フーケを捕らえて学院長室に戻った俺たちは、オスマンに経緯の報告を行った。もっとも、俺は使い魔であるので報告を行うルイズたちの後ろで黙って立っているだけだ。ちなみにルイズは破壊の杖を使ってしまい、二度と使えないことをオスマンに報告していない。ずるいと思う反面、報告して怒られるのは俺なので、助かったとも感じている。
「ふむ……。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。美人だったもので、なんの疑いもせず秘書に採用してしまった」
「いったい、どこで採用されたんですか?」
オスマンの隣に控えたコルベールが尋ねる。
「町の居酒屋じゃ。私は客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな。それでも怒らないので、秘書にならないかと、言ってしまった」
「えっ、身辺調査もせずにご自身の秘書に採用されたのですか?」
オスマンの言葉にローゼマインが驚きの声をあげた。
「……人の過去を根掘り葉掘り聞くなど、恥ずべきことじゃと思わないか」
「思いません。こちらでは違うのかもしれませんが、従者の罪は主人の責任です。今回の件では、てっきりオールド・オスマンも連座で処分がされるものと思っておりましたが、その心配はないということですか?」
「ユルゲンシュミットでは、随分と恐ろしい制度が運用されているのじゃな」
「そうかもしれません。主人が処刑されるときは側近たちも連座で処刑は当たり前ですし、一族から罪を犯す者が出たときも連座になりますから。ですので、予め危険な者は閉じ込めたり、主従どちらかの能力が足りないと思えば側近の解任や辞任も行われますので。要は貴族はそれだけの責任を伴うのが当然という考えなだけですわ。もっとも、そのせいで貴族と平民の間の溝はこちらよりも大きいのですけれど」
ローゼマインの国では平民はここより更に下に扱われているようだ。その意味では俺は少しはましだったのかもしれない。
「そうは言っても、居酒屋でくつろぐ私の前に何度もやってきて、愛想よく酒を勧め、魔法学院学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって……。終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる? とか思うじゃろ? なあ? ねえ?」
「そもそもユルゲンシュミットでは平民が貴族に許可なく近づくこと自体が不敬ですから。そのようなことをすれば、処刑されても文句は言えませんので、オールド・オスマンのお気持ちは分かりません」
「ユルゲンシュミットは息苦しい場所なのじゃな」
最初にハルケギニアに来たときは、随分と貴族が威張っていると思ったが、ローゼマインの国では、そもそも貴族と平民は別のものと思われているらしい。俺には受け入れられない考え方だ。
「ともかく、捕らえたフーケは城の衛士に引き渡せた。そして『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」
「引き渡して終わりでよいのでしょうか? 宝物庫の警備体制の見直しをしなくてよろしいのでしょうか?」
「相変わらず、ミス・ローゼマインは厳しいの」
「わたくし、警戒心が薄いと叱られることは多かったですが、厳しいと叱られたことはあまりないのですけど……」
立ち居振る舞いの美しさからも感じてはいたことだが、ローゼマインはよほど厳しい環境で育てられているようだ。護衛騎士を常に側に付けているし、権謀術数渦巻く乱世ででも育ったのだろうか。
「ともかく、君たちの、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから。精霊勲章の授与を申請しておいた」
その言葉にルイズとキュルケは喜んだが、ローゼマインは複雑そうな顔をしていた。
「あの、わたくしたちの爵位申請もされてしまったのでしょうか?」
「安心していい。ミス・ローゼマインがそれを望まぬことは分かっておったゆえ、申請したのはミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーだけじゃ」
「お心遣い、ありがとう存じます」
「その代わり、私の出せる範囲で報奨金を支払おう」
「重ね重ね、ありがとう存じます」
ひとまずローゼマインの話は終わったようだ。そこで先ほどから、ちらちらと俺の方を見ていたルイズが口を開いた。
「……オールド・オスマン。サイトには、何もないんですか?」
「残念ながら、彼は貴族ではない」
「何もいらないですよ」
