ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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部屋での相談

わたしは今、難問に立ち向かっている。それは側仕え不足だ。

 

ちなみに側仕え不足といってもわたしの、ではない。わたしは仮にも何年も貧民生活を体験してきた。料理から裁縫までを全部を自分で行えと言われたら困るけど、食事も着るものも用意されるなら、十分に何不自由ない生活と考えられる。

 

けれど、リーゼレータについてはそうもいかない。純粋なユルゲンシュミットの中級貴族であるリーゼレータは、側仕えのいない生活を体験したことがないはずだ。リーゼレータ自身が側仕えである以上、寝台を整えたり、着るものを用意したりは何の問題もない。

 

けれど、そもそもユルゲンシュミットの貴族の服というのは自分一人では着脱ができる構造にはなっていない。そのため、服の着脱には誰かの手を借りなければならない。だけど、ロングビルにはハルケギニアには側仕えというものがいないと言われたのだ。

 

そうなると悩ましいのが、誰に衣服の着脱のお手伝いをお願いすればいいのかということだ。ユルゲンシュミットの考えでは、他の貴族にお願いすることになる。けれど、日本に生きたわたしの感覚では、貴族に衣服の着脱の手伝いをお願いするということは、大変失礼なことと受け取られるような気がしてならないのだ。

 

では、平民にお願いすればいいのかというと、それも疑問だ。この学園の下働きが神殿で教育されたモニカや二コラのようなレベルであれば何の問題もないが、エーレンフェストの下町の給仕たちのような状態では、リーゼレータの前に出すことなどできない。

 

とりあえず、この国の下働きたちのレベルは食事の場などで確認することにしよう。それからでないと、リーゼレータの生活を整える方策も思い浮かばない。

 

「あの、ローゼマイン様……まだ気が早いかもしれませんが、本日の入浴はいかがいたしましょうか?」

 

リーゼレータがそう聞いてきたのは、この国のお風呂が共同風呂であると聞いたためだ。ユルゲンシュミットでは風呂は各部屋についているもので、側仕えに手伝ってもらいながら入浴するものであっても、誰かに入浴中の姿を見せるものではない。

 

ロングビルに風呂はどこかと尋ねて場所を教えられたときのリーゼレータは、優秀な側仕えとして顔には出さなかったが、酷く衝撃を受けていたようだった。

 

そもそも魔法学院の生徒たちは、簡単に下着が見えそうな短いスカートで平気で宙に浮いたりしていた。日本で制服を着ていたわたしでも短いと思ったのだから、リーゼレータには羞恥心をどこかに捨てた露出狂にでも見えたのではないだろうか。

 

その極めつけが共同風呂だ。日本で大浴場を経験しているので、わたしは何とも思わないけど、リーゼレータには受け入れられないことだろう。さすがに部屋に風呂を作るわけにはいかないし、何日も風呂に入らないわけにもいかないので、いずれ受け入れざるをえなくなると思うけど、最初をいつにするかが悩みどころだ。

 

そして、ここでも側仕えの不足の問題が出てくる。ユルゲンシュミットの貴族にとって入浴とは側仕えの手を借りて行うものなのだ。側仕えであるリーゼレータは誰かの入浴を手助けすることはできるけど、一人で入浴は行ったことがないはずだ。

 

解決策としては、側にいるのが著しく不快でない程度の誰かに教えるしかないのだけど、いったい誰ならいいというのか。ここでも人選が非常に悩ましい。

 

「それより、このお部屋ではローゼマイン様の安全の確保が難しいと存じます。いかがいたしましょうか?」

 

手前に側近部屋があった貴族院の寮とは違い、この部屋は完全な一人部屋だ。ただでさえ、この国の貴族がどれくらい信用できるか分からないのだ。リーゼレータの懸念も理解はできる。けれど、部屋の作りの問題だけに、お風呂と一緒でどうしようもない。リーゼレータの部屋からベッドを運び込んで二人部屋にすることはできそうだけど、それでは非常に狭くなってしまう。

