魔法学院に勤めるシエスタは学院長のオスマンに直々に命じられて、ローゼマイン一行の世話を命じられた。ローゼマインは春の使い魔召喚という儀式で誤って異国から召喚されたという少女だ。複雑に結った艶のある夜の色の髪を虹色に輝く宝石で彩っていて、印象的な金の瞳を持った、同性のシエスタから見ても、とても美しい少女だ。
ローゼマインは容姿だけでなく、立ち居振る舞いも洗練されている。この魔法学院の生徒たちの誰よりも幼い外見ながら、下手をしたら教師陣よりも大人びた言動をしている。身に着けているものも髪飾りを始めとして繊細な刺繍が施された豪華なものばかりで、彼女が高貴な産まれであることを全身で示している。
加えて魔法の面でも魔法学院の他の生徒の誰よりも優れているらしい。ローゼマインは土くれのフーケというトリステインを騒がせていたメイジの操る巨大なゴーレムを風の魔法で受け止めたと聞いている。
色々な面で規格外。それがシエスタが仕えることになったローゼマインという少女だ。
そうして、ローゼマインの側仕えだというグレーティアという少女に付いて学び始めた。けれど、それは苦労の連続だった。
まず、ローゼマインのいたユルゲンシュミットという国ではハルケギニアよりもずっと平民と貴族の差が厳しいようなのだ。そもそも平民の側からは貴族に話しかけることさえできないということだった。
そして、誰かに仕えるということの心構えもなってないと言われた。シエスタは先だって、お礼がしたいというサイトの申し出を受け、食後にデザートのケーキを配るのを手伝ってもらったことがあった。けれど、ユルゲンシュミットでは、それは許されないことだという。主の前に教育が十分になされていない者を出すことは、有り得ないことなのだそうだ。
あのとき、シエスタがデザートの配膳に連れ出したことで、サイトと貴族のギーシュとの間にトラブルが発生した。その責任は当然に、その場に出ることを許したシエスタにも発生すると言われたのだ。あのとき怖くなってシエスタが逃げた行為は、責任があるにもかかわらず逃げ出した、罪を更に重くするものだったらしい。
ちなみに、そのときのことではサイトも一緒に注意を受けていた。あのときサイトが考えなしに貴族とトラブルを起こした行為は、もしもユルゲンシュミットであればシエスタが処刑されるという結果に繋がったと注意を受けたのだ。
「あのとき平賀さんはムカついたからと言っていましたが、それはシエスタの命を犠牲にしても晴らさなければならない感情だったのですか?」
そう言われても、シエスタもそうだが、サイトも今一つ実感が湧いていない様子だった。そこを引き取ったのがマティアスという護衛騎士だった。
「其方らは随分と安穏とできる環境に生きているようだな」
「そういう貴族様は、どんな厳しい環境で生きてきたっていうんですか?」
貴族なのだから平民の自分たちより、よほど安穏と暮らしてきたはずだ。サイトはそう考えたようだった。しかし、それはマティアスの次の言葉で否定された。
「私の両親と兄二人は、アウブへの反逆によりすでに処刑されている。私もラウレンツも、ローゼマイン様が慈悲を与えてくれなければ、同じように処刑されていた。その恩を返すためにも全身全霊をもってローゼマイン様にお仕えするつもりだ」
マティアスが名前を挙げたラウレンツはサイトがコック長のマルトーから気に入られる原因となったギーシュとの決闘の際に、サイトを気絶させた相手だと聞いている。サイトも、ものすごく強かったと言っていた。彼も危うく殺されるところだったらしい。
「こちらとユルゲンシュミットでは違う部分もあるかもしれません。けれども、平賀さんは慎重に考えて、その心配はないと確認した上で行動をしたわけではないでしょう? 無知というのは、それだけで罪です。考えなしの行動は自分だけでなく周囲の人の命をも危うくしてしまいます。そのことをよく肝に銘じておいてくださいませ」
そうローゼマインから言われたサイトは俯くことしかできない様子だった。そして、そのときのローゼマインの姿を見て、シエスタが彼女が上に立つ者として一介の平民には想像もできないほど厳しく躾けられてきたのだと分かった。
ローゼマインだけではない。それは周囲の側近たちも同じだった。彼らはシエスタを絶対にローゼマインの物には触れさせないのだ。
そこには、絶対に主の身を守るという覚悟と、主に不快な思いをさせないという献身が見て取れた。シエスタは貴族に仕えるのは仕方なくという面が強い。そして、自分の保身のために貴族に不快な思いをさせないようにしても、真に相手のために仕えるということを考えたことはなかった。
「皆さんは、本当にローゼマイン様のことを慕っていらっしゃるのですね」
「ええ、ローゼマイン様はエーレンフェストの聖女ですから。私たちはローゼマイン様がはるか高みに向かうことがあれば、お供させていただくことになっているのです」
ハルトムートは誇らしげに言ったが、シエスタには意味がよく分からなかった。なので後でグレーティアに確認してみると、ローゼマインが死ぬことがあれば、全員が後を追うのだと聞かされたのだ。
そのことをサイトに話すと、殉死という言葉を呟いた。シエスタが意味を聞くと、主人の後を追って臣下が自殺をすることだと教えられたのだ。けれど言葉は知っているサイトもそこまでの覚悟を持っている人たちというのは、歴史の中の人たちで実際には見たことがないらしい。彼らはそれだけ珍しい人たちなのだと。
シエスタから見た貴族というのは、平民に威張り散らして、魔法という平民にはない力を振るう怖い相手だった。その貴族たちが、そこまで心を込めて誰かに仕えるということは、想像もできないことだ。
けれど、考えてみるとローゼマイン本人はもちろん、側近たちも理不尽に平民を苛めるようなことはしない。サイトに語っている内容から、ローゼマインの国ではトリステインよりも平民が虐げられているようにも聞こえたので、ローゼマインと側近たちだけが特殊なのかもしれないけれど。
ともかく、ローゼマインに仕えるということは、生半可な覚悟では許されないということは分かった。幸いにもローゼマインに仕えることで得られる特別手当ては魅力的な額だし、ローゼマインは人柄も尊敬できる。仕えることに不満は全くない。
サイトもローゼマインは土くれフーケのゴーレムから何度も守ってくれたと言っていた。ギーシュのゴーレムに殴られて大怪我をしたサイトの傷を癒したのもローゼマインだ。
色々と厳しいことをシエスタやサイトに言うのも、心配をしてくれているからだということは伝わってくる。ローゼマインは平民を見下して威張るだけの貴族とは違う。そう思えるからこそ、シエスタはもっと頑張らねばと思うのだ。
そんなローゼマイン一行が、ある日、とても嬉しそうに夕食を取っていたことがあった。何があったのかグレーティアに尋ねてみると、長く作成の実験をしていた魔術具がついに不完全ながら完成したようだ。まだ改良は必要なようだが、方向性は見えてきたらしい。
とはいっても、シエスタにとってはあまり関係のないことだ。せいぜいが主が嬉しそうだとシエスタも少しだけ嬉しいというくらいだ。
「しかし、これをどうやって広げるのですか」
「コルベール先生の力を借りようと思っています」
クラリッサの質問にローゼマインは前から考えていたかのように、すぐに答えを返す。
「しかし、よろしいのですか?」
「ええ、わたくしたちは今、目立つわけにはいきませんので」
続いて聞いてきたローデリヒにそう返していたが、目立つわけにはいかないと言いつつ、ローゼマインたちはものすごく目立っているように見えるのは気のせいだろうか。
それから少ししてトリステイン魔法学院の中に白い鳥が飛んでいる姿が多くみられるようになった。