わたしは今、滅びを待つニューカッスルの城にある始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂でウェールズと一緒に、新郎と新婦の登場を待っている。新郎はワルド、新婦はルイズだ。昨日の宴でハルトムートがわたしのフェシュピールを絶賛したせいで、急遽、演奏をすることになり、ついでに祝福を行ったせいで、今日も二人に祝福を送ることになったのだ。
この旅の最中、ワルドがルイズに求婚をしていたことは知っていた。しかし、ルイズは結婚にあまり乗り気でないように思えた。
それだけに、この婚儀は予想外だったけど、それはわたしが口を出すことではない。力関係で強引に婚姻を迫っていたわけでもないのに断らなかったのなら、それはそれでルイズの選択だと思うよりないだろう。
参列者はウェールズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの他はわたしの側近たちだけだ。城の皆は戦の準備で忙しいのだ。
ウェールズは明るい紫のマントをつけて、帽子には七色の羽を付けている。
扉が開き、ルイズとワルドが現れた。ルイズは呆然と立っているようだったが、ワルドに促されると、ウェールズとわたしの前に歩み寄ってくる。
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」
「誓います」
何度もユルゲンシュミットの結婚式に相当する星結びを祝ったわたしだけど、この国での式を見るのは初めてだ。今日は最後の祝福以外ウェールズに任せるつもりだけど、こちらの国の誓いの言葉は日本での結婚式の誓いの言葉に近く、わたしは親近感を覚える。
「新婦、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫とすることを誓いますか」
ウェールズが問うが、ルイズは答えない。未だに心ここにあらずという状態でぼうっと前を見つめている。
「新婦?」
ウェールズが再び問うと、ルイズが慌てたように顔を上げた。
「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときは、ことがなんであれ、緊張するものだからね。まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と……」
ウェールズの言葉の途中、ルイズは首を振った。
「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」
「そうじゃないの。ごめんなさい、ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」
ルイズとワルドの遣り取りに、ウェールズが首をかしげる。
「新婦は、この結婚を望まぬのか?」
「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」
「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」
そう伝えたウェールズに見向きもせずに、ワルドはルイズの手を取った。
「……緊張しているんだ。そうだろルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがない」
「ごめんなさいワルド。憧れだったのよ。もしかたら、恋だったかもしれない。でも、今は違うわ」
ワルドがルイズの肩をつかむ。その目はつりあがり、表情が、どこか冷たい、トカゲか何かを思わせるものに変わる。
「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる。そのためにきみが必要なんだ! きみの能力が! きみの力が! ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! きみは始祖ブリミルにも劣らぬ、優れたメイジに成長する! 君はその才能に自分で気づいていないだけだ!」
「そんな結婚、死んでもいやよ。あなた、わたしをちっとも愛してないじゃない。あなたが愛しているのは、あなたがわたしにあるという、在りもしない魔法の才能だけ。ひどいわ。そんな理由で結婚しようだなんて。こんな侮辱はないわ!」
その答えを聞いてウェールズがワルドをルイズから引き離そうとするが、逆にワルドに突き飛ばされる。わたしはそれを見て、そっと側近たちに合図を送る。
突き飛ばれたウェールズの顔に、赤みが走る。ウェールズが杖を抜いた。
「うぬ、なんたる無礼! なんたる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃がきみを切り裂くぞ!」
ワルドがようやくルイズから手を離した。そうしてフェルディナンドより数段劣る、誰が見ても嘘と分かる笑みを浮かべた。
「こうまで僕が言ってもダメかい? ルイズ。僕のルイズ」
