ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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ラ・ロシェール出立

あたしたちは、少し早めの夕食を宿泊中の『女神の杵』亭で取っていた。普段の夕食と違い、この遠征中はローゼマインの側近が食事のときに給仕をしてくれている。

 

普段ならアルビオンには空を飛ぶ船を使って向かうのだが、今回はローゼマインの騎獣を使って向かうとことに決まった。そのための早めの食事だ。

 

「ところで、ルイズたちの目的は、結局あたしたちには教えてくれないのよね」

 

「ええ、知らない方がよいことというのは、世の中には多いものですから。例えばわたくしがなぜキュルケを誘ったのか、とかでしょうか」

 

あたしたちの目的である素材の採取についてはルイズたちに教えていない。それと同じであたしたちもルイズたちの目的は知らない方がよいのだろう。そんなことを考えているうちに、俄かにローゼマインの側近たちが慌ただしく動き始めた。

 

「少し外に行ってまいります」

 

食事中のローゼマインの背後に立っていたマティアスが急に外に行き、そして、すぐに室内へと戻ってきた。

 

「囲まれています。傭兵のようです。私とラウレンツで対処いたしますので、ローゼマイン様は入口をシェツェーリアの盾で塞いでください」

 

「分かりました。二人とも気をつけて」

 

ローゼマインと相談をすると、二人は全身鎧を纏って外へと飛び出していく。

 

「守りを司る風の女神シュツェーリアよ。側に仕える眷属たる十二の女神よ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。害意持つものを近付けぬ風の盾を、我が手に」

 

前は半球状にして使った風の盾をローゼマインは入口を塞ぐようにして使った。入口の前にはハルトムートが立って外の様子を窺っている。

 

「ねえ、あたしたちも加勢した方がいい?」

 

「場合によってはお願いするかもしれません。けれど、今は二人に任せておいた方がいいと思います」

 

ローゼマインによると、彼女が使う風の盾は中から外を攻撃することができないということだ。つまり魔法で援護しようと思ったら矢が飛んでくる場所まで出なくてはならない。あたしにはローゼマインの護衛騎士たちのような強固な鎧も盾もない。そんな中で外に出なくてはならないとなると、少し荷が重い。

 

「其方、どうしてここにいるのだ?」

 

そう考えていると、不意にハルトムートが外に向かって叫んだ。

 

「どうしましたか、ハルトムート」

 

「ローゼマイン様、フーケです」

 

フーケは牢に入れられているはずだ。仮に脱獄していたとしてラ・ロシェールに来て襲撃者の中に混じっているというのは、どう考えてもおかしい。

 

「親切な人がいてね。わたしみたいな美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って、出してくれたのよ」

 

「だそうよ。トリステインはどうなっているの、ヴァリエール」

 

「知らないわよ。わたしに言わないで」

 

「極秘任務だって言ってなかったっけ? どうしてフーケがここにあたしたちがいることを知っているのよ」

 

「だから、あたしに言わないでったら」

 

ルイズはそう言うが、トリステインの体制はどれだけ雑なのだろうか。

 

「フーケのゴーレムは面倒ですね。無視するのが一番でしょうか」

 

そんな中、ローゼマインはそんなことを言っていた。

 

「皆さま、わたくしの騎獣に乗ってくださいませ」

 

そう言ってローゼマインは室内に大型にした騎獣を出現させた。中には十人くらいなら余裕で乗れそうである。

 

「リーゼレータ、店の主人に補償金を支払っておいてくださいませ」

 

ローゼマインはなぜかリーゼレータに店の主人にお金を手渡させていた。その後は、すかさずローゼマインの隣をクラリッサが、真後ろをハルトムートが確保してローゼマインに近い方からリーゼレータ、グレーティア、ローデリヒが乗り込む。ローゼマインの側近全員が乗り込んだので、あたしも足を踏み入れる。前も思ったことだが、ローゼマインの騎獣は馬車よりもずっと乗り心地がよい。

 

「なあ、これってやっぱり……」

 

「平賀さん、沈黙は金、という言葉をご存知ですか?」

 

あたしに続いて乗って来たサイトは何か気になったようだが、何やらあたしにはわからない言葉で、ローゼマインに口を封じられていた。その後、ルイズ、タバサ、ギーシュの三人も乗り込んでくる。

 

「ほう、これは興味深いな」

 

最後に乗り込んできたワルドも初めての感触に微かに笑みを浮かべていた。

 

「では皆様、参りますよ」

 

