この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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緊急事態

「あのバカ娘が……」

 

 バニルは快晴の空を見上げて呟く。

 ウィズ魔道具店も、今日は祭りの影響でそれなりに繁盛していた。

 スズハが裁縫した精霊の力を織り込んだマントは既に完売し、次にライター。

 その他の魔道具もそこそこ売れ、祭りの空気と酒で感情を昂らせた冒険者が使いもしない道具を購入。

 大繁盛という訳ではないが、そこそこに売れ行きは好調だった。

 

「また義務感だけが先走ったな。大して好意もないのだから見て見ぬ振りすれば良かろうに。どうせ結果は変わらん」

 

 紅魔族を売ろうとこめっこが誘拐されたが、スズハが介入しようがしまいが結果は変わらない。

 精々助けられる時間が変化するくらいだ。

 どうもあの娘は自分の中の良心というより、こうあるべきと思っている常識を優先させるところがある。

 

「まぁ、放置しておいても問題はないのだが……」

 

 ふむ。と、どうするか考える。

 スズハの裁縫したマントは思った以上に出来が良く、争奪戦になる勢いで売れた。

 買えなかった冒険者から、次の入荷はいつだと質問責めされる程に。

 生産に限りがある上に、値段的にもアクセルの街で扱う物品にしては高額、という程度で、利益としては実はそう高くない。

 しかし、客寄せ品としては上々で、定期的に入荷すれば他の商品も売れて利益が出る。

 

「貸しを作っておいて損はないのだが」

 

 考えていると、後ろから不機嫌そうに女が話しかけてきた。

 バニルは振り返り、肩をすくめた。

 

「いやなに。貴様の命の恩人がまた厄介事に首を突っ込んだようでな。どうすべきか考えていた訳だ」

 

 バニルの言葉に赤い髪の女性が心配そうに目を細めたのを見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「売れる! 売れるわっ!!」

 

 アクシズ焼きを絶好調に作り続けるアクア。

 既に材料の8割を消費している。

 

「もう! これじゃあ交代する前に完売しちゃうじゃない! は〜い、まいどまいど〜!」

 

 手早くアクシズ焼きを詰めて客の親子に渡す。

 アクアの大道芸顔負けの作りを見ようと人が寄り付き、商品を買っていく。

 その流れでここら辺の客を総取りしているに等しい。

 クリスも客が騒動を起こさないように管理していた。

 そんな時間帯にカズマがやってくると、アクアが得意気に鼻を鳴らした。

 

「カズマさんじゃない! 見てよほら! もうすぐ今日の分がもう完売しそうだわ!」

 

「おー。そりゃ良かったな。じゃあ客をバラけさせる必要もねーか」

 

 アクアがここらの客の注目を集めている為に他の屋台に人が回りづらくなっており、他の屋台主に泣きつかれたのだ。

 しかし、今回はアクアが悪い訳でなし。流石にどう注意するか悩んでいたが、もうすぐ完売なら下手に文句を言う必要はない。

 

「それよりスズハこっちに来なかったか? なんか見かけね―んだよなぁ」

 

「来てないわよ? もうあの子ったらウィズに商品を卸したら様子を見に来るって言ってたのに。なにしてるのかしら? 明日は別の具を用意出来ないか相談しようと思ったのに」

 

 少し頬を膨らませて怒るアクア。

 カズマは腕を組んで首をかしげる。

 スズハが理由もなく約束を反故するとは思わないのだが。

 そうしていると、めぐみんが慌てた様子で走ってきた。

 

「アクア! こめっこはこっちに来なかったですか!!」

 

 息を切らせためぐみんにクリスが答える。

 

「見てないね。はぐれたの?」

 

「トイレに行ってる間にどこかへ。あぁもう! 待っててくださいと念を押しておいたのに!」

 

 苛立たしげに頭を掻くめぐみん。

 

「何か美味そうなもんでも見つけて食ってるんじゃねーか? それか、知り合いの冒険者とかがまた餌付けしてるとか」

 

「私もそう考えて、周囲に訊いて回ったのですが、どうにも足取りが掴めなくて。流石にこめっこも祭りの中心から離れることは無いと思ったのですが……」

 

