アルビオン到着から二日後、わたしたちは質の良い風石が採れるというカンゴーム山脈へと向かっていた。
「な、なんか変な感覚ですけど、今はどうなっているんですか?」
声を発したのは、秘密保持のために目隠しをした状態でわたしの騎獣の最後部に座らされている、ダータルネスで雇った鉱山技師のエイバルだ。
「安心して。ちょっと変わった幻獣に乗っているだけだから」
そうエイバルに説明しているのは彼を引っ張ってきたキュルケだ。ちなみに、異国の王族というわたしに都合が悪いことを知られた場合は、エイバルの口を封じるしかなくなると脅してあるため、ルイズもギーシュも平賀も黙って席に座っている。けれど、出発前はこんなときに素材の採集だなんて、とひと悶着あった。
「わたくしたちが自分の帰還方法を優先するのに、何か不思議がございますか?」
そう言うと一応は不満を収めてくれたけど、納得していないのがありありと見えた。このままでは、暴走をしてしまいそうで心配だが、今はルイズのケアまでしている余裕はない。ひとまずはアルビオンでおそらく最初で最後の機会となる採集の成功だけを考えて騎獣を飛ばす。
しばらく進んでカンゴーム山脈が近くなったところでローデリヒに騎獣を出してもらい、エイバルはそちらに乗ってもらって目隠しを外す。わたしは視力強化をすればローデリヒの騎獣が視認できるという距離を保ってエイバルの案内の元、風石が採れそうな場所を探している二人の後を追った。
「ねえ、こんな時期に、本当に素材収集なんてしなくちゃいけないの?」
「このような時期でもない限り、素材収集などできないではないですか」
エイバルがいなくなると、途端にルイズの愚痴が再開した。ルイズにとっては、緊急性の高い敬愛する主君の願いを蹴って、いつでもいいと思える素材収集に勤しんでいるように見えるのだろうけど、わたしやタバサにとっては素材収集の方が優先度は高い。
「ミス・ローゼマインたちにとっては、姫殿下もトリステインの事情も二の次なのだろう。僕たちとの感覚が違うのは、仕方のないことなのだろうね」
ワルドの言う通り、わたしたちはトリステインの人間ではない。アンリエッタの願いに価値を見出せないのは仕方のないことだと、ルイズには飲み込んでもらうしかない。
「ローゼマイン様、前で何か起きたようです」
ルイズとの立場の違いを改めて認識していると、いつの間にか、わたしの騎獣の右を飛んでいたマティアスが近づいてきてわたしに叫んだ。見ると、ローデリヒの騎獣が高度を上げていた。先程までは地上が見えるように高度を落としていたはずだから、マティアスの言う通り何かが起きたのだろう。
「森の中から、何らかの攻撃が仕掛けられたように見えました」
わたしの騎獣の左側を飛んでいたラウレンツも近寄ってきて、いつでもわたしの護衛につけるようにしている。
「ローゼマイン様、高度を上げてください」
もはや定位置となりつつある助手席に座ったクラリッサの言葉に従い、騎獣の高度を上げていく。その最中、ローデリヒからオルドナンツが飛んできた。
「ローゼマイン様、山の斜面より人型の魔獣により矢のようなもので攻撃を受けましたが、私たちに怪我はありませんので、ご心配には及びません。エイバルは、この地に暮らしているトロール鬼という魔獣だと言っています。」
「ワルド様、トロール鬼とはどのような魔獣なのでしょうか?」
「トロール鬼は主にアルビオン北部の高原地方に生息する亜人です。身長は五メイルにも達し、その巨体に見合った膂力を有します。アルビオンでは各地の戦に駆り出されることも多いと聞いています」
魔獣のことならば騎士であるワルドが詳しいだろうと思って聞くと、思った通り、すらすらと説明をしてくれる。それよりも驚くべき言葉があった。
「その亜人という相手とは意思疎通が行えるということですか?」
「はい、亜人の言葉は我々とは異なるので、簡単に、とはいきませんが」
それは重大な情報だ。ユルゲンシュミットの魔獣はシュミルのように愛玩用とされているものはいても、人間と意思疎通ができるものはいなかった。てっきりハルケギニアも同じだと思っていたが、意思疎通ができるなら、わたしは動物とは考えられない。
