ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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コルベールの発明とルイズの悩み

この日もわたしは側近たちと一緒に授業を受けていた。今日の授業でコルベールが披露したのは、一言で表すと妙な物体だった。研究が好きという、どこかフェルディナンドに似た趣味を持つ彼が示したのは、油と火の魔法を使って動力を得るという装置だった。

 

「たとえばこの装置を荷車に載せて車輪を回させる。すると馬がなくても荷車は動くのですぞ! たとえば海に浮かんだ船のわきに大きな水車をつけて、この装置を使って回す! すると帆がいりませんぞ!」

 

熱弁を振るうコルベールに対して、教室の皆の反応は冷ややかだった。

 

「そんなの魔法で動かせばいいじゃないですか。なにもそんな妙ちきりんな装置を使わなくても」

 

生徒の一人がそういうと、他の皆はそうだそうだと言わんばかりに頷いている。

 

「諸君! よく見なさい! もっと改良すれば、なんとこの装置は魔法がなくても動かすことが可能になるのですぞ! ほれ、今はこのように点火を『火』の魔法に頼っておるが、例えば火打石を利用して、断続的に点火できる方法が見つかれば……」

 

コルベールが興奮した調子でまくしたてても、他の生徒たちの反応は薄い。けれど、わたしの側近たちは真剣な目でその装置を見つめている。

 

普通のユルゲンシュミットの貴族たちなら、ハルケギニアの貴族と同じ反応を示しただろう。けれど、わたしはエーレンフェストで印刷機やポンプといった、平民でも扱える品を多く発明し、それで大金を稼いでいる。そのことを知っているだけに、これも何かに使えないかと考えているようだ。

 

「先生、それ、素晴らしいですよ! それは『エンジン』です! 俺たちの世界じゃ、それを使って、さっき先生が言った通りのことをしてるんです」

 

「なんと! やはり、気づく人は気づいておる! おお、きみはミス・ヴァリエールの使い魔の少年だったな」

 

一方、わたしは興奮した様子の平賀が車のことを話し出さないかと気が気でない。一応、夢の中の国が日本に似ているという言い訳は用意しているが、それでも神の世界とも思われている場所の情報を何気なく開示されることは、平賀自身が側近たちに反感を持たれている現状では、あまり嬉しくない。

 

「きみはいったい、どこの国の生まれだね?」

 

「ミスタ・コルベール。彼は、その、東方の……、ロバ・アル・カリイエの方からやってきたんです」

 

「なんと! あの恐るべきエルフの住まう地を通って! いや、『召喚』されたのだから、通らなくともハルケギニアにはやってこれるか。なるほど……、エルフたちの治める東方の地では、学問、研究が盛んだときく。きみはそこの生まれだったのか。なるほど」

 

一人で納得しているコルベールを前に、わたしは小さく驚いていた。ハルケギニアには、なんとエルフもいるらしい。ユルゲンシュミットよりもファンタジー。けど、どうやら仲はよくなさそうなので、会うことはできそうにない。少しがっかりだ。

 

その後はルイズがコルベールの作った装置を動かすために使った『発火』の呪文に失敗し、いつぞやのように装置ごと爆発させ、辺りに炎を振りまいたため、授業は強制終了となった。ちなみに炎を消したのはモンモランシーなど水の系統のメイジの『ウォーター・シールド』という魔法だ。わたしたちが使うヴァッシェンは大量の水を呼び出せるが、あくまで浄化の魔術であって消火をするには不向きなのだ。

 

そして、その日の夜、わたしは呼び出されてルイズの部屋にいた。ルイズとはフーケの討伐の後から少しずつ交流が増えている。彼女は魔法の実技が得意でない分、座学には力を入れているようで、理論だけならタバサよりも優秀だったのだ。

 

ごく小規模なお茶会であるため、部屋にいるのはルイズの他はわたしとリーゼレータとクラリッサの三人だけ。他に部屋の外で扉の前をラウレンツが守っている。

 

「あまり知られたくない相談事だと思うのですけど、わたくしたちの国では完全に側近を排してお話ができるのは親族くらいなのです。範囲指定のできる盗聴防止の魔術具を使いますので、二人には話は聞こえませんので、それで容赦してくださいませ」

 

わたしが魔術具を起動させながら言うと、ルイズはリーゼレータが用意したお茶で唇を湿らせてから話し始めた。

 

「サイトは伝説の使い魔だってオールド・オスマンから言われたわ。サイトの手の甲の印は始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』と同じものらしいの」

