目覚めたローゼマインからの助言を得て、あたしはローデリヒと一緒にダータルネスの港町を訪れていた。時刻は昼前。目的は食料の調達と、タバサが作るユレーヴェというものの素材として風石の入手方法に関しての情報収集だ。ついでに手に入ればアルビオンの情勢についても、という感じだけど、こちらに関しては無理をするつもりは全くない。
自分のユレーヴェの素材のためなので、当然ながらタバサは参加したがった。けれども、小柄で幼く見えるタバサは戦場に近いダータルネスでは目立ってしまう可能性が高いため、ローゼマインの説得により留守番組となった。
もう一人については、いざという時に離脱がしやすいということでユルゲンシュミット組の誰かと決まった。情報収集ということを考えれば、できれば文官が良い。そうなると普段はハルトムートだという話だが、ハルトムートは全体的に何となく赤くて目立つという理由で外見が地味なローデリヒが選ばれたようだ。
ちなみにルイズとワルドと、勿論ギーシュにも、あたしたちの情報収集の対象がタバサがユレーヴェを作るための素材に対するものだとは伝えていない。言えば、アンリエッタからの依頼を蔑ろにして自分たちの都合で動くのかと怒るだろうからだ。
けれど、そもそもトリステイン出身でない、あたしとタバサはアンリエッタに対して何の忠誠心も持っていない。これまでの誼としてルイズの手助けならある程度してもよいというくらいだ。それはローゼマインたちも同じだろう。
そうして、ローデリヒの騎獣で近くまで来たあたしたちは徒歩で町へと入った。設定としては、あたしがゲルマニアの商会の一人娘で、ローデリヒはその従者だ。
「わたくしはゲルマニアのオトマール商会のキュルケ。こちらは従者のローデリヒですわ。我が商会でも船を一隻、所有したいと思っておりますの。いくらなら、お譲りいただくことができますの?」
船を扱っている店に入って、偽りの身分を告げて相手に船を購入する場合の金額を提示させた上で、キュルケは口を押さえて驚いて見せる。
「それほど高額だとは思いませんでした……」
値引き交渉もしてみるが、当初の値段の隔たりはあまりに大きく、交渉はなかなか纏まらない。そのうち、ローデリヒが声をかけてきた。
「キュルケ様、船をそのまま購入することは難しいようです。風石と建材を購入して建造は我らで行うというのはいかがでしょうか?」
ローデリヒが代案を出してくるということまで含めて、ここまでは全てローゼマインの筋書き通りに進めている。
「それしかありませんね。お手数ですが、風石を購入できるお店をご紹介いただけますか? 情報量はお支払いいたしますので」
そう言って船を持っている相手から教えてもらった、風石を販売している店で、今度は船主からの紹介で来たと言って風石の値段を聞く。そこで今度も値段が折り合わなかったふりをして、今度は風石の産出される場所について情報を求めるのだ。
「アルビオンで質の良い風石が産出される場所と言えばカンゴーム山脈だな。けれど、あそこは凶暴なトロール鬼たちの住処にもなっているから危ないぞ」
「そうなのですか。それですと、護衛も必要ですね。ちなみにその場合にどのくらい日程と経費が掛かるのか検討をしないとなりませんので、風石の採掘に詳しい方を紹介していただけませんこと?」
そうして、今度は採掘に詳しい者を紹介してもらった。ちなみに今の所はアルビオンの情勢などは全く調べていないせいか怪しまれた様子はない。
ちなみに風石を購入するのでなく採掘をしようとしている理由は、ユレーヴェというもの素材は、精神力が混ざるのを防ぐため、なるべく他人の手が触れない方がいいという条件があったためだ。加えて、水の精霊の涙の、素材としての質の高さもある。なまじ最初の素材の質が良いために生半可な質の素材では水の素材に負けてしまうのだそうだ。
最後の仕上げとばかりに、あたしは風石の採掘方法に詳しい技師の元を訪れて協力を請うた。護衛はしっかり行うと約束した上で、通常より割高の依頼料の支払いを約束して採掘に付き合って欲しいと頼み込んだ。残念ながら、その相手からは承諾を得られなかったが、代わりの技師を紹介してもらうことはでき、そうして訪ねた二人目の採掘技師、エイバルからは、多少割高な報酬を支払うことになったが、承諾を得ることができた。