「ローデリヒ、そのトロール鬼という種族は姿かたちは異なれど、人と意思疎通ができる相手のようです。交戦はできる限り避けてくださいませ」
慌ててローデリヒにオルドナンツを送り、マティアスとラウレンツにも可能な限り交戦を避けるように伝える。一方で、エイバルが候補地を絞り込むために、すでにかなりの時間を使ってしまっている。風石の探索には、あまり時間がかけられない。
「風の属性が強い素材なら風の祝福に反応があるでしょうか?」
「それは良いお考えですね。是非、試してみましょう」
ハルトムートは単にわたしが祝福をする場面が見たいだけの気がする。けれど、わたしが言い出したことだし、他に当てがあるわけでもない。
「マティアスとラウレンツ、ローデリヒに疾風の女神、シュタイフェリーゼのご加護がありますように」
わたしの祈りとともに黄色の光がマティアスとラウレンツとローデリヒに飛んでいく。それを見ていたハルトムートが不満そうな顔を見せた。
「どうして私は祝福をいただけないのでしょうか?」
「わたくしの騎獣の中にいるハルトムートには、今は祝福は必要ないではありませんか」
どうしてエイバルを乗せる役に立候補しなかったのか、とハルトムートは口惜しがっているが、エイバルが後ろにいた場合、情報漏洩を防ぐため、どれだけ興奮しても黙っているしかないのだが、わかっているのだろうか。
「それより、何か気付いたことなどありませんでしたか?」
「祝福を行った際、あちらの山裾が一瞬だけ光ったように見えました」
「それを早く言ってくださいませ」
ハルトムートが見た方向に進むよう、ローデリヒにオルドナンツを飛ばしてもらう。
「ローゼマイン様が使う、その祝福というのはどのようなものですか?」
そのとき、わたしたちのやり取りを見ていたワルドが不思議そうに聞いてきた。けれど、その質問は答えるのが非常に難しいものだった。
これまでの生活で、ハルケギニアが始祖ブリミルを崇める一神教に近い場所だというのは想像がついている。そのハルケギニアの人間であるワルドにユルゲンシュミットの多神教の考えが理解できるとは思えない。
「わたくしの国に伝わる魔術の一種ですわ」
結局、当たり障りのない回答をするのに留めておいた。そうでなくとも神々に愛された、などというハルトムートのような言葉は相手によっては著しく不快にさせる可能性があるのだ。ワルドの性格を掴みきれていない現状では、余計なことは言わないに限る。
そのうちにわたしの祝福で光ったという場所にたどりつき、ローデリヒが再び高度を下げ始めた。待つこと少し、ローデリヒからエイバルが風石が採れそうだと言っているというオルドナンツが飛んできた。
「タバサ、すぐに採集を行ってください。キュルケはタバサの護衛をお願いします」
「任せておいて」
キュルケが快く引き受けてくれる。
「護衛ということなら、僕も出よう」
「俺も行くぜ」
「サイトが行くのなら、僕も行かざるをえないな」
その後、ワルドと平賀、最後にギーシュも護衛に名乗りをあげてくれた。
「ローゼマインの防御魔法があれば、護衛なんていらないんじゃないの?」
「採集中は、わたくしは魔術を使用しない方がよいのです」
グレーティアの名を受けるときに採取したタイガネーメの実のように、その場にある物を拾うだけなら魔力は混ざらない。けれど、大きめの風石を切断して採取することになった場合に、わたしがシェツェーリアの盾を使うと、断面から魔力が混入する可能性は捨てきれない。
わたしの魔力に染まってしまった場合、ユレーヴェの素材としては使用できない。けれど、ハルケギニアには、そもそも素材を染めるという概念がない。ルイズもワルドも理解できていない様子だった。
ともかく、まずはマティアスとラウレンツが降りて周囲の安全を確認し、次いでエイバルを乗せたローデリヒが降りる。わたしは最後に、エイバルにレッサーくんが見られないようにラウレンツが目隠しをしたことを報告するオルドナンツを待ってから降りる。わたしはすぐに騎獣を魔石に戻し、エイバルの目隠しを外させた。
「エイバル、風石はどこで採れるのかしら?」