 心配から表情を曇らせるめぐみん。

 子供の足ではそう遠くまで行けないだろうと思っていたのに、行方が分からなくなったのだ。

 周囲が祭りの雰囲気に、他人の子に対して注意力が落ちているのも原因だろう。

 カズマは長いため息を吐いた。

 

「分かった。とりあえず、委員会に連絡してこめっこを探してもらおうぜ。万が一子供が迷子になってたら、指定の場所に案内するように言ってあるから、そっちに居るかもしれねぇしな!」

 

 ひとっ走り行ってくると走る体勢に入る。

 すると遠くから大きな声が響き渡った。

 

「ア〜ク〜ア〜さ〜ま〜っ!!」

 

「あいつ確か……ってなんでだよっ!?」

 

 声の方向に目を向けると、そこにはアクシズ教徒のシスターであるセシリーが走ってくる。

 それは良い。

 セシリーはアクアの正体を知ってるし、屋台をやると知れば自分から手伝いくらい申し出るだろう。

 しかし、今彼女が引いているのは、ヒナを乗せたベビーカーだった。

 セシリーが屋台の前で停まる。

 

「アクア様! この子────」

 

 セシリーがなにかを言う前に、カズマが詰め寄る。

 

「おいおいおい! なんでお前がヒナを連れて来てんだよ!? まさか誘か────」

 

「ち、違いますよ!? そんなことしません!」

 

「そうですよカズマ! いくらなんでもセシリーがヒナを誘拐する訳ないじゃないですか!」

 

「そうよ! 謝って! うちの子を誘拐犯扱いしたことを謝って!」

 

「アクア様! めぐみんさん……!」

 

 アクアとめぐみんが庇ってくれたことに感動するセシリー。

 

「セシリーなら、スズハごとヒナを連れ去るに決まってます!」

 

「ひどい!」

 

 それもすぐに落とされたが。

 落ち着きを取り戻す為に目を閉じて深呼吸をするカズマ

 

「悪かったよ。でもじゃあなんであんたがヒナを連れてきたんだ?」

 

「はい。お祭りの中心から少し離れた人気(ひとけ)のない路地裏でヒナさんが地面に寝かされてたんです。周りには硝子の破片も散らばってて、危ないから近くに置かれてたこれに乗せて連れて来たんですよ」

 

「ハァッ!? なにがどうなって……!?」

 

 スズハが娘を地面に置き去りにするなんてありえない。

 クリスも難しい表情で意見を述べる。

 

「なにかに巻き込まれたと考える方が自然だね。はぁ〜。あの子、なんで幸運が高いのにこう面倒に巻き込まれるかなぁ」

 

 ため息を吐いて仕方ないなぁ、と呟く。

 そこで口元を覆って考え事をしていためぐみんが発言する。

 

「あの……もしかして、スズハが居なくなったことにこめっこが関係してる可能性は有りませんか?」

 

 2人の居なくなった時間の一致がめぐみんは気になった。

 こめっこの事だから、まだ祭りで動き回っている可能性も有るが。

 

「それは、まだ判んねぇけど……だぁーもう!! セシリー、ヒナを見つけた場所に案内してくれ! クリスはダクネスに連絡してもらっていいか? めぐみんはどうする?」

 

「カズマと一緒に行きますよ。こめっこが関わっているなら、なにか残ってるかもしれませんし」

 

「そうだね。じゃあダクネスを呼ぶついでに誰かがこめっこちゃんを保護してないか確認しておくね!」

 

「お願いします」

 

 そんな風に役割を取り決めていると、アクアがカズマに指示を仰ぐ。

 

「カズマ。私は?」

 

「いや、お前は屋台があんだろ?」

 

 その返しにアクアが怒った様子で腕を組む。

 

「もう! 仲間が危険かもしれないのに、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! それに、アクシズ焼きならもう材料だってほとんど残ってないわよ! みなさーん! 今日は店じまいでーす。また明日よろしくねー!」

 

 と、愛嬌を振り撒く。

 くるっと腰に手を当てて振り向く。

 

「さ、行きましょう! あの子が居ないと明日の下拵えも用意出来ないしね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セシリーに案内されたのは祭りの喧騒から少し離れた路地裏だっだ。

 ちょうど割れた硝子の破片が目印になってすぐに見つかった。

 

「ここにヒナちゃんが置かれてたんです」

 

