わたしはアンリエッタと一緒にトリステイン軍の本陣の中から近づいてくるアルビオンの艦隊を見つめていた。
「本当に、大丈夫でしょうか?」
「わたくしたちのために力を尽くしてくれた土メイジたちを信じましょう」
わたしたちのいる建物は土メイジたちが錬金により作り出した鋼鉄の板で内部を補強されている。その中にわたしがシェツェーリアの盾を張っている。わたし個人で言うと、周囲で護衛騎士が守りについいるし、騎獣に乗っているので、そう簡単には傷を負わない。
他のトリステインの皆についても、メイジを総動員して多重の塹壕と防壁で砲撃に備えている。加えて、砲撃が始まれば風のメイジによる空気の壁も用意される。コルベールに話を聞いた限り、まだ砲弾の中に火薬を詰める段階に入ってはいないようなので、この備えでも巨大艦からの砲撃を、遠距離からという条件下ならば、かなり耐えられるはずだ。
トリステインは小国ながら歴史のある国らしい。由緒正しい貴族が揃っていて兵力比におけるメイジの数は、各国の中で一番多いとルイズも太鼓判を押していた。今回はメイジの数の優位を用いて巨大艦の砲撃に耐える作戦を取った。
けれど、それはある程度、耐えられるというだけ。被害を無にできるわけではない。
視力の強化を最大にしたわたしが見つめる先では、平賀が動きの早い敵の風竜と熾烈な空中戦を繰り広げている。その間に、アルビオン艦隊はトリステインの陣地へと着々と接近してくる。
平賀が風竜を退け、再び艦隊に接近する頃にはアルビオン艦隊は、トリステインの前線部隊が隠れる塹壕を大砲の射程に収めようとしていた。それは平賀にも理解できているのだろう。何とかアルビオン艦隊を止めようと、無理な突入を試みようとしているのが分かり、わたしは慌てて平賀を止めるオルドナンツを送るよう、マティアスに指示する。
それから少しして、ついにアルビオン艦隊による砲撃が始まった。トリステインの前線陣地で土煙があがっている。
わたしたちの予想は、良くも悪くも現実のものになった。トリステインの被害は大きくはない。けれど、確実に発生している。あの土煙の中では傷つき、命を落としている人がいると思うと心臓が嫌な鼓動を打つ。
感情を乱して魔力を暴走させるわけにはいかない。わたしは一度、窓の向こうから視線を逸らして深呼吸をする。
「アルビオン艦隊、前進を始めるようです」
ラウレンツの報告でわたしは視線を戻した。砲撃を続けている割には、トリステイン軍の動揺が少ないことに気が付いたのか、アルビオンの艦隊が前進を始めていた。前線への攻撃より一気に本陣を混乱に陥れようというつもりだろう。
味方が攻撃を受けているのを黙って見ているのは辛いだろう。わたしは平賀と一緒にいるルイズに向けて攻撃部隊の準備が整うまで絶対に早まらないように伝えるオルドナンツを送らせる。そして、そのときをじっと待つ。
平賀には、さもわたしが指示を与えるかのように言っているが、実際にタイミングを計る役割はマティアスに丸投げだ。わたしは作戦を練ったことはあるけど、集団戦闘における最適な指示のタイミングを計るような技能はない。
「そろそろでしょう」
マティアスの言葉にわたしは頷きで承認を与える。ローデリヒが魔石をオルドナンツに変えて攻撃部隊へと飛ばした。一方の平賀にはより射程ぎりぎりで牽制を続けるように指示を与えておく。
再び動きを活発化させた平賀が敵の目を水平方向に向けているうちに、地を這うように進む姿がある。トリステインの親衛隊である魔法衛士隊の一隊、元はワルドが隊長であったグリフォン隊だ。
マティアスがオルドナンツを飛ばして平賀の戦闘機にグリフォン隊と逆側に回って敵艦に奇襲部隊が気づかれないようにせよと命じる。平賀はその指示通りに機体を動かして敵の気を引こうとする。けれど、敵が平賀以外には無警戒というわけはなく、グリフォン隊はあえなく敵に気づかれてしまう。
敵艦からの砲撃を受けてグリフォン隊が四分五裂となり逃げていく。さすがに、この程度は気づかれてしまう。けれど、次の手は打ってある。