ちなみに、その原資となったのがローゼマインのオルドナンツを売ってツェルプストー家が得た利益であり、あるいはタバサが水の精霊の進出を止めたことの報酬としてガリア王家からもぎ取った金銭だ。これまで報酬の要求などしてこなかったタバサが、今回は正論を駆使してお金を要求する姿をガリア王が愉快がっていた、とは当のタバサの弁だ。
お金は取れる時に、取れるところから、取れるだけ、取っておくもの。これはあたしたちがローゼマインから何度も言われてきたことで、今ではすっかり身についている。そして、そのアドバイス通りにお金を稼いできたことで、今、こうしてお金で人を雇うことができているのだ。
今日、エイバルとの交渉まで上手くこぎつけられたのもローゼマインのおかげといえる。少し前のあたしであれば、平民に扮して、ローデリヒを相手に芝居をして情報を得るなんて、考えもしなかっただろう。本当に欲しいものを得るためならば、手段を選んでなどいられないのだ。
ともかくエイバルの方にも準備の必要があるということなので、出立は翌日ということになった。だから、あたしたちは今度は、すでにかなり遅くとなってしまったけど今日の昼食と夕食、それから明日からの食事を求めるために町を歩く。戦場に近いということで心配していたが、幸いにも市場には食料が溢れている。
「明日からの分は、味気なくとも調理がいらず、保存性に優れたもの、だったわね」
「ええ、そうです」
ここには料理人がいないから、とそう言ってきたのは、マティアスだった。側仕えは学園のメイドとは違うので盛り付けはできても調理はできないらしい。
マティアスとラウレンツの二人が思い浮かべていたのは騎士団の携行食で、騎士ではないローデリヒも見たことはあると言っていた。ちなみに携行食はお腹は膨れるけれど味は期待してはならないと言われた。
「何がいいかしらね? なるべくおいしくて手軽と言えば、パンかしらね?」
「ええ、それが無難だと思います」
パンならば少し火であぶるだけで食べられるし、味も壊滅的に悪くはない。そこに干し肉などを乗せれば、まあ数食ならば我慢できるだろう。
「わたしとタバサにルイズにサイトとギーシュにワルド。ローゼマインにあなたたちが六人でしょ。そしてエイバルの分で計十四人分。それと、ワルドのグリフォンの分……そういえば、グリフォンって何を食べるのかしら?」
「私は知りません」
「まあ、そうよね」
ハルケギニアの貴族である、あたしでも知らないのだ。食事も寝床もいらない騎獣を使うユルゲンシュミット貴族であるローデリヒが知るわけない。
「明日からの食事は何日分を用意すればいいかしら?」
「エイバルの言っていた距離から考えると、ローゼマイン様の騎獣なら半日ほどで辿り着けると思います。ですが、夜間に山中の探索は避けるべきでしょうから、二日分を用意しておいた方が良いと思います」
「そうなると、明日からの分が十四人で二日分。それに今日の昼食と夕食が十三人分がいるわけでしょ」
そこまで考えて思わず眉を寄せてしまう。
「グリフォンの分を除いても明日からの分が計八十四食分。今日の分だけでも二十六食分。合計だと百十食分になりますね」
「……そんなに持てるかしら?」
「最悪、今日の分だけ買って帰って残りは別途、買い出しに来るしかないでしょうね」
一番、身分を改められるのは町の出入りの際だ。そう考えると、買い出しの回数は最小限にした方がいいのだが、あまりに大量の食糧を持ち運ぶのも不自然に思われるだろう。
「仕方ないわね。今はとりあえず今日の分だけ買って帰って、明日からの分は別に男の人だけで買い出しに出てもらいましょうか」
町中を見た限り、かなりの数の傭兵らしき男の姿が見えた。それで、今のダータルネスの街中の活気が、戦争特需によるものと理解できた。けれど、その活気は人々の血を前提としているものだ。あたしは賑やかな町にどことなく浮かれていた自分の心を恥じる。
ともかく、マティアスとラウレンツならば少し身なりを変えれば傭兵仕事を希望する若者と誤魔化せそうだ。ローデリヒもその案に賛成してくれたので、あたしは今日の食事を調達するために、人々でごった返す市場へと足を向けた。