 

どうやらルイズは主として平賀のルーンのことを教えられたらしい。

 

「だったら、どうしてわたしは魔法ができないの。サイトは伝説の使い魔なのに、どうしてわたしはゼロのルイズなのかしら。いやだわ」

 

「わたくしはハルケギニアの魔法には詳しくないので、具体的なことは言えません。けれど、わたくしたちがハルケギニアの魔法を使おうとしても、上手く使えない魔法も多いのです。平民が魔法を使えないのは魔力が少なすぎるため。それならば、わたくしたちならば使えるはずなのに、そうではない。何か解明されてない秘密があるのかもしれません」

 

今日の授業で使った『発火』はわたしでも使える。だけど『錬金』は使えない。その差はわたしに錬金の原理が理解できていないからではないかと思う。

 

実際、ユルゲンシュミットの貴族院で習うシュタープの変形、騎獣の作成などにおいては、自分でもできないと思ったものは成功しない。自分の魔力でできることは、大抵は自分ができると強く信じられることだけだ。けれど、それは推測に過ぎないので、今の時点では口には出せない。

 

「わたしね、立派なメイジになりたいの。別に、そんな強力なメイジになれなくてもいい。ただ、呪文をきちんと使いこなせるようになりたい。得意な系統もわからない、どんな呪文を唱えても失敗なんてイヤ」

 

それでも貴族でいられるだけ幸せだと感じてしまうのは、わたしがコンラートや粛清の影響で、貴族として生まれながらも貴族としての生き方を断たれた子供たちを知っているからだろうか。

 

「得意な系統なんて、存在しないんだわ。魔法唱えても、なんだかぎこちないの。自分でわかってるの。得意な系統の魔法を唱えると、体の中に何かがうまれて、体の中を循環する感じがするんだって。それはリズムになって、そのリズムが最高潮に達したとき、呪文は完成するんだって。そんなこと、一度もないもの」

 

わたしは全属性を持っているので、得意な属性と苦手な属性でどのような違いがあるのかが分からない。これについては、何のアドバイスもできそうにない。

 

「でもわたし、せめて、みんなができることを普通にできるようになりたい。じゃないと、自分が好きになれないような、そんな気がするの」

 

「別に、皆ができることができなくとも、わたくしは良いと思いますよ」

 

「え?」

 

「わたくしは生まれつき酷く虚弱で、肉体的な強さでは誰よりも弱かったです。今は少し丈夫になってきましたが、ずっと城内でも騎獣を使わなければ、目的地にたどり着く前に息切れをしてしまうような状態でした。騎獣が使えないときは抱き上げられて移動することも珍しくなかったです。わたくしはずっと誰かに支えられて生きてきました」

 

ハルトムートやクラリッサはわたしが優秀だとしか言っていなかったのだろう。ルイズは目を瞬かせていた。

 

「わたくしは肉体的な面では虚弱でしたが、魔力は有り余るほどでしたので、主に魔力と頭を使う方向で努力をしました。新たな産業を作り出したことも、元は単純に自分が欲しいものを何とかして作り出そうとしただけです。けれど、それが結果的に優秀な領主候補生という評価になりました」

 

「ローゼマインはずっと優秀と評価されてきたんじゃないの?」

 

「いいえ、わたくしは保護者達からはもっぱら問題児と言われていたのですよ」

 

「ローゼマインが!?」

 

ルイズは随分と意外そうだが、わたしの社交は危なっかしいと何度も言われたし、何をするにも影響が大きくなりがちなので、報連相を欠かすなと何度も注意を受けていたのだ。

 

「ルイズは一般的に優秀と評価されるメイジを目指しているようですけど、まずは自分のできることを考えるところから始めてはいかがでしょう? 最初は異端と謗られることも多いでしょうが、その道を極めていけば、いずれは優秀なメイジと呼ばれるようになるかもしれませんよ」

 

わたしが言うと、ルイズの瞳に少し力が戻ったようだ。後はルイズの問題だ。わたしは盗聴防止の魔術具の効果を切った。

 

「時の女神ドレッファングーアの本日の糸紡ぎはとても円滑に行われたようですね。そろそろ、わたくしは失礼いたします。ルイズ様にシュラートラウムの祝福と共に良き眠りが訪れますように」

 

悩めるルイズに少しだけシュラートラウムの祝福を送り、わたしは側近たちと一緒に部屋を後にした。

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