ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある、中庭だった。西側にある広場なので、日中でも日があまり差さない。そんな広場が今は生徒たちであふれかえっている。わたしはその生徒たちの中に混じって魔法学院の生徒であるギーシュと平賀のことを見つめていた。
わたしがせっかく文字通り水を差したというのに、平賀はギーシュに突っかかり、今回の決闘騒ぎを引き起こしてしまった。正直、もう勝手にしろという気持ちもなくはないけど、それで実際に平賀が死んでしまったら後味が悪すぎる。なので、最悪の結末だけは回避しようと、野次馬に混ざって二人のことを見ているのだ。
「諸君! 決闘だ!」
ギーシュが薔薇の造花を掲げる。周囲の生徒は歓声を上げるが、わたしの感想は、馬鹿なんじゃないだろうか、という辛辣なものだ。それはわたしだけではなく、私を両側から護衛してくれているマティアスとラウレンツも同じであるようだ。
少なくともユルゲンシュミットでは貴族が平民を相手に決闘などしない。今回の場合ならば、ルイズに事実を伝えて、ルイズが平賀を処刑して終わりだ。ある意味ハルケギニアの方がまだ相手を一人の人間として見てると言えなくもないが、今回はそれが悪い方向に出てしまっているようだ。
それにしても誰かが傷つくのを見たいという醜悪な感情を露わにすることは、外聞を気にするユルゲンシュミットではありえない行為だ。こういった面ではハルケギニアは好きになれそうにない。
「ギーシュ様、少しよろしいでしょうか?」
仕方なくわたしはギーシュに向けて声をかけた。
「ミス・ローゼマインか。何だい?」
「決闘ならば立会人が必要でしょう。わたくしの護衛騎士のラウレンツは優秀な騎士です。立会人として適任だと思いますわ」
「立会人など必要ないが……まあ、いいでしょう」
ギーシュが認めたので、わたしはラウレンツに、どちらかの命に関わる事態になったら強制的に止めるよう言って二人の中間地点に送り出す。
ラウレンツが立ち止まったところで、改めてギーシュが平賀に呼び掛けた。
「とりあえず、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか」
「誰が逃げるか」
「さてと、では始めるか」
ギーシュが言うとほぼ同時に、平賀が駆け出す。一応、魔法を使われたら勝ち目はないとは分かっているようだ。けれど、ギーシュはそんな平賀を余裕の笑みで見つめると、薔薇の花を振る。宙に舞った花弁は、甲冑を纏った女戦士の人形になった。
身長は人間と同じくらいだけど、金属製だ。剣も出せない平賀では勝ち目はない。けれど、避けようもない魔法でないだけ、ましかもしれない。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。言い忘れたな。僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
女戦士の形をしたゴーレムが平賀に向かって突進する。その後の展開は見たくない。わたしが血を見るのを嫌うことを知っているクラリッサが前に立って視界を遮った。その直後、平賀の呻き声が聞こえた。何の訓練も受けていない平賀では避けられないのも無理はない。
「なんだよ。もう終わりかい?」
「ギーシュ! いい加減にして! 大体ねえ、決闘は禁止じゃない!」
よく通る声でルイズがギーシュを怒鳴りつけた。
「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだ。平民と貴族の間での決闘なんか、誰も禁止していない。そんなに必死になるなんて、ルイズ、君はそこの平民が好きなのかい?」
「誰がよ! やめてよね! 自分の使い魔が、みすみす怪我をするのを、黙って見ていられるわけないじゃない!」
「そう思うのなら、ミス・ヴァリエールが自分の使い魔に決闘をやめるように命じるのが筋なのではないか?」
筋違いなことを言っているルイズに立会人のラウレンツが冷たく言い放つ。ラウレンツの意見はユルゲンシュミットの基準では当然の発言だ。主人である以上、ルイズが平賀の言動には責任を負うべきだからだ。
「あいつはわたしの言うことなんて聞かないのよ」
「それは、其方が主人としての資格に欠けるだけだろう。平民一人御せない分際で、他人に責任を押し付けるのか?」
「……だ、誰が怪我をするって? 俺はまだ平気だっつの」
言葉に詰まったルイズを助けるように平賀が声を発して立ち上がる。
「サイト!」
「……へへへ、お前、やっと俺を名前で呼んだな」
「わかったでしょう? 平民は、絶対にメイジに勝てないのよ!」
「……ちょ、ちょっと油断した。いいからどいてろ」
「おやおや、立ち上がるとは思わなかったな……。手加減が過ぎたかな?」
ギーシュの言葉を無視して平賀はゆっくりと前に向かって歩き出す。ルイズがその後を追いかけて平賀の肩を掴んだ。
「寝てなさいよ! バカ! どうして立つのよ!」
「ムカつくから」
「ムカつく? メイジに負けたって恥でもなんでもないのよ!」
