召喚の儀式(ルイズ)
わたしはハルケギニアで三日目の朝を迎えた。今日の魔法学院の授業も一昨日から引き続いて春の使い魔召喚の儀式となる。これ以上、面倒な事態にしても仕方がないこと、召喚した者に責任を持てないことから、わたしは側近たちに改めて絶対にサモン・サーヴァントを使ってみないことを厳命して授業を見学していた。
一人、二人と召喚を成功させて、生徒たちは奇妙な生き物たちを呼び出していく。
「ターニスベファレンなどに比べれば、まだ可愛らしい生き物でよかったですね」
マティアスがそう言うが、はっきり言ってターニスベファレンやトロンべのような公害度が高すぎる生き物では、とても使い魔になどできないと思う。
そうこうしているうちに、春の使い魔召喚の儀式は残り一人となっていた。桃色がかったブロンドの髪の女の子だ。
何度かの失敗の後、ついに出現させることができた鏡から出てきたのは人間だった。
またしても人を召喚したことに騒然となった生徒たちだったが、それは少し後には別の種類のものに変わる。
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
誰かが言ったのを皮切りに全員で笑い声を上げる。だけど、わたしはとても笑えるような気分でなかった。呼び出された男性が身に着けているのははわたしが前世を過ごした地球の服装に見えたからだ。
「皆さま、現時点で平民と決めつけるのは性急ではなくて。わたくしたちもそうでしたが、貴族の服装は国によって大きく異なります。また、仮に平民だとしても希少な技能を有する可能性もあるのではなくて。まずは彼女が話を終えるのを待ってはいかが?」
わたしが取りなすと、リーゼレータという例を見ているからか、生徒たちが笑いを止めた。そして、平民でない可能性を示され、ルイズという名前らしい女の子が少し元気を出したように見えた。
「あなたは誰なの?」
「誰って……俺は平賀才人」
「あなたは貴族じゃないわよね」
「はあ、貴族? 何言ってんの?」
名前から考えても、彼は日本人だ。そして日本人なら急に貴族なのか、なんて問いかけられたら、そういう反応になっちゃうよね。
そしてルイズは平賀くんの反応から貴族ではないと確信してしまったようだ。
「ミスタ・コルベール、あの、もう一回召喚させてください」
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「『サモン・サーヴァント』は呼び出した使い魔が死なない限り、二度目の使用はできない。それはミス・ヴァリエールも知っているはずだろう。実際、ミス・ツェルプストーだって二度目の召喚は行っていない。ミス・ヴァリエールは彼を使い魔にするしかない」
そこでわたしを引き合いに出さないでほしい。おかげでキュルケは使い魔を呼び出していないばかりか、生活費をたかられてるんだから。オルドナンツを手に入れたという部分も考慮しても、たぶんキュルケは大損をしていると思う。
それにしても、このままだと平賀くんは貴族と従属契約を結ばされてしまう。さすがに元同じ日本人として、このまま見ているだけというのは忍びない。
「ミスタ・コルベール、彼を使い魔とする前に、本当に彼を使い魔として問題がないか確認をすべきではありませんか? わたくしの専属楽師や専属料理人は平民ですが、わたくしの専属ですから、彼らに手を出せば、わたくしへの敵対を宣言したも同然です。同じように彼も何らかの後ろ盾などがあるかもしれません」
そう言いながら、わたしは少しだけ足を前に進める。
「ねえ、平賀才人さん、貴方にはどのような技能があるのかしら?」
「は? 技能? なんで子供にそんなことを説明しないといけないんだ?」
その瞬間、ハルトムートだけでなくクラリッサ、マティアス、ラウレンツがわたしの背後で不穏な空気を発しだした。平賀くん、気持ちは分かるけど空気を読んで!
「貴方の今後を決める大事な問いです。もしも特別な技能などないのなら、貴方は貴族の使い魔として飼われる人生を送るしかありません。よく考えて返答してくださいね」
わたしとしては最大限、塩を送ったつもりだ。頼むから、自分を高く売り込んで!
