「どうぞ……」
突然やって来たアイリス王女に紅茶を淹れるスズハ。
彼女の前に紅茶を置くと、スッとアイリスが構っていたヒナを抱き上げる。
すると、アイリスが不満そうな顔をしたが構わず下がった。
そこでスズハの変化に気付く。
「髪、お切りになったんですね」
「えぇ、まぁ……そろそろ暑くなる季節ですので」
誘拐されて切られた、と説明するのが面倒だったので、適当な理由で誤魔化した。
そこでもう1つ、気になる部分に気付く。
「スズハさん。私が贈った髪飾りはどうしました?」
以前アイリスがスズハに贈った髪飾り。
それを今は身に付けていなかった。
「あ〜。その、家事とかやってるとどうしても汚しちゃいますし。高そうだから気後れしちゃって……」
あの髪飾り自体が高価な物、というのもあるが、アレを身に付けていると、赤ん坊のヒナが取ろうとして髪を引っ張ってきて痛いのだ。
だから、滅多な事では付けてない。
もちろん手入れは欠かしていないが。
しかしアイリスはスズハがせっかくの贈り物をしてない事が不満なようだ。
「ひどいです。せっかくプレゼントしたのに……」
頬を膨らませて拗ねるアイリスに困った顔をするスズハ。
それを見ていたダクネスがカズマに耳打ちする。
「スズハの前だとアイリス様はいつもあんな感じなのか?」
「ん? あぁ。前より少し砕けてる気はするけどあんなもんじゃないか? どうした?」
「いや、あそこまで肩の力を抜いているアイリス様を見るのは初めてでな。お前が兄を名乗った時は終わったと思ったが、スズハが友人なら安心だ」
「ちょっと待て。なにサラッと俺のことディスってんだテメェ。聞き逃して貰えると思ってんなら大間違いだぞ、このドMクルセイダー。今この場でお前の性癖を暴露してやろうか、おい」
「ハハ……やってみろ。その時はタダで済むと思うなよ?」
と、二人は視線で火花を散らしていると、アイリスの後ろに居たクレアがコホンとわざとらしく咳をする。
「アイリス様、そろそろ本題に」
クレアに促されて、アイリスがそうだったと今回訪れた目的を話そうとしたが、その前にカズマが口を開く。
「つーかアンタ、アイリスの側近にもどってたんだな。それよりなんで帽子なんて被ってんだ?」
久し振りに見るクレアは以前に比べて明らかに窶れていた。
目も窪み、頬骨が浮いている。
そしてカズマの言うように、似合ってないニット帽を被っていた。
「……気にするな。それより話を進めて構わないか?」
「お、おう?」
誤魔化すようなクレアの態度を気にしながらもこれ以上触れてはいけない話題だと雰囲気から察する。
「サトウカズマ。エルロード、という国を知っているか?」
エルロードという名に首を傾げていると、アクアが反応する。
「エルロードッ!?」
「どうした? アクア」
「エルロードよ! エルロードよ! カジノの国エルロード! すっごいお金持ちの国なの!」
アクアの説明にカズマとスズハはへぇ〜と言った感じの表情をし、クレアが近くの従者に指示してテーブルに地図を広げさせた。
「ここが魔王軍の領土で我が国のベルゼルグ王国と隣接しており、その隣国がエルロードだ。彼の国は資金繰りが上手く、ベルゼルグ王国に多額の資金援助をしてくれている。その代わり武力に乏しい彼の国に対してベルゼルグは魔王軍の進行を抑える防波堤の役割と、もしもモンスターなどの被害が出た際に此方の戦力を貸し出すことで持ちつ持たれつの関係を維持してきた」
「つまり、パトロンってことか。ん? してきた?」
クレアの言い方に顎を撫でていたカズマが不思議そうに首をかしげた。
それにアイリスが頷く。
「はい。その金銭的支援が、先日全面的に打ち切ると通達が来たのです」
「え? でもこの国に軍事力を任せてるんですよね? 魔王軍にこの国が落とされたら次はそのエルロード王国なのでは?」
「そうだ。理由はいつまでも魔王軍との戦いが進まない国への援助を続ける意味が見出だせないという理由だ。此方は最近、魔王軍の幹部を数体倒したことを伝えたが、色よい返事は貰えなかった」
