ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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アンリエッタからの要請

わたしは早朝から、学院長室へと呼び出されていた。

 

わたしの前にいるのは部屋の主のオスマンの他、わたしが接触を避けると決めていた王族であるアンリエッタだ。

 

「これはどういうことですか?」

 

「それが、ミス・ローゼマインにどうしても手伝ってほしいことができたのだ」

 

「それは、どのような内容なのですか?」

 

「ミス・ヴァリエールとミスタ・グラモンが姫さまの命で、ある困難な任務に従事することになったのじゃが、どうにも不安でな。二人の身を守ってやってほしい」

 

「ミス・ヴァリエールとミスタ・グラモンは共に未成年の学生ではありませんか。どうしてそのような任務に就くことになったのですか?」

 

そう聞いたわたしに対してアンリエッタは、トリステインとゲルマニアの間の同盟をさまたげる材料がアルビオンという国にあること。それを回収したいが、アンリエッタには頼りにできる人のいなかったこと。それでやむなく、古い友人であるルイズを頼ったことを聞かされた。あまりに考えなしの行動に眩暈がしてきた。

 

「マティアス、戦争状態にある国に潜入するというのは学生でも簡単にこなせる任務だと思いますか?」

 

「いえ、よほど特殊な訓練を積んだ者でないと厳しいと思います」

 

そうだろう。そもそも貴族は隠密行動の訓練など受けていないのだから。

 

「恐れながらアンリエッタ様、ミス・ヴァリエールとミスタ・グラモンではそのような任務を成功させることは不可能でしょう」

 

「でもトリステインのためには、絶対に取り戻さなくてはならないのです」

 

「絶対に取り戻さないといけないのなら、騎士団から選抜した人員を送り込むべきではないのですか?」

 

「でも、わたくしには信用できる人間がいないのです」

 

それはあなたが普段から側近を育てていないからでしょう。と言いたいのを辛うじて飲み込む。どうやったらこのようなディートリンデ並みに考えなしの王族ができてしまうのだろうか。

 

「お気持ちは分かりました。けれど、いかに信用のできる側近でも、わたくしはマティアスに料理を作れとは言いません。絶対に失敗すると分かりきっていますから。それならば信用できずとも、町で引き抜いた料理人を使います」

 

「でも、今回は国の一大事なのです」

 

「一大事であればこそ、もっと確率の高い手を取るべきであると思います。そもそも同盟というものは、そんなに簡単に壊れるものなのですか?」

 

「ええ、もしもアルビオンにある秘密の手紙の内容が知られてしまえば、ゲルマニアの皇帝はけしてわたくしを赦さないでしょう」

 

「仮にも王族がそのようなことで国の行方を左右するのですか?」

 

聞くと、逆に不思議そうな顔をされてしまった。もしかして、ゲルマニアの皇帝というのもアンリエッタと同レベルなのだろうか。

 

「元より政略結婚なのでしょう? 仮にゲルマニアの皇帝から不快に思われても。扱いが粗雑になる程度ではないですか?」

 

「扱いが粗雑になったら大問題ではないですか!」

 

「その程度、たいした問題ではないでしょう。それに、もしもそれが嫌なのでしたら皇帝が粗雑に扱えないようにトリステインの影響力を高めればよいだけではないですか」

 

わたしとしては当然のことを言ったつもりだったけど、アンリエッタは呆然としている。どうやら軍備を増強するなり、産業を振興するなり領地を富ませてアルビオンに備えるという考えは全くないらしい。それは、ゲルマニアの皇帝にも足元を見られるだろう。

 

「ほほ、姫、ミス・ローゼマインは王としての教育を受けられているお方。我々のように他からの影響を受けてばかりの一介の貴族と違い、どうすれば自分が望む通りに周囲を動かせるかを考えられるお方ですからな。姫の苦悩は理解されないでしょう」

 

「買い被りですよ、オールド・オスマン。現に今はオールド・オスマンによって望まぬ場所に立たされているではございませんか」

 

「私としては仮にミス・ローゼマインに断られるにせよ、王族としての手本を見せていただけるだけでも姫にとって財産になると思えましたのでな」

 

「ならば、敢えて言わせていただきましょう」

 

そう言ってわたしが見ると、アンリエッタはびくりと肩を震わせた。簡単に弱気な姿を見せるというその姿も貴族としては失格だ。もっとも、こちらではユルゲンシュミットほど厳格に身分による振る舞いが定められていない様子なので無理もないかもしれないが。

 

どうでもいいけど、この魔法学院には多数の本があった。そして、それは高額な登録料や保証金を払わずとも読むことができるものだった。そして、教育もユルゲンシュミットほど厳しくない。もしも、日本にいた頃のわたしが平賀のように召喚されていたなら、ルイズの下働きをしながら図書館に日参する生活を送っていただろう。

 

今もフェルディナンドがアーレンスバッハで連座の危機にあらず、側近たちがいなければ心の赴くままに図書館で本を読んでいたと思う。閑話休題。

 

「アンリエッタ様、ミス・ヴァリエールとミスタ・グラモンの両親に、二人に今回の任務を命じることについて許可を求めましたか?」

 

「いいえ、そのような許可は求めていません」

 

「王族であるアンリエッタ様が命じるのでしたら、形式的には両親の許可は不要なのかもしれません。ですが、何の相談もなく未だ学生である自分たちの子供がアンリエッタ様の独断での命令で命を落としたとしたら、二人の両親はどのように思われるでしょうか?」

 

二人が任務で命を落とす可能性を考えていなかったのか、あるいは命を落としたときに自分が負うべき責任を考えていなかったのか、はたまた結果として有力な貴族を二人も敵に回すことになることを考えてなかったのか、ともかくアンリエッタが青ざめた。

