくなって同じ事をしたなら、スズハは母親として叱る事が出来るが、他所様の子を叱るのには躊躇ってしまうのだと言う。

 めぐみんも叱るのだが、話半分にしか聞いておらず、1枚上手に見える。

 そういう意味ではこめっこは半分姉離れを済ませているのかもしれない。

 

「ねぇ、カズマ。スズハもこめっこも街の皆に可愛がられてるじゃない。なのになんでこうもかみ合わないのかしら?」

 

「そりゃお前なぁ……」

 

 スズハとこめっこでは可愛がられる理由が違う。

 スズハの場合、あの年齢で娘の面倒を見つつ、屋敷の家事の大半を引き受けている。 

 本人も気が利くし、育ちの良さからか、子供とは思えないくらいに礼儀正しい。

 性格に癖のある者も多いが、基本的にお人好しで気の良いアクセルの住民からすれば、応援したくなる子なのだ。

 対してこめっこは、生来の気質なのか、物怖じせず人懐っこいので、人に好かれやすい。

 冒険者ギルドや商店街などで、よく食べ物を貰っているようだ。

 まだ幼い年齢という事もあり、大抵の事は仕方がないと笑って許される。

 猫っ可愛がりというか、ペットのような感覚で甘やかしている感はある。

 実際カズマ達もこめっこの問題行動を幼児だからと大目に見ていた。

 

(これからはこめっこにもうちょっと厳しく接した方が良いか?)

 

 スズハに倒れられたら生活水準というか、快適さが大幅にダウンしてしまう。

 そこでスズハが難しい顔をする。

 

「それに……いえ、なんでもありません」

 

「いや、そんな引きされたら気になるだろ。もう全部吐き出しちまえよ」

 

「えぇー!? 私はもう聞きたくないんですけど!」

 

「なら耳でも塞いでろ!」

 

 珍しくスズハが不満を吐き出すのだから、吐かせるだけ吐かせた方が良い。

 その気遣いにスズハはありがとうございますと礼を言う。

 

「実は、わたしが契約してる精霊達がこめっこさんを警戒してると言いますか、あまり良い感情持ってないみたいでして」

 

「うん? 精霊達が? なんで?」

 

「分かりません。苛立ってるような感情は伝わってくるのですが、細かい事は……」

 

 スキルのレベル不足ですね、と呟く。

 アクアが少し考えて答える。

 

「うーん。それってこめっこがスズハのストレスになってるからじゃない? ほら、(スズハ)を守ろうとしててピリピリしてるのかも」

 

「……そうかもしれませんね」

 

 笑みを浮かべるが、どこか腑に落ちてない様子だ。

 そこで来客が訪れた。

 

「やぁ。元気だった──―ってスズハ!? なんかすごく疲れてない!? まさかまだヒナの具合悪いの!?」

 

 疲れた表情を見せるスズハにクリスが駆け寄って心配そうに顔色を診る。

 ヒナの方は幸いにも健康そうだ。

 

「ちょっと助手くん! 君、スズハになにか変な事をしてないよね!」

 

「してねーよ! それと助手でもねぇっ!!」

 

 そんな簡単なやり取りをした後に、カズマがハァ~ッと息を吐く。

 

「スズハ。これから買い物行くんだろ?」

 

「はい。今日の分の夕飯が足りませんから。そろそろお米も買い足さないと」

 

「ほら」

 

 と、手を出すカズマ。

 それにアクアが怒る。

 

「ちょっとカズマ! いくらなんでもスズハ相手にカツアゲなんて見損なったわ!」

 

「ちげーよ! 代わりに買い物に行くから、メモくれって意味だよ!」

 

「それは、でも……」

 

「いいから今日は他の家事も含めて休めって。クリス、悪いんだけど、スズハを見ててくれ。ついでにヒナの面倒を見てくれると助かる」

 

「それはいいけど……赤ちゃんの面倒って片手間で見るモノじゃないよ?」

 

「じゃあガッツリ見てくれ。礼はする。おら行くぞ、アクア!」

 

「えぇ〜。私は今日、お祭りの準備で忙しいんですけど!」

 

