魔法を使ったワルドが五人にまで増えた。分身体の力がどのくらいかは分からないけど、さすがにマティアスとラウレンツだけで五人を相手にするのは厳しいと俺でも分かる。
ちらりと横目で見たルイズはワルドの裏切りに今も酷く傷ついた顔をしている。ルイズにそんな顔をさせた相手に、俺は何もできない。ローゼマインの盾の中でただワルドに吠えるだけだ。この有様で、何が伝説の使い魔だ。俺にもっと力があれば。ぎりりと奥歯を噛みしめる。
「思い出した!」
そのとき、突如として俺の剣、デルフリンガーが叫び声をあげた。
「いやぁ、俺は昔、お前に握られてたぜ。ガンダールヴ。でも忘れてた。なにせ、今から六千年も昔の話だ」
「こんな時に寝言を言ってんじゃねえ!」
この忙しいときに昔話を始めるなんて空気が読めないにも程がある。
「懐かしいねえ。泣けるねえ。そうかぁ、いやぁ、なんか懐かしい気がしてたが、そうか。相棒、あの『ガンダールヴ』か! 嬉しいねえ! そうこなくっちゃ! 俺もこんな格好してる場合じゃあねえ!」
叫ぶなり、デルフリンガーの刀身が光り出した。光が収まったとき、デルフリンガーは今まさに研がれたように、光り輝いていた。
「これがほんとの俺の姿さ! 相棒! いやあ、てんで忘れてた! そういや飽き飽きしてたときに、体を変えたんだった! なにせ、面白いことはありゃあしねえし、つまらん連中ばっかりだったからな!」
デルフリンガーが光り輝くと同時に、俺は身体が軽くなったのを感じていた。ギーシュのゴーレムと戦ったときとは比べ物にならない。今ならワルドとでも切り結ぶことができそうだ。けれど、問題は魔法だ。
「安心しな相棒。ちゃちな魔法は全部、俺が吸い込んでやれるからよ!」
「そんな力があるのか?」
「ああ、このデルフリンガーさまは『ガンダールヴ』の左腕だからな」
デルフリンガーの言う通りなら、俺も戦うことができる。大事な女の子を傷つけられて、それでもローゼマインの盾の中で震えているだけなんて、真っ平だ。俺はデルフリンガーを握り直してローゼマインの半透明の盾から出る。
「サイト!?」
ルイズの声に、俺は大丈夫だと伝えるために振り返って軽く頷いた。盾から出た俺に向けてワルドが『ウィンド・ブレイク』を唱える。猛る風が、俺をめがけて吹きすさぶが、俺は何かに導かれるようにデルフリンガーを正眼に構えて腕に力を込める。俺を吹き飛ばす勢いだった風はデルフリンガーの刀身に吸い込まれた。
「なるほど……。やはりただの剣ではなかったようだな。だが、それだけで僕に勝てるとは思わないことだ」
ワルドが呪文を唱えて杖を青白く光らせた。
「『エア・ニードル』、この魔法の中心は杖自体だ。その剣でも吸い込むことはできぬ!」
杖が細かく震動している。回転する空気の渦が、鋭利な切っ先となっているようだ。
「フィンスウンハン」
そのときローゼマインが何か呟いた。振り返って見ると、ローゼマインの手には星が輝く夜空のように金色が散りばめられた大きめの黒いマントがある。
「ハルトムート、闇の神のマントを貸します。クラリッサと一緒にマティアスたちに加勢してくださいませ」
「それだとローゼマイン様の護衛がいなくなります」
「シェツェーリアの盾の中で騎獣に乗っていれば、そう簡単に攻撃を受けることはありませんから。それにリーゼレータたち三人にも盾で守っていただきますので」
「かしこまりました」
ローゼマインから受け取ったマントを手にしたハルトムートがクラリッサと一緒に風の盾の中から出てくる。同時にローゼマインは小さめの騎獣の中に乗り込み、リーゼレータたち三人は盾を作る呪文を唱えてローゼマインの前に並ぶ。
「ちょっと、あたしたちも忘れないでよね」
「キュルケとタバサは基本的には盾の中にいて、魔術を使う時だけ外に出るようにしてくださいませ」
「わかったわ」
更にキュルケとタバサも加勢してくれるようだ。
「これで数の利はなくなったぜ」
「それで勝てると思わないことだと言ったはずだ!」
ワルドに向かって全力で駆けて斬りつけるも、ワルドは後方に跳んで躱す。同時にお返しとばかりに高速の突きを放ってくる。俺はワルドの杖を剣で受け流す。やはりワルドは強い。感覚では、今の所はやや不利だ。けれど、それで十分なはずだ。マティアスとラウレンツは一騎討ちならワルドにも負けない。俺が時間をかければ加勢に来てくれるはずだ。
「平民にしてはやるではないか。さすがは伝説の使い魔といったところか」
けれど、それでいいのか?