グリフォン隊が攻撃を受けているうちに、上空に船影が見えてくる。魔法で作った雲間から現れたのはトリステインの艦隊だ。遠目からでも古い船が多く、大きさでもアルビオンの艦隊に比べて遥かに劣っている。けれど、数だけは揃えた。トリステイン艦隊は上空という好位から落下速度を加えて一直線にアルビオン艦隊に向かっていく。
突入の機会を窺っていた平賀の戦闘機と、低空を飛んできたグリフォン隊に気を取られていたアルビオン艦隊は、トリステイン艦隊の発見が遅れたようだ。加えて、上空への砲門は高速で飛ぶ平賀の戦闘機への対応のため散弾が装填されていたらしく、迎撃のための砲撃も遅れが生じていた。
トリステイン艦隊はその機に一気に距離を詰める。そして、アルビオンの艦隊を目の前にして急にトリステイン艦隊は炎上を始めた。
「上手くいったようですね」
それは敵艦隊の中に無人で突っ込み、仕込まれた火薬を爆発させるという船であり、元からハルケギニアでは運用されていた戦法だ。トリステインの旧式艦では砲戦では勝ち目がない。だから、今回は邪道かもしれないが、集めた船を惜しげもなく燃やす。ちなみにこの作戦に助言を与えてくれたのは意外にもコルベールだった。
実は火の魔法のエキスパートであったコルベールは、当初は作戦への助言を渋っていた。けれども、作戦の立案ができなければ、平賀が単機で敵中で戦闘を行わなければならなくなると知ると、覚悟を決めたように助言をしてくれた。
アルビオンの艦隊が迎撃から回避に方針を変更したが、少しばかり遅かったようだ。迫りくる炎上船を避けきれず、二隻が衝突されていた。
トリステインの各船には大量の油を積み込んである。間もなく衝突された船は爆発を起こし、アルビオンが誇る戦列艦二隻が地上へと落ちていく。それを目にした地上から大きな歓声があがった。
トリステインの攻撃はそれで終わりではない。燃えながら落下していく艦の陰に隠れるように飛行していた、様々な幻獣に跨ったトリステインの部隊が飛び出していく。砲撃戦から全力回避に態勢を移していたアルビオン艦隊は有効な迎撃ができず、トリステインの部隊の斬り込みを許していた。
トリステインの部隊はアルビオンの旗艦であるレキシントン号に乗り込み、熾烈な白兵戦を展開していた。こうなっては、他の艦も砲撃はできず、少し距離を取って戦いの趨勢を見守ることしかできない様子だ。
少しすると、レキシントン号からトリステインの貴族のものと思われる幻獣がばらばらと飛び出してくる。撃退された可能性を考えて少し心配していたけど、追い出されているという雰囲気ではない。作戦が成功して退避しているのだろう。その考えを裏付けるように、ほどなくレキシントン号の内部で爆発が起こった。
騙し討ちをするアルビオンはトリステインより遥かに信用できない。心情面からも、どちらかと言えばトリステインに勝ってほしい。
そのため、わたしたちも側近を危険に晒さない範囲でトリステインに協力をすることにした。今回の爆発は、その一環として提供したコルベールとハルトムートお手製の魔術具だ。火薬の配合を行ったのがコルベールで、魔力を注ぐと三十秒後に爆発するという機能を仕込んだのがハルトムートという分担だ。
ハルケギニアの艦は木造船だ。多少の防火措置は施してあるのだろうが、内部から爆発を起こされては耐えきれるものではない。
巨大艦レキシントン号が数次の爆発を経て、ゆっくりと高度を下げていく。そして地上に激突する直前に大きな爆発とともに爆散した。メイジは艦から飛び降りても魔法で助かることもできるだろうが、平民は全滅だろう。敵とはいえ心が痛むが、手加減をしていられる余裕のある状況ではないので、仕方がない。
他に一隻がトリステイン部隊の切り込みを受けて爆発炎上している。威容を誇った十隻ものアルビオンの戦列艦は短期間で四隻の被害を出し、アルビオン軍は慌てて軍を後退させ始めた。
ひとまず敵軍を退かせることは成功した。けれど、こちらの手札は既に全て使っている。それなのに、敵にはまだ六隻もの戦列艦がある。わたしは、この戦いのトリステインの敗北を予測し、内心では大きな焦りを感じていた。