ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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ルイズを追って

マティアスがワルドとルイズ、そして彼らのグリフォンの姿が見えないと言ってきたのは夕刻のことだった。

 

「おそらく、ウェールズ皇太子が籠っているというニューカッスルに向かったのではないかと思われます」

 

「全く予想できないことではございませんでしたが、彼女も困ったものですね」

 

十中八九、言い出したのはルイズだろう。彼女はアンリエッタの望みを叶えることに固執していた。その望みを果たすことで、アンリエッタがどのような結末を迎えるのかまでは考えていないのだろう。

 

「どうされますか?」

 

「ひとまず、わたくしたちもニューカッスルに向かいましょう。何度か飛んだことで雲の中なら簡単に発見されないということは分かりましたから。警戒が薄いようならわたくしたちもニューカッスルに降りましょう。危険が大きいと判断したら、ルイズたちは置いてわたくしたちだけでトリステインに帰還します」

 

そうして、わたしはキュルケ、タバサ、ギーシュ、そして平賀にそのことを伝えた。

 

「それは、危険だったらルイズを見捨てるって言うことか!」

 

「勘違いなさらないでくださいませ。勝手にわたくしたちの元から離れたのはルイズの方ですよ。彼女を助けるためにわたくしは自分の側近に命を捨てさせるようなことは命じられません」

 

平賀だけは方針に反論してきたが、わたしが意見を一蹴すると、どうして一人で、と落ち込んだ様子で呟いていた。少し気の毒に思わないでもないが、平賀に対して責任を持たない今のわたしが言えることはない。

 

「マティアス、ニューカッスルの方角は分かりますか?」

 

「アルビオンに到着前にワルドから大まかな地理は聞いていますので、おおよその方角でしたら分かると思います」

 

「では、先導してくださいませ。騎獣を使うのはマティアスとラウレンツのみ。残りの皆様はわたくしの騎獣に乗ってくださいませ」

 

護衛騎士以外を騎獣に収容し、わたしは森を出て雲の中に飛び込む。視界が白に染まる中、わたしはマティアスの黄土色のマントを追いかけるように飛ぶ。それはエーレンフェストで激しい吹雪の中、ダームエルのマントを追いかけたときの光景によく似ていた。

 

途中の森で一泊をして、わたしたちは再びニューカッスル城を目指す。マティアスが城が見えてきたと言ってきたのは、昼頃のことだった。

 

ニューカッスルの城は大陸から突き出た岬の突端にあった。周囲に敵の姿はなく、今なら城に突入することもできそうだ。

 

「行けますか、マティアス」

 

「可能だと思います」

 

「では二人とも、わたくしの騎獣の中に入ってくださいませ」

 

「それではローゼマイン様をお守りできませんが……」

 

「遠目ではわたくしの騎獣は人が乗っているように見えません。ハルケギニアにわたくしの騎獣と同じような生物は生息していないようですので、発見しても未確認の生物が飛んでいたとしか思わないでしょう」

 

そう言ってマティアスを説得して騎獣の中に入ってもらい、魔力を注ぎながらアクセルを全開にする。遠くの岬の上に大型の艦が見えたが、動きはない。予想通り誰かが乗って城に向かっているとは思わなかったのだろう。

 

そもそも、わたしの騎獣はユルゲンシュミットでも、貴族院では屋根の上に乗るのだと勘違いされた。ハルケギニアでも上に誰も乗っていなければ、人は乗っていないと認識されるということはキュルケたちに確認済だ。

 

一気にニューカッスルの上空まで行き、ゆっくりと騎獣を降下させていく。すでにルイズたちは到着しているとは思うが、わたしたちのことを伝えていなければ敵襲と思われて攻撃を受ける可能性もなくはないのだ。城の中庭には多くの兵士たちが集まっており、その中にルイズとワルドもいたため、わたしは悠々と中庭に騎獣を降ろすことができた。

 

「来てくれると思わなかったな」

 

「さすがに放置するわけにはいかないでしょう。それに、成算がなければ引き返すつもりでしたから」

 

意外そうな顔をしたワルドに答えながら、中庭にいる中で最も身分が高そうな老人に目をつけて前に進み出る。

 

「アルビオンの皆さま、先触れなき訪問をいたしましたこと、お詫び申し上げます。わたくしはローゼマイン・トータ・リンクベルク・アドティ・エーレンフェストと申します」

 

今回の挨拶ではユルゲンシュミットの定型句を避けた。トリステインという他国から遣わされた異国の出身者となると、妙な警戒心を抱かせるだけだろう。

 

「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。遠路はるばる、ようこそこのアルビオン王国にいらっしゃった。皆さまも殿下の元にご案内させていただきます」

 

「ありがとう存じます。それでは、わたくしとルイズ、ワルドの三名を案内していただけますか? 残りの者は従者の部屋で控えさせます」

 

他国の出身であるタバサとキュルケはウェールズとの話の場に同席させるべきではない。そして、冷静さを欠く場面を何度も見てきたギーシュと平賀も同席は避けるべきだ。その基準であるとルイズも外したいのだが、さすがに本来の大使であるルイズを外すことはできない。

 

そうしてわたしたちはパリーに連れられて、城内にあるウェールズの居室へと向かった。ウェールズの居室は城の一番高い天守の一角にあった。王子の部屋とは思えない、質素な部屋で室内には木でできた粗末なベッドに、椅子とテーブルが一組だけ。壁には戦の様子を描いたタペストリーが飾られていた。

 

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 

椅子に座った凛々しい金髪の若者が先に名乗る。

 

「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。そしてこちらが姫殿下から大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とローゼマイン嬢にございます。姫殿下は殿下のお手にございます手紙の返却を望み、我らを遣わせました」

