ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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フーケの追跡

フーケによる破壊の杖の強奪事件から一夜が明けた。けれど、トリステイン魔法学院では、昨夜から蜂の巣をつついたような騒ぎが未だに続いている。

 

宝物庫には、学院中の教師が集まり、まずは壁にあいた大きな穴を見て、口をあんぐりとあけていた。次いで、フーケの暴挙に憤り、その後は責任の所在の議論を始める。

 

「衛兵はいったい何をしていたんだね?」

 

「衛兵などあてにならん! 所詮は平民ではないか! それより当直の貴族は誰だったんだね!」

 

「ミセス・シュヴルーズ! 当直はあなたなのではありませんか!」

 

責任を追及されたシュヴルーズはボロボロと泣き出してしまう。それを見てわたしは心の中で溜息をついた。ユルゲンシュミットとハルケギニアでは違いが多いが、このような面についてはユルゲンシュミットの方が優れていると考えてしまう。ユルゲンシュミットの貴族なら、少なくとも泣くことで責任を回避するような真似はしない。

 

もっとも、代わりに身分の低い平民の衛兵に責任が押し付けられそうな気もする。そう考えると、平民には無理と責任が免除されるだけ良心的かもしれない。

 

「泣いたって、お宝は戻ってこないのですぞ! それともあなた、『破壊の杖』の弁償ができるのですかな!」

 

「おや、ここは破壊の杖を誰が弁償するのかを話し合う場なのでしたか。でしたら、わたくしは出席する会議を間違えたようです」

 

責任を追及する側もされる側も見苦しく、密かに苛立ちを募らせていたわたしが口を挿むと全員が私の方を見た。

 

「しかし、責任は明らかにしなければなるまい」

 

「でしたら、わたくしたちから事情を聞き、その後に責任者の前で双方の言い分を詳らかにした上に判断を仰ぐのが正しい手順ではございませんこと?」

 

「そうじゃな。ミス・ローゼマインの言う通りじゃ。それに、ミセス・シュヴルーズの責任を追及しておったようじゃが、この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おられるのかな?」

 

そう言いながら入ってきたのは学院長のオスマンだ。そして、オスマンの言葉に教師たちはお互い、顔を見合わせると、恥ずかしそうに顔を伏せた。自分は当直をしていると名乗り出るものはいない。自分のことは棚に上げての発言に、わたしは心の中で頭を抱える。

 

「さて、これが現実じゃ。責任があるとするなら、我々全員じゃ。この中の誰もが……もちろん私を含めてじゃが、まさかこの魔法学院が賊に襲われるなど、夢にも思っていなかった。何せ、ここにいるのは、ほとんどがメイジじゃからな。しかし、それは間違いじゃった」

 

そう言ってオスマンは壁の穴を見つめた。

 

「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」

 

「ミス・ヴァリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、そしてミス・ローゼマインとその護衛騎士のミスタ・マティアスとミスタ・ラウレンツです」

 

正式な目撃者は六人ということになる。ちなみに平賀は平民であるためか使い魔であるためか、目撃者の中には数えられていないようだ。

 

「詳しく説明したまえ、ミス・ローゼマイン」

 

「かしこまりました」

 

なぜ私なのかという言葉は飲み込み、わたしは素直に了承する。無口なタバサ、やや冷静さには欠けるように見えるキュルケとルイズ、従者であるマティアスとラウレンツという面々を考えると、自分でもわたしが適任だと思ってしまったからだ。それに、そうでなくても上位者に命じられると、わたしは笑顔でなるべく応えてしまうのだ。ユルゲンシュミット生活で得られてしまったこの癖、この機に治した方がいいのかもしれない。

 

「わたくしたちが中庭で魔法の練習をしていたところ、わたくしの護衛騎士のマティアスがゴーレムを発見しました。ゴーレムを操る黒いローブを纏った賊がミス・ヴァリエールとその使い魔を踏み潰そうとしたので、わたくしが魔法で守りを固めていると、賊は宝物庫の外壁を破壊して中から何かを盗み出したようでした。その後、ゴーレムは城壁を超えた先の草原で自壊しましたが、そのときには賊の姿はございませんでした」

