あたしは今、ゲルマニアの実家と頻繁にオルドナンツでのやり取りをしている。内容は主にゲルマニア国内の情報収集だ。
ローゼマインは研究資金集めと、ゲルマニア国内から書物等を確保するための伝手を構築しておくことをあたしに依頼してきた。そう言っていたのに、あたしが行っているのは各地の貴族の予想される資産状況と、マジックアイテムの取引相場の確認だ。
ローゼマインはゲルマニア国内でもオルドナンツを販売するに当たって、仲介者としてあたしのフォン・ツェルプストー家を指名してくれた。便利なオルドナンツを扱えば、かなりの利益があげられることは、あたしにも想像できた。
だから、喜んで飛びついてしまったのだ。けれど、それは誤りだった。
まずはゲルマニアの豊かな貴族たちが、ぎりぎり購入を思いきれる額を探ると言われたのだ。ローゼマインがあたしに告げた予定販売価格は魔法学院内で売買された額の三倍にもなる額だった。
「いくら何でも値上げしすぎでしょ!」
いったい、どれだけ強欲なのか。そう思っての発言だったが、ローゼマインはゆっくりと首を横に振った。
「そのくらい高額でなければならないのです。オルドナンツはわたくしたちが一つずつ手作りで作成するため、どうしても数を作ることができません。安価で販売を決め、多くの注文が殺到してしまうと、とても応えることができません。需要があるか聞いたけど、販売はできないという答えを繰り返してしまうと、評判が下がるのはどなたになります?」
注文を受けても捌ききれずに評価が下がるのは、ゲルマニア国内でのオルドナンツの仲介を行ったフォン・ツェルプストー家に他ならない。つまりフォン・ツェルプストー家は、ローゼマインたちが作り切れる量以上の注文を受けてはならないのだ。
注文を減らすにはどうするか。一つには限られた相手にだけ話を持ち掛けることだ。けれども、これは話が漏れた場合に怖い。それに、なぜあいつには話が行って、自分には話がこなかったのか、など人間関係で面倒なことになりそうだ。
それを考えると、限られた相手しか購入ができないほど高値に設定するというのは、案外、理にかなっているのかもしれない。どうせ相手にはあたしたちがどの程度の原価で仕入れたのかは分からないだろうし。なんだか上手いことローゼマインのぼったくりの片棒を担がされているような気もするが、反論ができないのだ。
そうして、ローゼマインから十個という極めて限定した数のオルドナンツを提示されたあたしは、ちょうどくらいの注文数となる値段設定を探って奔走しているのだ。これがうまくいけば、ツェルプストーは販売額の二割を受け取れる。つまりは裕福な貴族なら何とか買えるというオルドナンツ二個分の代金を受け取れるのだ。
そうなると、なるべく高く売るという目的にも力が入るというものだ。実家の両親たちや領内の商人たちも巻き込んで、ちょうど十個の注文を目指して奮闘が始まった。そうして今日に至ったというわけである。
今日まで実家に何度もオルドナンツを送り、様々な伝手を駆使し、更には一度だけだが、ローゼマインが直接、フォン・ツェルプストー家の領内の商人たちから面談で情報を得て、ついに値段が決まった。けれど、そこで不安になったことがあり、あたしはローゼマインに尋ねた。
「ねえ、今回はこれでよかったとして、次からはどうするの? 今回だけで、もう二度と売りに出さないってわけじゃないんでしょ?」
「直近では予定はありませんが、今後となると可能性はあるでしょうね?」
「でも、今回で有望な相手にはすべて売ってしまうことになるでしょ? 次は同じ値段では売れないんじゃない? 値下げでもするの?」
「キュルケ、今回は多くの人が使ったことのない珍しい魔術具という扱いで売っています。ですが、次はすでに便利であることが知られている魔術具を販売することになります。次の購買層は、すでに使っていて二個目が欲しくなった相手、誰かが便利に使っているのを見て羨ましくなった相手となります。なので、むしろ少しばかり値上げしても売れるかもしれませんよ」
今の時点でも相当に値をつり上げているのに、更にぼったくろうというのだろうか。あたしが驚いてみると、さすがにローゼマインは少しばかり気まずそうに視線を逸らした。
「わたくしの側近たちは全員が貴族ですので。生活費はどうしても高くなるのです」
それ自体は、わからなくもない。ローゼマインはフーケを捕らえた直後に二人の平民を側仕え見習いというものに命じて側近たちの生活を整えさせていた。それが、最近、更に二人ほど増えた。なんでも、二人だけだとどうしても手が回らなかったらしい。
あたしにとって使用人とは、いれば便利だけれど、絶対に必要な存在ではない。けれど、ローゼマインたちユルゲンシュミットの貴族にとっては、側仕えは絶対に必要で、いなければ生活に支障をきたすものらしい。はっきり言って甘えすぎではないかと思わなくもないけれど、ユルゲンシュミットを知らないあたしが言えることではないので、口には出していない。
「でも、それだけ生活するのにお金がかかるのなら、それこそ高価な楽器なんて買わなければよかったんじゃない?」
「わたくしも、音楽が大好きというわけではないのです。けれど、ユルゲンシュミットの貴族にとって音楽は教養の一部で、できないというわけにはいかないのです。それで、こちらに来てから楽器を全く触っていないわたくしの帰還後を心配して、ユルゲンシュミットのフェシュピールというものに似た楽器を側近たちが探してくれたのです」
側についているグレーティアに遠慮してそれより先は口にしなかったが、自分のためを思っての勧めを断り切れなかったことが何となく窺えた。
「ハルトムートは単に、ローゼマイン様のフェシュピールが聞きたかっただけのような気もいたしますけれどね」
「わたくしも、そう思いました。けれど、理屈としては通っているのですもの」
グレーティアの言葉に、わかっていてもままならないという調子でローゼマインが答えていた。それにしても、自ら演奏まで行えなければいけないとは、ユルゲンシュミットの貴族は本当に大変だ。ハルケギニアの貴族にとって、音楽は誰かが演奏するのを聞くものだ。自ら演奏することは好きならすればいいが、強要されるようなものではない。
「でも、そうまでして聞きたがるってことは、ローゼマインは演奏も得意だってこと?」
ローゼマインに聞いても謙遜の言葉しか出ないことは、これまでに学習している。だから、あたしはグレーティアに視線を向けて尋ねた。
「はい、ローゼマイン様はフェシュピールの名手と言われています。また、作曲もなされていて、貴族院では音楽の先生方からもお茶会にお招きいただいているのです」
「言っておきますが、ユルゲンシュミットでは作曲は専属の楽師と一緒に行います。なので、作曲をしてみて欲しいと言われてもお応えはできませんよ」
「いや、別にあたしは作曲してほしいなんて思わないからいいんだけどね」
作曲してもらったとして、あたしは楽器は使えないし、演奏をさせるような専属楽師なる存在もいない。
「けど、それほど上手ならローゼマインの演奏は一度、聞かせてもらいたいわね」
「えぇ。時の女神ドレッファングーアの糸が重なる時にはきっと」
「ローゼマインの言葉はどういう意味なの?」
「機会があれば、という意味です」
それなら、あたしにも本当の意味がわかる。ローゼマインは演奏する気はないようだ。
少し残念な気もするが、元より絶対に聞きたかったわけではない。あたしは演奏を聞くのをすっぱりと諦め、オルドナンツ販売に向けての準備を再開させた。
側近もですが、一番、金がかかるのはローゼマイン。
しかも娯楽費で。