俺は目を丸くして、『竜の羽衣』を見つめていた。
ここはシエスタの故郷、タルブの村の近くに建てられた寺院だ。そこにこの『竜の羽衣』は安置されていた。というか、『竜の羽衣』を包み込むように寺院が建てられた、といったほうが正しい。
シエスタの曾祖父が建てたという寺院は丸木が組み合わされた門の形といい、石の代わりに、板と漆喰で作られた壁といい、極めつけに白い紙と縄で作られた紐飾りといい、俺にとっては懐かしさを感じるものだった。それはローゼマインにとっても同じらしく、珍しく目に見えて驚いた表情を見せていた。
そして板敷きの床の上に、くすんだ濃緑の塗装を施された『竜の羽衣』は鎮座していた。固定化の魔法をかけられているらしく、どこにも錆は浮いていない。作られたそのままの姿を『竜の羽衣』は見せていた。
キュルケやギーシュは、気のなさそうな様子で『竜の羽衣』を見つめている。好奇心を刺激されたのか、珍しくタバサは興味深そうに見つめている。そして、ローゼマインは俺を除けば、ただ一人だけ『竜の羽衣』の正体を知る者らしく、機体の胴体部や翼に傷がないかを確認していた。
「まったく、こんなものが飛ぶわけないじゃないの」
キュルケが言った。ギーシュも頷く。
「これはカヌーかなにかだろう? それに鳥のおもちゃのように、こんな翼をくっつけたインチキさ。大体見ろ、この翼を。どう見たって羽ばたけるようにはできていない、この大きさ、小型のドラゴンほどもあるじゃないか。羽ばたけずに空に浮かぶことができるのなんてローゼマインたちの騎獣くらいのものだろう?」
けれど、ギーシュの言葉はすぐにローゼマインによって否定された。
「わたくしたちの騎獣という例があるということは、他にも羽ばたかずとも飛べるものが存在しても不思議ではないと思いませんこと?」
「まさか、これもローゼマインたちが使っている騎獣のように羽ばたかずとも飛べるということか? じゃあ、これはマジックアイテムなのか?」
「そこまでは存じません。わたくしはあくまで可能性の話をしたまでです」
どうやらローゼマインは『竜の羽衣』の正体を告げるつもりはないようだ。
「シエスタ、お前のひいおじいちゃんが残したものは、ほかにないのか?」
「えっと……、あとはたいしたものは……、お墓と、遺品が少しですけど」
「それを見せてくれ」
そう頼んで案内してもらったシエスタの曾祖父のお墓は、村の共同墓地の一画にあった。白い石でできた、幅広の墓石の中、一個だけ違うかたちのお墓があった。黒い石で作られたその墓石は、他の墓石と趣を異にしている。
「ひいおじいちゃんが、死ぬ前に自分で作った墓石だそうです。異国の文字で書いてあるので、誰も銘が読めなくって。なんて書いてあるのでしょうね」
「海軍少尉、佐々木武雄、異界ニ眠ル」
ちらりと横目で見ると、ローゼマインも同じように墓石の銘を読んでいた。少し古い文字が混じっているので念のためローゼマインに聞いてみたら、合っているというお墨付きをもらえた。
「日本から複数の人が迷い込んでいるのは確実だな。ローゼマインの国からも同じように迷い込んだ人がいるのかな?」
「どうでしょうか? 仮にわたくしたちの国から迷い込んだ人がいても、平民ならば何も残すことができないと思いますので、わたくしたちが痕跡を追うことは難しいでしょう」
ローゼマインの国とハルケギニアには科学技術の差は大きくないと言っていた。それならば『破壊の杖』や『竜の羽衣』のような物は残せないだろう。
ともかく墓石に刻まれた銘でシエスタの曾祖父が日本人と確定した。再び寺院に戻った俺は『竜の羽衣』に触れてみる。すると左手の甲のルーンが光りだした。なるほど、こいつも『武器』には違いない。ルーンが光ると同時に、中の構造、操縦法が、俺の頭の中に鮮明なシステムとして流れ込んでくる。俺はこれを飛ばせる。
燃料タンクを探しあて、そこのコックを開いてみた。なるほど、そこはからっぽだった。どれだけ原型を留めていても、ガス欠じゃ飛ばすことはできない。
これに乗っていた人物は、どうやってハルケギニアに迷い込んでしまったのだろう。その手がかりが欲しい。なんでもいい。
