ワルドはようやく死体の搬出が終わったニューカッスル城で土くれのフーケとともに、アルビオン帝国の初代皇帝、オリヴァー・クロムウェルの前にいた。年齢が三十代の半ばのクロムウェルは球帽をかぶり、緑色のローブとマントを身に着けている。一見すると聖職者のような恰好ながら物腰は軽く、軍人のようだ。高い鷲鼻に、理知的な色をたたえた碧眼。帽子の裾からカールした金髪が覗いている。
クロムウェルとの謁見が今日まで伸びたのは、アルビオン革命戦争の最終決戦となったニューカッスルの攻城戦でのレコン・キスタの被害が想像以上に甚大だったためだ。僅かに三百の王軍から受けたレコン・キスタ側の損害は、死者四千、負傷者六千人。三日三晩の攻防で城の内外は夥しいレコン・キスタの兵の死体で埋め尽くされることになった。
「閣下。アンリエッタの手紙を奪えず、みすみすゲルマニアとの同盟を許し、指揮権の混乱を狙ったウェールズの暗殺にも失敗し、旗下の兵に多くの死者を出してしまいました。全て私のミスです。申し訳ありません。なんなりと罰をお与えください」
「何を言うか、子爵! 確かにウェールズは討てなかったようだが、それはローゼマインという異国の王族の護衛騎士とやらに邪魔をされたためであろう。彼らの強さはそこにいる土くれのフーケ……いや、ミス・サウスゴータから聞いている」
クロムウェルの口からその名がでたことで、ワルドの頭には自然とキュルケが召喚してしまったというローゼマインという少女の姿が浮かんできた。ローゼマインは夜空のように艶のある髪を虹色に輝く宝石で彩り、印象的な金色の瞳を持った美しい少女だった。
最初は美しく着飾られた様子からアンリエッタと同じなのだろうと思った。ようするに綺麗に飾られたお人形。周囲に従う側近たちもいずれも魔法学院の生徒たちと変わらぬか、少し幼い見た目で、ワルドはフーケから話を聞いていても警戒心は抱けなかった。
だが、その印象はすぐに覆されることになった。ローゼマインは異国のマジックアイテムを使ってウェールズに連絡を取るという、ワルドの目的を頓挫させる提案をアンリエッタに行い、すでに認めさせたと言ってきた。更に機密保持のためだと言ってアンリエッタの密書をあっさりと燃やしてしまった。それは、情報漏洩の恐ろしさを十分に知っている者の行動だった。その時点でワルドの中でローゼマインは警戒対象となった。
その後は驚きの連続だった。ローゼマインは目立つからとワルドやルイズを始めとした全員を一見すると貴族と分からないように着替えさせ、実際に平民である衛兵を加えた臨時編成の集団を作り上げた。ローゼマインは敵地に赴くことの危険性を認識して慎重の上にも慎重を重ねていた。
その時点で道中で加える予定の襲撃に自分が関与していることが発覚する可能性を危惧せざるをえなくなった。結局、内心の動揺を取り繕いながらの旅路となったのだが、その道中で想像以上の収穫を得た。
まずローゼマインとアンリエッタの違いが明確に見えた。アンリエッタは自分の願いが先にあるという悪癖があるが、ローゼマインは自分の願いを叶えるために手段を尽くすが、最終的には成算の有無が基準となる。
幼い外見と見合わぬ慎重さ。さりとて臆病というわけではなく、アルビオンに渡るという任務も部下たちに任せるのでなく、自ら護衛騎士たちを率いて当たっていた。また、道中の襲撃でも冷静に対処をしていた。あれは深窓の令嬢にはできない行動だ。
「ですが、私は閣下のご期待に添うことができませんでした」
「気にするな。理想は、一歩ずつ、確実に進むことにより達成できる。確かにトリステインとゲルマニアの同盟阻止は、余の願うところだった。しかし、それよりももっと大事なことがある。なんだかわかるかね? 子爵」
「閣下の深いお考えは、凡人の私にははかりかねます」
クロムウェルは、かっと目を見開いた。それから、両手を振り上げると、大げさな身振りで演説を開始した。
「結束だ! 鉄の結束だ! ハルケギニアは我々、選ばれた貴族たちによって結束し、聖地をあの忌まわしきエルフどもから取り返す! それが始祖ブリミルより余に与えられし使命なのだ! 余の力はその偉大なる使命のために始祖ブリミルより与えられたものだ! 結束には、なにより信用が第一だ。だから余は子爵、きみを信用する。些細な失敗を責めはしない」
鉄の結束という言葉に、ワルドはまたしてもローゼマインたちを思い浮かべる。彼女たちの一行と接しての何よりの驚きが、領主候補生が従える、側仕え、護衛騎士、文官からなる側近という制度だった。その中でも一番の驚きだったのは貴族が任に当たる側仕えという役割についてだ。