「いやよ、誰があなたと結婚なんかするもんですか」
ワルドが天を仰いで両手を広げて首を振る。
「こうなってはしかたない。ならば目的のうち二つは諦めよう。この旅における僕の目的は三つあった。そのうち一つしか達成できないのは残念だが、仕方がない」
そう言うなり、ワルドが二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜いて呪文の詠唱を完成させる。そのまま風のように身を翻らせ、ウェールズの胸に青白く光る杖を突き立てようとする。
「ゲッティルト!」
しかし、ワルドの攻撃が届く前にウェールズの前に盾を構えたマティアスが割り込んで、その攻撃を防ぐ。ワルドの背後からは剣を構えたラウレンツが斬りかかっている。しかし、ワルドは潔く剣を引き、わたしたちから距離を取る。
「貴様、『レコン・キスタ』」
「どうして! トリステインの貴族であるあなたがどうして!?」
ウェールズの呟きに続いてルイズの叫びが響く。対して、わたしは正体を現したワルドに徹底的な作り笑いを投げかける。
「ワルド様の狙いはアンリエッタ様の手紙とルイズの身柄も含まれていたのですね。わたくしの考えがお役に立てたようで嬉しく存じます」
「そうですね、ローゼマイン様は本当に余計なことをしてくれたものです。そしてルイズ、我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟だ。我々に国境はない。ハルケギニアは我々の手で一つになり、始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻す」
「昔は、昔はそんな風じゃなかったわ。何があなたを変えたの? ワルド……」
「月日と、数奇な運命のめぐり合わせだ。それがきみの知る僕を変えたが、今ここで気にはならぬ。話せば長くなるからな」
ワルドが詠唱を始める。ライトニングクラウドだ。
「マティアス、ラウレンツ、ワルドの相手をしてください。ハルトムートは皆をわたくしの後ろに。クラリッサはわたくしの詠唱の間の護衛をお願いします」
ワルドが放ったライトニングクラウドはマティアスが受け止める。その間にも、素早く動く側近たちを見て、わたしはシェツェーリアの盾を作るための詠唱を行う。
「守りを司る風の女神シュツェーリアよ。側に仕える眷属たる十二の女神よ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。害意持つものを近付けぬ風の盾を、我が手に」
わたしがキュルケやルイズ、ウェールズを守るシェツェーリアの盾を完成させると、前でワルドと戦っていたマティアスとラウレンツも一度、戻ってくる。
「よくもルイズを騙しやがったな」
戦闘が少し落ち着いたのを見て、平賀が怒りを露わに叫ぶ。
「目的のためには、手段を選んでおれぬのでな」
「ルイズはてめえを信じていたんだぞ! 婚約者のてめえを……、幼い頃の憧れだったてめえを……」
「信じるのはそちらの勝手だ」
そう言いながら、わたしに向かって風の呪文を放つ。ウィンド・ブレイクというらしい風の魔法はわたしのシェツェーリアの盾に弾かれて消える。
「それにしても、ローゼマイン様はやはり僕のことを疑っていたのですね」
「ええ、わたくし、アルビオンの貴族を欺くためにそれなりに準備をさせていただきましたもの。それなのに、あれだけ何度も襲撃を受けると、内通者を疑うしかないでしょう。他国の出身であるキュルケとタバサではフーケを逃がすことはできませんし、ギーシュに腹芸ができるとは思えないでしょう?」
本当はワルドが怪しいと言い出したのはハルトムートなのだが、それは伝える必要はないだろう。そして、それからはわたしは常にお守りフル装備を余儀なくされたのだ。
「さすがですね。さて、ではこちらも本気を出そう。何故、風の魔法が最強と呼ばれるのか、その所以を教えてさしあげよう。ユビキタス・デル・ウィンデ……」
呪文の詠唱が完成したときには、本体と合わせて五体のワルドがわたしたちの前に立ちはだかっていた。
「分身かよ!」
「ただの『分身』ではない。風のユビキタス……。風は偏在する。風の吹くところ、何処となくさ迷い現れ、その距離は意思の力に比例する」
増えたワルドを見て平賀が驚いた声をあげる。が、わたしも驚いていた。この魔法は結構、厄介なのではないだろうか。いよいよワルドが本気を出したということだろう。
「クラリッサ、ワルドを一騎討ちで足止めできますか」
マティアスとラウレンツも一対三は厳しいだろう。他に戦えそうなのは、わたしを守るために自主的に訓練をしていたハルトムートだけど、ワルドを相手だと分が悪そうだ。もう少し手がほしい。
こんなときにはアンゲリカやコルネリウス、レオノーレがいてくれたら助かるのだけど、ないものねだりをしても仕方がない。何かできることはないか。考え始めたとき、突如として誰かの叫び声が礼拝堂に響き渡った。