そう言った俺のことを少しの時間見つめた後、オスマンはぽんと手を打った。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり『破壊の杖』も戻ってきたし、予定どおり執り行う。今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
「先にいってていいよ」
ルイズは心配そうに見つめていたが、頷いて部屋を出て行った。
「ローゼマイン様も行っていいですよ」
「あのバズーカのことをお話になるのでしょう。わたくしの知識もお役に立てるかもしれませんので、お話を伺わせていただきます」
「ローゼマイン様、あれはロケットランチャーですよ」
そう言ったがローゼマインは何のことか分かっていないようだった。異世界の女の子に兵器の分類の話は難しかったかもしれないが、少なくとも似た形状の兵器を知っているのは確かなようだ。その間にオスマンはコルベールにも退室を促していた。
「さて、君の疑問を言ってごらんなさい。できるだけ力になろう。君に爵位を授けることはできんが、せめてものお礼じゃ」
「オールド・オスマン、あの『破壊の杖』は、俺たちの世界の武器だ。あれをここに持ってきたのは誰なんですか?」
「あれをくれたのは、私の命の恩人じゃ」
「その人は、どうしたんですか? その人は、俺と同じ世界の人間です。間違いない」
「死んでしまった。今から、三十年も昔の話じゃ」
それでは元の世界に戻るための手掛かりを得ることはできそうにない。落胆する俺の前でオスマンは遠い目をする。
「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておった。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな。きっと、彼は君と同じ世界から来たんじゃろうな」
「いったい、誰がこっちにその人を呼んだんですか?」
「それはわからん。どんな方法で彼がこっちの世界にやってきたのか、わからんかった」
「オールド・オスマン、使い魔召喚に限定しなかった場合は、わたくしたちのように人を召喚した例をご存知ありませんか?」
そう聞いたのはローゼマインだ。
「いや、そのような例は聞いたことがない」
「オールド・オスマンが知る前回の異邦人と思しき人との出会いは三十年前ということを考えると、かなり珍しい事例なのでしょう。そうなると古文書にしか手掛かりはないかもしれませんね。オールド・オスマン、『フェニアのライブラリー』の入室と資料の閲覧許可をいただけないでしょうか?」
「フェニアのライブラリーって?」
「教師のみが閲覧を許されている特別な書庫なのですって」
聞いた俺にローゼマインが答えてくれる。それにしても、ローゼマインは短期間の間に様々な情報を仕入れているようだ。別の世界の魔法に精通している彼女ならば、この世界には存在しないと言われた、元の世界に戻るための方法を探し出せるかもしれない。
「分かった、教師立ち合いのもとであれば、許可をしよう」
「ありがとう存じます」
元の世界に戻る方法は、差し当たってローゼマインに任せるしかない。なので、俺はもう一つ気になっていたことを聞くことにした。
「オールド・オスマン、別の質問もよろしいですか。この文字について何か知っていることはありませんか?」
「……これなら知っておるよ。ガンダールヴの印じゃ。ありとあらゆる『武器』を使いこなしたという伝説の使い魔の印じゃ」
それで、ミリオタでもない俺がロケットランチャーなんて触ったこともない武器をいきなり使うことができたのか。
「でも、どうして俺がその伝説の使い魔なんかに?」
「わからん」
「わからんことばっかりだ」
「ただ、もしかしたら、おぬしがこっちの世界にやってきたことと、ガンダールヴの印は何か関係しているのかもしれん」
だとしたら、もう一人の異邦人であるローゼマインがキュルケと使い魔の契約をしたら、どうなるのだろうか。
「わたくしは領主候補生ですので、軽々に行動はできません。どのような副作用があるか分からないことに手を出すつもりはございません」
そんなことを考えていると、ローゼマインにしっかりと釘を刺されてしまった。
こうしてオスマンとの話し合いは終わった。俺は舞踏会の会場であるアルヴィーズの食堂の上の階のホールから離れたバルコニーで食事をしたり、少しだけホールの中に入って、ルイズとダンスをしたりしてその日の夜を過ごした。
長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティードレスに身を包んでいるルイズは妙に輝いて見えた。そして、踊っている最中にルイズからフーケのゴーレムに対して一緒に戦ったことの礼を言われて、単純な俺はいつか絶対に帰るにしても、今を楽しむのは悪くないと思ったのだった。