わたしの所にキュルケがやってきたのは、ラグドリアン湖の精霊に報告をしてから数日が経過したときのことだった。やってきたキュルケは、わたしに平賀を貴族にするためにお金を得るのだと言ってきた。
「お金があれば、貴族になれるのですか?」
「トリステインでは法律で、きっちり平民の『領地の購入』と『公職につくこと』の禁止がうたわれているわ。でも、ゲルマニアだったら話は別よ。お金さえあれば、平民だろうがなんだろうが土地を買って貴族の姓を名乗れるし、公職の権利を買って、中隊長や徴税官になることだってできるのよ」
キュルケの言葉にわたしの側近たちは理解できないという顔をしている。けれど、それも無理のないことだ。ユルゲンシュミットでは貴族ではなくとも、少なくとも魔力がなければ公職につくことは難しい。土地を買っても魔力を注げなければ、土地は痩せ果ててしまうし、騎士にしても文官にしても魔術具を扱えなければ、できないことが多すぎる。
一応、わたしは自分ができないなら、できる人を雇うという方法があることを知っている。けれど、魔力がなくてはならないものだけに、ユルゲンシュミットで導入しようとすると、旧ヴェローニカ派のやったような、平民の身食いを駒のように使う事例が横行する危険性もある。貴族の心情を除いても、導入は難しい。
「ところで、どうやってお金を得るつもりなのですか?」
「これよ!」
そう言ってキュルケが見せてきたのは羊皮紙の束だった。
「これは何ですか?」
「宝の地図よ」
「宝……ですか」
「そうよ! あたしたちは宝探しに行くのよ! そんで見つけた宝を売ってお金にする! それでサイトは貴族になるの」
「そもそも、どうして彼が貴族になる必要があるのですか?」
そうして聞かされたのは、シエスタと一緒に入浴していたところをルイズに見つかった平賀が部屋への出入り禁止を言い渡され、すっかり気落ちしているという話だった。その話を聞いている最中、わたしの側近たちは全員がドン引きしている様子だった。
ユルゲンシュミットではお風呂というのは例え婚姻している男女であっても一緒に入るということはないものだ。それが、明確に交際しているかも定かでない状態で一緒に入浴というのは、もはや理解不能な状態だろう。今、平賀ではなく側近たちのシエスタへの評価が底値を更新している気がする。
ちなみに日本で暮らした記憶のあるわたしにしても、いきなり男女で一緒に入浴というのは理解不能な事柄だ。平賀は日本人であるはずなのに、どうやったらそのような事態になるというのだろうか。それとも、麗乃時代のわたしの生活というのは、日本人基準でも潤いのないものだったのだろうか。
いずれにしても、宝の地図などという不確かなものに踊らされている暇はない。参加するか否かは考えるまでもなかった。
「わたくしたちは調べ物を続けなければならないので、参加できません。キュルケたちだけで向かってくださいませ」
「そんなこと言わないでよ。もしも協力してくれるなら、ゲルマニアの知り合いにも連絡を取って情報を探してもらうから」
それは検討の余地のある申し出だった。フェニアのライブラリーは貴族院の地下の書庫とは違い学院の教師は出入りしている場所だ。実の所、粘り続けていても新情報は出てこないのではないのかという不安は徐々に大きくなっている。
「それに、学院の先生方が知らない情報が伝承という形で残っている村なんてものもあるかもしれないわよ」
「……そもそもキュルケの実家ならサイトを貴族に取り立てるくらいの財力はあるのではないですか?」
「それは、あたしのお金じゃないでしょ。家のお金を個人の勝手では使えないわ」
そこはきっちりとしていたらしい。
「伯爵以上の爵位を持つメイジのゲルマニア貴族を三人、紹介してくださいませ。それで、手を打ちましょう」
「決まりね」
宝探しにはあまり興味はないけど、見返りは十分だ。宝探しに行くのはわたしと側近たちにキュルケとタバサ、ギーシュ、平賀、それに平民の側仕えとしてシエスタとラゴットの二人を連れていくことになった。
