この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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後編、スタート。
ヒナの父親にヘイト集めようとしたらすごいことになった。


忍び寄る過去・後

「奥様! 落ち着いてください!!」

 

 使用人の切羽詰まった声が外から聞こえると、同時に部屋の戸が音を立てて開かれる。

 

「なん、て……悪い子なの……貴女はっ!!」

 

 鬼のような形相とは、このような顔を言うのかとスズハは思った。

 自分がもしも成長したなら、この人のように成長するのではないかと思うほどわたしと母の容姿は似ていた。

 その母が生まれてこのかた見たことのない表情で自分を睨んでいる。

 手には包丁が握られ、既に返り血で汚れている。手にした包丁と共に殺意が向く。

 

「か……」

 

 母様、と呼ぼうとしたが、それより早く動いた母様の腕が包丁を振り下ろしてくる。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に赤ん坊の娘を庇おうと動くと背中が包丁で切られる。

 産後、体調を崩しがちだったこともあり、体が余計重たく感じる。

 背を向けているわたしを力づくで振り向かせると、包丁の柄の先端で額を思いっきり叩かれると割れて血が流れた。

 興奮している様子の母様は、フーッ! フーッ! と荒い息のまま体が重たくて動けないわたしに馬乗り逆手に持った包丁の刃が鈍い光を放つ。

 

「かあ、さま……?」

 

 鬼のような形相のまま、母様は涙を溢していた。

 ガタガタと刃が震えている。

 

「なんて、ひどい……! 貴女は、私から……どうして……」

 

 断片的な言葉は何1つわたしに真実をもたらしてはくれませんでした。

 どうして母様がいきなりこんなにも様変わりしてしまったのか

 どうして、刃物まで持ち出して襲いかかってきたのか。

 わたしが最後に思ったのは、腕に乗っている娘のこと。

 

 ────誰か! お願い! どうか、陽愛(むすめ)を助けて! 

 

 そう叫び、声を上げる前に、母様の手から包丁が落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の中にはスズハとヒナ。そしてダクネスだけだった。

 今は家事の休憩にダクネスとボードゲームに興じている。

 チェスに似たゲームではあるが、やはり世界が違えばルールにも差違があり、ようやくスズハはルールを把握したばかりだった。

 真剣な表情で盤上を睨み、駒を動かすスズハ。

 

「こ、これはどうですか?」

 

「ん」

 

 しかしやはり経験の差か、ダクネスは優々とスズハの駒を排除していき王手をかけた。

 ちなみに戦績はこれまでスズハの全敗である。

 今日の3戦目を終えてお茶にしようとする。

 

 そこで戻ってきたカズマの怒鳴り声が響いた。

 

「アァクアァアアアッ!! めぇぐみぃんっ!! どこだぁああああっ!!」

 

 突然の怒鳴り声にスズハは淹れていた紅茶を溢しそうになった。

 

「どうしたんだ、カズマ。いきなり」

 

 ダクネスが問うがそれに答えずに逆に聞き返す。

 

「ダクネス! アクアとめぐみん知らないか! あいつらぁ!!」

 

 腹の底からの声にダクネスは一歩下がる。

 その時、厨房に居たスズハがひょっこり出てきた。

 

「アクアさんならお酒を買いに行くと言ってましたよ。めぐみんさんはゆんゆんさんのところに遊びに。どうかしましたか?」

 

 スズハの質問にカズマは地団駄を踏む。

 

「どうかしましたかじゃねぇ! アクアの奴、八百屋のバイト先でまた芸をして商品消しやがった! 今度はかぼちゃ5個も! めぐみんの奴はぁ! 爆裂魔法とそれを毎日撃ってるアイツを馬鹿にした冒険者に御礼参りに行って! 2人の文句が俺に来やがったんだよ! リーダーならちゃんとメンバーの教育と手綱握れってな! っていうか俺はパーティーのリーダーであっても保護者じゃねぇんだよぉおおおおおおおっ!!」

 

 どうせ相手に謝り倒したのだろうカズマは一気に捲し立てる。

 ゼェゼェと息を荒くするカズマにお茶と茶菓子を載せたトレイを運ぶ。

 