「たまには荷物持ちくらいしろ! スズハ、メモ!」

 

 買い物メモを要求してくるカズマ。

 それに、じゃあお願いしますね、と買い物メモを書いて渡す。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

 

「おう」

 

 アクアを引きずる形で連れてゆき、買い物へと出かけるカズマ。

 それを見たクリスは小さく笑う。

 

「なんだかんだで助手君はスズハに優しいよね」

 

「カズマさんは誰にでも優しいと思いますよ」

 

「それはない」

 

 つい先日もスティールで自分のパンツを盗っていったカズマを思い出す。

 後から聞いた話だが、ヒナが罹った病気の治療薬をクリスが買い占めたのが原因なのだが、それでも文句は言いたくなる。

 

「それにしても、本当に大丈夫? 目に少しだけ隈が出来てるよ」

 

 クリスの質問にスズハは恥ずかしそうにして頬に手を当てる。

 

「少し寝不足みたいです。故郷の実家だったら、そんなみっともない顔を見せるなと怒られるところですね」

 

 熱でも出さない限り、具合の悪さを顔に出す事を許さなかった両親だ。

 今のスズハを見たら、弛んでいると叱責されていただろう。

 

「そういえば、ダクネスは?」

 

「今度のエリス様のお祭りの準備に領主の娘としてお仕事があるそうです。お祭りが終わるまではあまりこちらには帰れないと言っていました」

 

 本人も実家の役に立てるのが嬉しいのか、大変だと言いながらも嬉しそうに祭りの準備を手伝っている。

 

「ダクネスからすれば、ようやく親孝行出来るチャンスだからね。張り切ってるんだよ」

 

「それはとても良い事ですね」

 

 そこでクリスがスズハが抱えているヒナを抱える。

 

「スズハは休んでなよ。ヒナはアタシが見てるし、分からない事があったら起こすから」

 

 だから大丈夫、と娘を抱くクリス。

 高い高いしてもらってヒナも楽しそうだ。

 

「それじゃあ、少しの間、お願いします」

 

 思った以上に疲れていたらしいスズハは、ソファーに座ると目蓋が重くなる。

 どうやら、スズハ自身が思うよりもずっと疲労が蓄積していたらしい。

 睡魔に抗わず、スズハは意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―これは、夢だ。

 スズハは即座にそう判断する。

 一人部屋としてはやや広い、自分が物心ついた時から使っている自室にいた。

 腕には産まれたばかりのヒナが居る。

 懐かしさからなのか、スズハは自分の部屋を見回す。

 すると、突然ドアが、バンッと開く。

 ビクッとなって開いたドアを見ると、そこには鬼の形相の父が居た。

 

「あ……」

 

 部屋の中に入った父が孫を抱える娘を怒鳴りつけてくる。

 幸いだったのは、スズハにはその内容が理解出来ない事だ。

 夢だからだろう。怒鳴られているし、声を届いていると認識してるのに、何を言っているのかまったく入ってこない。

 スズハ──―白河涼葉にとって父は常に自分を値踏みしてくる人だった。

 白河涼葉という娘の商品価値をどう扱うのか考え、見ている人。

 それに応えなければどうなるのか。ずっと怖ろしかった。

 今も夢の中だというのに、こうして縮こまって去ってゆくのを待つしかない。

 そんな父が、娘から孫を取り上げようと手を伸ばし──―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズハが目を覚ましたのは鼻腔をくすぐる刺激臭にだった。

 

(カレー……?)

