ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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事件後のローゼマイン

フーケの騒ぎが収まって間もなく、わたしはこのハルケギニアの地で売っていくものを決定した。ハルケギニアとユルゲンシュミットの違いは契約魔術の有無だ。契約魔術を使えばユルゲンシュミットでは情報流出のおそれはなくなるけど、こちらではそのような便利なものは存在していない。

 

後ろ盾のないわたしたちでは継続的に利益を得られるような契約に基づく収入は諦めざるを得ない。そして、一括払いで権利を売るという方法も、十分な信用のない今のわたしたちでは難しいと判断した。結局、魔術具を作って売るという方法が一番、利益を独占できると判断したのだ。

 

そうなると、ユルゲンシュミットでは珍しくなく、ハルケギニアでは出回っていない魔術具が向いている。候補となったのは、オルドナンツ、回復薬、水差しなどに使う緑の魔石の三品だ。そのうち、もっとも向いているのはオルドナンツだ。回復薬は水の秘薬という既得権益とぶつかる可能性があり、日常生活のために魔力を使う緑の魔石は貴族が使う物ではないと見向きもされない可能性があるのだ。

 

とはいえ、まずは作ることができなければ始まらない。コルベールに質問しては、魔力を秘めていそうなものを森に行って手当たり次第に採集している。属性はわたしが魔力を流してみることで判定している。

 

そして今は夕食を取りながら、今日の成果を報告してもらっていたところだ。もっとも、報告の内容は成果なしというものだったのだけど。

 

「簡単にいくとは思っていませんでしたが、やはり全く違う材料で魔術具を作るというのは難しいものですね」

 

「フェルディナンド様の属性を調べられる魔術具があればよかったのですが……」

 

調合の試作を続けてくれているハルトムートが口惜しそうに言う。

 

「ないものねだりをしても仕方がありません。ハルトムートには手間をかけますが、無理のない範囲で続けてくださいませ」

 

「ローゼマイン様のためですから、全力で続けさせていただきます」

 

「回復薬は限られているのですから、無理のない範囲にしてくださいね」

 

それでも何とか必要な属性を持った素材を揃えるところまではいったのだ。けれど、肝心のオルドナンツの調合に成功しないのだ。正確には黄色い魔石になるところまでは成功するのだが、シュタープで叩いても反応してくれないのだ。

 

調合は魔力が高い方が成功しやすい。ということで、中級貴族の側近であるリーゼレータやグレーティア、マティアスやラウレンツ、ローデリヒなどが貴族院の調合の授業中に見た失敗作との比較等もしてもらってはいるが、なかなか完成にまで至らない。

 

「調合の仕方を変えなくてはならないのか、そもそも素材から変えなくてはならないのか、判断が難しい所ですね」

 

「ええ、何よりも難しいのがハルケギニアの素材は我々が知る素材とは属性的に随分と内容が異なる点ですね」

 

そうなのだ。基本的に火、水、土、風の四属性しかないと言われているハルケギニアの素材は、包含する魔力を確認しても、その四属性が強いものが多い。けれど、それ以外の魔力をうっすらと感じるものもあるのだ。それが失われた属性と言われている虚無なのかどうかは、わたしにはわからない。

 

「ローデリヒも回復薬の調合はまだ成功しそうにありませんか?」

 

「はい、申し訳ございません」

 

「ハルトムートにも言いましたが、知っている素材が全くない状態での調合なのです。初めから簡単にいくとは思っていません」

 

簡単に成功すると思ってないから、ハルトムートに魔力を使いすぎないように釘を刺したのだ。補充ができない現状では、緊急時を除いては回復薬を使うべきではない。けれど、当たり前のように回復薬を持っていたわたしや側近たちにとって、回復薬がないというのは随分と不安なことだ。あるいは、売却はしないにしても先に回復薬の調合に力を注ぐべきかもしれない。

 

「シエスタ、急いではなりません。ゆっくりとでいいから優雅さを心掛けて落ち着いてひとつひとつの動作を行ってください」

 

グレーティアが自らに給仕を行ってくれているシエスタに指導する声が聞こえてきた。シエスタは平民の側仕え見習いとして仕事をしてもらっている。

 

こちらでの生活は、それなりに長くなるはずだ。それなのに、いつまでも身内で給仕を仕合っていられないので、今は男性の側近用に雇い入れたラゴットと一緒にグレーティアが側仕えとして教育中なのだ。

 

そのシエスタたちの給金だが、これはオスマンが特別に手当てを払うことになっている。原資となるのは、この間のフーケ討伐による報奨金だ。つまり、わたしたちはオスマンからの報奨金は受け取らず、代わりに平民に側仕えと下働きの仕事をしてもらうという形で受け取ることにしたのだ。

 

とはいえ、ハルケギニアの平民たちにユルゲンシュミットの貴族との接し方が分かるはずもない。わたしが無礼があったとしても手をあげたりすることを厳禁しているのと、常識が違うのは自分たちの方だと何度も言っているので今のところは問題は起きていないと思うけど、正直、下働きなど手伝いがないのと、未教育のハルケギニアの平民がいることと、どちらがストレスになるのか分からなくなってきたところだ。

 

「ローゼマイン様の図書館の方はどのような状況ですか?」

 

「今はまだ文字を追えるようになってきたばかりです」

 

「もうこちらの文字を習得されたのですか!」

 

ハルトムートの質問に答えると、大袈裟に驚かれてしまった。わたしは今までに日本にいた時代に外国語、ユルゲンシュミットで現代と古い言葉と多くの言語に触れてきた。それにわたしは読んだことがない文字を読むことが、それだけで幸せと感じられるので、読むこと自体は何の苦労でもないのだ。

 

「いくら文字が読めても書いていることが分からなければ、帰るための手掛かりになるかすら分かりません。まだ道は長いです」

 

いくら文字が追えてもハルケギニアの魔法理論が全く分からないのでは、文字を眺めているのと変わらない。それでは、帰還の方法には行きつかない。

 

「わたくしは、まだ文字を追うことすらできませんので」

 

一緒に古文書の解析に当たってくれているクラリッサがしみじみと言う。国内で使われている言語が統一されている分、ユルゲンシュミットの人たちは、そもそも外国語を習ったことがないのだ。苦戦するのは仕方がないだろう。

 

「けれど、クラリッサもわたくしが読み上げた本の内容を理解できなかったでしょう。魔法理論は短時間で理解するのは難しいということでしょう」

 

フェルディナンドのためにも、早くユルゲンシュミットへと焦る気持ちはある。けれど、全く新しい魔術を短時間で作れてしまえるはずもない。

 

それに、と考えながらルイズの方をちらと見る。そこにはルイズの使い魔である平賀が皆と同じようにテーブルで食事を取っていた。これは床で食事をしている者がいるのは見苦しいと、わたしが訴えたことによるものだ。

 

その平賀の存在がわたしの判断を迷わせている。平賀は日本でわたしが死んだのより前の時間からやってきている。これは明らかにおかしい。

 

考えられるのは、ユルゲンシュミットかハルケギニアのどちらかの時間の流れが異なるということだ。そして、ユルゲンシュミットに生まれ変わったときか、ハルケギニアに召喚されたときのどちらかで時間軸がずれたのではないだろうか。

 

そうなると、仮に半年後に帰れたとして、ユルゲンシュミットでも半年後だとは限らないのだ。酷い時には三十年が経過していたというような本物の浦島太郎になってしまうかもしれないのだ。

 

このことは、さすがに側近の誰にも話していない。まずは帰る方法が見つかってからの心配事だからだ。

 

けれど、私の中では不安がひっそりと降り積もっていた。

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