「まぁまぁ。お1つどうぞ」

 

 切られたパウンドケーキを差し出されてカズマはそれを1切れを食べる。

 パウンドケーキの甘さと労ってくれるスズハの優しさが胸に染みる。

 

「うう! こんなことで涙が……スズハのこういうところをアホ3人に見倣わせたいぜ……」

 

「おい待て。その3人の中には私も含まれているのか?」

 

「お茶も注ぎますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、死後の世界へ。森岳誠さん。貴方は不幸にも先程亡くなりました。貴方は、死んだのです」

 

 あのババアに殺された僕は見知らぬ部屋に座らされていた。

 目の前には金髪の翼を生やした天使っぽい女が立っている。

 その天使は淡々とした態度で説明を始めた。

 

「本来ならば、貴方のような者は地獄行きが確定しているのですが。昨今、日本からの転生者が減り、試験的に貴方をあちらの世界に送ることにします。もしも向こうで善行を積むのであれば再びの死後、他の選択も御用意しましょう」

 

 説明される異世界の事を話し半分に聞きながら僕は歓喜に震えていた。

 あのババアに殺される理不尽に歯噛みする暇もなかったが、こうして新しい道が開けている。

 転生。高校時代、友人(パシリ)が読んでいたのを借りて読んだことがあったが、なんともつまらないと馬鹿にしていた。

 しかしこうして自分にそれが訪れれば口元がつり上がるのも仕方ないだろう。

 あの死も、これに繋げるプロセスだったに違いない。

 

「では異世界へと送ります。貴方のご活躍をお祈りしています」

 

 僕の人生は、いつだって上手くいくのが当然なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤ちゃん用のミルクは買い足しましたし。昨日はカエルの唐揚げでしたから今日はお魚をメインに……」

 

 商店街をヒナの乗るベビーカー押して移動するスズハ。

 店の人や、知り合いの住民などに声をかけられながら買い物を進める。

 今日もカズマとアクアは土木のバイト。

 めぐみんとダクネスはそれぞれ別行動中。

 皆が頑張っているのだからとスズハも家事に力が入る。

 

「本当に、最初ここに来たときはどうなることかと思いましたけど」

 

 見知らぬ街。そこに(ヒナ)と来て不安しかなかったあの日。

 クリスと、彼女に紹介されて出会った優しくも楽しい人たち。

 少々困ったところもあるが、いつも遠慮なく自分をぶつけてくる4人にどれだけ救われたか。

 口元を綻ばせて買い物が大体終わったのを確認する。

 

「いつか、エリス様にもちゃんとお礼を言いたいです」

 

 この世界に送ってくれた女神に向けるように空へと視線を移す。

 

(エリス様。わたし、今幸せです)

 

 帰ろうとするとキンッと鉄が軽く当たる音が聞こえた。

 その音自体別段珍しいモノでもない。商店街には冒険者も訪れるのだから。武器や鎧が壁に当たる事もあるだろう。

 気にする必要は、無い筈だった。

 その顔を見るまで。

 

「な、んで……」

 

 ぞわりと鳥肌が立つ。

 髪をオールバックに纏めた一見理知的で整った顔立ち。

 長身中背の体格に軽鎧を身に付け、腰にはこの世界では見たことの無い日本刀を差している。

 

「やぁ、(すず)ちゃん。久しぶりだね」

 

「まこと、さん……」

 

 その姿を見てその声を聞くだけで冷や汗が流れ、声に力が入らなくなる。

 ジリッと1歩後ろに退がるが、相手は気にした様子もなく馴れ馴れしい態度で近づいてきた。

 

「まさか、涼ちゃんまでこの世界に居るとは思わなかったよ」

 

 男の態度とは別にスズハは怯えるような顔で固まっている。

 ただどうしてという疑問が頭の中を駆け巡り、何をすべきかまで頭が回らない。

 

「そのベビーカーに乗っている子はもしかして────」

 

「やめてください!」

 

 その先は聞きたくなかった。

 口にして欲しくもなかった。

 

 (ヒナ)の父親が、目の前のこの男だという事実に。

 

