ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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伝説のルーン

ジャン・コルベールはトリステイン魔法学院に奉職して二十年。中堅の教師である。二つ名は『炎蛇のコルベール』。『火』系統の魔法を得意とするメイジである。

 

コルベールは先日の『春の使い魔召喚』の際に、ルイズが呼び出した平民の少年のことが気にかかっていた。正確にいうと、その少年の左手に現れたルーンのことが気になってしかたなかった。

 

元々、コルベールはキュルケが呼び出してしまったローゼマインという少女の帰還の手掛かりを探すために図書館に頻繁に訪れていた。けれど、昨日の夜からは目的をルーンの調査に変え、図書館にこもりっきりで書物を調べていたのだ。

 

そして、その努力は報われた。コルベールは古書の一節の中に少年の左手に現れたルーンと同じものを見つけ出した。

 

コルベールは本を抱えると、学園長室へと向かい、そのままドアを開けて室内へと飛び込んだ。

 

「オールド・オスマン! 大変です! これを見てください!」

 

コルベールが差し出したのは、図書館から持ち出した本だ。

 

「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。ああ、そういえばミス・ローゼマインの帰還の方法を探るために古い文献を漁っておったのだったな。それで、彼女たちの帰還に繋がる何かを見つけたのか?」

 

「いえ、ミス・ローゼマインに関することではありません。ですが、こちらも一大事です。これを見てください!」

 

コルベールが手渡したのは、ルイズが呼び出した少年に現れたルーンのスケッチだ。

 

それを見た瞬間、オスマンの表情が変わった。目が光って厳しい色になった。

 

「ミス。ロングビル。席を外しなさい」

 

室内にいたロングビルの退室の確認したオスマン促され、コルベールはルイズが春の使い魔召喚の際に平民を呼び出したこと、ルイズがその少年と『契約』した証明として現れたルーン文字が珍しいものであったことを説明した。

 

「それで気になって調べていたところ……」

 

「始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に行き着いた、というわけじゃね?」

 

「そうです! あの少年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノと全く同じであります! あの少年は、『ガンダールヴ』です!」

 

興奮のままにコルベールはまくし立てた。

 

「ふむ……。確かに、ルーンが同じじゃ。だが、それだけでただの平民だったその少年が、『ガンダールヴ』になった、と決めつけるのは早計かもしれん」

 

言われてみればその通りだ。コルベールも少し冷静になりオスマンの言葉に頷く。その直後に、ドアがノックされた。

 

「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」

 

扉の向こうから聞こえてきたのは、ロングビルの声だった。

 

「まったく、暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」

 

「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。もう一人はミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです。教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」

 

つい先程まで話題になっていた少年が出てきたことに、コルベールはオスマンと顔を見合わせる。

 

「たかが子供のケンカを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」

 

オスマンが方便としてそう言ったのだということは、すぐに分かった。実際、ロングビルが去っていく足音が聞こえると、オスマンはすぐに杖を振った。壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリの広場の様子が映し出された。

 

そこでは、使い魔の少年が酷い状態で倒されていた。ルイズが少年の傍に立ち、ギーシュに向けてやめるように言い、ローゼマインの護衛騎士だというラウレンツという少年に筋違いだと一蹴されていた。

 

それで少年がギーシュのゴーレムに、歯が立たなかったのだと理解できた。やはり伝説は伝説に過ぎなかったのだ。少しがっかりしていると、俄かに状況が変化した。ギーシュが少年に向けて剣を投げ渡したのだ。

 

「学園長、これは拙いのではないでしょうか」

 

「うむ、確かに」

 

このままでは少年の命が失われることになる。興味本位で決闘を止めず、その結果、少年の命を失わせては決闘をしているギーシュ以上に醜悪だ。ローゼマインの側近が両者の間にいるため、止めてくれる可能性は残っているが、それとて確実ではない。遅ればせながら止めに行こうと部屋を飛び出しかける。しかし、その直後に思いがけない映像を目にすることになった。

 

