なお、本章も基本、原作のイベントが発生しますので、予めご了承ください。
アルビオンからの帰還
わたしはニューカッスル城から脱出するとすぐ、アンリエッタに向けてオルドナンツを送ってワルドの裏切りを報告した。その後は魔法学院に帰還して普段通りの生活を始める。要するにユルゲンシュミットに戻るための方法探しと魔法の勉強だ。
そんな中、魔法学院に帰還してから三日後には正式にアンリエッタと帝政ゲルマニア皇帝のアルブレヒト三世との婚姻が発表された。式は一ヶ月後に行われるはこびとなり、それに先立ち、軍事同盟が締結されることとなった。
同盟の締結式は、ゲルマニアの首府、ヴィンドボナで行われ、トリステインからは宰相のマザリーニ枢機卿が出席し、条約文に署名したという。
アルビオンの新政府樹立の公布が為されたのは、同盟締結式の翌日。両国の間には、すぐに緊張が走ったが、アルビオン帝国初代皇帝、クロムウェルはすぐに特使をトリステインとゲルマニアに派遣し、不可侵条約の締結を打診してきたらしい。
両国は協議の結果、これを受けた。両国の空軍力を合わせても、アルビオンの艦隊には対抗しきれない。喉元に短剣を突きつけられた状態での不可侵条約であったが、未だ軍備が整わぬ両国にとって、この申し出は願ったりのものとハルトムートは言っていた。
そして……。ハルケギニアに表面上は平和が訪れた。政治家たちにとっては、夜も眠れない日々が続いたが、普通の貴族や、平民にとってはいつもと変わらぬ日々がくる。一方で、わたしたちには避けられない難問が降りかかっていた。
「アルビオン帝国初代皇帝の名前はクロムウェル。偶然ではありませんよね」
わたしの呟きに側近たちは難しい顔で頷いた。クロムウェルという名前は、水の精霊から聞いていた、秘宝『アンドバリ』の指輪を盗んだ者と同じだ。偽りの命とはいえ、死者を復活させられるとしたら、それは大変なカリスマになれるだろう。
「ともかく、わたくしたちは、今の内にユルゲンシュミットへの帰還の手掛かりを掴まなければならないということです」
「戦争が始まってしまえば、ゆっくりと研究などできませんからね」
わたしの言葉に一番、大きく頷いたのはハルトムートだ。
「何より、戦争が始まってしまえばローゼマイン様も戦場へと求められるのではないかと心配でなりません」
わたしを気遣う発言をしてくれたのはリーゼレータだ。
「ならば、もしもの場合に対しての備えは必要ではないでしょうか?」
「マティアス、もしもの場合の備えというのはどのようなものですか?」
「私たちはこちらの魔法に詳しくありません。あのワルドが使ってきた偏在という魔術は恐ろしいものです。知らずにいれば、ローゼマイン様から引き離されるという失態を犯していた可能性は高いと思います」
マティアスの意見には頷かざるをえない。まさか五人に分身できる魔術があるなんて想像もしていなかった。マティアスたちが相手をしているから安心と思っていたら、いきなり背後から襲われるという事態になっていたかもしれないのだ。
「そうなると、護衛騎士が私たち二人というのは少なすぎますね」
そう呟いたのはラウレンツだ。
「わたくしを入れても三人ですから、五人、あるいはもっと大勢からローゼマイン様をお守りするのは、少し難しいかもしれません」
クラリッサもワルドと対峙したときを思い出しながら言ってくる。
「ワルド子爵は最高位のスクウェアのメイジだと聞いています。それ以上のメイジはそれほど多くはないでしょうが、それでも心配は残りますね」
文官のハルトムートもワルドを相手に足止めくらいはできていた。けれど、それでも四人。あと一人足りない。残るわたしの側近はリーゼレータ、グレーティア、ローデリヒの三人だ。そうなると、自然と視線は男性であるローデリヒに向く。
「私も少しでもローゼマイン様をお守りできるよう訓練をいたします」
「ローデリヒの気持ちは嬉しいですけど、敵と戦うよりゲッティルトで身を守ることを最優先に訓練をしてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