「ひいおじいちゃんの形見、これだけだそうです。ただ父が言ってたんですけど、遺言を遺したそうです」
シエスタの曾祖父の形見は古ぼけたゴーグルだった。海軍少尉だったシエスタの曾祖父。フーケのゴーレムを倒した際に使った『破壊の杖』の持ち主と同じ、過去の異世界からの闖入者。俺と同じ、異邦人。
「ひいおじいちゃんの遺言は、墓石の銘を読める者に『竜の羽衣』を渡す、です」
「そうなると俺の他にローゼマインも資格があるということになると思うけど……」
「わたくしには必要のない物です。平賀さんの国の物なのですから、平賀さんが権利者ということでよいのではないでしょうか?」
確かに騎獣を持っているローゼマインには必要性が低いものだ。それにローゼマインでは『竜の羽衣』を使いこなすことができない。
「じゃあ、ありがたくもらうよ」
「それで、サイトさん、墓石の銘を読めた人へのひいおじいちゃんからの伝言です。なんとしてでも『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、だそうです。でも、陛下ってどこの陛下でしょう? ひいおじいちゃんは、どこの国の人だったんでしょうね」
「俺と同じ国だよ」
「ほんとですか? なんか感激です。わたしのひいおじいちゃんと、サイトさんが同じ国の人だなんて。なんだか、運命を感じます」
シエスタはうっとりとした顔で、そう言った。
「ほんとに、ひいおじいちゃんは、竜の羽衣でタルブの村にやってきたんですね」
翼と胴体に描かれた、赤い丸の国籍標識を見つめた。もとは白い縁取りが為されていたらしいが、その部分が機体の塗料と同じ、濃緑に塗りつぶされている。そして、黒いつや消しのカウリングに白抜きで書かれた『辰』の文字。部隊のパーソナルマークだろうか。
六十年以上も前の戦闘兵器。物言わぬ機械。天かける翼……、『竜の羽衣』。
「これは竜の羽衣じゃないよ。これはゼロ戦。俺の国の、昔の戦闘機だ」
「正式名は零式艦上戦闘機、でしたか? 優れた運動性で大戦初期では無敵とも言われていましたが、反面として防御能力に乏しく、そもそもの工業力不足もあって大戦末期には連合軍の最新機に歯が立たなかったのですよね」
その感慨をぶった切ったのはローゼマインだった。本で読んだことがあります、と言っているローゼマインが見せているのは単純な好奇心にすぎず、語られた話の内容も浪漫もなにもあったものではない。同じ物のことを知っていても、ローゼマインにとっては物語の中の物が現実に現れたような感覚に過ぎないのだろう。それとも、女子に飛行機に魅力を感じろという方が難しいのか。
ちょうどそのとき、学院からキュルケに向けてオルドナンツが届いた。それは、オスマンからのもので、授業をサボったキュルケたちを強く叱責するものだった。それをもって翌日には学院に向けて出立することをキュルケが決定。宝探しは本当に終わりとなった。ちなみにローゼマインたちは受講義務のないお客様なので、叱責の対象には入っておらず、このときばかりはキュルケがローゼマインを恨めしそうに見ていた。
その日は、シエスタの家とローゼマインの騎獣の中に別れての宿泊となった。騎獣の中を選択したのは、ローゼマインとクラリッサ、リーゼレータとグレーティアの四人だ。彼女の側近たちにとってシエスタの家は主を宿泊させるには不足だったらしい。
その翌日、ゼロ戦をロープで作った巨大な網に載せた。網を引っ張るのは、周囲の警戒役のマティアスを除いたローゼマインとその側近たち全員だ。ローゼマインを中心に六騎の騎獣がゼロ戦を空に持ち上げる。
一方の俺たちは纏めてタバサの風竜の上だ。ローゼマインの騎獣と違ってタバサの風竜は油断をすれば落ちるため、気が抜けない。
持ち帰ったゼロ戦は学院の中庭に置かれることになった。ちなみに、そのゼロ戦に並々ならぬ興味を見せた人物がいた。それは変人教師、コルベールだった。
曾祖父がハルケギニアに来たのが60年と少し前。
それに対して、シエスタの年齢は……。