ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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昼食の席での諍い

俺がルイズがめちゃくちゃにした教室の片付けを終えたのは、昼休みの前だった。爆風に吹き飛ばされたシュヴルーズはローゼマインの魔法により復帰したが、教室の状態が酷すぎて、授業は再開できなかったのだ。

 

食堂に向かう道すがら、俺は何度もルイズをからかった。なにせ、ルイズのせいで先ほどは重労働であったのだ。新しい窓ガラスを運んだのも、重い机を運んだのも俺だ。煤だらけになった教室を雑巾で磨いたのも俺だ。ルイズはしぶしぶと机を拭いただけだ。

 

昨日、俺が寝たのは床だった。食事も貧しいものだった。ローゼマインも同じような立場だと聞いたのに、扱いは天と地ほども違う。貴族と平民の差だと言われても、飲み込みきれるものではない。

 

そんな風に俺を苛めるルイズの弱点を見つけて、黙っていられるわけがなかった。ここぞとばかりに俺はルイズをからかいまくった。気分が良いまま食堂につくと、俺は椅子をひいてやる。

 

「はいゼロのルイズ様。料理に魔法をかけてはいけませんよ。ゼロだけに失敗して料理が爆発したら、大変ですからね」

 

ルイズは無言で席に着く。俺は散々ルイズをからかうことができたので、満足していた。生意気で高慢ちきなルイズに一矢報いてやった。粗末な食事も気にならない。だが、その食事の皿はひょいと取り上げられた。

 

「ご主人様にゼロって言った数だけ、ご飯ヌキ! これ絶対! 例外なし!」

 

そうして俺は昼食抜きのまま、食堂を出た。嫌味なんか言わなきゃよかったと後悔しながら腹を抱えて壁に手をつく。

 

「どうなさいました?」

 

振り向くと、大きい銀のトレイを持ち、メイドの格好をした素朴な感じの少女が心配そうに俺を見つめていた。カチューシャで纏めた黒髪とそばかすが可愛らしい。

 

「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」

 

「知ってるの?」

 

「ええ。なんでも召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。その直前にミス・ローゼマインが呼ばれたこともあって、厨房では随分と噂になっていたんです」

 

「ローゼマインのことも、やっぱり噂になっていたの?」

 

気になる名前を聞いて、俺はそう尋ねてみた。

 

「ええ、ミス・ローゼマイン本人より、従者のミス・リーゼレータについてですが」

 

どうやらリーゼレータは自分たちの知るマナーがハルケギニアでは不作法とならないかを確認しに来たらしい。加えて、普段、ローゼマインが好んでいるお茶に近い物を探して事前に飲み比べをしていたようだ。

 

「あれが貴族のお世話の仕方なんだって、大変勉強になりました」

 

専属のメイド付きで召喚されるなんて、同じ被召喚者とは思えない。ローゼマインはずるいと思う。

 

俺の出会った少女は、シエスタという名前だった。彼女は俺が空腹であると知ると、食堂の裏にある厨房に連れて行ってくれて、俺に賄い食を振舞ってくれた。

 

その優しさに涙が出そうになった。ルイズがよこしたスープとは大違いだ。

 

「おいしかったよ。ありがとう」

 

「よかった。お腹が空いたら、いつでも来てくださいな」

 

嬉しい言葉に俺は今度こそ涙を流した。

 

「俺、こっちに来て優しくされたの初めてで……思わず感極まりました……」

 

「そ、そんな、大げさな」

 

「大げさじゃないよ。俺に何かできることがあったら言ってくれ。手伝うよ」

 

「なら、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」

 

無論、俺は一も二もなく頷いた。

 

そうして俺はデザートのケーキが並んだ大きな銀のトレイを持って歩いていた。俺が持つトレイからシエスタがはさみでケーキをつまみ、一つずつ貴族たちに配っていく。

 

その途中、金色の巻き髪に、フリルのついたシャツを着た、気障なメイジのポケットから何かが落ちた。ギーシュという名らしい、その気障なメイジは何となく気に入らなかったが、落し物は落し物なので俺はギーシュに教えてやることにした。

 

「おい、ポケットから壜が落ちたぞ」

 

せっかく教えてやったのに、ギーシュは俺のことを無視してきた。

 

「落とし物だよ。色男」

 

仕方なく、俺は壜をテーブルの上に置いた。すると、ギーシュの席の周りにいた貴族たちが壜の出所について大声で騒ぎ始めた。事態はそこから修羅場の様相を見せていった。

 

