アルビオンの王族が開催した最後のパーティは、城のホールで行われた。ホールには簡易の玉座が置かれ、アルビオンの王であるジェームズ一世が腰掛け、集まった貴族や臣下を目を細めて見守っていた。
明日で自分たちは滅びるというのに、随分と華やかなパーティだった。王党派の貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のためにとって置かれた、様々なごちそうが並んでいる。
俺は会場の隅に立って、その華やかなパーティを見つめていた。
「明日でお終いだってのに、随分と派手なもんだな」
「貴族として教育を受けた者としての矜持でしょう。わたくしは領地で粛清があったとき、七歳に満たない幼い子供たちを神殿で保護しました。けれど、彼らは幼き身で両親を失うという悲しみに直面しても気丈に振舞っていました。終わりが分かっても、取り乱すことなく、いつも通りに振舞う。それが彼らなりの意地なのでしょう。もっとも、泣いても叫んでもどうにもならない事態と自分でも分かってしまうと、意外と冷静でいられるものですよ」
そう言ったローゼマインは、まるで何度もどうにもならない事態を経験したような表情でホールの人たちを見つめていた。と、そこでホールの中が俄かに騒がしくなった。見ると、ジェームズ一世がウェールズの手を借りて簡易の玉座から立ち上がっていた。
「忠勇なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、このニューカッスルの城に立てこもった我ら王軍に反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃が行われる。無能な王に、諸君らはよく従い、よく戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いはこれはもう戦いではない。おそらく一方的な虐殺となるであろう。朕は忠勇なる諸君らが、傷つき、斃れるのを見るに忍びない」
老いた王は、ごほごほと咳をすると、再び言葉を続けた。
「したがって、朕は諸君らに暇を与える。長年、よくぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を述べるぞ。明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が、女子供を乗せてここを離れる。諸君らも、この艦に乗り、この忌まわしき大陸を離れるがよい」
しかし、誰も返事をしない。一人の貴族が、大声で王に告げた。
「陛下! 今宵、うまい酒の所為で、いささか耳が遠くなっております! はて、今の陛下のお言葉は、何やら異国の呟きに聞こえましたな」
その言葉に賛同する声が方々からあがった。
「よかろう! しからば、この王に続くがよい! 今宵はよき日である! 重なりし月は、始祖からの祝福の調べである! よく、飲み、食べ、踊り、楽しもうではないか!」
辺りは喧騒に包まれた。こんなときにやってきたトリステインからの客が珍しいのか王党派の貴族たちが、かわるがわる俺たちの元へやってきた。貴族たちは悲嘆にくれたようなことは一切言わず、俺たちに明るく料理を勧め、冗談を言ってきた。
「大使殿! このワインを試されなされ! お国のものより上等と思いますぞ!」
「なに、いかん。そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! このハチミツが塗られた鳥を食してごらんなさい! うまくて、頬が落ちますぞ!」
俺は勧められるものをどんどんと口に入れていたが、ローゼマインは勧められたものを一度、従者のリーゼレータに預けていた。そうして隅のテーブルに持っていくと、事前に取り分けて、毒見を終えたものにすり替えていた。ローゼマインはここでも側近たちに徹底的に安全を確保されている。けれど、それはそのまま彼らの心の距離でもあるのだろう。
アルビオン万歳と怒鳴ってルイズの前から離れる貴族の姿が目に入る。死を前にして徹底的に明るく振る舞う人たちは、勇ましいというより、この上もなく悲しかった。ルイズはもっと感じるところがあったらしく、厳しい表情で外に出て行った。