 

わたしの報告を聞いたオスマンはひげを撫でながら考え込む。そこにロングビルが飛び込んで来た。わたしの報告は盗みを働いたときの行動だけで終わった。

 

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」

 

興奮した調子で、コルベールがまくし立てる。しかし、ロングビルは落ち着き払った態度でオスマンに告げる。

 

「申し訳ありません。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこのとおり。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、調査をいたしました。そして、フーケの居所がわかりました」

 

「な、なんですと!」

 

コルベールが、素っ頓狂な声をあげた。

 

「誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」

 

「はい。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく、彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」

 

「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」

 

「ルイズ、黒ずくめのローブだけならそれほど珍しいものでもないでしょう? 安易な決めつけは目を曇らせますよ」

 

不確かな情報に飛びつくルイズをわたしは窘める。

 

「ともかく、すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」

 

「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上……、身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた、これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」

 

そう言ってオスマンは捜索隊を編成することを告げた上で、我と思う者は杖を掲げるように告げた。が、誰も杖を掲げる者はいない。

 

「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」

 

俯いていたルイズが、すっと杖を顔の前に掲げた。

 

「ミス・ヴァリエール、何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」

 

「ミセス・シュヴルーズ、ですが、誰も掲げないじゃないですか」

 

ルイズが杖を掲げているのを見て、しぶしぶキュルケも杖を掲げた。そしてキュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも掲げた。

 

「オールド・オスマン、わたしは反対です。生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」

 

「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」

 

「い、いえ……、わたしは体調が優れませんので……」

 

魔法学院の教師というのは存外に頼りない存在だったようだ。ターニスベファレンが出たときのルーフェンのように生徒を救うために自ら騎士団とともに駆けつけるくらいの気概を見せてもらいたいものだ。

 

「彼女たちは、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いている」

 

「キュルケ、シュヴァリエとはどのような称号なのですか?」

 

「シュヴァリエは王室から与えられる爵位としては最下級だけど、純粋に業績に対して与えられる爵位なの」

 

「つまりは、それだけの功績を挙げたことがあるということなのですね」

 

メイジが与えられる爵位ということは、軍功を上げたことがあるということだろう。まだ十五歳で小柄なタバサが与えられているというのは、確かに驚きだ。

 

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」

 

オスマンに褒められたキュルケは得意げに髪をかきあげている。

 

「その……、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」

 

オスマンは二人を持ち上げてみせた。けれど、キュルケはともかく、ルイズは実力を顧みずに理想で動いてしまう未来しか見えない。フーケの巨大なゴーレムと対峙をすると考えると、はっきり言って不安しかない。ルイズが命を落とすことになったら寝覚めが悪いし、奪回に失敗してオスマンが解任されたりした場合、後任の学院長がわたしたちに対してどのような扱いをしてくるか分からない。

 

「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル、彼女たちを手伝ってやってくれ」

 

「オールド・オスマン、馬車の必要はございません。目的地まではわたくしが騎獣でお送りしましょう」

 

わたしが申し出ると、オスマンは嬉しそうに破顔した。わたしが護衛騎士のマティアスとラウレンツと離れるはずはない。つまりわたしが送るということは、二人も付いてくることに他ならない。二人の騎士としての腕を知っている様子のオスマンからすれば頼もしさもひとしおだろう。

 

「頼めるかの、ミス・ローゼマイン」

 

「ええ、わたくしの騎獣なら馬よりずっと早いですから」

 

「ローゼマインまで悪いわね」

 

「元より三人が行くのなら、わたくしも見て見ぬふりはできませんもの」

 

こうしてわたしはキュルケたちと一緒に盗賊退治に向かうことになったのだった。

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