ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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水の精霊への報告

アンドバリの指輪を奪ったのはアルビオン皇帝だと確信したわたしは、護衛騎士二人とハルトムートとクラリッサとリーゼレータ、それからタバサと一緒にラグドリアン湖に向かった。期限は示されていないとはいえ、奪回が困難となったことは、きちんと報告しておかなければならないと思ったのだ。

 

ラグドリアンの湖畔に辿り着いたわたしは、まずは男性の側近を湖が直接、見えない場所に移動させた。水の精霊がまたしても、全裸姿で現れる可能性を懸念したためだ。その後、音楽と歌の奉納を行い、水の精霊へと呼びかける。すると、ほどなく湖の中から水の精霊が現れた。案の定、今回も全裸だ。

 

「あの、前回も申し上げましたが、わたくしの姿をなさるのは止めてくださいませ。何かの形をとる方がよいのでしたら、ほら、このレッサーくんなんかいかがですか?」

 

「美しくない」

 

まさか異国の水の精霊にまで、フェルディナンドと同じようなことを言われるとは思わなかった。わたしはがっくりと肩を落として別の案としてリーゼレータの騎獣である天馬を見せてもらった。

 

「それならばよかろう」

 

今度は気に入ってもらえ、わたしは天馬の姿を形どった水の精霊に報告を開始する。

 

「御身のアンドバリの指輪を奪いし賊の正体と思われる情報を得ることができましたので、本日は報告に参りました」

 

わたしが言うと、水の精霊は先を促すようにゆっくりと頷いた。どうでもいいけど、天馬が首を縦に振る仕草は何だか可愛い。

 

「精霊様、御身より秘宝を盗みし者は現在、アルビオンにて皇帝の座についています。御身がいかに手を広げられようと秘宝には届きません。そして、その者から秘宝を取り戻すのは大変に困難なこととなりました」

 

「アルビオンか。確かに、その地までは我の力も届かぬ」

 

思った通り、さすがの水の精霊も浮遊大陸までは水を送ることができないらしい。

 

「そして、その者がアルビオンの王となっている以上、捕らえるということは困難ですが、これはご理解いただけますでしょうか?」

 

「我とて人の世を全く知らぬわけではない。王を捕らえるということが困難であることくらいは知っている」

 

「アンドバリの指輪を取り戻せるように、力は尽くす。けれど、個人の力だけではどうにもできない可能性があることは理解してほしい」

 

報酬の前払いを受けているタバサが緊張して言うのを、水の精霊は鷹揚に頷いて返す。

 

「我も困難さは知っていると言ったであろう」

 

返ってきた言葉はそれだけだが、ひとまずアルビオンの皇帝を暗殺、などという無茶苦茶な要求がなかったことに、ほっとした。王も貴族も平民も所詮は人の間の身分で知ったことではないと言われたら、どうしようかと思った。

 

「精霊様、奪回の可能性を少しでも高めるため、アンドバリの指輪についての情報をいただけないでしょうか?」

 

「何が知りたい?」

 

「アンドバリの指輪を使用する際に制限はございますでしょうか?」

 

「どのような使い方をするかにもよるが、制限はない。ただし、使用を続ければ力は失われることになる」

 

ということは、手当たり次第に使うということはできないということだ。けれど、それで安心とはいかない。例えば、エーレンフェストではヴェローニカに使うなど、効果的に使えば少人数でも劇的な効果を得られるからだ。

 

「アンドバリの指輪を使用されて偽りの命を与えられた者は、指輪を使用した者に従うようになるのですよね。偽りの命を与えられた者を見分ける方法はございますか?」

 

「我ならば見分けは簡単だが、お前たちでは難しいだろうな」

 

最悪な情報だ。それでは、例えばエイバルが助けを求めてきたとして、迂闊に懐に入れてしまえば、どのような手を仕掛けられるかわかったものではない。

 

「ちなみに、見分けられたとして偽りの命を消し去る方法はございますか?」

 

「そのようなものは……いや、確かお前たちに始祖とか呼ばれている者が、何やら使っていた呪文があったな。それならば、あるいは可能やもしれぬ」

 

始祖が使っていたということなら、それは虚無の魔法ではないだろうか。

 

「始祖が使っていたという魔法は、四大系統とは別の魔法ということですか?」

 

「お前たちの魔法には詳しくないが、同じような魔法を使う者は他に見たことがないな」

 

始祖ブリミルが使っていたという虚無の魔法。或いは単なる伝説上の存在だという可能性も考えていたけど、どうやら本当に四大系統とは異なる魔法だったようだ。

 

「タバサ、確かフェニアのライブラリーの蔵書に始祖ブリミルの使い魔に関する記述がありましたよね」

 

わたしの問いにタバサがこくりと頷いた。

 

「諳んじることができますか?」

 

「やってみる」

 

そう言うと、タバサは始祖ブリミルの使い魔について諳んじ始めた。

 

神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

 

神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

 

神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。

 

そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……。

 

四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……。

 

「改めて考えてみると、ローゼマインに似てる」

 

そこで、タバサが急に言ってきた。

 

「どこがですか!?」

 

ユルゲンシュミットで女神様に似ていると言われて困惑したのに、今度は始祖とか呼ばれる、もっと偉そうな人に似ているとか止めてほしい。

 

「普通、使い魔召喚の儀式では一体しか呼び出せない。けれど、始祖ブリミルは四人の僕を召喚している。そして、おそらく全員が人。ローゼマインは六人の人を召喚した」

 

一見するとそうなのかもしれない。けれど、わたしが側近を複数召喚することができたのは名捧げという強固な繋がりが原因だと思う。けれど、名捧げについてはハルケギニアの誰にも言っていないことだ。そして、側近たちの命にも関わることなので、今後も誰にも伝えるつもりはない。

 

「詳しくは言えませんが、わたくしたちは少し特殊な儀式を行ったがゆえの事例であると考えてくださいませ」

 

わたしの言える範囲での説明に、タバサは首を傾げる。

 

「だったら、始祖ブリミルと使い魔たちの間にも特殊な儀式の関係があったと考えることもできる。それに始祖ブリミルは、僕たちとこの地にやってきた、という表現を使ってた。ひょっとしてローゼマインの国に近い場所からやってきたという可能性はない?」

 

その推測はどきりとさせられるものだった。わたしはこの国でもユルゲンシュミットの神々の祝福を与えることができている。それは、ハルケギニアとユルゲンシュミットとの間に何らかの繋がりがあることを意味しているのではないだろうか。

 

「始祖ブリミルとユルゲンシュミットとの関係性については根拠のない推測をすることしかできません。けれど、タバサの視点はたいへんに興味深いものでした?」

 

「視点? どこのこと?」

 

「始祖ブリミルが他所からやってきた、という部分です。それは、あるいは転移のようなものではないでしょうか?」

 

「ヴィンダールヴの操る獣ではなくて?」

 

そうか。導きし我を運ぶ、って表現されていたから、そちらの可能性の方が高いか。

 

けれど、少なくとも始祖ブリミルがハルケギニアの四大系統とは異なる魔法を使っていたことは確かなはず。そこになら、既存の系統のメイジの知らない帰還のための魔術が存在するかもしれない。

 

「いずれにせよ、探すべき書物が見えてきました。わたくしたちが探すべきは始祖ブリミル、そして、神の頭脳と呼ばれたミョズニトニルンに関する書物です」

 

側にいたクラリッサとリーゼレータが、わたしの言葉に力強く頷いた。

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