「つっ!?」
こめっこを庇ったスズハは背中に痛みが走り顔を顰める。
「おねぇちゃん!?」
こめっこの大きな声が響く中で、スズハを切った男から誘拐犯の女性が刃物を取り上げる。
「馬鹿がっ! 商品を傷物にするんじゃないよ!」
「す、すんません! コイツが飛び出してきて」
言い合っている2人に意識は向けずにスズハは痛い背中よりも切られて落ちた髪に意識が向く。
(いま、後髪が変な風になってるんだろうな……)
アルコールが大分抜けて体調も戻って来た。
試しに今なら精霊達の力を借りるのに失敗はしないだろう。
「
スズハがそう呟くと手首の辺りから火が生まれ、手首を縛っていた縄を燃やす。
火の点いた縄を焦げ落ち、踏み付けて火を消す。
それでもまだ身体の気怠さが消えないが、こめっこを背にして相手に話しかける
「あまり、手荒なことはしたくないんです。大人しくわたし達を解放し、自首してくれませんか?」
たぶん、それが1番平和的な解決だ。
精霊が扱えるまでに体調が戻ったスズハならこめっこを連れてここから脱出するどころか、この建物の中に居る冒険者くずれを制圧する事も可能だろう。
これは明確な警告だった。
「調子に乗るんじゃないよ!」
スズハの言いように端正な顔を歪める女。
そこで部屋の外で待機していた仲間が大慌てで入って来る。
「姐さんやべぇよ!!」
「あん?」
重要な部分が一切説明せずに、ただやべぇと部屋に入って来た舎弟に女は苛立ちを露わにする。
「落ち着きな! いったいどうしたんだい?」
荒い呼吸を少し整えた後に大声で報告する。
「警察と冒険者の奴らが大人数でここらを調べて回ってるんですよ! 目的はそこの小娘らみたいで!」
「なんだって!?」
その報告にはスズハも目を見開く。
身内や警察だけならともかく、冒険者まで大人数でやって来るのは流石に予想出来なかったからだ。
「
しかし、これが好機なのも事実。
スズハは自分の居場所を知らせる為に精霊を飛ばす。
当然相手もそれに気付かない訳がない。
頭の女がスズハの胸元を掴んで壁に押し付ける。
「テメェッ!!」
と、そこで建物のドアをガンガン叩く音がする。
「開けろ! 警察だ!」
「ここにこめっことスズハが居るのは確実です! 強行突破しましょう!」
「爆裂魔法使おうとすんなボケェエエエッ!?」
そんな慌ただしい声と共に建物の入口が破壊される音がする。
もちろん爆裂魔法によってではない。
乱闘の音が響くが警察やカズマ達がすぐにこの部屋までやってきた。
「そこまでだ! 抵抗をやめて縄に付け!」
警察がそう警告すると、女は即座にスズハを人質に取る。
まだ酒の影響が残って気怠そうにしているスズハの方が扱いやすい事からの判断だろう。
アクアが女を指差す。
「ちょっとあなた! うちの子達になに危ない物向けてる訳! いい加減にしないと、ダクネスの拳が火を吹くわよ!」
「そうです! 剣は当たらないけど拳はわりと当たりますからね! うちのダクネスは!!」
「ぶっ飛ばすぞお前らぁあああぁああっ!!」
と、3人が騒いでいると、カズマが誘拐犯に手を向ける。
「スティール!」
カズマがスティールを使うと、彼の手にはスズハに当てていたナイフが握られている。
「お。珍しく初っ端から引けた。それにしても安物使ってんな」
普段なら女性の
1発目で奪えなかったら奪えるまでスティールするつもりだったのだろうが。
自分の手にナイフが無くなった事に驚く女。
「
そう言ってスズハの首に手を掛けてくる。
手をこまねいていると、スズハが大きく息を吐く。
「人質にされたのがわたしの方で良かった……
手の平の上に
「っ!? なんだいこれは!!」
突然冷気に晒されてスズハを突き飛ばす。
それをダクネスが受け止めた。
「犯人確保ーっ!」
警察が動いて速攻で女の拘束とこめっこの保護に動く。
「ご心配を……おかけしました……ヒナ、は……?」
「心配するな。クリスが面倒を見てくれてる。お前は後でお説教だからな。今はもう休め」
「……はい」
苦笑いを浮かべて体の力を抜くスズハ。