まずはケティという名前の栗色の髪をした可愛い少女が出てきて、壜のことでギーシュの頬をひっぱたいた。続いて見事な巻き髪のモンモランシーという名前の女の子がやってきて、先ほどの一年生に手を出していたことを問い詰めたかと思うと、テーブルに置かれたワインの壜の中身をどぼどぼとギーシュの頭の上からかけた。

 

「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 

さすがに呆れてしまい、俺はシエスタに預けていた銀のトレイを受け取り、再び歩き出そうとした。

 

「待ちたまえ」

 

しかし、そんな俺を呼び止めると、ギーシュは椅子の上で体を回転させて足を組んだ。

 

「君が軽率に、香水の壜なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」

 

「二股かけてるお前が悪い」

 

俺が言うとギーシュの友人たちが、どっと笑った。

 

「給仕君。僕は君が香水の壜をテーブルに置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせるぐらいの機転があってもよいだろう?」

 

「どっちにしろ、二股なんかそのうちバレるっつの。あと、俺は給仕じゃない」

 

「ふん……。ああ、君は確か、あのゼロのルイ……」

 

「ヴァッシェン」

 

「ぐぼがぼっ」

 

そのとき、突如としてギーシュの頭上から大量の水が降ってきた。水はすぐに消えたが、ギーシュは苦しそうに咳き込んでいる。

 

「な……なにが起こったんだ?」

 

「失礼、ギーシュ様。濡れた髪と服のままでは風邪をひいてしまうと思いましたので、洗浄の魔術を使わせていただきました」

 

そう言いながら歩いてきたのはローゼマインだった。

 

「洗浄の魔術?」

 

ローゼマインの国特有の魔法なのかギーシュが不思議そうに問いかける。

 

「ええ、身体や衣服の他に椅子や床なども洗浄できるわたくしたちの国の魔術です。確認なさってはいかがですか?」

 

確かにギーシュの髪も服もギーシュ経由で垂れた床も綺麗になっている。とても便利な魔法だと思ったが、だったらさっき、ルイズの失敗魔法で汚してしまった教室でも使ってくれたらよかったのに。

 

「あ、ありがとう」

 

「いいえ、どういたしまして」

 

笑顔を浮かべると、ローゼマインは優雅に身を翻して去っていく。

 

「ふん……君も彼女に感謝しておくんだな」

 

「は? 感謝するのはお前だけだろ」

 

ローゼマインが不穏な雰囲気を晴らすために、割って入ってくれたことには何となく気づいていた。けれど、自分より随分と幼い見た目の少女に一方的に守ってもらったというのが悔しくて、つい余計な言葉が口をつく。

 

「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだな」

 

「あいにく、貴族なんか一人もいない世界から来たんでね」

 

「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ」

 

「おもしれえ」

 

今の喧嘩は受ける必要などなかったものだ。けれど、ルイズを始め、出会う貴族全てに見下され続け、溜まった鬱憤が俺を粗暴にしてしまっていた。

 

貴族には絶対服従だとローゼマインは言っていた。俺の中の冷静な部分がやめろと警告してくれているにも拘わらず、俺は感情のままに勝負を受ける。

 

ギーシュは俺より背が高いが、ひょろひょろしてて、力はなさそうだ。けれど、ギーシュよりも更に力のなさそうなローゼマインに俺は光る紐で拘束されてしまい、手も足もでなかった。ギーシュも同じ力を持っていたら、勝つことはできないだろう。

 

「ここでやんのか?」

 

そう思いながらも俺はギーシュを挑発し続けてしまう。

 

「ふざけるな。貴族の食卓を平民の血で汚せるか。ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終わったら、来たまえ」

 

ギーシュの友人たちが、わくわくした顔で立ち上がり、ギーシュの後を追った。

 

「あ、あなた、殺されちゃう……」

 

シエスタがぶるぶる震えながら言って、走って逃げていく。それを見ても、ああ、やはりそうなのか、と思うだけだった。

 

「あんた! 何してんのよ! 見てたわよ!」

 

後ろからルイズが慌てて駆け寄ってくる。

 

「怪我したくなかったら、謝っちゃいなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」

 

「ふざけんな! なんで俺が謝んなくちゃならないんだよ! 大体、俺は親切に……」

 

「いいから」

 

ああ、やはり俺の言うことなんて聞いてくれないんだ。

 

「ヴェストリの広場ってどこだ」

 

俺とルイズのやり取りを見ていたギーシュの友人の一人が顎をしゃくる。

 

「こっちだ平民」

 

「ああもう! ほんとに! 使い魔のくせに勝手なことばかりするんだから!」

 

ルイズの声を背中に聞きながら、俺はギーシュの友人の後をゆっくりと付いて歩いた。

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