「それ俺達だよな? なんで国が倒したみたいな話になってんの?」
自分達の功績を国の手柄にするような言い方にカズマが青筋を立てる。
話を聞きながらスズハは考える。
エルロード王国にとって、ベルゼルグ王国への出資は国の防衛に必要な資金の筈。
それを減額ならまだしも全て打ち切るのは気が触れたとしか思えない。
大きな会社で、今まで泥棒や暴漢が侵入した事が無いからと、警備員を全員解雇するような暴挙だ。
そこまで考えたが、自分が立ち入る話ではないと思考を止めた。
話の本題に入る。
「で? それでなんで俺達に交渉に赴くアイリスの護衛をして欲しいって話になるんだ? 言っちゃなんだが、こういう時って城から騎士だの兵だのがついて行くもんなんじゃないのか?」
「今回はお忍びでの訪問となる。大っぴらに動けば、エルロード王国に支援の打ち切りを王都の民に知られることとなる。先日の件がまだ癒えてない市民を刺激するような内容は控えたいのが本音だ。それに、まだ立て直しが完全でない王都は魔王軍との交戦に軍のリソースを割いているので、アイリス様の護衛を付けるのはとてもではないが苦しいのが現状だ」
「王女の護衛を付けるのも苦しいって国としてどうなんですか、それ?」
クレアの説明にめぐみんがツッコミを入れる。
なんと言うか、どうも建前というか、アイリスに心酔しているクレアが護衛の人選を回さない事にも違和感がある。
コホン、と咳払いし、アイリスが続ける。
「そこで、王都の戦いで活躍し、魔王軍幹部を何人も討伐に成功してきたお兄様のパーティーに護衛をお願いしたいのです。もちろんこれは御依頼なので、当然報酬もお支払いします」
そこでダクネスが意見する。
「アイリス様、どうかお考えください! 我々は護衛に適したパーティーではありません! 冒険者から選ぶにしても、もっと護衛を得意としたパーティーに────」
「よし! 引き受けた!」
ダクネスの進言を遮ってカズマが決定を下す。
それに対してダクネスが胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「お前はぁあああぁあっ!! 今回は他国の王族に会うんだぞ! 普段のお前の態度から連れて行ける訳がないだろっ!!」
「んだとテメェ! 1人だけ常識人ぶってんじゃねぇぞ、このドMクルセイダー!」
言い合っている2人にアクアが割って入る。
「えぇ〜!? 行きましょうよ〜! 私、たまにはカジノでパァ〜ッと遊びたいわ!」
「アクア、今回は遊びじゃないんだぞ! エルロードに行きたいなら次の旅行とかでいいだろ!」
そんな風に行く行かないで揉めているとスズハが小さく挙手する。
「カズマさん達がこの依頼を受ける受けないはともかく、わたしはお留守番させていただきますね。流石にヒナを連れて国外、それも王族の方と会うのは良くないでしょうし」
「えっ!?」
その意見にアイリスが驚きの表情となる。
スズハからすれば、なんで貴女が驚くんですか? と言いたくなるが。
「スズハさんは来てくれないんですか?」
「どうかご勘弁を。ヒナの面倒を見ながら他の国に行くのは不安があります。それに国の公務となれば、わたしに出来ることもないでしょう?」
赤子のヒナを抱えて他国の王族に会うのは失礼過ぎるし、向こうに馬鹿にしているのかと思われかねない。
そういう席を外したとしたら、スズハが行く意味も無い。
つまり、どう考えてもスズハが同行する理由がないのだ。
それに。
「また無実の罪で捕まった挙句、処刑されかけるなんて事態は御遠慮願いたいので」
王都に行った時にアイリスの暗殺容疑で捕まった。
取り調べという名の暴行と処刑未遂。
スズハの中では3本の指に入るくらいには思い出したくない記憶になっている。
王族絡みというだけで、似たような事に巻き込まれるのではないかという懸念があるのだ。
その言葉にクレアを含めた何人かが視線を逸らす。
