食堂内でのあたしの席の周辺は、あっという間に随分と変わってしまった。というのも、あたしが呼び出したローゼマインが更に呼び出した側近たちが、実に八席分を占拠してしまっているためだ。といっても、実際に席に座っているのは半分に当たる四人だけだ。
席に座っているうちの一人は彼らの主人であるローゼマイン。その背後には昨日と同じくリーゼレータと、今日呼び出した側近の一人、護衛騎士だと言っていたマティアスという男子が食事中の主を護衛する為と言って立っている。
席に座っている残り二人は上級文官と言っていたハルトムートという男子とクラリッサという女子だ。その二人は中級文官と言っていたローデリヒと側仕えのグレーティアの給仕を受けて食事をしている。
今回ローゼマインの呼び出した側近の中では、この二人の身分が高く、ローゼマインが言うには、これまで側仕えのいない食事などしたことがない二人なのだそうだ。ローゼマインはそれほど上位の貴族を、自らの側近とできる身分だということだ。なんだかローゼマインが益々遠い所に行ってしまった気がする。
そして、食事をしている最後の一人がラウレンツという護衛騎士だ。護衛騎士である彼は遠征などの際に一人で食事を行うこともあるため、今回は我慢してもらうのだそうだ。
「キュルケ、この近くに町はあるかしら?」
「町なら、馬で三時間くらいの場所にトリステインの城下町があるわよ」
あたしの説明にローゼマインは何となく察した顔になったが、他の側近たちは理解できてない様子に見える。何故だかが分からず、あたしも戸惑う。
「三時間だと、鐘一つ分より少しだけ時間がかかるくらいかしらね」
「ローゼマイン様はこちらの時間を早くもご理解なさっていたのですか!」
興奮して聞いているのはハルトムートという朱色の髪の上級文官だ。
「ええ、昨日のうちに、ちょっと知ることができまして……」
「さすがはエーレンフェストの英知の女神、ローゼマイン様です!」
「ちょっと、やめなさい、ハルトムート!」
ローゼマインが珍しく本気でハルトムートを諌めたのが分かった。
「それで、町に行ってどうするつもりなの?」
「今のわたくしたちはハルケギニアの相場が分からないのです。今のままですと、交渉を有利に進めることなどできませんから」
「けど、マジックアイテムなんて普通には売られていないわよ?」
「こちらでは魔術具のことをマジックアイテムと呼ぶのですね」
あたしの感想にローゼマインは一つ学ぶことができたとばかりに満足そうに頷く。
「魔術具のことばかりではありません。ユルゲンシュミットの知識の中には、ハルケギニアにない知識も含まれていることでしょう。それらの知識をお金にする際にも、ハルケギニアの相場を知っておくことは重要になります」
「ローゼマインは随分、商業にも詳しいのね」
「領主候補生として、領内を富ませる手段には明るくなくてはならないでしょう?」
「その考え、気に入ったわ。あたしのゲルマニアは商業にも力を入れているのよ」
「そうなのですか。キュルケとは良い取引ができるかもしれませんね」
ローゼマインはそう言って笑うが、あたしはあくまで貴族の領主であり、ローゼマインと対等に取引ができる自信がないのだけど。
「それにしてもトリステインの城下町なら、あたしよりも詳しい人はいるのだけど……」
「キュルケはこの国の生まれではないのでしたね。トリステインの出身者を紹介していただけるのかしら?」
「そうしたいのだけど、あたしはその子からあまり良く思われてないのよね」
キュルケの隣の部屋のルイズは生粋のトリステイン貴族だ。高位の貴族であるため優秀な職人を知っている可能性も高いし、城下町の地理にも精通しているはずだ。
けれどルイズの実家であるヴァリエール領とあたしの実家は、国境を挟んで領地を接する位置にある。そして、あたし自身はプライドばかり高くてお堅いヴァリエールの自業自得だと思うが、何度も恋人をあたしの祖先に盗られたとかで対抗心を持っている。あたしの頼みでは断られるだけだろう。
「けれど、ローゼマインの頼みなら引き受けてくれるかもしれないわね。上手く自尊心をくすぐれば、そんなに難しくないんじゃない?」
「その言葉だけ聞いていると、その方の将来が心配になってまいりますね」
ルイズは貴族としての意識と魔法の実力が釣り合っていない。そのことで周囲にからかわれている分、彼女のことを知らないローゼマインが貴族として礼をもって遇すれば、たぶん簡単に力を貸してくれるような気がする。ローゼマインの案内をルイズに任せようと決めたことで、再びオスマンとの商談のことが気になってきた。
「ねえ、ローゼマイン。ところで、どうしてローゼマインのオールド・オスマンへの伝言はあたしに聞こえなかったの?」
「ああ、あれは盗聴防止用の魔術具を使用したのです」
「盗聴防止用の魔術具?」
「簡単に言うと、特定の相手以外には話している内容が聞こえないようにできます」
どうやらユルゲンシュミットには色々な種類のマジックアイテムがあるらしい。
「そちらはオールド・オスマンには見せなかったのね」
「ええ、使用する場面が限られますし、何よりオルドナンツほど余剰がないので」
どうやら行方不明となったローゼマインを探す過程で各所と連絡を行えるよう、側近たちは大量のオルドナンツを持っていたようだ。その状態で呼び出されたので今は手持ちのオルドナンツに余剰が生じているということらしい。
ちなみにオルドナンツで故郷のエーレンフェストという場所に連絡を取ることは失敗したらしい。どうやらオルドナンツは境界というものを超えられないらしく、国境門も超えられなかったと言っていた。
あたしにはよくわからない言葉もあったが、どうやら予測済みでローゼマインが気落ちしていないということらしい。それならば、よしとしよう。
「ねえ、あのオルドナンツってマジックアイテム、あたしにも譲ってくれない?」
「わたくしたちの手元のオルドナンツは幾らか余裕はあるとはいえ、補充はできませんからね。それにオールド・オスマンに高額でお譲りする以上、キュルケに安価でお譲りすることはできません」
やはりローゼマインは手強い。オスマンを引き合いに出されては無理に値引きはさせられない。
「う……確かにそうかもしれないわね。じゃあ、オールド・オスマンと同額であれば、あたしにも譲ってくれる?」
「それでしたら問題ありませんが、今回の対価は明確にいくらと決まってはいません。割高にも割安にもなりえますが、それでキュルケは構いませんか?」
「ええ、構わないわ」
「ハルトムート、貴方のオルドナンツを一つ、キュルケに譲ってあげてください」
ローゼマインが命じると、すぐにハルトムートが身に着けていた黄色い石をキュルケに差し出してくれる。
「使い方は、おわかりですね?」
「ええ、オールド・オスマンが使ったところを見ていたから」
商談を終えて少しするとローゼマインたちが食事を終えた。そうすると、ローゼマイン、ハルトムート、クラリッサは食後のお茶の準備がされ、今度はリーゼレータ、グレーティア、マティアス、ローデリヒの四人が食事を始める。ちなみにラウレンツはローゼマインの護衛をしている。ユルゲンシュミットの身分制はハルケギニアより厳しいようだと、あたしは肌で感じた。
「とりあえず最初の一回は様子見も兼ねてあたしたちだけで城下町に向かって、成果が少ないようなら、トリステインの貴族にも声をかけてみるってことでいい?」
「ええ、わたくしはそれで構いませんわ」
こうして、次の休日である虚無の曜日には、あたしはローゼマインたちとトリステインに向かうことに決まった。
本話で第一部一章が終了。
次話でようやく才人が召喚されます。
その後は原作に近づいたり、離れたり、ですね。