ラ・ロシェールについた翌日の朝、わたしはワルドからある依頼を受けた。それは、わたしの護衛騎士と手合わせをしたいというものだった。
「なぜ、わたくしの護衛騎士と手合わせがしたいのですか?」
「ミス・ローゼマインたちは異国からやってきたのでしょう? その異国のメイジたちがフーケを捕らえたと聞けば興味を抱いて当然でしょう。もっとも、初めはルイズの使い魔の少年に頼んだのですけどね。彼は決闘のときに負けた相手だからとミス・ローゼマインの護衛騎士のラウレンツを推薦してくれたのですよ」
「おや、わたくしがルイズたちがフーケを捕らえたところに居合わせたという話はそれほど広まっているのですか?」
話したのは間違いなくアンリエッタだろう。まったく、困ったものだ。
「いえ、それほど広まっている話ではありません。僕は魔法衛士隊の隊長だから知らされていただけですよ」
「そうなのですね」
わたしたちのことがそれほど広まっていないということに少し安心した。手合わせ自体は面倒事といえるかもしれない。けれど、考えようによっては良い機会でもあった。ワルドは魔法衛士隊の隊長だ。学生であるギーシュや本質では盗賊であるフーケでは測りきれなかったこの国の騎士の強さを推測するのにちょうどよい相手だろう。
「分かりました。けれど、今は重要な任務の最中です。お互いに怪我がないようにしてくださいませ」
「無論、気をつけます」
「ではラウレンツ、ワルド様と手合わせをなさってください。マティアスは立ち合いをお願いします。クラリッサ、いつも悪いけど、その間の護衛をお願いしますね」
三人が口々に了承の言葉を返すのを待って、わたしはワルドに向き直る。
「それで、手合わせはどちらでなさるのですか?」
「この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦でした。中庭に練兵場がございますので、そちらで行いましょう」
人目につかない場所なら構わない。わたしは側仕えの二人とローデリヒを部屋に残して練兵場へと向かった。
練兵場はかつて貴族たちが集まり、国王の閲兵を受けた場所という話だったが、今ではただの物置き場となっていた。樽や空き箱が積まれ、かつての栄華を感じることができるものといえば、苔むした石でできた旗立て台くらいだ。
「昔……といってもミス・ローゼマインたちには分からないでしょうが、フィリップ三世の治下には、ここでよく貴族が決闘していました。古き良き時代、王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と、誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。でも、実際はくだらないことで杖を抜きあったことも多かったと聞いています」
「そうなのですね」
王の力が衰えているのはハルケギニアも同様だったようだ。しかし、ハルケギニアの場合はアンリエッタの資質によるものが大きい気がする。
「僕はミス・ローゼマインの部下たちのことが羨ましい。ミスタ・ハルトムートが言っていましたが、エーレンフェストではミス・ローゼマインが王族に名を連ねて以降、急速に発展をしているようですね。そのことが誇張でないことは、ここ数日のミス・ローゼマインを見ていれば理解できます。ミス・ローゼマインはまだ十三歳だと聞いています。僕も多くの貴族を見てきましたが、ミス・ローゼマインほど優秀な十三歳は見たことがありません」
「ありがとう存じます。けれど、わたくしだけの力ではありません。皆がわたくしのことを盛り立ててくださるからです」
「ミス・ローゼマイン、皆が盛り立てたくなるということが重要なのです。トリステインの姫殿下を見て、ミス・ローゼマインは姫殿下を中心にトリステインを盛り立てていきたいと思われますか?」
ワルドの言葉は自国の批判。そこに口を挿むことは避けるべきだ。わたしは作り笑いを深くして、返事を避ける。
「お答えしにくい質問を失礼いたしました。けれど、反射的に言葉を返すのではなく、相手の意図を読もうとする慎重さを、姫殿下にも持ってほしいものです」
どうやらワルドはアンリエッタに不満があるようだ。もっとも、あれに不満を持つなという方が無理なことなので、それをもって不忠者とは思わない。
練兵場にはわたしたちの他にルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュに平賀もいた。皆が興味津々といった様子で二人の様子を見つめている。ラウレンツはすでに全身鎧に身を包んでいて、ワルドとの間合いは二十歩ほど。このくらいなら、ラウレンツの得意な近接戦の範疇だ。
「では、始めようか。ミスタ・マティアス、開始の合図を」
「私がシュタープを光らせたら開始とする」
マティアスがシュタープを出し、頭上に掲げる。そうして二人が戦闘態勢を取るのを見て、シュタープを光らせた。
「シュベールト」