「そ、その件は本当に申し訳ないと思ってますが……それならわたしは何の為にここまで……」
そこでようやくアイリスが態々この屋敷までやって来たのかを察する。
本来なら、ダスティネス家を通してカズマ達を城に呼び出せばいい。
そうしなかったのは、城へ呼び出してもスズハだけが辞退する可能性を想定してか。
それなら、この依頼を断るのも予想できそうだが。
(ヒナが絡むと微妙にポンコツになる気がする)
失礼な事を考えていると、クレアからも苦言を呈される。
「アイリス様、流石にお忍びとはいえ、公務に赤子を抱えたシラカワスズハを同席させるのはちょっと」
「う〜。分かってますけど……」
アイリスからすれば、スズハが乗り気だったら後は力押しの勢いで同行させようとしたのだろう。
流石にこのままでは可哀想なので、フォローする。
「お仕事が終わって時間ができたらいつでも遊びに来てください。ヒナもアイリス様と会うのは嬉しいみたいですから」
その言葉に落ち込んでいた顔がパァッと明るくなる。
めぐみんがカズマに問う。
「それで、結局私達はどうするのですか? 私としては、スズハとヒナだけを残して行くのは心配なのですが」
「あぁ。そうだなぁ」
つい先日も誘拐事件があったばかりだ。
アイリスの力にはなってやりたいが、めぐみんの言うように、スズハとヒナだけを屋敷に残すのは心配だ。
カズマが悩んでいると、クレアがカズマに耳打ちする。
それを聞いたカズマは椅子から立ち上がる。
「よし決めた。俺達はアイリスの依頼でエルロードに行く」
「やった! 流石カズマね!」
「本当ですか、お兄様!」
「正気かカズマ!? というかお前、今なにを聞いた!」
「やっかましい! もう決めたんだ! 俺はアイリスの兄だからな! 全力でお兄ちゃんを遂行すんだよ!」
などとそれぞれが個々に反応していると、めぐみんがスズハに寄り添う。
「スズハは本当に残って大丈夫なのですか?」
「はい。滅多なことはないと思いますし、危ないことになりそうなら、ウィズさんのお店や知り合いの冒険者や街のギルドを頼りますので」
アクセルの街に住んでそれなりの月日が経ち、交友関係も広がった。
この世界で、この街以上に安全な場所はスズハにはないのだ。
「……分かりました。留守はお願いします。でも、危ない目に遭いそうなら自分の安全を最優先に動いてくださいね。スズハには、ヒナも居るんですから」
「はい。もちろんです」
アイリスの依頼を受けたカズマ達は、王都に転移し、用意してある移動手段を使うらしい。
「じゃあ、留守番は任せた。悪いな」
「はい。任されました」
無理すんなよ、と言おうとすると、アイリスが話しかけてくる。
「スズハさん」
「どうしましたか? アイリス様」
「はい。一応勘違いされたくないので。わたし、ヒナさんと過ごすのも楽しみでしたけど、スズハさんとももっとお話したいと思ってるんですよ。その、スズハさんはわたしのお友達ですから」
ヒナだけが目当てだと思われてないか不安だったのだろう。
アイリスがそう言うと、スズハは微笑む。
「分かってます。わたしも、アイリス様とお話したいと思ってました」
軽い抱擁を交わして別れた。
1週間後。
「や……やっと寝てくれたぁ……」
ヒナを寝かしつけたスズハはソファーでぐったりしていた。
カズマ達がアイリスと旅立って1週間。ヒナの育児が思った以上に負担だった。
思えば、いつもスズハが家事をしていると、めぐみんを筆頭にみんながヒナの面倒を見てくれていた。
アクアはヒナと遊んでくれていたし、あまり赤ちゃんに触れようとしなかったカズマやダクネスも、最近では目を光らせて、危なそうならそれとなくフォローしてくれていた。
完全なワンオペになって改めてみんなに甘えていた事を自覚する。
(帰って来たら、感謝の意味も込めてちょっと食事を奮発しよう)
少し高めのお酒やケーキなどを買おうと決めた。
それより今は疲労で眠い。
(3時間……ううん、2時間だけ仮眠して……)