そんな短いやり取りの間に誘拐犯は警察に拘束されていった。
エリス&アクア祭の1日目が終了後。
「こ〜め〜っこ〜!」
「ううう……」
無事解放されてこうなった経緯を聞いためぐみんが妹の頭をグリグリと責める。
流石に今回は許容範囲を大きくふっ飛ばしていた。
「スズハが気付いていなかったらどうなっていたか! 知らない人について行ってはいけないと何度も言い聞かせたでしょう!」
「ねーちゃん、ごめんなさ〜い!」
めぐみんとしても可愛い妹を責めるのは辛いのだが、これでは紅魔の里ならいざ知らず、比較的善人の多いアクセル街でも出歩けない。
「ハーネスでも付けてみるか? すぐに作れると思うぞ」
「なんですかそれ?」
「小さい子用のリード」
本来なら3〜4歳くらいの子供に使用する物らしいのだが、こめっこにはちょうど良いかもしれない。
「私の妹はペットではありませんよカズマ! ……と言いたいところですが、今日のようなことがまたあったら堪りません。祭りの間だけでもお願いします」
もはや恥ずかしいとか言ってる場合ではないのだ。
次どんな騒動が起きるのかヒヤヒヤする。
あいよ、と軽く返すと酒の影響でぐったりしていたスズハがようやく常態に戻る。
「ご迷惑をおかけしました」
謝罪するスズハに、ヒナと遊んでいたアクアが腰に手を当てる。
「本当よ。ヒナだってうちのセシリーが見つけてくれなかったらどうなっていたか」
「はい。そのことは本当に……」
赤ん坊を置いて誘拐されるとか洒落にならない。
もしもその間にヒナにまで何か酷い目に遭っていたらと思うと身震いする。
(セシリーさんには後でなにかお礼を持っていかないと)
食事に困っているようだったし、日持ちして大量に作れる煮物でも持っていこうと決めた。
そこでアクアがスズハの髪を指差す。
「それと、切られた髪。いつまでそのままにするつもり?」
「あ……」
誘拐犯に切られた後髪。
肩の辺りから斜めに切り落とされてしまっている。
お酒のせいで気怠かったので後回しになっていた。
「ほら、こっち来なさい。切り揃えてあげるから」
手招きしつつ、いつの間にいつの間にかその手には鋏と櫛が握られている。
椅子に座るとカズマが半眼でアクアに言う。
「要らない芸術根性で変な切り方するなよアクア」
「失っ礼ねカズマ! 私だって女の子の髪で遊んだりしないわよ! 謝って! 私を無神経な奴扱いしたことを謝って」
「はいはい悪かったよ」
口を尖らせて抗議すると、カズマは手をひらひらさせて謝る。
「もう」
怒りつつスズハの髪に櫛で梳かし、鋏で切っていく。
少しずつ切られた髪の長さが整えられていく。
おまけに後髪だけではなく、微妙に長さがズレてきた部分も切り揃えてくれた。
「は~い終わったわよー。仕上がりはどうかしら?」
「はい。頭が軽いです。ありがとうございます」
ちょうど肩にかかるくらいの長さに切り揃えられている。
お礼を言われてアクアは満足そうに胸を張る。
「しかし、もったいないな。小さい頃から伸ばしてたんだろ?」
手入れとかが大変なのはカズマにも想像出来た。
あのままとはいかないのは判るが、そこまで維持していた髪をバッサリとカットしたのはなんとなくもったいなく感じる。
「そうですけど。ヒナに髪がかかってたりしてましたし。切るきっかけなってちょうど良かったかなって」
短くなった自分の髪を指で弄りながら言う。
数秒程カズマの顔をじーっと見た後に質問する。
「カズマさんは長い方がお好みでしたか?」
「あ?」
質問されて視線を泳がせた後に答える。
「……まぁ、スズハは長い方が似合うと思うぞ」
「それじゃあ、また伸ばしますね」
そう告げて眠り始めたヒナを抱き上げる。
それにアクアがニヤニヤと口をつり上げる。
「なになに? 自分の好みの押し付け? ロリマさん」
「……お前の屋台、委員会権限で営業禁止な?」
「ちょっと! いくらなんでも職権濫用でしょそれーっ!!」
ギャーギャーと騒ぎ始める2人。
ヒナが起きないように自室に戻ろうとすると、めぐみんに呼び止められる。