同時にラウレンツがシュタープを剣に変化させてワルドに向けて斬りかかる。ワルドは細身の杖でラウレンツの剣を受け止めていた。ワルドは僅かに後退すると、風切り音と共に高速の突きを放っていく。
ラウレンツはワルドの突きを剣の切り上げで払うと、後退して距離を取った。ラウレンツが得意とするのは接近戦だ。本来なら、距離を空けることはしない。実際、ワルドの突きは鋭かったが、ダンケルフェルガーのラールタルクには及ばないように見えた。
「ラウレンツはなぜ、距離を取ったのでしょう」
「おそらく、魔法を使わせたいのでしょう」
わたしの疑問に答えてくれたのはクラリッサだ。その説明によると、わたしの側近たちはこの国の魔法に疎いため敵の次の手が読みにくいのだそうだ。一応、それは相手も同じであるため、著しい不利にはなっていないけど、今後のことを考えると知っておいた方がいいらしい。護衛任務のことはわたしには分からないので、ラウレンツに任せるしかない。
「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」
ラウレンツの誘いが分かったのか、ワルドは低く呟きながら前進し、閃光のような突きを何度も繰り出す。ワルドの突きは一定のリズムと動きを持っている。
「魔法がくるぜ!」
「ゲッティルト」
その声が届いたのかは分からないが、ラウレンツはシュタープを盾に変えてワルドの風の魔法を防いでいた。その後は再びシュタープを剣に変えて、ワルドに斬り込んでいく。
ところで、先ほどの声は聞いたことのないものだったが、発したのは誰なのだろう。見渡していると、その答えは平賀から明かされた。
「ああ、今の声はこの剣、デルフリンガーのものだよ」
声は平賀の持つ剣が発したものだったようだ。
「この国にもシュティンルークのような魔剣があったのですね」
わたしの護衛騎士であるアンゲリカが持つような剣の登場に、驚きを隠せない。幸いというか、ここにはコルネリウスもダームエルもいない。わたしがアンゲリカの魔剣を喋るようにしてしまった現場を知る者はいないので、やらかしが指摘されることはない。
「少し強い魔法も使ってみようか」
ワルドがそう言ったことで、わたしは意識を二人に戻した。
「ええ、是非お願いしたいくらいです」
「では、参ろうか」
ワルドの頭上で空気が冷え始めたのが分かった。空気が震えている。
「ライトニング・クラウド」
「ゲッティルト」
ワルドから稲妻が伸びてラウレンツが出した盾に直撃する。白煙が立ち、わたしは思わず身を乗り出した。
「大丈夫ですよ」
クラリッサがそう言った直後、煙の中から剣を構えたラウレンツが飛び出してきた。その身に大きな傷は見られない。ラウレンツはそのまま白兵戦に持ち込み、今度は休むことなく攻め立てて、ワルドの杖を弾き飛ばした。ハルケギニアのメイジは杖がなければ魔法を使えない。見事なラウレンツの勝利だった。
ラウレンツが魔法衛士隊の隊長に勝利したことにルイズやギーシュは驚きの表情を見せている。その一方、平賀だけは先程の戦いを反芻するように、じっと考え込んでいる。
「いや、まさかその若さでここまでの腕とは驚いた。僕の完敗です」
杖を失ったワルドがラウレンツに手放しの賞賛を送る。
「ありがとう存じます。けれど、ワルド様も全力ではなかったのでしょう? ラウレンツが怪我をしないように注意して魔法を使用されていたのではありませんか?」
「それも見抜かれていたとは恐れ入ります。何にせよ、有意義な時間でした」
そう言うワルドからは余裕さえ感じられる。近接戦ではラウレンツの方が有利に見えたけれど、もう少し距離があればワルドの方が有利ということだろうか。
「ええ、ところで一つ。提案がございます。夕食の後、すぐにアルビオンに出立いたしませんか?」
わたしがそう言うと、ハルケギニア勢の全員が驚いたようにわたしを見た。
「ねえ、ローゼマイン、船は明日の朝にならないと出ないのよ」
「分かっていますよ、ルイズ。ですが、船に乗っては港でアルビオンの貴族に取り調べを受けてしまうかもしれません。それよりは、わたくしの騎獣で向かう方が安全です」
「ローゼマインの騎獣は、どのくらいの時間、飛んでいられるの?」
「少し疲れてしまいますが、一日くらいなら飛び続けられますわ」
そう言うと、わたしの騎獣の速度を知っているキュルケたちが驚いた顔を見せた。しばらく互いの顔を見合わせていた中、決断したのはワルドだった。
「分かりました。確かに、その方法の方が人目に付きづらい。ミス・ローゼマイン、お願いできますか?」
「ええ、お任せくださいませ」
本来は、目撃されたら面倒なので騎獣は使わないつもりだった。けれど、わたしたちはすでにラ・ロシェールの前で襲撃にあっている。相手が本当にただの盗賊だったのなら問題はないが、最悪の場合、どこかから情報が漏れている可能性があるのだ。
それゆえの予定変更だ。わたしは夕食が終わり次第、リーゼレータ、グレーティアの二人にローデリヒを付けて魔法学院に帰し、ルイズたちを騎獣に乗せて残りの側近たちと一緒にアルビオンに向かうことを決定した。