ウトウトと目蓋を閉ざしていく。
すると、屋敷の外から大声がした。
「サトウカズマーッ!! 出てこーいっ!?」
「っ!?????」
その大声に一気に眠気が消えて起き上がる。
「なんですか、もう……」
ようやく休めると思って仮眠しようとしたら突然の大声。
当然眠気が吹っ飛んだのスズハだけではない。
「アーッ! アーッ!」
屋敷の外から響いてくる大声に、ヒナもビックリして泣き喚く。
娘を抱き上げてあやす。
「大丈夫だからね、ヒナ。ほら泣き止んで〜」
抱きかかえる娘軽く揺らしてあやすが、外から更に声が届く。
「居るのは判ってんだぞ! 出てこーいっ!!」
その怒声のせいで一向にヒナが泣き止む様子がない。
「
2体の精霊を召喚する。
「玄関を開けるから、向こうが少しでも危険な行動を取ってきたら、わたし達を守って。お願い」
スズハの指示に2体の精霊が頷く。
精霊を向こうからは見えない位置に配置し、玄関の扉開けた。
「なにか、御用でしょうか?」
泣いているヒナを抱きかかえたスズハが出ると、相手側は驚いた様子で瞬きする。
玄関に立っていたのは4人組のパーティーだった。
プリーストと思われる金髪の女性が話しかけてきた。
「あの……ここはサトウカズマさんの御自宅では?」
「そうですが? 今、カズマさん達は指名の御依頼を遠出してます。わたしはこの屋敷の管理を任されて居る者です」
そう返すと、騎士風の女性が狼狽えた様子で返す。
「そ、そうか。それで、いつ頃戻るのかは……」
「存じません。あ〜ヒナ、泣き止んで、ほら」
まだ泣き止まないヒナをあやすスズハ。
「それで、あなた方は? カズマさんのお知り合いですか?」
「あぁ、いやその……俺はザトゥ・オズマだ。見ての通り、冒険者をやってる」
それから3人の女性はそれぞれ、アキュア、メグミ、ラクレスと名乗る。
スズハは警戒しながらも簡潔に返す。
「そうですか。でもすみません、先程も言ったようにカズマさん達は留守でして。急用でなければ今日は帰っていただけませんか? わたしも娘をあやさないといけませんので」
スズハにしては珍しい塩対応。
ようやく寝かしつけた娘を大声で起こされてわりと本気でイラッときていた。
しかし、オズマと名乗るパーティーは少し離れてヒソヒソと話し始める。
(今娘って言いましたよね?)
(あぁ、やはり街の冒険者達が言っていたことは────)
(こ、これ……通報した方がいいんじゃ)
そんな会話が途切れ途切れに聴こえるが、おそらくは街の住民や冒険者に、あることないことを面白半分に吹き込まれたのだろうと思った。
いつまでもここに居座られては迷惑なので、早々にお帰り願う事にした。
「こちらも忙しいので、用が無いなら今日はお帰りください。カズマさん達が帰って来たら話しておくので」
「あ! おい!」
それだけ言って扉を閉めた。
流石にこれ以上騒ぐつもりはなかったらしく、ザトゥ・オズマ達はそのまま立ち去って行った。
「はぁ〜……」
気が抜けてその場に座り込む。
いきなり知らない冒険者に詰め寄られて本当に恐かったのだ。
そんなスズハに2体の精霊が慰めるように近付く。
「ありがとう。もう戻って」
2体の精霊を戻すと、すっかり眠気が消え失せてしまった。
逆にヒナは泣き疲れて眠りに入ろうとしている。
どうしようかな、と思っていると、ある事が思い浮かんだ。
ウィズ魔道具店に訪れると、そこにはウィズとバニル。そしてもう1人の住人がいた。
赤い髪の女性は少しだけバツが悪そうに表情を歪めた。
「お久しぶりです、ウォルバクさん」
もしもスズハがエルロード王国まで同席した場合、その幸運値を最大活用してカジノを荒らしまくったり、王子に惚れられたりする展開があった模様。
クレアが帽子を被ってるのは、アルカンレティアでの出張でストレスに拠る円形脱毛症になったからです。
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