「なんだって祭りから離れたところに……」

 

「あれじゃないですか?」

 

 めぐみんがベビーカーに提げられている袋を指差す。

 

「交換したオムツです。たぶんヒナのオムツを換えようとして、人の邪魔にならない場所に移動して、ここら辺で交換してたのかもしれません」

 

「んで、なにかトラブルに巻き込まれて連れ去られたってか? でもスズハならそこらの奴なら撃退出来そうなもんだが」

 

 ウォルバクを討伐したスズハのレベルはアクセルの街の冒険者の中では高い方だし、大抵の事なら精霊でなんとか出来そうだが。

 腕を組んで考えているカズマにアクアが割れた硝子瓶の口の部分を指差す。

 

「もしかしてこれのせいじゃない? これ安物だけど、けっこう強いお酒よ! あの子お酒弱いし、ちょっとかけられただけで気を失っちゃうんじゃないかしら?」

 

「まさか……あり得るな」

 

 ほぼ果実水のような果実酒でぐでんぐでんに酔うスズハだ。度数が高い酒なら一気に意識が飛ぶかもしれない。

 そこでセシリーが疑問を口にする。

 

「ですけど、スズハさんを誰にも気付かれずに連れ去るなんて出来ますか?」

 

「そこはたぶん潜伏スキル持ちが居たのかもしれねぇ。となると犯人は冒険者の可能性も……」

 

 あーだこーだと意見を言い合っているとクリスとダクネス。そして、警察が数人やってきた。

 

「お前達! クリスから話は聞いたぞ! スズハが居なくなったのは本当か!」

 

 かなり焦った様子のダクネス。

 クリスがめぐみんと話す。

 

「めぐみん。こめっこちゃんもやっぱり誰も見てないって」

 

「そう、ですか」

 

 期待していただけに、落胆するめぐみん。

 そこでついてきた警察が手帳を片手に質問する。

 

「それでは事情をお聞かせください」

 

 カズマ達が警察に事のあらましを話している中で 、クリスがヒナが居たという地面を調べる。

 しかし、それもすぐに警察に止められた。

 

「ちょっと! 勝手に触らないでください!」

 

「あはは。すみません……ん?」

 

 一瞬目の端に映ったそれをクリスは拾う。

 

「ちょっとこれ!」

 

 拾ったそれをめぐみんに見せる。

 それは。

 

「こめっこの髪飾り!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あたまいたい……きもちわるい……)

 

 頭痛による意識の覚醒と同時に込み上げてきた嘔吐感を必死に堪えるスズハ。

 完全な二日酔いである。

 気怠さから長い息を吐くが、空気を吸う時に感じた埃とカビの臭いに不快感が増す。

 手を後ろに縛られた状態で安物のベッドの上に寝かされていた。

 

「おねぇちゃん?」

 

 窓側に向いていた体を部屋の内側に向けると同じように手を縛られたこめっこが、椅子に座っていた。

 いや、座らされているのか。

 

「あぁ……無事でしたか……こめっこさん……」

 

 スズハがホッとしているとこめっこは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「ごめんなさい」

 

「なにが、ですか……」

 

 謝る理由をなるべく不機嫌さを出さないようにして聞こうとする。

 すると、こめっこが拙いながらも説明してくれた。

 とても美味しいお菓子があると聞き、知らない人について行ってしまった事に対して。

 

「後で、めぐみんさんに叱られてくださいね?」

 

「……うん」

 

 こめっこなりに落ち込んでいる様子だし、スズハも今は二日酔いでこめっこに怒りをぶつける余裕がない。

 だから後でめぐみんに丸投げする事にした。

 

(二日酔いのせいで、精霊達を上手く扱える自信がない……)

 

 普段のスズハならこの程度の拘束を簡単に解く事が出来るが、二日酔いで集中力を欠いた今、精霊の力を使えば、威力を間違えて自分か、こめっこにも被害が出かねない。

 それに、頭痛と吐き気と気怠さでここを出ようとしてもすぐに捕まるだけのような気がする。

 そう考えていると、部屋のドアが開く。

 入ってきたのは二人を誘拐した女性と、後ろに男2人を連れている。

 

「目が覚めたのかい……って酷い顔だね」

 