そう言ったかと思うとローゼマインの騎獣は店内を駆け始めた。そうして次の瞬間には窓枠を破壊しながら外へと飛び出して行く。急に中から飛び出てきた妙な物体に傭兵たちが驚きの声を上げる。それに構わずローゼマインは騎獣を空に飛び上がらせた。

 

「マティアス、ラウレンツ」

 

ローゼマインが呼び掛けると、騎獣に乗ってフーケの巨大ゴーレムの周囲を飛行していたマティアスとラウレンツが合流してくる。フーケは何やら騒いでいるが、ゴーレムでは飛行するローゼマインや護衛騎士の騎獣を追えないのは明白だった。

 

「ねえ、もしかして前にフーケのゴーレムと戦った時も本当は戦う気はなかった?」

 

「ええ、逃げるだけなら簡単ですもの」

 

あたしが聞くと、ローゼマインはあっさりと肯定した。

 

「逃げるなんて、そんなの貴族の行いじゃないわ」

 

「わたくしたちがオールド・オスマンから依頼されたのは破壊の杖の奪還でした。フーケを捕らえろとは言われていませんでしたもの。無理に戦って破壊の杖を再び失ってしまう可能性を考えれば、あの場では逃げるのが最善でした」

 

そう言いながら、ちらとあたしたちの方を振り返った。もしもあのとき、ルイズが暴走しなければ、ローゼマインは何の迷いもなく騎獣で逃げ出していたとはっきりと分かる態度だった。

 

「さて、夜空に飛び出してはみたものの、わたくしはアルビオンの方向を存じません。どなたかアルビオンへの案内をお願いできますか?」

 

「僕も船でしか行ったことはないが、だいたいの方向は分かる。けれど、その前に少しだけ待ってくれるか?」

 

そう言ったワルドが口笛を吹くと、別にラ・ロシェールに送られていたグリフォンがどこからか飛んできて騎獣の上に着地した。

 

「そのグリフォンはアルビオンまでは行けないのですか?」

 

「竜ではないからね。そんなに長い距離は飛べない」

 

それなら仕方ないと言って、ローゼマインはワルドが示した方向へ騎獣を向けた。

 

「本当に島が空に浮かんでいるのですか?」

 

「ミス・ローゼマインの国には空に浮かぶ島はないのですか?」

 

「そのような不思議な島は存じません」

 

ワルドに答えたローゼマインは、外に向かって声を上げる。

 

「ラウレンツ、一度、わたくしの騎獣に戻ってくださいませ。しばらくは何もないようですから、護衛は一人で十分です。少しでも魔力を節約してください」

 

呼びかけられたラウレンツは一度、ローゼマインの騎獣の上に降りたようだった。そして、屋根の上から器用にローゼマインの騎獣の中に入ってくる。

 

「ローゼマイン様にばかり魔力を使わせてしまい、申し訳ございません」

 

「着いたらわたくしは休ませていただきますので、気にしないでください」

 

「ねえ、ローゼマイン、アルビオンに着いたとして、行く当てはあるの?」

 

「むしろ、最初の目的地は、どこでもない場所と言えます。主要な町はアルビオンの貴族に押さえられているでしょうから」

 

あたしの質問にローゼマインは驚くべき答えを返してきた。

 

「どこでもない場所って、それでどこで休むつもりなの?」

 

「わたくしの騎獣の中ですが?」

 

聞くと、ローゼマインの魔力量は多く、騎獣をある程度の大きさで保ったままでいても何の問題もないらしい。ただ体力はあまりないので不眠は避けたいのだそうだ。騎獣という物を維持するのがどれくらいの精神力を使うのか、あたしには分からないが、これまでも強力な防御魔法を使っていた。ローゼマインの精神力は相当、高いのだろう。

 

「ワルド様、アルビオンまでどのくらいかかりますか?」

 

「そうだな……この速度なら明日の朝には見えてくると思う」

 

「では、皆様はしばし休んでいてくださいませ。特にラウレンツは途中でマティアスと交替して、その後は護衛任務についてもらいますので。騎獣の中の護衛はクラリッサにお願いしますから、大丈夫ですよ」

 

言われたラウレンツが騎獣の中で横になる。他にリーゼレータとローデリヒも座ったまま仮眠を取り始めたようだ。

 

「針路から逸れたら拙いから、僕は起きていよう。ルイズも少し仮眠を取ってくれ」

 

「ありがとう、ワルド」

 

ルイズも横になり、面白くなさそうに鼻を鳴らしたサイトも横になる。タバサやギーシュも仮眠を取るようだ。それを見て、あたしも身体を横たえたる。ローゼマインの騎獣の中は意外と寝心地もよく、あたしの意識はすぐに溶けるようになくなった。

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