水の精霊の涙を手に入れたあたしたちは、タバサの実家へと戻った。そこでローゼマインから次の工程に移るための手ほどきをしてもらっている。
ちなみにタバサの母親を治療するユレーヴェという秘薬の作成は、使用する本人の手で行うのがもっとも効果的らしい。けれども、今のタバサの母親に未知の作業を教え込んで実行させることができるとは思えない。そのため、今回は魔力の質が似通っているタバサの手で作成したユレーヴェを使ってもらうことにしたと聞いている。
「ユレーヴェの素材となる魔石を作るためには魔力を大量に注ぐ必要があります。タバサは何かに魔力を注いだことはございますか?」
「物にはないけど、魔法を使うときみたいな感じでいいの?」
「わたくしもよくわかりません。とりあえず、その要領で試してみてはどうでしょう?」
ローゼマインに言われ、タバサは掌に載せた水の精霊の涙に精神力を注ぎ始めた。
「ん……杖以外に集めるのは、思った以上に難しい」
「水の精霊の涙自体も魔力を帯びています。そうした物は己以外の魔力を拒むのです。その抵抗を押さえつけられるだけの魔力を注がなければ、素材は魔石にはなりません」
額に汗を浮かべながらもタバサは水の精霊の涙に精神力を注ぎ込んでいく。
「そこまでです」
しばらくして、タバサの態勢がわずかに崩れた瞬間、そう言ったローゼマインが皮の手袋をつけた状態で水の精霊の涙を取り上げた。ローゼマインが取り上げたとき、最初は無色透明だった水の精霊の涙は薄っすら緑色に染まっていた。けれど、タバサは色の変わった水の精霊の涙を見る余裕もない様子で、床に手をついたまま動けないでいる。
「初めて魔力を注いだのです。疲労はたいへんなものでしょう。わたくしの兄も初めて魔力を供給したときは、立ち上がることすらできなくなっていました」
自分だけではないと聞いて、タバサは少しばかり安堵の表情を見せる。
「魔石は完全に染め上げなければ少しずつ魔力が抜けていってしまいます。明日から続きを行いますので、今日はゆっくりと休んでください」
少しして、やっとの思いで立ち上がったタバサは執事のペルスランに体を支えられるようにして寝室に下がった。
「これが……魔石……」
それから三日間、ついに水の精霊の涙はタバサの魔力で染め上げられた。最初は水滴のようだった水の精霊の涙は、今は緑色の石に姿を変えている。
「ついにやったわね」
二日前に続いて昨日も、タバサは水の精霊の涙に魔力を注いだ後は立ち上がることすらできないほど疲労していた。その疲労度は、ペルスランの他に同性のグレーティアの手も借りなければ入浴もままならないほどだった。苦労しただけに、タバサの嬉しさはひとしおのようだった。そして、それはローゼマインも同じの様子だった。ローゼマインの方も、本当に魔石ができるのか不安だったらしい。
ともかく、ローゼマインから教えられたユレーヴェというもののうち、春の素材である水属性の素材を得たことになる。残は夏秋冬の素材、すなわち火風土の三つの素材だ。
ちなみにユルゲンシュミットでは夏秋冬という、それぞれの季節にそれぞれの属性が強くなるらしいけれど、ハルケギニアでは特に季節は関係ないと思う。というのも、あたしは今まで季節と属性の関わりというのは聞いたことがなかったためだ。実感としても特に夏に火属性が強いという感覚はない。
「季節が関係ないとしたら、採集はずっと楽になりますね」
ローゼマインがそう言って少し安堵したような息を吐いた。あたしも同じ気持ちだ。もし該当の季節でないと採集ができないとしたら、最低でも一年が必要になる。それでは、素材が揃う頃にはローゼマインたちはいないという可能性も考えられる。
「タバサとキュルケは他の季節の素材について、何か心当たりはありますか?」
「火といえば火竜山脈かしらね。ガリアとロマリアの国境にある山脈に生息している魔獣を討伐すれば、いい素材が得られるんじゃない?」
あたしの言葉にローゼマインは少しばかり眉をひそめた。
「強力な魔獣は討伐できれば良い素材になると思いますが、手に負える魔獣を選ばなければなりませんよ」