側仕えとは主の生活を整えるのが役割だという。ハルケギニアでは完全に使用人の役割であるため、正直、なぜわざわざ貴族が務めなければならないのかと疑問だった。しかし、食事の前には必ず側仕えが毒見を行い、更には同行する全員の好みを把握してそれぞれに味を調整した食後のお茶を供するなど、細やかな心遣いを見て少し考えを改めた。
聞けば、他国の者の歓待や知人とのお茶会の席、来客の客室などを整えるのも側仕えの役割だという。なるほど、貴族が主の世話を通じて得た技能を尽くして整えた場なら、来客も不自由なく過ごせるだろう。実際、不自由なはずの旅程をワルドは快適に過ごせた。道中で聞いた話によるとローゼマインは五名もの側仕えを抱えているらしい。他には護衛騎士が七名、文官四名と非常に多くの側近を抱えているということだった。
そのうちの少なくとも召喚で呼ばれた七名についてはローゼマインに絶対の忠誠を誓う者たちだ。しかし、ただ闇雲に従おうとするルイズの忠誠の尽くし方と違い、ローゼマインのためにはどうすればよいかを考えることができる者たちだ。そのため、ローゼマインの方針に異議を唱える場面も多々見られた。従者とはかくあるべしという見本のような部下を多数抱えるローゼマインは、同じ貴族として羨ましく感じた。
ちなみにローゼマイン自身も下の立場の者に威張るばかりのトリステインの貴族たちとは部下への接し方が違っていた。側近たちが主のために動く一方でローゼマインも下の立場の者たちが動きやすいように気を遣っていたのだ。
食事の後、殊更にゆっくりとお茶を飲むのは、優雅な時を楽しむばかりではなく、食事の際に給仕と護衛に付いていた側近たちが交代して食事を取る時間を確保するためだった。その他にも、従者が必要以上に早起きをしなくてもよいように、仮に早く目が覚めても側近たちの準備が終わるまでベッドから出ないというようなことも行っているという。
ラ・ロシェールで語った古き良き時代でも、おそらくはローゼマインたちほどには良好な関係を築けてはいなかったのではないだろうか。それに比べて今、クロムウェルの元にいる貴族たちは、アルビオン王家を憎む者、立身出世を望む者、勝ち馬に乗ろうと鞍替えした者と様々であり、はっきり言って寄せ集めもいいところだ。組織の大きさが違うのでやむを得ない面もあるが、ローゼマインたちと自分の周囲を比べると嘆息を禁じ得ない。
「閣下、始祖が閣下にお与えになった力とはなんでございましょう? よければ、お聞かせ願えませんこと」
フーケの言葉にワルドは意識をこの場に引き戻す。
「魔法には四大系統に加え、もう一つの系統が存在する。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統だ。真実、根源、万物の外なる系統、虚無だ。余はその虚無の力を、始祖ブリミルより授かったのだ。だからこそ、貴族会議の諸君は、余をハルケギニアの皇帝にすることを決めたのだ。そして、これが虚無の魔法だ。来たまえ、親愛なるウェールズ君」
クロムウェルの呼びかけに応じて姿を現したのは、紛れもなくニューカッスル城での戦いで戦死したはずのアルビオンの皇太子、ウェールズだった。
「ウェールズ君、子爵とミス・サウスゴータに挨拶を」
「久しぶりだね、子爵。そして、初めまして、ミス・サウスゴータ」
「は……初めまして」
死んだはずのウェールズが歩き、話す。さすがのフーケもろくに返答もできないくらい、衝撃を受けているようだった。
「ワルド君、安心したまえ。同盟は結ばれたが、かまわない。どのみちトリステインは裸だ。余の計画に変更はない。外交には二種類あってな、杖とパンだ。とりあえずトリステインとゲルマニアには温かいパンをくれてやる」
「御意」
「トリステインは、なんとしても余の版図に加えねばならぬ。あの王室には『始祖の祈禱書』が眠っておるからな。聖地に赴く際には、是非とも携えたいものだ」
そう言って満足げに頷くと、クロムウェルはウェールズを従えて去っていった。虚無は命を操る系統とクロムウェルは言っている。俄かには信じられない話だが、あのウェールズは確かにワルドと戦ったウェールズと同一人物にしか見えない。あまたの命が聖地に降臨せし始祖によって与えられたとするならば、すべての人間は『虚無』の系統で動いているとはいえないだろうか。
ワルドは、それを確かめたいのだ。自分の考えが妄想に過ぎぬのか、それとも真実なのか。その答えは、きっと聖地に眠っている。
聖地に至るにはクロムウェルの虚無の魔法が必要だろう。しかし、主君としての力量では、ローゼマインの方が上ではないだろうか。