 スズハが声を上げたことで商店街の住民が2人の雰囲気を怪しみ、肉屋の店主が近づいて来た。

 

「おいアンタ。いったいその娘に何を……」

 

「やだなぁ。同郷ですよ。この子のことは昔から知ってる。ね? 涼ちゃん」

 

「……っ!」

 

 にこやかな。この男の本性を知らなければ騙されてしまいそうな愛想の良い顔。

 ここで助けを求めたい衝動に駆られたがダメだ。そうなれば、この男がどんな行動に出るのか分からない。

 スズハは噛んでいた唇を解き、肉屋の店主に笑みを張り付けた。

 

「はい。この人は、わたしの知人です。ここに居るとは思わなかったので、ビックリしてしまっただけですから」

 

 そして、目の前の男を見る。もう会うことも無いと思っていた相手を。

 

「少し、場所を変えましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が移動したのはアクセルの街でも比較的治安の良くない場所だった。

 狙って移動した訳ではなく、人目を避けていたらここにたどり着いたのだ。現に周りを見渡しても遠目に1人2人しかこの場にはいない。

 

「でも、その格好はなんなの? 白河財閥の御令嬢がそんな安物の布で縫った着物なんて着てみっともない。おじさんがみたらなんて思うか」

 

「家のことは、ここでは関係ありませんから」

 

「まぁ、そうだね」

 

 スズハの言葉に頷くと横を歩く青年、森岳誠は下流へと続く河が見える通りに着くと足を止めた。

 そしてスズハが険しい表情で質問する。

 

「誠さんは、どうしてここに……」

 

 その質問に驚いたような顔をする誠。

 

「なんでって……静香さん。君のお母さんに殺されたからじゃないか」

 

「え?」

 

 誠の言葉が理解出来ないとばかりに首を傾げる。その様子から誠は本当にスズハが自分の死を知らないのだと確信する。

 

「あの時はビックリしたよ。あの日、静香さんに呼び出されてね。あの人はその子が僕の子だって感づいてたらしくて。ちょっと話をしたら頭をズドン、さ」

 

 自分の頭部をトントンと指で叩く誠。

 周りに人が居ないからか、商店街で見せた好青年の仮面は剥ぎ落ち、記憶にある蛇のような嫌悪感の増す表情となる。

 

「しかし、会うのは初めてだよね。本当に産んでいたなんて驚きだよ。僕と君の────」

 

「触らないで!」

 

 ヒナに触れようとする誠の手をスズハが手で遮った。

 

「ひどいな。僕の子なら抱き上げる権利くらい、あると思うんだけど?」

 

「馬鹿なことを言わないでください! 事実はどうあれ、わたしは貴方をこの子の父親だと認めるつもりはありません!」

 

 真っ直ぐと誠を睨み付けるスズハ。しかし相手はそんなスズハを見て可笑しそうに笑いを漏らす。

 

「何が可笑しいんですか!」

 

「いや。あのスズハお嬢様がお強くなられたと感動してるんだよ。何せ、僕に組み伏せられたあの日。兄様、助けてください兄様! って泣き叫んで自分を売った兄貴にずっと助けを求めてた君がねってねぇ」

 

「……っ!?」

 

 悔しさと羞恥でスズハは顔が赤くなり、表情が歪む。

 元々、誠とスズハの兄、白河夏人は年が2つ違いの幼馴染だった。互いの父が友人関係という事もあり、誠は頻繁に白河家を訪れていた。

 幼馴染と言っても実際に2人の関係は親分子分のそれであり、夏人は誠から理不尽な扱いを受けていた。

 だが、外面の良い誠は大人たちにそれを気付かせることなく、それに気付いていたのは兄を良く見ていたスズハだけだった。

 そして結局、気の弱い兄は長年染み付かせた上下関係から立ち向かう事が出来ず、誠にスズハを売り渡す。

 あの件を許すことが出来ず、あの日以来、スズハは夏人を兄と思うことはなくなった。

 

「その気性を見ると、静香さんの子供だって納得出来るよ。まったく。あんなにも愛し合った男を容赦なく殺すだけに飽き足らず、トチ狂って娘まで手にかけるなんてね」

 

