あたしは今、友人のタバサと、あたしが呼び出したローゼマイン一行とともにガリアへと向かっていた。この同行は多くの知識を求めているローゼマインと、ローゼマインの持つ知識を欲したタバサの利害が一致した結果だと聞いている。
「それにしても、あなたがあたしより先にローゼマインに身の上を話すなんて思いもしなかったわ」
同じ読書が趣味の者同士としてタバサとローゼマインはあたしの知らない所で交流を深めていたらしい。この旅に出る直前まで、あたしはタバサがガリアの王族に連なる者であるということを知らされていなかったのだ。
ガリアとトリステインは、言葉も文化も似通っている。『双子の王冠』と並んで称されることも多い。
石の門を抜けて、あたしたちはガリア国内に入る。ローゼマインが側近たちだけでなく平民の側仕えと呼んでいるシエスタたち四人も連れているため、合計十四名という大所帯であることに衛士が何事かと目を白黒させていたのが印象的だった。
ガリアとトリステインの国境沿いに広がるハルケギニア随一の名勝ラグドリアン湖を見下ろす街道から途中で山側に折れ、馬車は一路タバサの実家に向かう。
そのうちに森の中へと馬車は進み、大きな樫の木の横を抜けて十分ほどで、タバサの実家のお屋敷が見えてきた。旧い、立派なつくりの大名邸である。門に刻まれている紋章は交差した二本の杖、そして“さらに先へ”と書かれた銘。ただし、その紋章にはバッテンの傷がついていた。不名誉印である。この家のものは、王族でありながらその権利を剥奪されていることを意味している。
玄関前の馬周りにつくと、一人の老僕が近づいてきて馬車の扉を開けた。恭しくタバサに頭を下げる。
他に出迎えのものはいない。随分寂しいお出迎えだ。あたしたちは老僕に連れられ、屋敷の客間へと案内された。手入れが行き届いた綺麗な邸内だったが、しーんと静まり返って、まるで葬式が行われている寺院のようだ。
タバサは「ここで待ってて」と言い残して客間を出て行った。取り残されたあたしがぽかんとしていると、先ほどの老僕が入ってきてあたしたちの前にワインとお菓子を置いた。
「随分と由緒正しいみたいだけど。なんだかあなた以外、人がいないみたいね」
「このオルレアン家の執事を務めておりまするペルスランでございます。おそれながら皆様はシャルロットお嬢様のお友達でございますか?」
オルレアン家のシャルロット。それがタバサの本名らしい。オルレアン、オルレアン……、そこまで思考をめぐらせて、はたと気づく。オルレアン家といえば、ガリア王の弟、王弟家ではないか。
「どうして王弟家の紋章を掲げずに、不名誉印なんか門に飾っておくのかしら」
「お見受けしたところ、外国のおかたと存じますが……。お許しがいただければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ゲルマニアのフォン・ツェルプストー。こちらはローゼマイン。あたしの関係者よ」
ローゼマインのことは説明をしようとすると、どうしても面倒になる。まずハルケギニア外の異国というところから始まり、召喚の事故のことまで話さなくてはならなくなる。全く間違いというわけでもないので、今回はこれで押し通す。もしも本当のことを知らせた方がいいと思えばタバサが伝えるだろう。
「ところでいったい、この家はどんな家なの? タバサはなぜ偽名をつかって留学してきたの? あの子、なにも話してくれないのよ」
「お嬢様は『タバサ』と名乗ってらっしゃるのですか……。わかりました。お嬢様が、お友達をこの屋敷に連れてくるなど、絶えてないこと。ツェルプストーさまを信用してお話しましょう」
そうして話し始めたペルスランは、タバサたちを継承争いの犠牲者と呼んだ。先王が崩御したときに遺された二人の王子、長男のジョゼフと次男のオルレアン公。宮廷は二つにわかれての醜い争いになり、結果オルレアン公は謀殺された。
「ジョゼフさまを王座につけ連中は、次にお嬢さまを狙いました。将来の禍根を断とうと考えたのでありましょう。連中はお嬢さまと奥さまを宮廷に呼びつけ、酒肴を振る舞いました。しかし、お嬢さまの料理には毒が盛られていた。奥さまはそれを知り、お嬢さまをかばいその料理を口にされたのです。それはお心を狂わせる水魔法の毒でございました。以来、奥さまは心を病まれたままでございます」
