ルイズに対抗して土くれのフーケの討伐に志願してしまったあたしは、ローゼマインの騎獣の中に座っていた。ローゼマインの騎獣は座席は非常に柔らかく座っていても疲れが少ない。正直、乗り心地はタバサの風竜より上だ。
そんなローゼマインの騎獣の前には全身鎧に身を包んだマティアス、そして後方には同じく全身鎧を纏ったラウレンツが操る騎獣が飛行している。そして右側には上半身を覆う鎧のハルトムートの騎獣がいて、ローゼマインの騎獣の中には同じく上半身に鎧を纏ったクラリッサがいる。いつもながら、ローゼマインの護衛は非常に厳重だ。
周囲を護衛が固めている安心感もあり、あたしはロングビルやルイズとちょっとした雑談を楽しみながら過ごした。といっても、馬で四時間かかる道のりをローゼマインの騎獣は一時間足らずで駆けたため、雑談の時間は短かったのだけど。
たどり着いた場所は魔法学院の中庭ぐらいの広さの森の中の空き地だった。その真ん中に廃屋がある。元は木こり小屋だったのだろうか。朽ち果てた炭焼きらしき窯と、板壁が外れた物置が隣に並んでいる。
「わたくしの聞いた情報だと、あの中にあるという話です」
ロングビルが廃屋を指差して言う。
「では、マティアスを向かわせましょう。皆さまはわたくしの騎獣の中でしばらく待っていてくださいませ」
「それでは危険です」
そう言ったのはロングビルだ。
「では、ハルトムートも向かわせましょうか?」
「それもですが、わたくしたちがこのまま狭い騎獣の中に固まっているというのも危険だと思います」
「わたくしの騎獣の中は、わたくしの魔力で満たされています。仮に騎獣が攻撃をされても、わたくしの魔力を上回らない限り、壊すことはできません」
この騎獣という乗り物は防御力も高かったようだ。魔法学院でフーケのゴーレムに襲われたときにローゼマインが使った防御魔法は、巨大なゴーレムの攻撃をもってしてもびくともしなかった。この騎獣も相当な防御力と思ってよさそうだ。
「そうだとしても、わたくしはオールド・オスマンから皆さんを助けるように頼まれました。ただ待っているというわけにはまいりません」
「わかりました。マティアスとハルトムートとともにミス・ロングビルも廃屋に向かってもらうことにしましょう」
そうしてローゼマインが騎獣を下ろし、マティアスを先頭にロングビル、ハルトムートという順番で三人が廃屋に向かう。廃屋の前に立ったマティアスは剣でドアを切り裂いて中へと飛び込んでいく。
待つこと少し、中から三人が出てきた。その中のハルトムートが何やら細長い筒のようなものを抱えている。
「あれって、破壊の杖じゃないの」
「そうなのですか、キュルケ?」
「そうよ。あたし、見たことあるもん。宝物庫を見学したとき」
あたしが頷いてみせると、なぜかローゼマインは怪訝そうな顔をしていた。ぽつりと口の端から零れた言葉を拾うと、どうも見たことがある物に似ているらしい。
「ともかく、行ってみましょ」
ローゼマインに騎獣を下ろしてもらい、全員で破壊の杖の前に集まる。問題は、これが本物であるかどうかだ。
「わたくしには、これの真贋を判定することはできませんので、周囲を偵察しています」
そう言ってロングビルは早々に戦線を離脱する。けれど、あたしにだって宝物庫で見たものに似ているとは分かっても、本当のところは分かるわけがない。
「いっそのこと使ってみちゃう?」
「ちょっとツェルプストー、そんなことが許されるわけないじゃない」
「ヴァリエールには冗談も通じないみたいね」
「待て!」
マティアスの声がしたと思ったら、森の中に巨大なゴーレムが立ち上がった。真っ先に反応したのはタバサだった。
自分の身長よりも大きな杖を振り、呪文を唱える。巨大な竜巻が舞い上がり、ゴーレムにぶつかっていく。しかし、ゴーレムはびくともしない。
あたしも胸にさした杖を引き抜き、呪文を唱えた。杖から炎が伸び、ゴーレムを火炎に包んだ。しかし、炎に包まれようが、ゴーレムはまったく意に介さない。歩みを緩めもしないゴーレムを見て、あたしは即座に勝てないと思ってしまった。