「それにしても、どうしてわざわざ死地に赴く? お前を蔑むルイズのため、どうして命を捨てる? 平民の思考は理解できぬな! やはりお前、ルイズに恋していたのか? 適わぬ恋を主人に抱いたか! こっけいなことだ! あの高慢なルイズが、貴様に振り向くことなどありえまいに! ささやかな同情を恋と勘違いしたか! 愚か者め!」
「恋なんかしてねえよ! ただ、どきどきすんだよ! 顔を見てると、どきどきすんだよ! 理由なんかどうだっていい! だからルイズは俺が守る!」
そうだ、マティアスたちに助けてもらうのを待つのでは駄目だ。俺がこの手でルイズを守るのでなければ駄目だ。
そう思った瞬間、ルーンが光る。
その輝きを受けて、デルフリンガーが光る。
「いいぞ、相棒! その調子だ! 思い出したぜ! 俺の知ってる『ガンダールヴ』もそうやって力を溜めてた! いいか相棒、『ガンダールヴ』の強さは心の震えで決まる! 怒り、悲しみ、愛、喜び、なんだっていい! 心を震わせな、俺のガンダールヴ!」
俺の切り上げを受けたワルドが体勢を崩してのけぞる。俺の剣で初めてワルドの余裕を崩した。勢いに乗って攻めかかると、ワルドは大きく後方に跳んで逃れた。けれど、まだまだワルドには余裕が見える。やはり、俺には決定的に技が足りない。単純に速いだけでは駄目だ。もっと動きに工夫を凝らさなければ。
思い浮かべるのはラウレンツとワルドの手合わせだ。あのときの二人の動きを脳裏に再生する。
あのときのワルドの動きを真似するのは駄目だ。ワルドの剣捌きはあくまでメイジのものだ。あの剣の動きは魔法を使わない俺には無駄が多い。
あのときのラウレンツの動きを真似するのも駄目だ。ラウレンツの剣術の真価はおそらく騎獣に乗った時に発揮されるのだろう。足運びには、ややぎこちなさがあった。
ならば、ワルドの足捌きとラウレンツの剣技を取り入れればいい。俺は風に乗ったようにワルドに迫ると、勢いのままに真っ向からデルフリンガーを振り下ろす。ワルドが杖で受けるが、いかに魔法がかかっていてもデルフリンガーとワルドの杖では硬さも太さも重量も全く違う。体勢を崩したワルドが再び大きく後ろに飛んだが、それは今までの後退とは意味が異なる。俺の一撃に耐えきれずに、ワルドは逃げたのだ。
「き、貴様!」
ワルドも自覚があるのか、その顔は怒りで歪んでいる。
「何っ!?」
その直後、ワルドが驚愕の声をあげた。その視線の向いた先を追うと、タバサの風の魔法で吹き飛ばされたワルドの偏在の一体が、ハルトムートが手に持っていた黒いマントを被せられて、溶けるように消えていくところだった。
「貴様、何をした!?」
「闇の神のマントは魔力を吸い取る効果がありますので。その分身体は魔法で作られたものなのでしょう? でしたら、魔力を奪われれば存在できなくなるのは当然です」
ワルドの疑問に答えたのはローゼマインだった。要するにローゼマインが魔法で作ったマントはデルフリンガーの強化版みたいなものだろうか。
「お前の立場、なくなったな」
「うるせえよ」
俺の軽口にデルフリンガーがむくれたような声を出す。けれど、今はチャンスだ。思いがけず偏在が消されたことで、今のワルドは動揺している。魔法で空に逃れられると、俺では追いかける術がない。
真似るのはラウレンツの動きだ。ラウレンツがワルドと戦ったときを脳裏に描き、俺は地を這うように駆ける。そうして俺に気付いたワルドが迎撃態勢を取ると同時に、地面を強く蹴って空中高く跳び上がった。
「空は『風』の領域だ! なめるなよ、ガンダールヴ!」
「空は『風』の領域か。確かにそうかもな。けど、俺だけに集中していていいのか?」
「何っ!?」
ようやくワルドが俺の後に続くようにして地を駆けていたウェールズに気付いた。だが、もう遅い。
「エア・ハンマー」
俺を迎え撃つために飛び上がったワルドの杖を、ウェールズの魔法が跳ね上げる。俺はその無防備な体に向けてデルフリンガーを振り下ろした。
地面に着地した俺は、よろけて膝をついた。少し遅れてワルドが着地した音が聞こえる。そして最後に何かが落ちる音。
「くそ……この『閃光』がよもや後れを取るとは……」
よろめきながら立ち上がったワルドは左肩から先が失われている。ワルドとの空中での交錯の際、ウェールズの魔法が杖だけでなく腕に当たっていたこと、加えてワルドが咄嗟に体を捻ったことで両断する勢いだった一撃を直撃をさせることができなかったのだ。けれども、ワルドの傷は深い。俺はワルドに駆け寄ろうとしたが、もう、体が動かない。
