学院長のオスマンから呼び出されたわたしが学院長室で聞かされたのは、アルビオンからの宣戦布告の知らせだった。アルビオンはトリステインが親善艦隊に攻撃を加えたと言いがかりをつけ、突如として不可侵条約を無視してトリステインに攻め込んできたらしい。それと同時に、アンリエッタからわたしに協力が依頼されたことも聞かされた。
「わたくしはこの国の貴族ではございません。わたくしにトリステインの戦争に協力を求めるなど、アンリエッタ様は何を考えていらっしゃるのですか?」
別の国に来てまで王族に振り回されたくない。しかも、トリステインの国力は低く、最高位にあるのは軍務には素人もいいところのアンリエッタだ。元々、特に強い思い入れのない国であるのに、更に勝ち目のない戦争とくれば、協力しようなどという気持ちが湧くはずがない。
「姫殿下は、この短期間の間に随分と変わられたようです。聞けば、会議の場で和平を望む貴族たちに向けて、フェアベルッケンに目隠しをされている、と言い放ち、自ら近衛を率いてラ・ロシェールに出陣されたようですぞ」
オスマンに言われて、わたしは頬が引きつるのを感じた。それを言い放ったのは、元々はわたしだ。
「それにローゼマイン様に求めているのも従軍ではなく、あくまで知恵を貸してほしいということです。実を言うと、この老いぼれにまで招集がかかっておりましてな。他に実戦経験のある教員たちにも招集がかかっておるのですよ。この一戦に敗れれば国も民も蹂躙されるのだから、生徒たちを守るためにも共に戦うべし、ということらしいです」
「それは特殊なことなのですか?」
「他の者が言い出したことなら特殊とまでは言えないかもしれません。けれど、今回は他の貴族たちが対応を迷っている中で毅然と徹底抗戦を指示したようです。それも、徒に戦を仕掛けるのではなく、アルビオンがタルブを占領したという報を受けてから、和平の見込みなしと言い切ったのです。これまで周囲の貴族の言われるままに動いていた傀儡のような姫殿下が今回は己の意思で重大な決断を行った。これはどなたの影響でしょうな?」
先程のフェアベルッケンの目隠しにせよ、わたしが影響を与えたのだから責任を取れとでも言うつもりだろうか。
「それに、いずれにせよトリステインが敗れればローゼマイン様にとっても不利益が大きいのではないですかな?」
キュルケにゲルマニアの貴族への紹介の約束は取り付けているとはいえ、そのときは完全な移住までは目的としていなかった。最悪、キュルケはわたしたちを受け入れてくれるだろうが、それだけでは意味がない。わたしたちの目的はユルゲンシュミットへの帰還なのだから、ただ安穏と日々を過ごすだけでは駄目だ。
何かあれば助けに行くと、わたしはフェルディナンドと約束したのだ。それに、わたしは領主候補生としてフェルディナンドのゲドゥルリーヒであるエーレンフェストを守る責任がある。ここに、いつまでもいるわけにはいかない。
「条件がございます。トリステインの王族が保有する本と、王宮にある図書館の本すべての閲覧許可をくださいませ。それと、わたくしが貸すのは知恵といくつかの魔術の使用や魔術具の提供までとさせていただきます。わたくしの側近を前線には出しません」
「しかと、お伝えいたしましょう」
「それで双方の戦力差はどの程度なのですか?」
「敵軍は、巨艦『レキシントン』号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸せし総兵力は三千と見積もられます。わが軍の艦隊主力はすでに全滅、かき集めた兵力はわずか二千。未だ国内は戦の準備が整わず、緊急に配備できる兵はそれで精一杯のようです。しかしながら、それよりも完全に制空権を奪われたのが致命的です。敵軍は空から砲撃をくわえ、我が軍をなんなく蹴散らすでしょう」
制空権は重大な問題だ。そもそもユルゲンシュミットで平民が戦力に数えられていないのは、魔力の差もさることながら、騎獣を用いて空を飛ぶ騎士たちに平民の兵士が手を出すことさえ困難だからだ。
そして、地上の戦力についても、十分な準備の下で仕掛けてくるアルビオンと奇襲を受けたトリステインで差があるのは当然だ。兵力以上に装備の差は大きいはずだ。
「ゲルマニアから援軍は来ないのですか?」
「ゲルマニアの先陣が到着するのは三週間後のようです」