 

「それは、以前、マジックアイテムで伝えてきた内容と少し違うようだが?」

 

ウェールズの雰囲気が警戒したものに変わった。アンリエッタに送らせたオルドナンツは無事にウェールズの元に届いていたようだ。

 

「姫殿下がマジックアイテムでお願いされたのは、手紙の破棄なのでしょう。ですが、それは姫殿下の本心ではございません。姫殿下は当初、手紙の返却を望まれておりました」

 

「そうか……しかし、手紙は……すでに焼却してしまったのだ」

 

「本当に、そうなのですか? 本当はまだお手元にあるのではございませんか?」

 

「私は王族だ。嘘はつかぬ」

 

「そうですよ、ルイズ。ウェールズ皇太子殿下ほどのお方が手紙の危険性を承知していないはずがございませんもの。わたくしたちが持ち帰るのでは、帰路に何かがあったときに手紙の内容が漏洩してしまうことも考えられます。それを避けるためには姫殿下の意向がどうであろうとも、手紙はすぐに処分せねばならないのです」

 

わたしはルイズとウェールズ、双方に釘を刺す。ルイズも理屈は分かっているのか、それとも反論しても無駄と理解しているのか、そのことに対しては何も言わなかった。

 

「あの、王軍は最後には勝ちますよね」

 

代わりに、あまり適切ではない質問をしていた。

 

「王軍に勝ち目はない。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは、はてさて、勇敢な死に様を連中に見せつけることだけだ」

 

「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」

 

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 

「それは得策ではないと思われます」

 

気づけば、わたしは口を挿んでいた。

 

「殿下が死ぬのは最後とすべきかと。主が討たれる様を臣下に見せてはなりません。それに、敵に一矢を報いるという意味でも、殿下は最後まで生きているべきです。そうすれば、主が諦めていないのに、部下が先に諦めてしまうわけにはいかないでしょう?」

 

「確かにパリーあたりは私が死ぬ所は見たくないだろうな。考えてみよう」

 

わたしが言ったのは、あくまで合理的な理由だ。わたしも領主候補生として何年も過ごしているのだ。不利と分かっていても逃げられない戦いがあることは理解できる。けれども、諦めるのは駄目だ。最後まであがけば、何かが起こる可能性はあるのだから。

 

「殿下……、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます。姫殿下の手紙の内容は……」

 

「ルイズ」

 

ワルドもさすがにルイズをたしなめるが、それでもルイズは止まらない。

 

「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫さまのご様子は、尋常ではございませんでした。とんだご無礼を、お許しください。もしや、姫さまとウェールズ皇太子殿下は恋仲であったのではありませんか?」

 

ウェールズは腰に手を当てて、言おうか言うまいか、悩んだ仕草をしたあと、言った。

 

「きみが想像したとおりだ。確かにあの手紙がゲルマニアの皇帝に渡っては、まずいことになるね。なにせ始祖ブリミルの名において、永久の愛を私に誓っているのだからね。知ってのとおり、始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いでなければならぬ。あの手紙が白日の下にさらされたならば、彼女は重婚の罪を犯すことになってしまう。ゲルマニアの皇帝は、重婚を犯す姫との婚約は取り消すに違いない。そうなれば、なるほど両国の同盟も成らないだろう」

 

「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なさいませ!」

 

ワルドが慌てた様子でルイズの肩に手を置く。だが、それでもルイズはおさまらない。

 

「殿下、これはわたくしの願いではございませぬ! 姫さまの願いでございます! わた

くしは幼き頃、恐れ多くも姫さまのお遊び相手を務めさせていただきました! 姫さまの気性は大変よく存じております! あの姫さまがご自分の愛した人を見捨てるわけがございません!」

 

「まあ、ルイズ様、それは大変、魅力的なお話ですね」

 

ウェールズの亡命を実現させては、トリステインが戦に巻き込まれることが確実になる。これからわたしが言おうとしていることは、ウェールズに死ねと言うも同然だ。それでも、わたしは亡命を勧めることはできない。

 

「望まぬゲルマニアの皇帝との婚姻を拒んで自らの愛する人を救い出し、全ての貴族と民を巻き込んでトリステインで愛する人と一緒に死を迎えるのですね。巻き込まれた方としては大変な迷惑でしょうけれど、当人は大変に満足するのでしょうね」

 

フェルディナンド直伝の作り笑顔で言うと、ルイズは少したじろいだ様子を見せた。わたしもフェルディナンドがアーレンスバッハに向かう際には同じようなことを思った。けれども、それはフェルディナンドのゲドゥルリーヒであるエーレンフェストを犠牲にして果たすものであってはならないのだ。

 

「きみは正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、いい目をしている。忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい。しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他にないのだから」

 

「明日? それは明日、討って出るということですか?」

 

「ローゼマイン嬢、叛徒どもは明日の正午に、攻城を開始すると伝えてきている。明日の朝には非戦闘員を乗せた王立空軍本国艦隊最後の艦が、ここの秘密の港から出港する。それに乗ってトリステインに帰るといい」

 

「お心遣いありがとう存じます。ですが、わたくしたちには自前の騎獣がございますので、港さえお貸しいただければ十分でございます」

 

アルビオンの艦に乗るのは得策ではない。トリステインとアルビオンの間には一切の関係がないことにしておいた方がいいのだ。

 

「わかった。だが、きみたちは、我らが王国が迎える最後の客だ。せめて最後のパーティーにだけは是非とも出席してほしい」

 

「ありがとう存じます。そちらの申し出はお受けさせていただきますわ」

 

話を終えてわたしはルイズとワルドと一緒にウェールズの部屋を辞した。


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