「スズハ。こめっこを助けてくれてありがとうございます。ほら、こめっこももう1回お礼を言う!」
「ありがとう、おねーちゃん」
「はい。それじゃあ今日はもう休みます。おやすみなさい」
「えぇ。おやすみなさい、スズハ。ゆっくり休んでください」
「おやすみー」
そう挨拶を交わしてスズハは自室へ戻った。
その後の祭りは特に大きな問題も無く終わった。
カズマが主催していたミスコンに、今回心配させた罰ゲームとしてスズハが急遽出場した。
これには短い間とはいえ、誘拐されたスズハは無事解放されたと周囲にアピールするのにもひと役買っていた。
ダクネスやウィズなども参加しており、想像以上の盛り上がりを見せる。
そして最後に、女神エリスの降臨によって会場────いや、祭りを催しているアクセル街全体が大騒ぎとなった。
この事態により、アクセルの街は女神エリスが降臨した街としてちょっとした観光スポットとなるのはまた後の話。
「おつかれー!!」
祭りを終えたの打ち上げでアクアがシュワシュワを片手に乾杯し、一気に飲み干す。
本人はちょっと不満そうだ。
「なに不服そうにしてんだよ。お前の屋台、売上はぶっちぎり独走だったじゃねぇか」
「だってだって! エリスがいきなり現れたせいで話題全部持って行かれちゃったじゃない! 頑張ったのに! 私凄く頑張ったのに〜!」
などと騒ぎながら、カエルの唐揚げをガッツく。
「とにかく、今日は私の奢りよ! みんなジャンジャン食べて! 特に手伝ってくれたクリスとセシリーは遠慮なく頼んで!」
「ありがとうございますアクア様!」
「じゃあ遠慮なく……」
次々と料理が運ばれてくる。
こめっこの面倒を見ながらめぐみんがスズハに話しかける。
「それにしても惜しかったですね、スズハ。女神エリスが現れなかったら優勝も夢ではなかったのではないですか?」
「まさか。票の殆どはエリス様に集まってましたし。わたしやダクネスさん達の票だってそんなに差はなかったじゃないですか」
たぶん、エリスが参加しなければ、ダクネス辺りに票が集まったのではないかとスズハは思っている。
話題を振りながらシュワシュワに手を伸ばそうとするめぐみんにカズマがジョッキを先に奪う。
「だからお前にはまだ早ぇ! せめて15になってからにしろ!」
「たった1年くらい良いじゃないですか! 大体カズマだって私と2つしか違わないくせに!」
「3つだ! 今日誕生日だからな俺!」
冒険者カードを見せてくると年齢が1つ上がっている。
それを見たアクアが手を差し出した。
「それじゃあカズマ。プレゼントちょーだい。この国では誕生日を迎えた人が隣人に感謝を込めてプレゼントを贈るのが習わしなの」
「んなわけあるかぁ! ……いやまて。本当に誕生日の奴がプレゼント配るのか?」
別世界の常識に疎いカズマは段々と自信がなくなってくる。
しかしそれはめぐみんによって訂正された。
「そんな訳ないでしょう! というか、スズハの誕生日にちゃんとプレゼント渡したじゃないですか。もう忘れたんですか?」
「あ……」
そういえばそうだったと思い出すとアクアにヘッドロックをかける。
「テメふざけんな! 一瞬焦っただろうが、この年齢不詳BBAあっ!!」
「あー!! カズマさんが言っちゃいけないこと言ったぁ!! ていうか痛いわよ! 離して!」
などとじゃれ合っている2人にダクネスはやれやれと飲み干したシュワシュワを追加する。
めぐみんが息を吐く。
「まったく。誕生日なら誕生日と前もって言っておいて欲しいです。これからなにか用意しないと、ですね。スズハ」
「え? わたしは用意してますよ。皆さんの誕生日は前に聞きましたから」
足下に置いてあった袋を持ち上げるスズハに同じテーブルだけではなく、聞いていた周囲の客や店員までどよめく。
「そ、そうなのか? それ、今貰ってもいいか?」
「はい。渡すタイミング、ちょっと探ってました」
ははは、と恥ずかしそうに笑う。
袋の中から取り出すと、中から出てきたのはカズマがいつも羽織っている短いマント。
ただ、草色が若干薄めこと以外は同じデザイン。