 

「むう……それは拙いの。ヴァリエール公爵とグラモン元帥を敵にしては姫殿下の立場はますます弱くなってしまう。かといって、今からアルビオン行きを中止すると伝えてたとしてもミス・ヴァリエールもミスタ・グラモンも納得せんだろう」

 

「要はアルビオンにいる相手に伝言ができればよいのですよね。でしたら、アンリエッタ様にオルドナンツを送ってもらえばよいのではありませんか?」

 

「あの、オルドナンツとは?」

 

聞いてきたアンリエッタにわたしはオルドナンツについて説明する。

 

「それでは手紙を取り戻すことはできないではないですか!」

 

「別に焼いてもらえばそれで十分ではありませんか?」

 

「けれど、ウェールズ皇太子はオルドナンツの使い方をご存知ないでしょう。それでは確かに手紙を焼いてもらえたのか、確認のしようがないではありませんか」

 

「アンリエッタ様しかご存知ないことを吹き込んでおけば、一応は姫からの伝言と信じてはもらえるでしょう。それで頭の片隅にさえ残しておいてもらえれば、はるか高みに上がられる前に手紙は処分されるのではありませんか?」

 

そう伝えても、なおアンリエッタは首を縦に振ろうとはしない。それで、アンリエッタが取り戻したいのは手紙でなくウェールズという皇太子であると察することができた。それでは、むしろ任務に成功した方がゲルマニアとの同盟は破談になるだろう。それは、国の誰にも相談ができないはずだ。

 

気持ちとしてはわからなくはない。わたしもフェルディナンドに神々を敵に回しても助けに行くと伝えたし、実際にそのつもりもある。けれど、そのためにフェルディナンドが何より大事に思っているエーレンフェストを荒廃させては、却ってフェルディナンドを悲しませてしまうだけだ。

 

それにエーレンフェストには父さんに母さん、トゥーリにカミルといったわたしの家族、ベンノ、マルク、ルッツ、フランにギル、ヴィルマにロジーナ。他にも貴族としてのお父様にお母様、コルネリウス兄様にレオノーレ、養父様に養母様、シャルロッテにメルヒオール、アンゲリカやダームエルなど、多くの失いたく多くの大切な人たちがいる。

 

わたしには、どちらかを選ぶことなどできない。けれど、信頼できる人がいないと言っていたアンリエッタには、トリステインの中に皇太子に匹敵する人がいないのだろう。だから、アンリエッタは簡単には止まらない。

 

けれども、わたしはそれに巻き込まれるわけにはいかない。フェルディナンドのためにも、エーレンフェストのためにも、わたしはここで死ぬわけにはいかないのだ。そのためには、アンリエッタに依頼を諦めさせなければならない。

 

「アンリエッタ様はフェアベルッケンに目隠しをされてしまわれたようですね」

 

意味が分からないという表情をしているアンリエッタに、目が曇っている意味です、と伝えると、さすがにそのような暴言はほとんど受けたことがないのかアンリエッタが目を丸くした。

 

「もしもウェールズ様をアルビオンより連れ出し、それを口実に攻め込まれてしまった場合には、国に重大な災いを呼び込んだとしてミス・ヴァリエールとミスタ・グラモンの二人はたいへん厳しい立場におかれることになることは、アンリエッタ様はご理解されていますか?」

 

わたしが言うと、アンリエッタは初めてその可能性に気付いたようだ。

 

「アンリエッタ様がご自身の望みのためなら、国や二人の学生、更にはご自身の未来さえどうなろうと構わないと仰られるなら、わたくしが言えることはありません。ですが、そうでないというのならば、全ての方のために御心を殺されるべきです。成功しても失敗しても、誰も幸せになれない。そんな望みは、そもそも口にしてはなりません」

 

ようやくアンリエッタが僅かに頷いた。

 

「最終的にはオルドナンツを送るとして、アルビオンにまで届くのかは試したことがございません。ですので、わたくしがアルビオン領内に赴き、そこからアンリエッタ様に向けてオルドナンツを送らせていただきます。それを受け取られましたらわたくしとウェールズ様にオルドナンツを送ってくださいませ。それが、最大の譲歩です」

 

諫言をしたわたしがアンリエッタに恨まれてはたまらない。なので、わたしも労を負うことを進言しておく。それと、これはタバサのためでもあった。タバサはユレーヴェの素材を得るためにアルビオンに行きたがっていた。アルビオンに行けば、ついでに採集ができるかもしれないと考えたのだ。

 

側近たちには後で危険だと叱られるだろう。けれど、母親と親子の交流が全くできていないタバサの様子を見るのは、わたしには痛すぎたのだ。

 

わたしも平民の母さんと親子としてのやり取りは、契約魔術のせいでできずにいる。けれども、母さんは神殿で神事があるときは、遠目から顔を見るためだけに入口まで来てくれる。それにわたしの専属の職人としてわたしの衣装のための布を染めてくれている。それに比べてタバサは母親から娘だと認識すらされていない。

 

幸いにして、オルドナンツを飛ばすだけなら係争地に向かう必要はない。戦争の当事者たちが目を向けないような場所で素材を採取するだけなら、危険はそれほどでもないはず。

 

そんなわたしの思惑など知る由もなく、わたしの提案をアンリエッタは真剣に考えてくれている。少なくとも王族の権力を振りかざして、無茶であっても押し通すような性格ではないようだ。悪い人間ではないということに、少しだけ胸を撫で下ろす。

 

「分かりました。それでお願いします」

 

少しして、悩んでいたアンリエッタがようやく頷いた。

 

こうして、わたしはアルビオン領内に向かうことになったのだった。

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