 

「あ。起きた?」

 

 気付くと、スズハはクリスの膝を枕にして眠っていた。

 それに気付いて慌てて体を起こす。

 

「ご、ごめんなさいっ!? わたし、いつの間に……」

 

「うんうん。すごく気持ち良さそうに寝てて、起こしても起きなかったんだよ。よっぽど疲れてたんだねぇ」

 

 窓を見ると、外は完全に真っ暗になっている。

 起こしても起きなかった、という事は、本当に疲れていたらしい。

 ヒナはベッドの上でちょむすけの人形と遊んている。

 

「お〜。起きたか」

 

 お玉を手にしたジャージ姿のカズマがやってくる。

 

「飯は出来てるけど、食えそうか?」

 

「はい。カズマさんが作ったんですか?」

 

 料理を出来た事を初めて知って驚きつつ質問すると、カズマは誇らしげに冒険者カードを見せてきた。

 

「馬鹿にすんな。俺にはコレがある」

 

「……それ自慢することかなぁ?」

 

 料理スキルを修得した事を見せるカズマにクリスが微妙な表情をした。

 

「まぁ、作ったのはめぐみんやアクアを含めてだけど……」

 

 そこでアクアが会話に入ってくる。

 

「ねぇ聞いてよスズハ! カズマったら料理中に野菜達にKOされちゃったのよ! プークスクスクス! 魔王軍幹部を倒したパーティーメンバーなのに、野菜に負けるとか、もうちょっとレベル上げなさいよカズマさぁん!!」

 

「うるせー! まさか鞄から出した瞬間顎に突っ込んで来るとは思わなかったんだよーっ!!」

 

 顎を撫でながら眉間にしわを寄せるカズマ。

 傷が無いところを見ると、おそらくはアクアに治してもらったのだろう。

 ちなみにスズハが野菜を調理する時は、風精霊(シルフ)で息の根を止めてから包丁を入れている。

 

「それより早く食べましょう。クリスも食べて行くんでしょ? このアクア様の手料理が食べられる機会なんて敬虔なアクシズ教徒でもないんだから! 感謝して食べなさい!」

 

「あはは。それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 胸を張るアクアにクリスは苦笑しつつ招待を受ける。

 食堂のドアを潜ると、そこには何故か椅子に縛られているこめっこがいた。

 

「どうしたの、あの子?」

 

「料理を勝手に食べようとするので椅子に縛りつけたのです。どうしてこんな風に育ったのか」

 

 食堂で待っていためぐみんが嘆くように額に手を当てる。

 街に出かけた際に、今日も冒険者ギルドで食べ物を奢って貰ったり、偶然会ったサキュバスに食べ物を貰ったりしていたらしい。

 

「……カズマとアクアにこめっこがスズハの負担になっている事を相談されまして。そろそろ色々と躾し直す必要性を感じたのです。スズハも、妹が粗相をしたら、遠慮なく叱ってくれて構いません」

 

 こめっこもそろそろ学園に通う年齢で、今のように卑しい行動ばかり取るのはどうかと思い直したようだ。

 

「昔と違って生活に困窮している訳でもないのに……はぁ」

 

 めぐみんの学生時代は勝負にかこつけてゆんゆんから弁当を取り上げないといけないほど貧窮していた、と前に話していたが、今はめぐみんが冒険者になり、偶然が重なった結果とはいえ、魔王軍幹部やデストロイヤーの討伐を成した事で、毎月実家への仕送りが出来るようになった。

 贅沢三昧とまではいかないが、普通に生活する分には困らない額を送っている。

 それでこめっこの食欲に思うところが出来たようだ。

 

「それに、最近はこめっこにナメられているような気がします。これを機に、姉としての威厳を取り戻すのです!」

 

 気合を入れて握り拳を作るめぐみん。

 もしかしたら、そっちの方が本音なのかもしれない。

 

「姉ちゃん縄解け〜っ!!」

 

「全員席に着いてからです!」

 

 椅子の上でジタバタしているこめっこに、めぐみんが一喝する。

 3人で作ったのはカレーライスとサラダに豆のスープだ。

 

「スズハのレシピを見ながら作りました」

 

 本として出版出来る数のスズハのレシピから作ったらしい。

 ただ、慣れの違いか、野菜や肉の切り分けは等分にならず、粗が目立つ切り口。

 スズハはカレーのをお米ごと掬って食べる。

 

「どう? 私達が作ったカレーは?」

 

「はい。美味しいです」

 

 そう、笑みを浮かべるスズハ。

 父の夢を見たせいだろうか。余計にここが心地良く感じる。

 安堵を覚えてスズハはカレーの2口目を掬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はお祭りの準備の話し合いです。

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