少年がギーシュのゴーレムを両断した。それも、一体だけでなく六体を立て続けに。平民の少年がメイジであるギーシュに勝利しようとしている。だが、事態はまたまた急変する。少年とギーシュの間に割って入ったラウレンツという少年がどこからともなく取り出した剣で猛然と少年に斬りかかっていったのだ。

 

少年がギーシュのゴーレムを屠った際の剣技は見事なものだった。しかし、ラウレンツの技量はそれをも遥かに上回っている。少年は瞬く間に気絶させられてしまった。

 

「あの少年はギーシュには勝ったが、ラウレンツには手も足も出なかったように見えたが、どのように解釈すればよいかな?」

 

「ラウレンツは明らかに戦い慣れていると感じました。王族であるローゼマインの護衛騎士を任されていることからも、普通のメイジではないと考えた方がよいでしょう。それよりも一番レベルの低い『ドット』メイジとはいえ、ただの平民にギーシュが後れをとるとは思えません」

 

「ううむ……」

 

オスマンもこの事態の異常さは理解しているように思えるのだが、どうにも反応が薄い。コルベールはオスマンが対処に迷っているように感じた。現代に蘇ったガンダールヴに興奮しているコルベールには、その反応はいささかもどかしいものだった。

 

「始祖ブリミルの用いた『ガンダールヴ』は、姿形は記述はありませんが、千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、並みのメイジではまったく歯が立たなかったと伝え聞きます。そのガンダールヴが現代に蘇ったとなれば、これは世紀の大発見ですよ。さっそく王室に報告して、指示を仰がないことには……」

 

「それには及ばん」

 

「どうしてですか?」

 

「王室のボンクラどもにそんなオモチャを与えてしまっては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて。宮廷で暇をもてあましている連中はまったく、戦が好きじゃからな」

 

そう言われて、それまでの興奮が急速に醒めた。コルベールは別に戦を引き起こすことを望んでなどいない。

 

「この件は私が預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」

 

「は、はい! かしこまりました!」

 

戦の可能性を指摘されれば、コルベールもオスマンの意見には同意せざるを得ない。当面、少年については静観と決まった。しかし、それで終わりとはできない。

 

「では、私は彼の元に行ってきます。随分と酷い怪我をしていたようですから」

 

コルベールたちが興味を優先した結果、少年は大きな怪我をしてしまった。罪滅ぼしではないが、治癒の呪文を使うことのできる教師の派遣くらいはしてあげよう。そう考えて同僚の教師と共に少年が運び込まれたというルイズの部屋を訪れた。

 

部屋の中にはラウレンツとクラリッサという少女、そして彼らの主であるローゼマインがいた。ローゼマインはシュタープという彼らの杖を構えている。

 

「シュトレイトコルベン」

 

ローゼマインがそう唱えるとシュタープが金で作られた杖へと変化した。杖は緑に透き通った石がいくつも付いていて神秘的な美しさを纏っている。

 

「水の女神フリュートレーネの眷属たる癒しの女神ルングシュメールよ。我の祈りを聞き届け聖なる力を与え給え。傷つけれられし民を癒す力を我が手に。御身に捧ぐは聖なる調べ。至上の波紋を投げかけて清らかなる御加護を賜わらん」

 

杖から緑の光が溢れて少年の身体を包む。少年の傷は見る間に癒えていき、怪我をしていたと分かるのは服の汚れのみになった。

 

「ミス・ローゼマイン、今の治癒には、どのくらいの秘薬を用いたのですか?」

 

信じられないほど高度な治癒を見せられたコルベールは、興奮のままローゼマインへと質問する。

 

「回復薬は用いていないのは、ご覧になっていたと思いますけど?」

 

対するローゼマインの反応は極めて薄いものだった。少年の傷は、治癒の呪文の他に高価な秘薬が必要な重いものであった。それを、これだけの短時間で、何の秘薬も用いずに成し遂げた。だとすると、彼女は治癒に関してはスクウェアクラスのメイジをも超えていることになる。

 

いや、驚くのは今さらかもしれない。彼女には今日まで毎日のように驚かされてきたのだから。コルベールは深くため息をつき、せっかく来てもらったのに何の仕事もなかった治癒の得意な教師とともにルイズの部屋を後にした。

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