ワルドがルイズの後を追いかけた。ローゼマインは何だかんだでガードが堅い。タバサも騒がしいのが好きではないのか、引っ込んでしまっている。この場でまともに歓待を受けているのはキュルケとギーシュだけだ。
ルイズの消えた扉を寂しく見つめ、ため息をついて床にうずくまった俺の元に誰かが近づいてくる。顔を上げてみると、座の真ん中で歓談していたはずのウェールズだった。
「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔の少年だね。しかし、人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国だな」
「トリステインでも珍しいですよ」
正確に言うと、ローゼマインも使い魔の召喚で呼び出されたらしいのでゲルマニアも変わった国に入りそうだが、俺と違ってローゼマインは使い魔の契約はしていない。
「気分でも悪いのかな?」
心配そうに、ウェールズが俺の顔を覗き込んでくる。
「失礼ですけど……、その、怖くないんですか?」
「案じてくれるのか! 私たちを! きみは優しい少年だな」
俺が言うと、ウェールズはそう言って笑った。
「そりゃあ、怖いさ。死ぬのが怖くない人間なんているわけがない。それでも私が戦うのは、守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれる」
「何を守るんですか? 名誉? 誇り? そんなもののために死ぬなんて馬鹿げてる」
ローゼマインは理解できると言ったが、俺は誇りがそれほど大事だなんて思えない。語気を強めて言った俺に、ウェールズは遠くを見るような目で、語り始めた。
「我々の敵である『レコン・キスタ』は、ハルケギニアを統一しようとしている。『聖地』を取り戻すという、理想を掲げてな。理想を掲げるのはよい。しかし、あやつらはそのために流されるであろう民草の血のことを考えぬ。荒廃するであろう、国土のことを考えぬ」
それでも、すでにウェールズたちに勝ち目はないと言っていた。だったら、生き残ってもいいじゃないですか。そう言っても、ウェールズは首を横に振った。
どうして、そんな風にしてまで、勇気などというものを示さなくちゃならないのか、現代地球の日本で育った俺にはわからない。
「我らが戦う理由は簡単だ。それが我ら王家に生まれたものの義務だからだ。内憂を払えなかった王家に、最後に課せられた義務だからだ」
「ルイズから聞きました。トリステインのお姫様は、あなたを愛しているんですよ。お姫様はあなたの亡命を希望しているんでしょう?」
「私がトリステインへ亡命したならば、貴族派がトリステインに攻め入る格好の口実を与えることになる。アンリエッタを愛していればこそ、それはできない」
できることなら、アンリエッタが悲しむ顔は見たくない。けれど、ウェールズは誰に何を言われても、決心を翻す気はないだろう。
「アンリエッタには、ただ、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それだけで十分だ」
「ウェールズ様の決心が固いことは分かりました。ですが、できればわたくしのお願いも聞き届けてはくださいませんでしょうか?」
そこで今まで少し離れたところにいたローゼマインが口を挿んできた。
「何だい?」
「お討ち死にの覚悟を決めているところ申し訳ございませんが、どうかトリステインが準備を整えるまで、できれば季節一つ分ほど時間を稼いではいただけないでしょうか?」
「季節一つだと!?」
明日死ぬと言っているのに三ヶ月も時間を稼げなど無理もいいところだ。ウェールズの驚きはよく分かる。
「ウェールズ様は巡洋艦を一隻お持ちなのですよね。そこを拠点に山野に身を隠し、貴族派への襲撃を行っていただけないでしょうか? そうすると、トリステインはそれだけ準備を整えることができますけど」
「……さすがに、それは無理だろう」
「敵に発見されたら、そのときは討ち死に覚悟で全力で抵抗すればよいだけです。少なくとも万全の準備を整えて総攻撃を仕掛けてくる相手に、砲撃でボロボロの城壁を頼みに迎え撃つよりは善戦できるのではございませんか?」
「……もう少し前であれば、検討に値する案だと思うが、せっかく皆の心が一つになっている中で意見が割れる可能性のある提案を行うことは避けたい」