「それはわかってるわ。そうね……サラマンダーくらいならなんとかなると思うわ。けど、精神力を注げばどんな素材でも魔石になるのかしら?」
サラマンダーを狩れたとして、どんな部位に精神力を注げば良い魔石にできるのか見当がつかない。手に持つことを躊躇するような部位だったら、どうすればいいのか。
「わたくしたちの国の魔獣は、死ねば勝手に魔石になっていたので、ハルケギニアでの勝手はわかりません。とにかく、やってみるしかないでしょう。では、火はそれを当てにするとして、風と土はどうですか?」
「風といえばアルビオン」
「確かにそうだけど……ちょっと難易度が高いわね」
タバサの発言にあたしが難色を示すのを見て、ローゼマインが小首を傾げた。
「アルビオンというのは国の名前だったと記憶していますが、対立関係にあるということでしょうか?」
「対立なんてものじゃないわね。あの国は今、国内で内戦の真っ最中なのよ。当然、治安も悪化しているでしょうし、特にメイジの入国は厳しく制限されているでしょうね」
「内戦中の国にわざわざ踏み入ろうとするなど、間諜と思われても仕方がないですね」
特に現在は正統な王軍の方が劣勢だと聞いている。そしてトリステインもゲルマニアもどちらかといえば王軍寄りだ。平穏に入国は難しいだろう。
「では、最後に土はどうですか?」
「……タバサはどう思う?」
「土の属性が強い場所は何か所か知ってる。けれど、特別に強いという場所は知らない」
「あたしもよ」
土の属性というのは非常にありふれている。だから少し強い場所ならいくらでも思いつくけれど、特に強い場所と言われると一か所を挙げるのが難しいのだ。
「ローゼマインの国ではどんなものが土の素材になったの?」
「冬に出現する、とても強力な魔獣から得られた魔石です」
「ちょっと待って、手に負える魔獣を選べって言わなかった?」
「わたくしだけで倒したわけではありません。多くの者の手を借りて最後はお金で補償を行いました」
王族であるローゼマインなら、多くのメイジを動員することも可能だろう。けれど、働きに対して与える報奨金はさすがに自由に支出とはいかないはずだ。ローゼマインが商売に対して異常に興味を示すのは、そういった場面で自由に使えるお金を増やしたかったからなのだろう。ローゼマインがほしいと思ったものは、可能な限り手に入れようとする側面があることを、あたしも最近は気づいてきた。
「自分の手で採取したほうが質の良い素材となるのですが、質の良い素材を自ら採取しようと思えば多大な時間がかかります。それより、お金さえあるのであれば、他人が採取した高品質な素材を使って時間を節約することもできます。お金が稼げる場面があれば、迷わず稼いでおくことをお勧めしますよ。わたくしたちも、いつまでここにいるかはわからないですしね」
本番用のユレーヴェは全ての素材が揃ってからとなるけど、それまでローゼマインたちがハルケギニアに滞在しているかはわからない。今の所はまったく手がかりなしと言っていたけど、ある日、突然に研究が実を結ぶこともないとは言い切れないのだ。だから、本番より前に適当な四属性の素材を集めてタバサはローゼマインから先に作り方だけを教わることになっている。
「あたしとしては、いつまでもハルケギニアで暮らしてくれたら、むしろ嬉しいくらいだけども、ローゼマインはそうはいかないのよね?」
「ええ、キュルケの気持ちは嬉しいのですけれど」
「そうよね、ローゼマインはユルゲンシュミットでやるべきことがあるって言っていたものね」
最近のローゼマインは微かに焦りを見せている気がする。そんな中でも、本が目当てという気持ちもあるとはいえ、あたしの友達のために、わざわざガリアまで足を運んでくれるのだから、ローゼマインは面倒見が良いと言うか、お人好しというか。
もっとも、ローゼマインがそのような性格だから、あたしはローゼマインのことを好ましく感じるのだ。以前は良い子が嫌いだったものだけど、あたしも変わったものだ。
こうして、タバサとローゼマインのために、自分のできる限りの協力をしようと、あたしは改めて心に誓ったのだった。