「だいぶ傷んでましたから。せっかくでしたので」
「まぁ、確かに……」
冒険者になってから今日まで。
魔王軍幹部やらデストロイヤーやら王都での騒動やらで結構ボロボロになっていた。
買い替えようとは思っていたが、まだ着れるからいいか、と後回しになっていた。
それも、毎度スズハが手直ししてたのだが。
「それじゃあ、早速」
食事に邪魔なので脱いでいたマントの代わりに新しいマントを羽織ろうとする。
だが。
「ちょっと待ってください!」
と、スズハからストップがかかるが、既にマントを羽織り終えたカズマ。
そこでマントの異変に気付く。
「冷たっ!?」
マントが急に冷たくなり、体温が下がって急いで脱いだ。
「なんだこれっ!?」
「このマント、縫いながら
「……そういうことは先に言えよ」
夜とはいえ、既に気温も上がり始めた季節に寒そうに身震いするカズマ。
温かいスープを飲んで身体を温める。
マントを手に取りながらクリスが言う。
「へー。これ魔道具店に卸したってやつ? 即日完売してて実物見れなかったけど便利そう」
「上手くいったのが
そこでアクアが頬を膨らませる。
「カズマだけズルいわ。これから暑くなるなら必需品じゃない! 私も欲しいんですけど!」
「ウィズさんのお店に卸す数や魔力負担で皆さんの分まで作ってる余裕がなくて」
すみませんと軽く頭を下げるスズハ。
ぶーぶー文句を言うアクアをクリスがなだめる。
クリスからマントを返して貰い、抱えるカズマ。
「なら。もうちょっと気温が上がるのが楽しみだな。ありがたく使わせてもらうわ」
マントを袋に入れ直すカズマ。
そこでマントの効果とは違う寒気感じる。
「どうしました? カズマ」
「いや、なんか寒気っつーか。殺気みたいなもんを感じた気が……」
マントの効果を耳に入れていた周囲の冒険者達。
身内贔屓で便利装備が手に入った事への嫉妬が刺さる。
「と、とにかく! お前らエリス&アクア祭への協力ありがとなー! ちょっとしたトラブルも遭ったが、来年もこれくらい盛り上げていくぞー!!」
その視線を振り払うようにジョッキを上げて客達に宣言すると歓声が湧く。
今年の祭りを機に、アクセルの街は年々盛大な祭りが披露され、それが観光目的として訪れる者が増える事となるが、それはまた別の話である。
祭りの終わりから数日。
めぐみんとこめっこの母であるゆいゆいが迎えにきた。
「ごめんなさいね。長いことこめっこの面倒を見てもらって。魔王軍をやっと追い返せてー」
「はぁ……」
ゆいゆいの言葉にカズマが適当に相づちを打つ。
例の誘拐以来、こめっこには本当にハーネスを付けたおかげで必要以上に動き回らなくなった。
それが無くても流石に反省したのか、知らない人間について行く事はなくなったが。
ゆいゆいがめぐみんと内緒話をする。
「ところでめぐみん。貴女、カズマさんとはどうなの?」
「どうと言われましても……?」
「いい。めぐみんが結婚できる最初の最後のチャンスかもしれないのよ! 絶対に逃がしちゃ駄目よ! 既成事実を作ってでも交際なさい!」
「娘に随分と失礼なことを言いますね!? というか、カズマの財産目当てなのが丸分かりですよ!」
魔王軍幹部などを倒した成果でカズマの貯金額は相当な物である。
貧乏な両親からすれば是非娘とくっついて欲しいところだろう。
それとは別に、爆裂魔法狂いのめぐみんを受け入れてくれる相手など他に居るとは思えないという理由もあるのだが、それをめぐみんが察する事はない。
こめっこを引き取っていき、転移魔法で紅魔の里へと帰っていき、騒がしかった日常が少しだけ落ち着いた。
そして更に数日後。
ヒナをあやしていると、外から来客の知らせが届く。
「はい。どちら様で────」
「お久しぶりですスズハさん! ヒナさんも大きくなりましたね! 今日はご依頼を持ってきました! もちろん冒険者としての、です」
突然やって来たアイリス王女に、スズハは瞬きを繰り返した。
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