少し迷った様子を見せたウェールズだったが、ローゼマインの説得でも考えは変えられなかったようだ。
「でしたら、遊撃戦に長けた貴族だけでもイーグル号に乗せて後方への襲撃を実施していただけませんか?」
「分かった。選抜して『レコン・キスタ』への襲撃を行わせよう」
「ありがとう存じます」
ウェールズが去った後、ローゼマインはそっと、これで一人でも多く生き残ってほしいものですね、と呟いていた。あの提案は実利の他に、少しでも生き延びる道を得る者がいてほしいとの願いを持ったものだったようだ。ただ感情だけでウェールズと話した俺と、相手に受け入れられる提案を必死に探ったローゼマイン。その差は大きい。
その違いにも打ちのめされた俺の肩を、後ろから誰かが叩く。振り向くと、いつの間にか戻ってきていたワルドが俺をじっと見つめていた。
「きみに言っておかねばならぬことがある。明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げることになった。是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」
意外な言葉に衝撃を受ける俺の耳に、綺麗な音楽と澄んだ歌声が聞こえてきた。見ると、ローゼマインが見慣れぬ楽器を鳴らしながら、歌っていた。白い指が弦の上を走る度に彼女の指を彩る石から青色の光が溢れて会場内に広がっていく。誰も彼もが言葉も忘れて、その幻想的な光景に見入っていた。
「ミス・ローゼマインは音楽にも長けているのか……」
ワルドがローゼマインの演奏に聞き入っている間に、俺はそっと会場を抜け出した。近くにいた給仕に尋ねた寝所に向かうため、真っ暗な廊下をロウソクの燭台を持って歩く。
廊下の途中に、窓が開いていて、月が見えた。月を見て、一人、涙ぐんでいる少女がいた。長い、桃色がかったブロンドの髪……。白い頬に伝う涙は、まるで真珠の粒のよう。その美しい横顔と悲しげな様に、俺はしばらくじっと見とれていた。
「あの人たち……、どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫さまが逃げることを望んでいるのに……。恋人が逃げてって言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの? ……早く帰りたい。トリステインに帰りたいわ。この国嫌い。イヤな人たちと、お馬鹿さんでいっぱい。誰も彼も自分のことしか考えてない。あの王子さまもそうよ。残される人たちのことなんて、どうでもいいんだわ」
そうじゃないと思ったけど、ルイズは女の子だ。ルイズに、さきほど俺が聞いた王子の言葉の意味はわからないし、わかる必要もない。そう思ったから、俺は頷いた。
「トリステインに帰ったら、あんたが元の世界に帰る方法も探してあげないとね」
「お前、結婚すんだろ。俺の帰る手がかりを探してる場合じゃねえだろ」
「まだ結婚なんてできないわよ。立派なメイジにはなれてないし、あんたの帰る方法だって、見つけてないし……」
なるほど、俺がいたんじゃ、ルイズは結婚しないかもしれない。
この妙に責任感の強い小生意気な小娘は、俺が帰れる手段を見つけるまで、結婚を断るかもしれない。
それじゃルイズのためにはならない。この、眩しくて綺麗で、清楚で優しいルイズのためにならない。
「いいよ。帰る方法はローゼマインと探す。だからお前は結婚しろ。俺は、あの子爵みたいに強いメイジでもなんでもない。伝説の使い魔『ガンダールヴ』だ、なんて言われているけども、剣でもローゼマインの護衛騎士たちに手も足もでなかった。ただ闇雲に剣を振り回すだけに毛の生えた程度の今の俺じゃ、お前は守れないからな」
ルイズが俺の頬を叩いた。
「ばか!」
ルイズが怒鳴る。その目からは涙がぼろぼろと溢れている。
「あんたなんかきらい。だいっきらい!」
ルイズはくるりと踵を返すと、そのまま暗い廊下を駆け出していった。俺はルイズに叩かれてひりひりと痛む頬をなでる。
「さよならルイズ。さよなら、優しくて可愛い、俺のご主人さま。どうか、幸せになってくれよ」
言葉とは裏腹に、泣くまいとどれだけ思っても、涙が溢れて止まらなかった。