あたし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、トリステイン魔法学院でも優秀な生徒だと自認していた。そんなあたしが呼び出す使い魔ならば、きっと素晴らしい生物が呼べるはず。あたしは、そんな根拠のない自信を持って使い魔召喚の呪文を紡いだ。
そうして現れた使い魔は、素晴らしいと言えば素晴らしい生物だった。けれど、あたしが呼び出したかったのとは随分と違う使い魔だった。
使い魔召喚の儀式で現れたのは十歳くらいの女の子だった。人を呼び出すというだけでも聞いたことがないというのに、問題は呼び出した女の子が、ただの女の子ではなかったということだ。
星が輝く夜空のような艶のある髪は、虹色に輝く綺麗な五つの石と、他で見たこともない糸で立体的に形作られた繊細な花の飾りで彩られている。身に着けている衣服は一目で上質と分かる黒の布地に黄色の緻密な刺繍が施されている。そして、指には大きな青い石が取り付けられた指輪。極めつけが、着け方は独特だけども、どう見てもマントにしか見えない黄色の布だ。
結論、女の子は貴族。しかも、かなり高位の。その証拠に、女の子はあたしと同じくらいの年齢に見える従者の少女を連れている。
膝をついていた女の子が顔を上げた。召喚された後遺症か、少しの間、ぼんやりとしていた女の子の目の焦点が合い、周囲を軽く見回す。女の子の金色の瞳がキュルケをはっきりと認識した。
「ローゼマイン様」
言いながら、従者が少し前に出る。その手には何時の間にか杖が握られている。ただの従者でなく、メイジを従者にしていたようだ。護衛も兼ねているということだろうか。
とりあえず女の子の名前がローゼマインということと、キュルケが思ったより更に高位の貴族であろうことがはっきりして、目の前が暗くなった気がした。そんなキュルケの前に従者を制したローゼマインが進み出てくる。そうして、ふわりとした笑顔を浮かべて、両手を胸の前で交差させる。
「命の神、エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
初めて聞いた言葉の数々に何と答えていいのか分からない。とりあえず祝福を祈ることを許してほしいと言われたのだから、許せばいいのだろうか。
「えっ……あっ……はい」
とりあえず返した言葉は、我ながらみっともないほど動揺したものだった。
「命の神、エーヴィリーベの祝福を」
そんなあたしの様子を笑うでもなく、ローゼマインは青い指輪を前に祈るような姿を見せる。その次の瞬間、指輪から淡い赤い光があたしに向けて飛んできた。普通なら攻撃魔法かと思うところだけど、不思議とそんな気持ちにならなかった。
実際、害はなかった。そればかりか暖かなその感触は、ローゼマインから祝福が与えられたのだと、何故かはっきりと分かるものだった。
「わたくしはユルゲンシュミットのローゼマインと申します。こちらはわたくしの側仕えのリーゼレータ。以後、お見知り置きを」
ユルゲンシュミット? 地名? それとも家名? ともかく名乗られたからには、名乗り返さなければ。
「私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーです」
「キュルケ様……でよろしいのかしら? こちらはユルゲンシュミットではないようですけれど、どこなのでしょう?」
ユルゲンシュミットとはどうやら地名のようだ。
「ここはトリステイン王国のトリステイン魔法学院です」
「わたくしが聞いたことのない国ですね。キュルケ様はユルゲンシュミットという国をご存知でしょうか?」
「いえ、私も知りません」
少なくとも、一般に知られている近隣の国ではない。かなり離れた国なのだろう。出まかせを言っているという可能性はないように思える。ローゼマインの言動はあたしの知っている風習とは、かなり異なるからだ。
「では、キュルケ様はわたくしがどうしてここにいるのか、ご存知かしら?」
詰問調ではなかったものの、拙いという思いが噴き出し、背中にびっしょりと汗をかく。どうすれば、より問題を小さくできるか必死に考える。
「ミス・ツェルプストー!」
と、そこに使い魔召喚の儀式を担当している教員のコルベールの声が聞こえた。
「ミスタ・コルベール!」
助けを求めるようにコルベールの名前を呼ぶ。これほど真剣にコルベールの名を呼んだことは、今までで一度もないというくらい必死の叫びだった。