そこまで言って、ペルスランはちらとローゼマインの方を見た。そこにはローゼマインのために毒見をしているリーゼレータと、周囲を警戒しているラウレンツの姿があった。もしも自分たちが、同じくらい用心深くあったなら、と後悔をしているのかもしれない。
もっとも、ユルゲンシュミットと違ってハルケギニアでは毒見は一般的でない。毒見をさせろと言うのは大変に失礼な行動であるため、現実には難しいだろう。
「お嬢さまは、その日より、言葉と表情を失われました。快活で明るかったシャルロットお嬢さまはまるで別人のようになってしまわれた。しかしそれも無理からぬこと。目の前で母が狂えば、誰でもそのようになってしまうでしょう。そんなお嬢さまは、ご自分の身を守るため、進んで王家の命に従っています。王家はそんなシャルロットお嬢さまを、それでも冷たくあしらわれ、奥さまを、この屋敷に閉じ込めています」
口惜しそうにペルスランは唇を噛んだ。
「そして! 未だに宮廷で解決困難な汚れ仕事がもちあがると、今日のようにほいほい呼びつける! 父を殺され、母を狂わされた娘が、自分の仇にまるで牛馬のようにこきつかわれる! 私はこれほどの悲劇を知りませぬ」
「よく聞くお話ではありますけど、それでも友人がそのような立場であると聞くと思うところはございますね」
さすがに護衛が常に付き、毒見を欠かさないローゼマインと言うべきか。類似例を知っているらしい。
「お嬢さまの『タバサ』というお名前についてですが、お忙しい奥さまが、お嬢さまに人形をプレゼントなさったことがありました。お嬢さまはたいへんお喜びになり、その人形に名前をつけて、まるで妹のように可愛がっておられました。今現在、その人形は奥さまの腕の中でございます。心を病まれた奥さまは、その人形をシャルロットお嬢さまと思い込んでおられます。『タバサ』は、お嬢さまが、その人形におつけになった名前でございます」
そこまでペルスランが話したところで扉が開いて、タバサがあらわれた。
「ローゼマイン、お願い」
「ええ、どれだけのことができるのかは分かりませんが……」
その言葉で、ローゼマインがタバサの母の治療の可能性を見込んで同行を頼まれたのだとわかった。タバサに連れられ、あたしたちは屋敷の一番奥の部屋に入る。
大きく、殺風景な部屋だった。ベッドと椅子とテーブル以外、他にはなにもない。開け放した窓からは爽やかな風が吹いてカーテンをそよがせている。
部屋の中にいたのは痩身の女性だった。のばし放題の髪から覗く目が、まるで子供のように怯えている。
「下がりなさい無礼者。王家の回し者ね。わたしからシャルロットを奪おうというのね? 誰があなたがたに、可愛いシャルロットを渡すものですか」
おそらくタバサの母親であろう女性は、目を爛々と光らせて冷たく言い放つ。
「おそろしや……、この子がいずれ王位を狙うなどと……、誰が申したのでありましょうか。薄汚い宮廷のすずめたちにはもううんざり! わたしたちは静かに暮らしたいだけなのに、下がりなさい! 下がれ!」
女性がタバサに向けてテーブルの上のグラスを投げつける。幸いにもそれはマティアスによって叩き落されたが、タバサはよけようとしていなかったように見えた。抱きしめた人形に頬ずりする女性に向けてローゼマインが足を踏み出す。
「お疲れなのです。しばらくお休みになってください。夢の神シュラートラウムよ、この者に心地良き眠りと幸せな夢を」
女性に白い祝福の光が降り注ぎ、それから間もなく女性は眠りに落ちた。女性が眠っている間にローゼマインと側近のハルトムートが女性の様子を確認していく。
「結論から申し上げましょう。わたくしたちでは彼女を治療することはできません」
告げられた言葉はタバサが望んだ言葉ではなかった。
「彼女を救えるのは、タバサ、貴女だけです」
しかし、その後でローゼマインはタバサに新たな目的を与えたのだった。
以後は少し間隔をあけての投稿となります。