 酷い母親だと染々として呟く誠。しかし、その中に聞き捨てならない言葉があった。

 

「愛し、あっていた……?」

 

 スズハの言葉に誠はあぁ、面白そうに口を開いた。

 

「大学に入ったばかりの頃だったかな。淋しそうにしてた静香さんにちょっと甘い言葉をかけたらあっさりとすり寄ってきたよ。僕としては金を貢いでくれるとはいえババアの相手をするなんて、とも思ってたけどね。いやぁ、あの人も中々に若々しい」

 

 自慢するように話す誠の言葉にスズハは嫌悪と過去の記憶からガチガチと歯を鳴らす。

 スズハは、決してヒナの父について話さなかった。

 それは、目の前の男を庇ったからでは断じてなく、誠への嫌悪感からだった。

 母とこの男がそういう関係だったのなら。

 あの時の錯乱は────。

 

「それにしても、この子も可哀想になぁ。涼ちゃんみたいな子の母親ごっこに付き合わされるなんて」

 

 その言葉に、本当に頭に血が登った。

 

「ごっこだなんて……ふざけっ!?」

 

 しかし、すぐに平手打ちがスズハの頬に張り、揺れた体が倒れる前に胸ぐらを掴んで壁に押し付けられる。

 

「ごっこじゃないって? それこそまさかじゃないか。妻が寝取られてるのに気付かない男と、息子と同世代のガキに股を開いた挙げ句に、トチ狂って娘を殺害する女。そんな2人の遺伝子を継いで生まれたのが涼ちゃんじゃないか、えぇ!」

 

 胸ぐらを摑まれたまま、何度も背中を壁に叩きつけられた。

 

「そして、妹を売り渡すような兄貴。そんな家族に育てられた君が、母親なんて務まると、本当に思ってるのかい?」

 

 馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う誠。

 最後に見た、涙を流しながら自分の首を刺した母の顔が蘇る。

 あの人の娘である自分には最初から母親の資格なんて────。

 

「ちが……わたし……わたしは……!」

 

 気がつけばぽろぽろと涙が溢れてきた。

 

「私のこの手が光って唸る」

 

 それでも、なんとか反論しようと口を動かしたいのに、顎に力が入らなくて。

 

「ロリコン潰せと轟き叫ぶ」

 

「ハッ! なにも言い返せないなんてね。自分がどういう人間かようやく理解して……」

 

「砕け! 必っ殺!!」

 

「ん?」

 

爆熱(ばぁくねつ)! ゴォッド・ブロォオォオオオオッ!!

 

 突如現れたアクアの光輝く拳が誠の顔面にクリーンヒットし、大きく殴り飛ばされる。

 こう、手裏剣みたいに回転しながら横3軒程。

 

 作業着姿のアクアが殴った拳を平手に打ち付ける。その顔は強い憤怒の表情を宿して。

 

「陽の落ちかけてる時間とはいえ、私の可愛い信者になんてことすんのよ、この変態(ロリコン)! YESロリータNOタッチって言葉を知らないの!!」

 

「スズハはアクシズ教徒じゃねぇだろ。てかその言葉、こっちにもあんのか?」

 

 アクアの言葉にカズマが冷静なツッコミを入れた。

 見ると、カズマ、アクア、めぐみん、ダクネス。そしてクリスがそこにいた。

 アクアの姿を見てスズハは壁からズレ落ちるように尻もちをついた。

 

「スズハ!? 大丈夫ですか?」

 

 皆が現れたことで緊張の糸が緩んだのか、スズハは荒い呼吸で汗が一気に吹き出ていた。

 涙を流したまま、震えている。

 そんな妹分をめぐみんは大丈夫ですよ、と頭を抱き寄せた。

 

「みな、さん……どうして、ここに……」

 

「商店街の人たちだよ。スズハが、見知らぬ冒険者に連れてかれたって、血相変えて土木のバイトしてた俺とアクアに知らせてくれたんだ」

 

「途中で一緒にいたあたしとダクネスとめぐみんが合流して、ここまで駆けつけたの」

 