わたしたちが向かったのは、廃墟となった寺院だ。かつては壮麗を誇った門柱は崩れて、鉄の柵は錆びて朽ちている。
ここは数十年前にうち捨てられた開拓村の寺院らしい。荒れ果て、今では近づく者もいないが、明るい陽光に照らされて、どこか牧歌的な雰囲気が漂っている。
けれど、この寺院跡はのんびりと見物ができるような場所ではない。寺院にはオーク鬼というハルケギニアの魔獣が住み着いているのだ。
オーク鬼は二メートルほどの大きさで、体重は人間の五倍ほど。醜く太った体を、獣から剥いだ皮に包んでいる。突き出た鼻を持つ顔は、豚にそっくりだ。見た目としては、二本足で立った豚だ。それがおよそ十数匹、この寺院には住み着いている。
オーク鬼一匹は、人間の戦士五人に匹敵すると言われている恐ろしい敵らしい。けれど、それは地上戦に限った話だ。オーク鬼は空を飛ぶことも遠距離攻撃もできない。それなら騎獣に乗って空を飛べるわたしたちの敵ではない。
タバサがわたしの騎獣の中で杖を振る。『ウィンディ・アイシクル』という『水』、『風』、『風』の系統によるその魔術は、空気中の水蒸気を凍らせて何十本もの氷の矢となって四方八方からオーク鬼を串刺しにした。
続けてキュルケも騎獣の中から杖を振った。『フレイム・ボール』という『炎』と『炎』の二乗の魔法で、炎の塊がオーク鬼を襲った。狙われたオーク鬼は大柄な体に似合わない敏捷な動きで炎の塊をかわしたが、炎は糸に繋がれているかのようにオーク鬼を追い、咆哮をあげる口の中に飛び込んで、一瞬で頭を燃やし尽くした。
味方が魔法で斃されたことに動揺するオーク鬼たちの群れにマティアスとラウレンツが騎獣で突っ込んでいく。二人はときに地を駆け、ときに空中に飛び上がり、縦横無尽に暴れ回る。貴族院の採集地で多くの狩りを経験している二人にとって、面倒な特性を何も持たないオーク鬼は、御しやすい相手のようだ。
騎獣に乗ったハルトムートはわたしの騎獣のやや下に位置取り、周囲の警戒をしている。そして、クラリッサを隣の席に、残りの側近たちとハルケギニア勢を騎獣の後部に乗せたわたしは、空からその光景を眺めている。
「やはりこちらの魔獣は、魔石にならないのですね」
「そのようですね。あのオーク鬼とやらから有用な素材は取れるのでしょうか?」
ユルゲンシュミットでは魔獣は死ぬと魔石になっていたが、ハルケギニアは普通の生き物と同様に死んでも魔石にはならないようだ。むしろ魔石になることが不思議なことのはずなのだが、なんだか新鮮だ。
「すごいです! あの凶暴なオーク鬼たちが一瞬で! 本当にローゼマイン様の護衛騎士様たちは強いのですね!」
そしてシエスタは次々とオーク鬼を斃していく二人に大興奮の様子だった。ちなみに自分も騎獣を降りて戦うという申し出を却下された平賀は、シエスタの隣ですっかりいじけている。確かにアルビオンでトロール鬼やワルドとまで戦った今の平賀ならオーク鬼とも戦えるだろう。けれど、空から安全に戦えるのに、わざわざ地上に降りて危険を冒す必要性が全く見出せなかったのだから仕方がない。
結局、その廃墟寺院には宝の地図に記載されていた『ブリーシンガメル』なる伝説の秘宝も金銀財宝も見つからなかった。そもそも『ブリーシンガメル』なる秘宝はともなく、開拓村に金銀財宝があるはずがない。危険できつい開拓という難事業に富裕層が参加しているとは思えない。そうすると、そこの寺院も必然的に裕福とはなりえないだろう。
シエスタが作った故郷の料理だというヨシェナヴェというシチューを食べながら、わたしたちは今後について相談する。その結果、シエスタの故郷の寺院にある『竜の羽衣』と呼ばれている宝を確認することを最後に学院に帰還することが決まった。
「まあ、インチキならインチキなりの売り方があるわよね。世の中にバカと好事家ははいて捨てるほどいるのよ」
とりあえず、もしも偽物だったとしても、そう豪語しているキュルケは止めなくてはならないだろう。実家が十分な資産家であるのに、キュルケは存外、阿漕な商売をすることに抵抗感が少ないのだ。そんなことを考えながら、わたしは女性陣とともに今日も騎獣の中で夜を明かすことにした。