召喚四日目、わたしは護衛騎士のラウレンツを背後に、護衛もできる文官のクラリッサを横の席に座らせて魔法学院の教室で講義を受けていた。今日の教師は紫色のローブに身を包んで、帽子を被ったシュヴルーズという名前の中年の女性だ。
ちなみに、この場にいない側近のうち、リーゼレータとグレーティアはわたしのベッドに天幕を付けるために部屋で作業中。ハルトムートとローデリヒとマティアスはリンシャンの他、魔術具作成の材料がないかを探すために学園から見えた森に採集に向かっている。
「皆さん。春の使い魔召喚では色々とあったようですが、無事に皆さんが成功できたことを嬉しく思います。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
その色々に関わっているわたしは視線から逃れるため、俯きたくなった。が、悲しいかな俯いてはならないという貴族教育を十分に実践できるようになったわたしは、表情を変えることなく前を見続けてしまう。
「ミス・ローゼマイン、貴方のことはオールド・オスマンから聞いています。ハルケギニアの魔法を少しでも学びたいようですね。二年生の授業から参加なので大変な面もあると思いますが、精一杯学んでくださいね」
「ありがとう存じます、ミス・シュヴルーズ」
「あのね、ローゼマイン。既婚の女性に対してはミスじゃなくてミセスなの」
わたしが答えた直後、こっそりとキュルケが教えてくれる。どうやら地球と同じように女性の呼び方は変わるらしい。けれど、オスマンのような例もあるし、必ずしも一致していないかもしれない。
「後で詳しく教えてくださいませ」
こういった常識は、外の人間には分かりにくい。わたしは異国の人と知られているため、多少は間違えても問題ないかもしれないが、知っておくに越したことはない。
「では、授業を始めますよ」
シュヴルーズが、こほんと重々しく咳をして杖を振ると、机の上に石が現れる。魔石でも何でもない普通の小石に見える。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。ミス・ローゼマインは、魔法の四大系統はご存知ですか?」
「四大系統ですか? 一般的なのは『水』『火』『風』『土』でしょうか?」
「一般的なのは? 他にどのような系統の分け方があるのですか?」
「分け方というか、七属性のうちのどれを挙げるかで少し迷いました」
わたしがそう言うと、教室内がざわめいた。拙い、何か良くない発言があったみたいだ。ひょっとして、ハルケギニアは属性が七つでないのだろうか?
「その七属性、教えてもらえますか?」
やっぱり属性の数が七つというのが拙かったようだ。けれど、多いのか少ないのかが分からない。雰囲気的には前者の気がするけど、今から誤魔化すのは不自然すぎる。
「ユルゲンシュミットの属性は『水』『火』『風』『土』『光』『闇』『命』です」
仕方なく私は正直に答えることにした。けれど、答えたことで益々、教室のざわめきが大きくなった気がする。
「ミス・ローゼマイン、ハルケギニアの属性は『火』『水』『土』『風』に今は失われた系統である『虚無』を合わせて全部で五つの系統です」
ということは、現存しているのは四大系統と呼ばれた『火』『水』『土』『風』だけということになる。これでは、わたしは完全に異質な存在だ。
「ちなみにミス・ローゼマインは『光』『闇』『命』の属性の呪文を使えますか?」
シュヴルーズの質問にわたしは首を傾げる。
「魔術……こちらでは呪文と呼んでいるのでしたね。呪文に属性はあまり関係ないと思いますけど?」
水の属性があればヴァッシェンが使いやすいというのは聞いたことがあるけれど、一部の魔術具を除いて、属性がなければ使えないということはない。そう思って答えたのだが、逆にシュヴルーズたちに驚かれてしまった。
「今のお話だけでもユルゲンシュミットとハルケギニアには魔法の体系に大きな違いがありそうですね。けれど、その探求を始めると時間がいくらあっても足りません。今は授業を進められてはいかがですか?」
「そ、そうですね。そうしましょう」
そう言うとシュヴルーズは再び重々しく咳をして講義を始める。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すこともできないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることでしょう。このように『土』系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」