「悪かったな。俺は平凡な高校生で、特別な技能なんて何もねえよ」
あ、詰んだ。これは庇いきれない。仕方なく、わたしはコルベールに向き直って言う。
「ミスタ・コルベール、どうやらわたくしが慎重すぎたようですわ」
ただの平民を必要以上に庇えば、わたしの立場が悪くなる。ただでさえ、ここでのわたしたちは異邦人なのだ。ユルゲンシュミットに帰還するという目標がある以上、異端な行動で周囲から協力を得られなくなる事態は避けなければならないのだ。
「では、ミス・ヴァリエール。儀式を続けなさい」
ルイズは少し渋る様子を見せたが、やがて諦めて平賀くんと契約した。要するにキスをしたのだ。犬やフクロウやよく分からない生き物との口づけなら何も感じなかったが、さすがにこれは少し刺激が強い。それはわたしだけではなかったようで、ユルゲンシュミット基準では十分に破廉恥に該当する行為にわたしの側近たちもやや目を逸らしていた。
「ぐあ! ぐぁあああああ!」
その直後、聞こえてきた声に逸らしていた視線を戻すと、平賀くんが苦しそうに顔を歪めていた。
「すぐに終わるわよ。待ってなさいよ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ」
「刻むな! 俺の体に何をしやがった!」
ルイズが全く動じていないので、たとえ相手が人であっても使い魔の契約の一環としてとらえられるらしい。本当に常識が分からないというのは困ったものだ。
「珍しいルーンだな」
そして、マイペースに平賀くん左手の甲のルーンを写しているコルベールにも。教師ならもう少しきちんと監督してほしい。
何より困るのは先程から貴族相手に怒声すらあげている平賀くんだ。平民が貴族に発言の許可なく口を開くだけでも不敬なのに、怒声を上げるなんて命知らずにも程がある。いつ処刑されてもおかしくない状況に、見ているわたしの方が心臓に悪い。
「平民が、貴族にそんな口利いていいと思ってるの?」
実際にルイズも不快に思っているようだ。それでも即座に処刑されないだけ少しは寛容なところもあるらしい。
「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」
コルベールがそう言って魔術を使って飛び上がる。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」
他の生徒が言ったのを聞いて、わたしはルイズが空を飛ぶ魔術を使えないことを知った。そして、からかわれたルイズは癇癪を起していた。
「あんた、なんなのよ!」
「お前こそなんだ! ここはどこだ! お前たちはなんなんだ! なんで飛ぶ! 俺の身体に何をした!」
そして事態が飲み込めていない平賀くんも負けじと言い返す。
「そりゃ飛ぶわよ。メイジが飛ばなくてどうすんの」
「メイジ? いったいここはどこだ!」
興奮した平賀くんがルイズの肩を掴もうと手を伸ばす。
「そこまでですよ」
それをわたしは、シュタープを光の帯に変形させ、平賀くんを縛ることで阻止した。
「な、なんだこれは!?」
縛られて地面に転がった平賀くんが、もがきながら驚愕の声を上げる。光の帯での拘束は初めてされたら驚くよね。その気持ちは分かるけど、しばらく黙っててほしい。
「平賀さんは随分と遠い国から来たようですね。平賀さんはご存知ないかもしれませんが、貴族に手を上げるのは重罪です。貴方はあと少しで殺されても文句を言えないような重罪を犯すところだったのですよ」
本当に、心臓に悪い暴挙はやめてほしい。けれど、今回に限っては平賀くんを縛れたのは都合が良いかもしれない。
「ルイズ様、そちらの使い魔がいては空を飛ぶことは難しいのでしょう? よろしければわたくしの騎獣で一緒に教室まで向かいませんこと?」
「いいの?」
「ええ、わたくしの騎獣は複数人を同時に運べますので。クラリッサ、悪いけどわたくしの騎獣に護衛として同乗してください」
クラリッサは文官だが、武の領地であるダンケルフェルガーで騎士としての訓練を受けていた武よりの文官であるため、護衛も行える。今回は狭い騎獣に同乗するということで同性のクラリッサが適任だろう。
わたしは騎獣をファミリーカーくらいのサイズで出し、入口を開けて中に乗り込む。そして助手席にクラリッサを、後部座席にルイズと縛ったままの平賀くんを乗せる。
「すげえな、これ。車みたいだ」
平賀くんの感想は、予想通りのものだ。そもそも、わたしが作った物の大半は、日本で生きていた頃の知識を基にしたものだ。レッサーくんもそのうちの一つだし、カトルカールやクッキーといった食べ物もそうだ。今後、何かの折にわたしの側近の口からそれらの単語が出てくれば、わたしが日本の知識を持っていることは気づかれてしまうだろう。その前に先手を打たなければならない。
「車ですか……確か、そのようなことを言っていた気もします」
「え、言っていた?」
「わたくし、夢の中でわたくしの国とは大きく違う別の国の生活を見ることがあるのです。もしかしたら、わたくしが夢で見ていたのは、平賀さんの国かもしれませんね」
わたしが夢の中で見たものを作らせているという設定は公式のものだ。これなら、おそらくは遥か遠い別の星のことを知っていても矛盾はしない。
「そういえば、お前……俺の名前……」
「メッサー」
平賀くんも、わたしの平賀くんに対する呼び方が日本式のものに気が付いたようだ。けれども、その直後にクラリッサにナイフを突きつけられる。
「平賀くんがこの世界で生き抜けるように忠告させていただきますが、平民は貴族に自分から話し掛けただけで不敬になります。注意なさってください」
「あの、いくら何でもそれは厳しすぎるんじゃない?」
わたしは平賀くんのためを思って言ったのだ。ところが、その忠告は肝心のルイズに否定されてしまう。その遣り取りでハルケギニアはユルゲンシュミットより平民に対して寛容なのだと、わたしは思い知ることになった。
でも、わたしの側近たちは生粋のユルゲンシュミットの貴族だから、放っておくと先程のクラリッサのように刃物を突きつけることになるんだよね。平民にも比較的寛容なわたしの側近たちでこれだから、他のユルゲンシュミットの貴族ならどうなったことか。人知れず、ため息をつきながら、わたしは騎獣に魔力を注いだ。
足払いメッサーも考えましたが、ハルトムートが微妙な表情になりそうなので、縛られた状態でのメッサーに。
ところで、改めて考えるとユルゲンシュミットってろくでもない生き物が多すぎる気が。