無理はしないようにローデリヒに言うと、次は少し沈んだ表情をしているグレーティアに視線を向けた。
「グレーティアはこれまで通り皆を支えながら、新たに雇い入れた平民の側仕えたちの教育をお願いしますね。グレーティアの教育がわたくしの側近の皆の生活を支えてくれるのですから、責任重大ですよ」
「はい、お任せください」
グレーティアは能力的にも性格的にも戦闘がこなせるとは思えない。けれど、それならそれで、他の仕事で役に立っていると声をかけておかなければならないだろう。
「けれど、護衛騎士が揃って訓練に出てしまうと、ユルゲンシュミットに帰るための研究が疎かになってしまうのではありませんか?」
「リーゼレータの心配はもっともですが、差し当たっての脅威に対処しないわけにもいかないでしょう。本来は持ち出し禁止の本についても特別に貸し出しを許可していただけるよう交渉してみましょう」
「しかし、学院長はトリステインの貴族。内密と言っていたにもかかわらずアンリエッタ様に情報を流していたアルビオンの一件でのように、戦争が勃発したときにはローゼマイン様を利用しようとするのではないでしょうか? その相手に貸しを作るのですか?」
「ハルトムートの言う通り、学院長を全面的に信用はできません。ですが、今のところは無理難題を言ってきてはいませんので、危険とも言い切れません。わたくしとしては、むしろアンリエッタ姫の無邪気な言動の方が危険に思えます」
わたしがそう言うと、アンリエッタに更に傲慢さをも加えた自称次期ツェントを思い浮かべたのか何人かが苦い顔をしていた。さすがにそこまで酷いとは思わないけど、教育直後のヴィルフリートくらいに考えて対策をしておいた方がよさそうだ。
「今のところ魔法関連の本が充実した、この学院を離れるつもりはありませんが、わたくしを召喚したキュルケはゲルマニアの貴族です。そしてゲルマニアの国力はトリステインよりも遥かに上です。そのことから考えてもアルビオンの侵攻があったときにゲルマニアに逃れられるように伝手は確保しておきたいです。クラリッサはわたくしの護衛に付いていないときは、なるべくオルドナンツの売買で得た伝手から情報を得ておいてください」
「お任せください」
わたしが命じるとクラリッサが青の瞳を輝かせた。久しぶりに回ってきた文官らしい仕事に張り切っているのが、よく分かる。
本当ならクラリッサにも、もっと調合や情報収集を任せたいのだけれど、今は同性の護衛騎士がいないせいで、どうしてもクラリッサには護衛の仕事が多くなっている。なんとか改善できたらいいのだけど、護衛騎士ばかりは現地調達は困難なので仕方がない。
「さて、今後のことを考えることは必要ですが、あまり重い話ばかりでもつまらないです。少し楽しい話もしましょうか。差し当たっては次の虚無の曜日についてです。その日は交替で街に行ってきてよいですよ。後ほどアンリエッタ様から届けられたお金について分配をいたしますね」
そう言うと、長らくエーレンフェストにいた頃より倹約生活を余儀なくされている皆の目が輝いた。側近たちには、ずっと不便を強いているので、たった半日でも楽しんできてほしい。
ちなみにアンリエッタに請求したお金はエキュー金貨で六千。本当は五千の予定だったけれど、ワルドの裏切りにより余計に魔力を使わざるをえなくなったことを加味して増額の要求をした。それでも、諸経費込みなのだから、軍を動かした場合と比較すれば、随分と良心的な値段のはずだ。
そのうち一千が諸経費の支払いで消え、二千を今後の研究の資金とし、残りの三千を二十等分して、わたしが四、上級貴族であるハルトムートとクラリッサが三、残りの中級貴族の側近五人が二という割合で分配することにした。要するにわたしの取り分が六百で、上級貴族の二人が四百五十、他が三百という配分だ。
ハルトムートはわたしがもっと高い割合で受け取るべきと主張したが、わたしの身の回りの品は、すでに最優先で揃えられている。それよりも、わたし優先で自分たちのことは疎かとなりがちな側近の皆の不自由を少しでも解消してあげたい。
「では、今日もよろしくお願いしますね」
そう締めて、わたしは今日もフェニアのライブラリーに向かう準備を始めた。