この時点でもユルゲンシュミットとはだいぶ違いが出てきた。ユルゲンシュミットでは魔術で重要な金属を作ることはできない。そして、大きな石を切り出して建物にするという魔法は領主候補生のみが使えるエントヴィッケルンで代用されている。農作物についても収穫量を増やすことはあっても収穫を楽にするための魔術はない。
「今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。一年生のときにできるようになった人もいるでしょうかが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
シュヴルーズが石ころに向かって、手に持った小ぶりな杖を振り上げて短く呪文を呟く。すると、小石が光り出し、おさまったときには光る金属に変わっていた。
何で!? と叫び出したいのをわたしは懸命に抑えた。
「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」
「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの『トライアングル』ですから……」
金に興奮したキュルケの声にシュヴルーズは妙にもったいぶって答える。
「ルイズ、スクウェアとかトライアングルって、どういうこと?」
そう聞いたのはルイズの隣の席に座っている平賀だった。それはわたしにとっても興味深い内容だったので、こっそり耳をそばだてる。
「系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」
「はい?」
平賀の分かっていない様子を見てルイズは小声で説明を続ける。
「例えば『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど『火』の系統を足せば、さらに強力な呪文になるの。『火』『土』のように二系統を足せるのが『ライン』メイジ。シュヴルーズ先生みたいに『土』『土』『火』、三つ足せるのが『トライアングル』メイジ」
「同じの二つ足してどうするの?」
「その系統がより強力になるのよ」
どうやら系統数を属性に直せばユルゲンシュミットの貴族の基準にだいぶ近づくようだ。ユルゲンシュミットでは属性一つが下級貴族、二つで中級貴族、三つ以上で上級貴族というのが一般的だ。
差異は、同じ属性を二つ持つことがありえないということ。そして家格にも左右されるために中級貴族なら必ず属性二つではないこと。代わりに魔力量という基準もあること。そう考えてみると、微妙に違いは多い。けれど、魔法学院の教師が上級貴族相当というのは頷ける話だ。
「ミス・ヴァリエール! 授業中の私語は慎みなさい」
と、そこでルイズが叱られてしまった。わたしもその私語をしっかり聞いていた一人なので心の中でだけ首を竦める。
「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」
「先生、やめといた方がいいと思いますけど……」
と、そこでなぜかキュルケがシュヴルーズを止めようとしだした。キュルケだけではない。キュルケが危険だと言ったとき、なぜか教室の中にいる全員が頷いていた。けれど、ルイズは蒼白な顔で止めるキュルケを振り切って教室の前へと歩いていく。
その瞬間、なぜか前の席に座っていた生徒が椅子の下に隠れた。そこでキュルケが言った危険という言葉が少し現実味を帯びてきた。ラウレンツがいつでも前に出られるように腰を落とし、クラリッサが椅子から腰を浮かせた。
ルイズが目をつむり、短くルーンを唱えて杖を振り下ろす。
「ゲッティルト!」
机ごと小石が爆発をするのと、ラウレンツとクラリッサがわたしの前に出て盾を出したのは、ほぼ同時だった。盾を襲う爆風に、二人は懸命に耐えてくれた。
二人が盾をどけたときには、教室は阿鼻叫喚の大騒ぎになっていた。爆風に驚いた使い魔たちが暴れ出したのだ。
マンティコアが飛び上がって窓ガラスをたたき割り、そこから侵入した大蛇が誰かの烏を飲み込む。それを収めるべきシュヴルーズは爆心地付近で倒れたまま痙攣をしている。
「ちょっと失敗したみたいね」
そんな中、ルイズだけは顔についた煤を、取り出したハンカチで拭きながら、淡々とした声で言った。
しかし、他の生徒から猛然と反撃を食らう。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
騒がしい生徒たちはともかく、使い魔たちを大人しくする方法はわたしにはない。けれど、シュヴルーズを癒すことならできる。シュヴルーズに後始末を丸投げするためにわたしはラウレンツとクラリッサにお礼を言った後、教室の前へと歩きだした。
「錬金」と言って、なぜか聖杯を出すローゼマイン、は自重。