 膝を曲げて良く頑張ったね、とクリスがスズハの頭を撫でる。

 そこで誠が立ち上がった。

 

「いっ、てぇ……なにすんだよお前らぁ! いきなり!」

 

 殴られた顔を押さえて怒鳴る誠にカズマが対応する。

 

「あんな場面見たら、誰だって止めに入るに決まってんだろ。アンタが悪い」

 

「ふざけるな! 僕はその子の父親だぞ!! 自分の女に会って、何が悪いって言うんだ」

 

『え』

 

 その言葉に4人の目が大きく開かれ、唖然とした表情になる。

 スズハの方に視線を向けると既に泣き止んでいるが、顔を背けている。

 

 それに真っ先に反応したのはアクアだった。

 

「え? マジですか。この男がヒナの父親ぁ!? わ、私、今までロリコンっぽい人を何人かこの世界に送ったことがあるけど、手を出した本物は初めて見たわ! 恐いんですけど! むしろ気持ち悪いっ!!」

 

 身震いする身体を押さえるアクア。他のみんなも大なり小なり似たような反応だ。

 

「いいから、そいつをこっちに渡せよ! 斬られたいのか!!」

 

 逆上した男が腰から刀を抜く。

 カズマが質問した。

 

「アクア。あの剣、なんだか分かるか? たぶん、転生特典で貰えるもんだと思うんだけど」

 

 この世界。少なくともこの街で刀が知られてないことは確認済みのカズマが質問すると、アクアが刀に注目してから答える。

 

「アレ? あぁ、あれは妖刀ムラマサね。以前会ったあの魔剣のイタイ人。あの魔剣の日本刀バージョンだと思っていいわ」

 

 珍しく質問に答えるアクアにカズマはへぇ、と返した。

 

(しかし、前に会った転生者といい、こいつといい、録な奴が居ねぇ。スズハみたいな良い子送ってくれたエリス様マジ女神だな)

 

 そうこう話している内に誠が斬りかかってきた。

 自分を殴ったアクアに向かう誠。

 その間にダクネスが割って入り、反射的に斬りつけられた。

 

「くっ!」

 

「ダクネスさんっ!」

 

 スズハの悲鳴のような声が響く。

 

「だ、大丈夫だ。問題ない。あぁ、思ったよりは、効いたがな」

 

 こっちに振り向いたダクネスは言葉とは裏腹に恍惚とした表情だった。

 それを見たカズマが頭を掻く。

 

「ったく。おいダクネス! こんな時に興奮してんじゃねぇよ! バカなの、このドM狂性駄(クルセイダー)! いや知ってたけど!」

 

「してない! これは、あれだ! 目の前の外道をこれから退治する高揚感からだ!!」

 

「いや、今更そんな取り繕わなくてもいいからね、ダクネス」

 

「なんでこの刀が通じねぇんだ! あの天使、嘘吐いたのか!?」

 

 ダクネスが大したダメージを負ってないことに動揺する誠。

 そんな動揺を余所にスズハから体を離してめぐみんが杖を向ける。

 

「カズマ、撃って良いですか? むしろ()して良いですよね? こいつをこれ以上、スズハとヒナの視界に入れさせたくありません」

 

 声は平坦で顔も無表情だが、めぐみんがガチでキレてることを察する。

 そしてカズマの許可の有無など聞かずに爆裂魔法を詠唱し始めた。

 慌ててカズマが止めに入る。

 

「気持ちは分かるがやめろ、バカ! 街中で爆裂魔法を使おうとするな!」

 

「問題ありません。あれは人ではなくゴミクズですから。ちょっとした街の清掃活動に従事するだけです。ギルドから報酬だって出るでしょう」

 

「出るか! いいから落ち着け! ここは俺が何とかするから! お前はスズハの傍にいてやれ! いいな!」

 

 詠唱を止めるまで口を押さえる。

 ようやく口が止まったのを確認してカズマはダクネスが止めていた誠に話しかける。

 

「おいアンタ! もう二度とスズハの前に現れないって約束しろ! でないと、ここで全てを失うことになるぜぇ!」

 