「うるせえ。いい加減、ムカつくんだよね……。メイジだか貴族だかしんねえけどよ。お前ら揃いも揃って威張りやがって。魔法がそんなに偉いのかよ。アホが」
貴族全体を馬鹿にするような平賀の発言に、ラウレンツがさすがに顔色を変えた。これは立会人としてラウレンツを向かわせたことは間違いだったかもしれない。
「やるだけ無駄だと思うがね」
「全然利いてねえよ。お前の銅像、弱すぎ」
更にギーシュを挑発した平賀はその後も一方的にやられているようだった。無策のまま、ただ立ち上がっては倒されるを続けているようだ。平賀なりの意地なのだろう。その気持ちは分からなくはない。わたしも前の神殿長の横暴によって神殿に入れられそうになったときには、平賀と同じような反発心を持った。けれど、今はそれだけではどうにもならないことも知ってしまっている。今の平賀を庇うことはできない。
「お願い。もうやめて。もういいじゃない。あんたはよくやったわ。こんな平民、見たことないわよ」
ルイズは必死に平賀を止めようとしているみたいだけど、本当に止めたいならルイズが力づくで止めるべきだ。この期に及んでもお願いの時点で甘いと考えてしまうのは、わたしがユルゲンシュミットに毒されすぎだろうか。
「君。これ以上続ける気があるのなら、その剣を取りたまえ。そうじゃなかったら、一言こう言いたまえ。ごめんなさい、とな。それで手打ちにしようじゃないか」
「剣とはどういうことですか?」
視界の大部分がクラリッサの背中であるわたしが聞くと、ギーシュが花弁を剣に変えて平賀に向けて投げたのだと説明してくれた。
「わかるか? 剣だ。つまり『武器』だ。平民どもが、せめてメイジに一矢報いようと磨いた牙さ。未だ噛みつく気があるのなら、その剣を取りたまえ」
「だめ! 絶対にだめなんだから! それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!」
「俺は下げたくない頭は、下げられねえ」
決着が近いのが分かり、わたしはクラリッサに視界を開けてもらった。ルイズの言葉が本当なら、次のギーシュの攻撃は危険だ。それが命に関わるものならわたしはラウレンツに決闘を止めてもらわなければならない。
「まずは、誉めよう。ここまでメイジに楯突く平民がいることに、素直に感激しよう」
剣を握った平賀にギーシュが冷たく微笑みながら言って、ゴーレムを突進させる。初めてまじまじと見たが、ゴーレムの動きはそれほど早くない。平民の兵士であるわたしの父さんでも、ある程度は戦えるくらいに見えた。
それでも、ただの高校生に勝てる相手には見えない。けれど、青銅の塊を平賀はあっさりと両断していた。
「あれだけ戦えるのに、どうして今まで一方的だったのです?」
「これまでは満足に動けていませんでした。どうして急に強くなったのか分かりません」
答えたクラリッサも困惑しているようだ。その後、ギーシュは新たなゴーレムを六体追加したが、それも全て平賀の剣によって切り裂かれた。
平賀に顔を蹴られたギーシュが吹き飛び、地面に転がった。倒れたギーシュに向けて平賀が跳躍する。
「シュベールト」
そこに割り込む影があった。シュタープを剣に変化させたラウレンツだ。平賀の剣は割り込んだラウレンツによって完全に受け止めれられている。
「わきまえろ、平民」
ラウレンツが平賀に向けて猛攻を仕掛ける。ギーシュのゴーレムに完勝した平賀も、貴族院で護衛騎士の優秀者になったラウレンツの剣技には明らかに劣っている。一応、加減はしているのか、騎獣を使わず、魔力を打ち出す攻撃もしていないが、それでも瞬く間に持っていた剣を弾き飛ばされた。
「うぐっ」
剣を手放し、地面に転がった平賀が呻き声をあげる。そして、そのまま平賀は気絶したようだった。
「今のは気絶するほどの衝撃だったでしょうか?」
「いいえ、そうは見えませんでした。おそらく、元からかなり傷ついていた所にラウレンツにまるで歯が立たず、戦意を喪失したのではないでしょうか」
「ともかく、治療が必要そうですね」
わたしはまず決闘のもう一方の当事者であるギーシュの元に向かった。
「わたくしの護衛騎士が無礼な平民に我慢がならず、割って入ってしまいました。ギーシュ様の決闘を穢してしまったことお詫び申し上げます」
「いや……それより、ミス・ローゼマインの騎士は強いのだな」
ラウレンツが間に入らなければ、ギーシュは危ない所だった。助けられたということは分かるが、負けを認める訳にはいかないギーシュは微妙に話を逸らす。
「ラウレンツをお褒めいただき、ありがとう存じます。それで、あの平民ですが、処置はわたくしにお任せいただけませんでしょうか?」
「ああ、それは構わないが……」
「ありがとう存じます」
まあ命を助けられたんだから、ギーシュとしては断れないよね。ともかく平賀は貴族を傷つけてしまった。何とかしてわたしが身柄を預からないと、命が危ないのだ。
「ラウレンツ、彼を運んでくださいませ」
ラウレンツにかつがせた平賀は、とりあえずルイズの部屋に運びこめばいいだろう。そう考えてわたしはルイズに声をかけて彼女の部屋へと向かった。