「ああ、相棒、無茶をすればそれだけ『ガンダールヴ』として動ける時間は減るぜ。なにせ、お前さんは主人の呪文詠唱を守るためだけに生み出された使い魔だからな」
デルフリンガーが説明している間にワルドは残った右腕で杖を振り、宙に浮いていた。
「馬の蹄と竜の羽の音が聞こえてきたな。我が『レコン・キスタ』の大軍が押し寄せてきたようだ。そら、早く脱出をしなくてよいのかね」
ワルドは強がっているが、その表情は明らかに、助かった、と言っている。実際、ワルドの偏在のうち二体はマティアスとラウレンツに切り裂かれ、最後の一体もクラリッサと交戦中にハルトムートに黒いマントを被せられ、今まさに消えていっている。
加えて、ワルドの本体も重い傷を負っている。このまま戦っていてはワルドの敗北は確実だっただろう。
追えば敵軍の真っ只中に突撃することになりかねない。ワルドが魔法を使って逃げていくのをローゼマインたちは黙って見送っていた。
「すまない、却って邪魔をしてしまったかな?」
「いえ、ウェールズ様の魔法がなければ、俺も傷を負っていたと思います」
「そうか、邪魔をしたのではなかったのなら、よかった。きみとワルドとの戦いでの健闘を称え合いたいところだが、僕はすぐに防戦の指揮を執らなくてはならない。すまないが、ここで失礼する」
そう言うなりウェールズが駆け出していく。
「ウェールズ様、わたくしもホールまではご一緒します」
ローゼマインがウェールズの後を追い、ルイズやキュルケたちがその後に続く。そんな中、俺はハルトムートに肩を貸してもらって最後尾を進んでいた。
「悪い、ハルトムート」
「なに、なかなかに面白いものを見せてもらったからな。それに其方を置いていったならば、私がローゼマイン様に叱責をされてしまう」
ハルトムートはどこまでも行動の基準がローゼマインのようだ。これはこれで従者の鑑なのかもしれないが、こうなろうと思えないのはなぜなのだろう。
ようやくたどり着いたホールではウェールズが出陣を命じているところだった。そこにローゼマインが静かに歩み寄った。
「アルビオンの皆様にご武運をお祈り申し上げます。ライデンシャフトの眷属である武勇の神アングリーフの御加護がありますように」
そう言って指輪から出した青い光でホールを満たした。昨日の祝福を見ている王党派の貴族たちが上を見上げる。指輪を飛び出した青い光は天井近くへ上がっていき、ぐるぐると回った後、恵みの雨のようにホール全体へ降り注いだ。昨日の楽器を演奏しながらの祝福も美しかったが、今日の祝福は一段と輝いている。
「これは……体が軽くなった?」
「連日の戦いの疲労が消えたようだ」
ざわつく臣下を見つめてウェールズが叫んだ。
「ミス・ローゼマインから魔法の加護を受けたのだ。今日の我らは一騎当千の猛者となりてレコン・キスタの者たちを大いに慌てさせられることだろう。出陣!」
雄叫びをあげながら、ウェールズに率いられたアルビオンの人たちがホールから飛び出していく。ウェールズはローゼマインの盾の中で見ていることもできたのに、俺の援護をするために危険を冒してくれた。勇敢な王子さまを俺は深く礼をして見送った。
「さて、わたくしたちはトリステインに帰りましょう」
そう切り出したローゼマインの騎獣に乗ってニューカッスル城の隠し港から外に出た。すぐに雲の中に入った騎獣は、緩やかに雲を抜けると魔法学院の方角へと飛び始める。
「勇敢な王子さま、あなたのことは忘れません。俺は、俺が信じるものを守り抜くことを、あなたに誓います」
呟いてふと隣を見ると、ルイズの白い頬には静かに涙が伝っていた。ハンカチでも差し出せたらよいのだが、生憎と俺は普段からそんな用意ができていない。
そんな俺に横からハンカチが差し出された。渡してきたのは、俺はあまり話をしたことがないグレーティアというローゼマインの側仕えだ。俺は静かに目礼してハンカチをルイズに差し出してやる。それをルイズは礼も言わずにひったくるように奪った。不満があるのではなく、ただ照れくさいだけだというのは、真っ赤に色を変えた頬を見れば一目瞭然なので、特に腹も立たない。
雲と空の青の中、アルビオン大陸が遠ざかる。短い滞在だったが、いろんなものを俺に残した、白の国が遠ざかっていく。それを俺は黙ってじっと見つめ続けた。
長かったアルビオン編が終了。
次は始祖の祈禱書編ですが、少し時間を空けて投稿を開始します。
家に閉じこもっているので時間だけは増えているのですが、モチベーションは急降下。
推敲も執筆も進みが非常に悪いのです。