 相手からしたらイラつくような笑みを浮かべて挑発(けいこく)するカズマ。

 それに誠は鼻で笑った。

 

「お前が? 僕はこの刀で初心者殺しだって仕留めてきたんだぞ? お前みたいな雑魚にどうこうできるわけないだろ!」

 

 ダクネスの前に出るカズマに誠はムラマサを構える。

 誠が前へと動こうとしたその時、カズマが手を前に突き出す。

 

「スティール!」

 

 カズマの手が光り、収まると、その手には妖刀ムラマサが握られていた。

 

「お? 1発じゃん。ラッキー」

 

 自分の手から得物が消えたことで動揺する。

 

「な!? お前今、何やった! ズル────」

 

「スティール!」

 

 相手の言葉に耳を傾けずに再びスティール。今度はムラマサの鞘が手に入った。

 

「おいクリス! 何見てんだ! お前もやるんだよ!」

 

「え? あたしもぉ!?」

 

「いいからやれ! またパンツスティールされてぇのかぁ!」

 

「や、やるよ! やるからこっちに手を向けてにぎにぎするの止めて! もう! スティール!」

 

 クリスがスティールをするとチョーカーが盗れた。

 

「お、おい……お前らまさか!」

 

『スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティール! スティールゥ!』

 

 2人がかりでのスティールに誠の衣服や持ち物は次々と盗られていった。

 穿いていたパンツを盗られた段階でダクネスは顔を真っ赤にして手で覆い、めぐみんはスズハの目を手で隠し、アクアは誠の股間を見て鼻で笑った。

 クリスは赤い顔で目を閉じ、スティールを繰り返している。

 ものの1分で全ての所持品をスティールし、全裸にひん剥いた。

 

「こいつは貰っておくとして。アクア! めぐみん!」

 

 ムラマサを自分の腰に差し、下に流れる川を親指で指す。

 すると3人は示し合わせたように盗った荷物を分担して抱える。

 

「ま、待てよ! お前らまさか!?」

 

「おーら、取ってこーいっ!」

 

 3人は腕力に任せて誠の持ち物を川の下流に投げた。

 ざっばーん! と川に落ちていく物品。

 

「お、お前ら何すんだ!?」

 

 スッポンポンのままカズマの胸ぐらを掴む。

 

「俺たちに構う余裕があるなら、さっさと荷物拾ったほうがいいんじゃないか? ここ、川の流れが比較的速いところだし。急がないと冒険者カードとか財布が回収できなくなるぞ?あぁ。まだ氷が残ってるアクセルの川に浸かるのはさぞや気持ちがいいだろうなぁ」

 

 ニヤァっとどっちが悪役だか分からない表情をするカズマ。

 それに、クソッと川に投げられた荷物の回収を始める。スッポンポンで。

 そこでカズマが誠に向けて声を上げる。

 

「言っておくけど! もう二度と俺たちの前に姿みせんなぁ! 問答無用でスティールすっからなぁ!」

 

 さっきまで自分に迫っていた光景とは真逆の姿が急激すぎて、スズハは呆けていた。

 

「ほら行くぞ」

 

 カズマが促す。

 しかし、スズハはそこから動けなかった。

 

 

「あ、あの……」

 

「いい」

 

「え?」

 

「言わなくていい」

 

 今回の説明を使用とするスズハにカズマがストップをかけた。

 

「今回のことは、別に無理に話さなくていいよ。もう終わったことだし」

 

「終わったことって……」

 

 スズハからしたら皆を巻き込んだのに、どうしてという思いがある。それにカズマが大きく息を吐いた。

 

「別にアイツとのことを知らなくったって俺たちが全滅するわけじゃないしな。スズハが言いたいなら聞くけど、そうじゃないなら言わなくていい」

 

 肩を竦めるカズマは、アクアたちを指差す。

 

「こいつらなんて、共有しないといけない情報を、直前になって言うんだぞ。そのせいで何度酷い目に遇ったか……」

 

 疲れた表情で言うカズマにアクアが文句を言う。

 

「何よ! カズマが無知なのが悪いんじゃない!」

 