もしも自国が攻撃されたとき、三週間もかけなければ迎撃の兵が出せないようなら、その国はそのまま滅亡だろう。ゲルマニアは兵を出せないのではなく、出す気がない。
「困りましたね。まずは艦隊を何とかしなければ、まともな戦いにならないでしょう。けれども、わたくしたちの国には艦を攻撃できるような魔術も戦術もございません」
ユルゲンシュミットの戦は基本的に騎獣を用いて行うものだ。空を飛ぶ艦と戦う方法など知らない。もしもユルゲンシュミットに空を飛ぶ艦が現れたとしても、結局は騎獣で乗り込んでの白兵戦になるのが目に見えている。
「トリステインにはグリフォン隊やマンティコア隊なるものがあると聞きました。それらの戦力はどちらが上ですか?」
「アルビオンの竜騎士隊は天下無双の呼び声が高いですな」
それはトリステインの飛行兵たちでは勝てないということだろう。
「そうなると、既存の方法以外の何かが……」
そこで思い出されたのは、平賀が持ち帰った零式艦上戦闘機だ。持ち帰られた零戦は燃料をコルベールの錬金で作成してもらい飛行可能な状態になっていたはずだ。ミサイルを搭載していない第二次世界大戦時の戦闘機では艦を落とすことはできないが、竜騎士隊を退けることはできるのではないだろうか。
「オールド・オスマン、ミス・ヴァリエールの使い魔に協力を仰ぎましょう」
オスマンにルイズと平賀を呼び出してもらったわたしは、二人に向かってシエスタが滞在中のタルブの村が、アルビオン軍に襲撃されて炎上していることを告げる。
「平賀さん、シエスタを助けるためにも平賀さんが持ち帰った戦闘機の力を貸していただけないでしょうか?」
「分かった。すぐにタルブの村に向かう」
「ダメよ! 戦争しているのよ! あんた一人が行ったって、どうにもならないわ!」
「そんなことを言っている時間はないだろ!」
止めるルイズを振り切って、平賀は駆けて行こうとする。
「平賀さん、ルイズの言っていることの方が正しいです。零戦では艦を沈めることはできないことは、平賀さんでも少し想像すれば分かるでしょう?」
「じゃあ、シエスタを見捨てるっていう……」
「零戦単独では艦を沈められないからこそ、皆で協力をするのでしょう? 一人の気持ちだけではどうにもならないことは、アルビオンで体験したと思うのですけど?」
ウェールズもそれに従う貴族たちも最後まで全力で戦ったはずだ。けれど、それでも勝敗を覆すことはできなかった。
「それぞれが思い思いに戦ったところで勝つことはできません。勝つためには綿密な連携が必要です」
「ローゼマイン様はユルゲンシュミットで常勝と謳われたダンケルフェルガーに三年連続で勝利を収めました。ローゼマイン様に指揮をお任せいたせば、今回も必ずや勝利を掴めるものと存じます」
「ハルトムート、今はわたくしが話しているのです」
じろりと睨むとハルトムートは慌てて口を閉じた。わたしはハルケギニアの魔法に詳しくないし、実際の戦争で指揮を執ったこともない。
「まずは手持ちの手段を確認いたしましょう。ルイズ、オルドナンツは見たことがございますよね。これが使えるか、試してみてください」
ルイズにオルドナンツを渡し、少し離れたところで使ってもらう。幸い、オルドナンツが爆発するなどということはなく、普通に使うことができた。
「ルイズ、平賀さんの零戦に同乗して、わたくしたちとの連絡係をしてもらうことはできますか?」
「あんなオモチャに乗るの!?」
「あれは俺の世界の『武器』だ。人殺しの道具だ。オモチャなんかじゃない」
信じられないのも無理はないだろう。零戦についてはわたしの側近たちも奇妙な物体としか見ていない。側近から反対意見が出ないのは、未知のものについて、わたしが言うことには全面的に従った方がいいという妙な信頼関係のおかげだ。
「ルイズ、わたくしが保証します。平賀さんが持ち帰った『竜の羽衣』は竜にも遅れをとるものではありません」
タバサの風竜を見た限り、最高速度は零戦の方が上のはずだ。わたしが言うと、半信半疑という様子ながら、ルイズが首を縦に振ってくれた。
「マティアス、作戦を考えますよ。ハルトムートとクラリッサも意見をくださいませ」
ディッターの作戦に造詣が深い側近たちを中心にして、まずは作戦の叩き台を作る。そこにオスマンや他の教師からの知見を元に修正を加えて、わたしたちはアンリエッタに提案する作戦を作りあげていった。