「二日、酔い……です……」

 

 なんとかそう答えるスズハに、誘拐犯の女性は目を丸くした後にくつくつと笑う。

 

「それはそれは。ここで吐かないでくれよ?」

 

「なにが、目的、ですか……?」

 

 向こうの目的がこめっこなのは察しているが、誘拐する理由が分からない。

 女は肩をすくめて話す。

 

「紅魔族の子供ってのは中々貴重でね。あいつら、自分の故郷から滅多に出ないくせに、揃いも揃って魔王軍を蹴散らせるアークウィザードばかり。普通なら手の出しようがない。だけど、だからこそ欲しがる物好きってのは居るモンなのさ」

 

 たとえば、コレクションとして傍に置いておきたい金持ち。

 もしくは将来を見越して優秀なアークウィザードとして育てたい冒険者も居るだろう。

 優秀な魔力と知能を持つ紅魔族なら、弟子に迎え入れるか、血を取り入れる為に買う者も居る。

 

「アクセルの街じゃあ難しいが、街の外へ出ればいくらでも買い手がつく。アルダープの奴が失脚しなけりゃあ、そんな手間をかける必要は無かったんだがねぇ?」

 

 前領主だったアルダープ。

 確か裁判の後に自害したと聞いたが。

 

「あいつには定期的に見目の良い女を紹介してたんだがね。勝手にくたばった上に、新しい領主のダスティネス家は反吐が出るくらいにお綺麗過ぎて、あたしらみたいな人間はとんと生きづらくなっちまった」

 

 不愉快そうに煙草を吸う女性。

 

「あんたのことは知ってるよ。シラカワスズハ。アルダープを失脚させたこの街の有名人だ。なぁ、その年齢(とし)で経産婦ってホントかい?」

 

 女がスズハの顔に触れてくる。

 それはもう楽しそうに。

 

「そういうのが良いって言う変態も世の中には要んのさ。分かるだろ? あんたがアルダープを失脚させたせいであたしらの生活が苦しくなったんだ。少しは責任取っておくれよ」

 

 馬鹿馬鹿しい。そう反論しようとしたが、目の前の女性にはなにを言っても無駄だろうと思った事と、煙草と香水の混じった臭いがキツくて息を吸いたくなかった。

 

「あんたは見た目も良いし、精々良くしてくれる買い手が付くのを祈るんだね。この祭りが終わって外へ流れる人波に乗って、あたしらもあんたらを連れてこの街を出ていくんだ。人生最後の祭りも楽しめないなんて不幸だねぇ」

 

「あんまり……おすすめは、しませんよ……」

 

 小馬鹿にしてくる相手にスズハはなんとかそう返す。

 ダクネスの仲間であるスズハはある意味、ダスティネス家の庇護下にあるも同然だ。

 そんなスズハに害を成すなら、それはダスティネス家を敵に回す事になる。

 スズハが行方を晦ませたと知れば、ダクネスは必ず動いてくれると信じている。

 まぁ、他人の権力をアテにしているのは情けないと思うが。

 それより、早く離れてほしい。臭いがキツい。

 そんな事を思っていると、空気を読まずにこめっこが動いた。

 

「おねぇちゃんを、はなせー!」

 

 こめっこが女に体当たりをして、その腕に噛みつく。

 

「たぁっ!? このガキ!」

 

 力ずくでこめっこを振り払うと床に転がる。

 しかし、すぐに立ち上がり、キシャーッと威嚇? をし始めた。

 女はどうしたもんかと煩わしさが顔に出ており、こめっこは再度スズハを助けようと突撃しようとする。

 それに控えていた男がナイフを取り出した。

 

「大人しくしろ! このガキ!」

 

 ただの脅しだ。本当に傷付けるつもりはない筈。

 しかしこめっこは構わず歯向かおうとする。

 

「こめっこさん!!」

 

 スズハはベッドから降りて、ナイフを持った男とこめっこの間に入る。

 

「あ……」

 

 こめっこを庇う形で男に背を向けて間に入ったスズハ。

 その時事故で軽く振っていたナイフが背中に当たった。

 はらりとスズハの黒髪が切られて落ち、ナイフには赤い血が伝っていた。

 

 

 

 

 

読者さんがこの作品で好きな話は?

  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他
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