ローゼマインは責任者を見つけたとばかり今度はコルベールの方を向く。遥かに年上の多くの生徒たちに注目される中、ローゼマインは怯むことなく真っ直ぐに前を見て、ゆっくりだが優雅な足取りでコルベールの前まで進む。そうして片膝をついた状態で両手を胸の前で交差した。
言葉自体はあたしにしたのと同じだけど、片膝をつくという動作はあたしのときにはなかった行動だ。おそらくだけど、こちらの方が正式な挨拶の形式なのだろう。そして、あたしにそれをしなかったのは、あたしを今回の召喚の犯人だと疑っていたからではないだろうか。そう考えると胃が痛くなってくる。
「ご丁寧にありがとうございます。この学院で教師を務めているジャン・コルベールです。ところでミス・ローゼマインは家名はお持ちですか?」
「家名ですか? 家名でしたらエーレンフェストとなります」
「では、ミス・エーレンフェストとお呼びしましょうか?」
「いいえ、ユルゲンシュミットでは家名で呼び合う習慣がないのです。正確には家名で呼んでよいのが明らかな目下のみですので、皆が避けているのです」
「では、ミス・ローゼマインと呼ばせていただきます」
家名で呼んでよいのが目下のみというのは驚いた。あたしのいるハルケギニアとは正反対だ。ローゼマインとの常識の摺合せはなかなか大変そうだ。
「それで、ミス・ローゼマインはユルゲンシュミットという国の貴族なのでしょうか?」
「ええ、そうです。わたくしが上級貴族、こちらのリーゼレータが中級貴族です」
上級貴族という階級がどのようなものかは分からない。しかし、最初の印象であった高位の貴族というのは間違いではなかったようだ。となると、気になるのは使い魔召喚の儀式はどうなるのかということだ。
「やはりそちらの従者の女性も貴族なのですか?」
「上級貴族の側仕えが貴族以外なのですか?」
「あの、ミスタ・コルベール」
コルベールとローゼマインが話しているところに、あたしは思い切って声をかけた。
「あたしの『使い魔』召喚はどうなるのでしょうか?」
「いくら神聖な儀式とはいえ、さすがに他国の高位の貴族を使い魔にするわけにはいかないでしょう。ミス・ツェルプストーの使い魔召喚についてはオールド・オスマンに相談することにしよう」
高位の貴族のお嬢様を誘拐となれば、現時点でも外交問題となるのは確実。そこに使い魔にしていました、なんてことが加われば、最早、話して解決できるレベルではなくなる。
「今日の使い魔召喚の儀式は中止とする。まだ召喚を行っていない生徒は後日、儀式を行うことにするので今日は教室に戻りなさい」
コルベールが言うと、それぞれ『フライ』の魔法を使って学院に向かい始める。その様子をローゼマインは驚いたように見つめていた。
「こちらの魔術には、あのように空を飛ぶものがあるのですね」
『フライ』はごく初歩の魔法だ。ローゼマインの国にはそれがないということだろうか。もしかしてユルゲンシュミットという国は随分と遅れているのだろうか。
「ミス・ローゼマインの国にはなかったのですか?」
「ありますが、方法が全く違うのです。見せた方が早いですね」
そう言ったローゼマインが腰のベルトに付けられた籠に入った石に触れると、石が急激に膨らみ、大きな箱に奇妙な獣の頭と足が付いたようなものになった。
「わたくしたちはこのように自分の魔力で染めた魔石を使った騎獣で空を飛びます」
え? これで飛べるの? どう見ても飛べるようにはみえないけど。そう口にすることは辛うじて抑える。
「これは、何とも興味深いものですね」
一方、コルベールは何が気になるのかローゼマインが出現させた騎獣というものを興味深げに観察している。
「ミスタ・コルベールはもしかして研究がお好きなのですか?」
「え? はい、恥ずかしながら」
「恥ずかしがる必要などないと思いますよ。わたくしの師も研究が趣味でしたし、わたくしも研究は好んでおりますよ」
こんな子供が研究が好きだなんてユルゲンシュミットは随分と変わったところらしい。
「研究の話は後の楽しみとして、まずは学院長室に向かいませんこと?」
それにしても、このローゼマインという少女は恐ろしい。従者と一緒とはいえ、見知らぬ土地に連れてこられたというのに、さほど動揺した様子がない。そして、従者に頼ることなく大人であるコルベールと対等以上に話をしている。
あたしは、もしかしなくても、想像以上にとんでもない存在を召喚してしまったのかもしれない。
どういう原理でか分からないけれど、空を飛ぶローゼマインの騎獣というものの横を飛びながら、あたしは密かに溜息をついた。
話が先に進まなくなるので今後は控えますが、一度、逆の視点から見た召喚の儀式を。