「ふー、ミスタ・コルベール、あの子は本当にまだ幼さの残る少女なのかね」
ローゼマインが出て行った後の扉を見つめながら、オスマンは彼女をここに連れてきたコルベールに話し掛けた。
「はっきりと聞いたわけではありませんが、おそらくは」
「見た目だと十歳くらいかの。君はどう見た?」
「オールド・オスマンと同じく、私も十歳くらいに見えました」
「いくら従者と一緒とはいえ、十歳の少女が見知らぬ土地に連れてこられて、あれだけ堂々としていられるものじゃろうか」
「あの少女は、春の使い魔召喚の儀式のために集まっていた生徒たちに囲まれた状態でも、私に堂々とした挨拶をしていました。しかもミス・ツェルプストーと私とで態度を使い分けていました」
聞けばツェルプストーに対しては、片膝をつく行為を省略していたらしい。しかし、それも頷ける話だ。
「ミスタ・コルベール、彼女は一体、どのくらい高位の貴族なのじゃろうな」
「私にも想像がつきません」
「あれほど、ひとつひとつの動きが優雅な貴族は王族でも知らんぞ」
「そもそも貴族を従者のように従えるなど、我々には考え付きません。けれど、彼女はそれを当然のことと思っているようでした」
気位の高い貴族を、従者として連れまわすなど、普通はできない。けれどリーゼレータはそれを当然のことと受け入れていた。文化の違いというだけではないだろう。
学院長室を訪ねてきたとき、ローゼマインはリーゼレータが先に入って扉を大きく開くまで、一歩たりとも動かなかった。そして、ローゼマインは退室するときも、リーゼレータが扉を大きく開くまで一歩たりとも動こうとはしなかった。あの主従の連携は一朝一夕で生まれるものではない。
彼女たちは長い時間をかけて、主人と従者という関係を深めたように思えた。互いが互いの行動を熟知し、相手に合わせているように見えたのだ。
「貴族を従者としていることもじゃが、彼女の身に着けていたものは、どれも恐ろしく高価なものに見えた。彼女が王族と言ったとして、私は疑わなかったじゃろうな」
「そうですね。装飾品の良し悪しなどは分からない私でも、彼女の付けているものが高価なものだと分かりました。何より、虹色に輝く石など私は見たことがありません」
彼女の美しい髪を彩っていた虹色に輝く石は、少なくともハルケギニアには存在しない物であるように思えた。それを五つも用いた髪飾りが、一体、どれくらいの価値があるものなのかは想像すらできない。そして、他の品も虹色の石が浮くことのない品質で揃えていた。それだけで彼女の家の財力の高さが窺える。
「それに、彼女の帰るための魔法がないのなら、開発しなければならない、という発想はどこから出てくるのかの」
「彼女以外の同じ年ごろの子供が言ったのなら、まだ理想と現実の区別ができていないだけと考えるところですが、彼女は何か成算があるようにも感じましたね」
「もしや、これまでに何か新しい呪文を開発したことが……いや、それはないか」
「いいえ、オールド・オスマン」
オスマンが自分の考えを否定したところで、コルベールが反論をしてきた。
「学院に向かう前、彼女は自分の師は研究が趣味だと言っていました。そして、彼女自身も研究が好きだと言っていたのです。彼女自身、或いは彼女の師が研究で何らかの成果を出していて、それを自信としていたとしても不思議ではありません」
「あの歳の少女が研究が趣味なのか……それは何とも変わっておるな」
あれだけの教養と礼儀作法を身に着けるだけの教育を受けつつ、趣味で研究を行うなど、子供の活動量ではない。一体、どうしたら、あのような子供に育つというのだろう。
「オールド・オスマン、あの少女の趣味よりも興味深いのは彼女がシュタープと呼んでいた杖についてです」
言われてみればそうだ。メイジが魔法を使うには杖が必要というのがハルケギニアの常識だ。だが、彼女は杖はいつでも出せるものであるかのように言い、このぐらいならと杖を使わずに騎獣というものを出して見せた。
逆に言えば、杖を使わなければならない魔法は別にあるということだ。それは、どのような魔法だろうか。
「もっと色々な魔法を使ってもらえればよかったかの」
「彼女は魔法を使いたがっていないように見えました。難しいのではないでしょうか?」
オスマンが魔法の使用を促したとき、彼女は先に春の使い魔召喚の儀式について説明を求めてきた。おそらく手の内を隠したかったのではないかと思う。
「ところで、シュタープというものについて彼女が語った『神の意志』と呼ばれる魔石を完全に自分の魔力で染め上げて己の身体の内に取り込んだもの、というのは本当のことだと思うか?」
「ユルゲンシュミットという国では、魔石というものを多く使うようですね。騎獣というものを出すのにも、魔石を使っていました。ですが、騎獣の魔石は我々にも見えるものでしたので、今の時点では正しいとも偽りとも言えません」
オスマンとコルベールが共にシュタープに興味を持つのが、魔法を使うには杖が必要ということが同時にメイジにとっての弱点にもなっているためだ。何らかの理由で杖を破損したり、携帯していないときはメイジは魔法を使えない。だが、ローゼマインのように身体の内から出せるのなら、そのようなことに悩む必要はなくなる。もしも叶うのならば、彼女たちのようにシュタープというものを得たいと思うのは当然のことだ。
「じゃが、我々がシュタープを得るのは難しそうじゃな」
そもそも似たものはあっても、魔石というものをハルケギニアでは見たことがない。その上で、神の意志などという魔石ともなれば、それは夢のまた夢だ。
惜しいがシュタープというものについては諦めるしかないだろう。そう考え始めたところで、ローゼマインを部屋に案内していたロングビルが戻ってきた。
「おお、ミス・ロングビル、ミス・ローゼマインたちは部屋に満足してくれたかね?」
「それが、はっきりとは言わなかったですが、不満のようでした」
「そう思った根拠は?」
「この部屋は他の部屋と同じですか、とミス・リーゼレータに質問されたのです」
あり得る話だと思った。魔法学院の寮はけして粗末な作りではない。むしろ貴族に相応しい作りをしている。だが、最高位の貴族に合わせた作りにはなっていないのだ。
「具体的には何か要求があったかね?」
「布を融通して欲しいと言われました」
「布? 着替えなら分かるが、布自体か?」
「あっ、もちろん着替えは必要な物ですが、それ以外に布が欲しいということです。何でもベッドに天幕を付けるとか」
言われて唖然とした。当たり前のように天幕付きのベッドを要求されると困るが、彼女たちには、あって当然の物なのだろう。
「それでミス・ローゼマインは最終的に部屋に納得をしてくれたのか?」
「いえ、ミス・ローゼマインは最初から、ある程度は想定されていたようでした。それに対してミス・リーゼレータが少しでも主の生活を向上させようとしていました。要求が天幕ではなくて布だったのも、天幕自体は布から作るつもりだったからのようです」
「ミス・リーゼレータは貴族だと言っていたな。貴族が自分で布から天幕を作るのか」
ミス・ローゼマインの新しい呪文を開発というのも驚かされたが、ユルゲンシュミットの貴族というのは欲しいものは自分で作るという性質でもあるのだろうか。
「まあ、布くらいは融通してやろう。ミス・ロングビル、ミス・ローゼマインの部屋に天蓋にできそうな材料と、なるべく上等の布を届けてやってくれ」
遠い所に連れてきてしまった幼子へのせめてもの償いとして、オスマンはロングビルにそう命じた。
天幕のないベッドに驚くリーゼレータと、普通はそんな豪華なベッドはないよね、と最初から思っていたローゼマイン。