「無理よこんなの!」
「退却」
タバサがそう言ったのを聞き、自分の直感が間違っていなかったと確信し、あたしは一目散に逃げ始める。そのとき、背後で爆発音が聞こえた。振り返って見ると、ルイズがルーンを呟き、ゴーレムに杖を振りかざしている。
「逃げろ! ルイズ!」
「いやよ。あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ」
サイトが叫ぶが、ルイズはそれを拒否する。
「あのな! ゴーレムの大きさを見ろ! あんなヤツに勝てるワケねえだろ!」
「ギーシュのゴーレムにボコボコにされたとき、何度も立ち上がって、下げたくない頭は、下げられないって言ったじゃない! わたしだってそうよ。ささやかだけど、プライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ。わたしは貴族よ。魔法を使える者を、貴族と呼ぶんじゃないわ。敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」
それは、あたしの聞いたことのないルイズの真剣な叫びだった。けれど、いくら思いが強かろうと、それでゴーレムを止めることはできない。ルイズに迫ったゴーレムが巨大な足を持ち上げる。
「守りを司る風の女神シュツェーリアよ。側に仕える眷属たる十二の女神よ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。害意持つものを近付けぬ風の盾を、我が手に」
しかし、その前にローゼマインが昨夜もルイズたちを守った強力な魔法を使った。
「違いますよ、ルイズ。わたくしの知る貴族とは、領地の利を考えて、感情を隠し、敵と手を組むこともできる者のことです。少なくともユルゲンシュミットでは、個人の感情のままに連携を乱すような者は、貴族として失格です」
そして、ローゼマインはルイズの暴走をあっさりと否定した。
「マティアス、全力で攻撃して構いません。ルイズは今度こそ、この中で大人しくしておいてくださいませ。けしてマティアスの邪魔をしてはなりませんよ」
お前の魔法など邪魔なだけと断じられたルイズが悔し気に唇を噛んだ。そこまで言わなくてもと思う反面、ローゼマインの言葉には上辺だけでない芯を感じられ、あたしは何も言うことができない。
その間にマティアスは騎獣でゴーレムの上空高くに上がっていた。マティアスの握る長剣からはバチバチと火花が散っている。
「はああぁああ!」
火薬が炸裂したときのような音を響かせて騎獣で落下するマティアスが、長剣を振り抜いた。剣から光の斬撃が飛び出す。
轟音が響き、凄まじい衝撃波があたしを襲った。踏ん張ることができずに無様に地面をごろごろと転がる。ようやく衝撃波が収まり、顔をあげると、まずはローゼマインの魔法に守られたルイズたちの姿が見えた。そして、その奥には両断された巨大なゴーレムがただの土の塊に還って崩れ落ちていく姿があった。
「なに、あの威力……」
ギーシュのゴーレムに完勝したサイトを軽くあしらったラウレンツも強いと思ったが、マティアスの戦闘力も桁違いだ。
「彼らは王族の護衛を任された最精鋭の騎士。そう考えた方がいい」
タバサの言葉には頷かざるを得なかった。ローゼマインは、確かマティアスが十五歳で、ラウレンツが十四歳だと言っていた。十五歳のタバサがシュヴァリエの称号を与えられているのも驚いたが、あの二人ならそれ以上の称号を貰っていてもおかしくない。
けれど、ローゼマインはあの二人も中級護衛騎士だと言っていた。ローゼマインの領地であるエーレンフェストには二人の上級護衛騎士がいると言っていたが、その二人はどれくらいの強さなのだろうか。
改めてローゼマインたちの規格外さに驚きながら、あたしは危機が去ったことにほっと一息をついたのだった。