「馬鹿か! 俺はこっちに来て1年も経って無いんだぞ! 少しはフォローしろこの駄女神ぃ!」

 

 などとアクアとカズマのいつものやり取りが始まる。

 そんな中でクリスがカズマに訊いた。

 

「そういえばさ、カズマはその剣、どうするの?」

 

「どうって……とりあえず使うぞ。やっぱり日本人は刀だからな!」

 

 日本刀にそれなりに思い入れがあるカズマはこのままこの刀を使うつもりらしい。

 それにクリスがちょっとした提案をした。

 

「その剣、あたしに譲ってくれないかな? あの男が奪い返しに来るかもしれないし。絶対見つからない場所を知ってるんだけど」

 

「えぇ~」

 

 クリスの質問にカズマが難色を示した。

 魔剣グラムの時同様、この刀も持ち主以外には本来の力を発揮出来ないだろう。

 それでも今のショートソードよりマシだろうし、何より刀だ。使ってみたい思いもある。

 そこでクリスが懐から財布を取り出した。それはクリスの物ではなく、誠の、だが。

 どうやらそれだけはくすねていたらしい。

 

「これで今日奢るからさ! お願い」

 

 それに反応したのはカズマが誠にではなくアクアだった。

 

「はい、クリス! これでいいのよね!」

 

「おい勝手に!」

 

「良いじゃない! どうせカズマが持ってても宝の持ち腐れなんだから! それなら、今日のお酒を選ぶべきよ! そうでしょ?」

 

「だからって力ずくで奪う奴があるか!ちょっとは訊けよ!」

 

「なによ!あんな変態(ロリコン)が使ってた武器なんて使ってたら、カズマにもロリコンが感染(うつ)るじゃない!バッチい物よ、それ!」

 

 勝手に刀を渡すアクアにカズマが文句を言うが、結局は渡す方に話が進みそうだった。

 

 スズハは、今も川で荷物を回収している誠を見る。

 その姿はあまりにも滑稽で。彼を見ている街の人たちがクスクスと笑っているのを見ていてなんだか、胸がスーッとした。

 

「あは……あはははははははははっ!!」

 

 突然笑い出したスズハに皆が唖然とする。

 

「あの人の荷物を盗って……川にぽーんって! 全然躊躇わないんですもん! 可笑しくて……!」

 

 笑い続けるスズハから見ていて、カズマたちもなんだが笑いが込み上げてきた。

 それは、初めて声を上げて笑ったスズハを見てのことだったのかも知らない。

 

 

「そうだ。今回のことはギルドに報告しておきましょう。最低でもこの街での冒険者業の停止。上手くすれば登録を取り消せるかもしれません」

 

「そうだな。この街でクエストを受けられないなら、スズハの前に現れる事もなくなるだろう」

 

(母様、貴女はあの時、わたしを悪い子だと言いましたけど、本当にそうだったみたいです)

 

 だって誠が酷い目に遭ってこんなに胸がスカッとしたのだ。

 あの姿を見て楽しくて仕方がない。

 

(でも、今はそれでもいいかなって思えます。この人たちのように、図太く、自分に正直に)

 

 昔なら絶対に思わなかっただろう心中。

 だけど、今はそれで良いと思える。

 

 移動し始めるとヒナを抱き抱えためぐみんがスズハに抱かせる。

 

「ほら! ヒナがぐずってますよ。ここまで泣かれたら私でもあやせません。スズハが抱いてあげないと。それと、今日はクリスの奢りです。全力で財布を空にしてやりましょう!」

 

「はい!」

 

 ヒナを抱いて、スズハは前を歩くカズマ達の後に続いた。

 過去()を振り返らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酒場にて。

 

「俺、言ったよなぁ? スズハちゃんの無事を確認したら戻って来いって。何先におっぱじめてんだお前らぁ」

 

『すんませんでしたぁ!?』

 

 土木作業の親方が酒場に現れて、平謝りしているカズマとアクアの姿に酒場で爆笑の渦になる。

 

 その笑い声にスズハの声が混じっていたのは、きっと良い変化なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プロローグ終了。
次回から原作事件に絡ませます。

読者さんがこの作品で好きな話は?

  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他

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