ローゼマインが優秀なことは、接しているだけでも分かった。しかし、彼女の従者であるハルトムートに言わせると、その優秀さはワルドの想定を大幅に超えるということだ。
彼女はエーレンフェストの聖女と呼ばれ、多くの者から慕われている。また領主候補生としても優秀で領地間で騎士の強さを競うディッターという模擬戦の成績について、彼女が入学時には十一位だった順位を、それから僅か二年で三位に上げたと言っていた。ワルドもトリステインのグリフォン隊の隊長を務めていた。これが難しいことは部隊を率いる者として、嫌でも分かる。
個人が強くなるより、全体を強くすることの方が当然ながら難しい。それを彼女は戦術を研究させ、訓練の内容の見直しを行って成し遂げたという。
ローゼマインが行ったのは武の底上げに留まらない。文官たちが主体となって行う研究の発表においても、エーレンフェストは他領と合同で一位と三位を獲得したという。合同だろうと同時に二つの順位で受賞するのが難しいことは想像に難くない。
更にローゼマインが成し遂げたことは、それだけではないという。新しい産業を生み出し、上位領地との社交でそれをユルゲンシュミットという国全体の流行として広げた。結果として彼女の所属していたエーレンフェストを、それまでの見るべきもののない片田舎という評価から、全体の注目の的にまで引き上げたようだ。
それだけの偉業を成したローゼマインは当然のように個人としても優秀で、すべての領地から貴族が集まる貴族院という場所で一学年二百人近くいる貴族たちの中で、彼女は三年連続で最優秀を得ているということだった。学年全体での最優秀も素晴らしいが、彼女は本来の領主候補生としての最優秀だけでなく、本職を退けて文官としても最優秀を獲得していたという。
自らは率先して最高の成績を修めながら、騎士たちを育て、研究開発を行い、産業を創出して領地を繁栄させる。言葉にするのは簡単だが、実現しようと思えばとてつもなく難しい。それを僅か十歳の少女が始めたと聞けば、普通なら虚言だと判断するだろう。
しかし、熱弁するハルトムートとクラリッサの言を、他の側近は否定せず、ローゼマインも大げさだとは言っても完全に否定はしなかった。順位も随分と具体的なところから考えても、二人の言ったことは事実の範囲内なのだろう。
ちなみにクラリッサは当時十歳のローゼマインが自らの譲れないもののため騎士たちを率いて自ら戦場に立ち、常勝領地であるダンケルフェルガーという領地を破ったのに感激して、自らもローゼマインに仕えたいという思いでハルトムートと婚約して領地を移ってきたのだという。それは、トリステインを見限ってレコン・キスタへと寝返ったワルドの動機とは似ているようで少し違った。
もしも、ローゼマインがトリステインの王女であれば、ワルドはこれほど鬱屈した気持ちを抱えなかっただろう。そうして今も王女の元で励んでいたのかもしれない。
しかし、それはありえないことだ。ローゼマイン自身には、権力欲がないように見えることからも、そのような未来は訪れないだろう。それが、おそらく彼女の唯一の欠点。優秀過ぎる下の者は、ときに主君を追い詰める。あるいは国が割れる原因を作る。それも考慮して、ワルドは現時点でローゼマインをアルビオンに引き入れることを諦めたのだ。
ともかく、これから先はローゼマインは敵に回るだろう。けれど、ウェールズ殺害のときに妨害に来ることも分かっていながら、ワルドは前もってローゼマインを害することができなかった。
それは、マティアスとラウレンツ、更にはクラリッサとハルトムートが警戒を解いていなかったこともあるが、ワルド自身もそれを望んでいなかったからだ。ローゼマインはこれまでワルドも漠然としか描けていなかった理想の主君というものに形を与えてくれた。
ハルケギニアの皇帝となると宣言するオリヴァー・クロムウェルをも上回る器を持つ彼女を自らの手で害する。それは自分が望んだ未来への別の到達の仕方の可能性を潰すことにもなりかねない。だからワルドには、どうしてもできなかったのだ。
ローゼマインたちには、トリステインに殉じる気持ちはない。なので、トリステインを降せば、彼女たちを迎え入れることができるかもしれない。
それを夢見ながら、まずは自分の道を歩こう。そう誓ってワルドはアルビオン帝国の貴族として新たな一歩を踏み出した。
ワルドの情報源
・見た目爽やかで人当たりのよい狂信者
・狂信者2号
・上級貴族二人に遠慮して曖昧に肯定する中級貴族
隣の芝生は青く見えるもの。