「風石は通常は鉱山の中で採れるのですが、稀に地上で採取することもできます。山肌の黒い石の間に、透き通るような色素の薄い石が……」
「例えば、あれみたいな?」
そう言ったルイズの指さす方を、全員で見た。
「そう……ですね」
「さすがはローゼマイン様です」
エイバルが呆然としたまま呟き、ハルトムートは歓喜の声を上げている。すんなりと素材が見つかって喜ばしいはずなのに、喜ぶ気分になれない。
「ハルトムート、すごいのは上空からでも的確に採取できる地点を予測したエイバルの方ですよ。ともかく、タバサは採取をしてしまってくださいませ」
「わかった」
タバサが風石に向かい、わたしたちは周囲の警戒を行う。といっても、わたしの側近たちはどうしてもわたしのことが最優先となる。タバサの護衛は実質的にはキュルケ、ワルド、ギーシュと平賀の四人だ。そのうちギーシュと平賀の二人は護衛と呼ぶには不安があるけれど、いないよりはましだろう。
杖の先に魔力を集めて、タバサは少しずつ風石を削っていく。そうして半分ほどに達したとき、突如として森の中から海鳴りのような声が聞こえてきた。
「トロール鬼の声です」
エイバルが言った直後、下手な低木よりも背の高い巨人が姿を現した。
「敵対する意思はない、と伝えることはできますでしょうか?」
「無理ですよ。彼らにとっては私たちは侵入者です。皆さん、メイジなんでしょう? なんとかしてください」
悲鳴のような声をあげ、エイバルが最後尾にいるルイズの後ろに隠れようとする。そして、悲鳴のような声をあげたのは一人だけではなかった。
「何なんだ、あれは!? 僕のワルキューレの何倍も大きいじゃないか」
「何あれ、でけぇ!」
ギーシュと平賀が案の定、トロール鬼の大きさに驚いていた。一方、キュルケとワルドはすぐに魔法を使って応戦していた。先頭を切って襲い掛かってきた一体は、キュルケの炎に顔を焼かれて地面をのたうち回っている。続いての一体はワルドの雷の魔法によって打と倒された。
そこでようやく動揺から立ち直ったらしい平賀が魔法を使うキュルケたちの前に出た。トロール鬼たちは人間など一撃で潰せそうな巨大なメイスを持っている。
「ラウレンツ、早く平賀を連れ戻してくださいませ」
「その必要はなさそうです。きちんと魔獣の動きが見えているようです」
「そうなのですか?」
わたしには騎士の細かな実力のことはわからない。けれど、ラウレンツの言った通り平賀は巨大なメイスをかわして、逆に巨大なトロール鬼の手首を斬って手傷を負わせる。その手には喋る剣、デルフリンガーがある。
「相棒、右から来てるぜ」
「わかった」
死角をデルフリンガーに見張らせながら、平賀は目に見える敵に的確に対処している。
「いつの間にあんなに動けるようになったのでしょう?」
「キュルケから贈られた剣を使って地道に素振りなどは行っていたのを何度か見たことはありますが、あれほど腕を上げていたとは驚きました」
平賀のことは褒めたラウレンツが、その目を横に逸らした。
「逆に、あれは駄目ですね」
そう言って見つめた先には、愚直に正面から突っ込んで、トロール鬼のメイスで粉砕されたギーシュのゴーレムの姿があった。
「まあ、時間稼ぎにはなったのではないでしょうか」
ごめんギーシュ。フォローの言葉が見つからないんだよ。
平賀が時間を稼ぎ、その隙にキュルケとワルドが魔法を放ち、更にはときどきルイズが目くらましの爆発魔法を使ってトロール鬼の数を減らしていく。マティアスとラウレンツもわたしの側を離れないながら魔力攻撃で牽制をしている。
「採取完了」
そして、ついにタバサが風石の採取を終えたようだ。
「全員、早くわたくしの騎獣に乗ってくださいませ。しんがりはマティアスとラウレンツが行います」
もうエイバルに騎獣を見せないように、なんて配慮をしているときではない。全員を急いで騎獣に乗せると、わたしは空へと飛ばした。すぐにマティアスとラウレンツも騎獣を出して離脱してくる。
タバサに風石を染めさせるのは学院に帰還後でいいだろう。空も夕焼け色に染まっていることだし、わたしはひとまず今日の野営地を探して騎獣を飛ばした。