 

「最悪、寝台の中に騎獣を出して眠ることにしましょうか?」

 

それだと、床の上に騎獣を出しても何も変わらない。リーゼレータもさすがに渋い顔をするが、他に安全策は思い浮かばないようだ。

 

「隠し部屋を作れたらよいのですけれど……」

 

「ここは領主の作った白の建物ではありませんからね。それに扉を設置するための魔石を持っていませんから、どちらにしても難しいでしょうね」

 

入寮の日に召喚されたので、隠し部屋を作るための魔石は持っている。けれど、隠し部屋を作るための扉が作成されていないので、宝の持ち腐れだ。ロングビルから説明がされていないことから考えて、ここではそのような魔術はないと考えた方がいいだろう。

 

ひとまず数日は騎獣の中で眠ることにした。その方がリーゼレータもわたしのことを心配することなく、安心して眠ることができるだろう。

 

「リーゼレータ、交代をできる者がいないので不寝番は結構です」

 

「ローゼマイン様にはご不便をおかけします」

 

心情的には断りたいのだろうけど、それをしてはリーゼレータの方がもたないのは明らかだ。リーゼレータは苦渋の決断という表情でわたしの提案を受け入れた。

 

「いいのですよ。それよりもリーゼレータの方こそ不便に感じたことは、すぐにわたくしに伝えてくださいませ。わたくしの生活はリーゼレータが守ってくれますが、リーゼレータの生活はわたくしでは守ってあげられませんから」

 

わたしが日常生活の手伝いができると思っていないリーゼレータは、くすりと笑って何かあれば伝えると約束してくれた。ちなみにわたしは貧民時代は役立たずなりに家のお手伝いはしていたのだ。リーゼレータが思うほどには役立たずではないと思う。けれど、虚弱ですぐに気を失って迷惑をかけるわたししか知らないリーゼレータの、生活面に対するわたしの評価が著しく低いのはやむを得ない。

 

「けれど、ここまで常識が異なると、色々と不安になりますね」

 

「わたくしも神殿と城の違いには色々と戸惑いましたもの。リーゼレータもきっと色々と戸惑うことがあると思います。けれど、ここではわたくしたちの方が異質な存在です。どうしても馴染めない部分以外は、なるべくこちらに合わせなければなりません」

 

一番苦労したのは、日本とユルゲンシュミットの違いだけど、貴族社会での経験不足に起因する社交の苦労ならリーゼレータも側で見ていた。私が言うとリーゼレータは、はっとしたように顔をあげた。

 

「そうですね。どのような場面でも主に万全の生活と社交を提供するのが側仕えの役目ですからね。ローゼマイン様は日常のことはわたくしに任せて安心してユルゲンシュミットに帰還するための研究に励んでください」

 

何がリーゼレータに火をつけたのかは分からない。けれど、おそらくユルゲンシュミットの話題から、ツェントの養女となることが確定した状態で長期間行方不明となった場合の不都合に思い至ったのだろう。なんにせよ、リーゼレータが前向きになってくれたのならよいことだと思う。

 

「こうしてはいられません。わたくしは厨房に出かけて参りますね」

 

「厨房ですか? 厨房にどのような用事があるのです?」

 

「こうまで色々な部分に違いがあるのです。テーブルマナーもユルゲンシュミットと違いがあるかもしれませんので、確認してまいります」

 

「それは、確かにそうかもしれませんね」

 

わたしに万が一にも恥をかかせるわけにはいかないと、リーゼレータは意気込んで部屋を出て行った。この世界のテーブルマナーについては、わたしも全く分からない。確認してくれるのはありがたい。

 

「けれど、それを聞くためにリーゼレータが非常識な行動を取らないかが心配なのはどうすればいいのかな」

 

わたしが一人発した疑問には、当然のことながら誰も答えてはくれなかった。

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