本章まで原作の事件への参加度は多めです。
ルイズの処遇
タルブ草原でアルビオン軍を相手に大勝を収めたトリステインは、ゲルマニア皇帝との婚約を破棄し、アンリエッタは改めて女王へと即位した。ゲルマニアの皇帝も、援軍を出さなかった後ろめたさと、強国アルビオンを一国にて打ち破ったトリステインとの友好維持を優先して婚約破棄を了承したらしい。
数に勝る敵軍を打ち破った王女アンリエッタは、『聖女』と崇めらることになったようだ。それを聞いたときのハルトムートの顔はフェルディナンドを彷彿とさせる底冷えのするものだった。別に『聖女』の称号はわたしが独占しているわけではない。そもそも、そのような称号はできれば返上したいくらいだけど、ハルトムートにどれだけ言っても辞めてくれないのだ。
ともかくアンリエッタの即位に伴う様々な式典がひと段落したある日、わたしはルイズと平賀とともに王宮へと向かった。同行するのはハルトムート、クラリッサ、リーゼレータに護衛騎士のマティアスとラウレンツだ。王宮へと向かうわたしの騎獣の中、ルイズは難しい表情で前を見つめていた。
「姫殿下……じゃなく陛下からの大事なお話って何なのかしら?」
「零戦で戦った平賀さんへの恩賞のお話ではないでしょうか?」
「わざわざ陛下から直々に?」
「平賀さんの働きは、それほど目覚ましいものでありましたから」
とぼけてみせたが、わたしはルイズの呼び出しの理由を知っている。アンリエッタから相談を受けて、今日のルイズの王宮への訪問について、わたしはアンリエッタに対して所感を伝えていたのだから。
王宮に着くと、わたしたちはすぐにアンリエッタの私室へと通される。ルイズが部屋の中に入ると、アンリエッタはすぐに駆け寄ってきた。
「姫さま……、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」
「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。あなたはわたくしから、最愛のおともだちを取り上げてしまうつもりなの?」
「ならばいつものように、姫さまとお呼びいたしますわ」
「そうしてちょうだい。ルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ」
アンリエッタの言葉にわたしは首を傾げる。アウブであるジルヴェスターも、ツェントであるトラオクヴァールも退屈とは無縁の忙しい生活だったはずだ。養父のジルヴェスターがお忍びと称して出歩くことができたのは、上手く仕事から逃げ出したり、他人に丸投げをしていたからだ。ということは、アンリエッタに実権はあまりないということだろう。
「アンリエッタ様、まずはこちらをお使いください」
そう言ってわたしはルイズとアンリエッタに盗聴防止の魔術具を渡す。これから先の話は漏れては一大事な秘事となるのだから。アンリエッタもまた自分で魔法を使って入念に部屋の中を調べてから盗聴防止の魔術具を握った。
「ルイズ、此度の勝利はあなたのおかげです。ありがとうございます」
ルイズがアンリエッタの顔を、はっとした表情で見つめた。表情を取り繕うことが苦手なルイズは、それだけで雄弁に心当たりがあると語ってしまっていた。
「わたくしに隠し事はしなくても結構よ。ルイズ」
「わたし、なんのことだか……」
なんとかとぼけようとするルイズから、アンリエッタは平賀へと対象を変えた。
「異国の飛行機械を操り、敵の竜騎士隊を撃滅したとか。厚く御礼を申し上げます。あなたは救国の英雄ですわ。できたらあなたを貴族にしてさしあげたいぐらいだけども、あなたに爵位をさずけるわけには参りませんの」
爵位と言われても平賀はあまりピンときていないようで、たいして喜ぶ様子を見せない。それについては、わたしにも理解できる。地位を手に入れると、それに付随して面倒も招いてしまうものだからだ。
もっとも貴族のいない日本で生まれ育ち、一度も上位者の立場になどに就いたことのない平賀にそこまで考えろということの方が無理がある。わたしがそんなことを考えている間に、アンリエッタは再びルイズに語りかけていた。
「多大な、ほんとうに多大な戦果ですわ。ルイズ・フランソワーズ。あなたと、その使い魔が成し遂げた戦果は、このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類をみないほどのものです。本来ならルイズ、あなたには領地どころか小国を与え、大公の位をあたえてもよいくらい。そして使い魔さんにも特例で爵位を授けることもできましょう」
「わ、わたしはなにも……、手柄を立てたのは使い魔で……」
「あの光はあなたなのでしょう、ルイズ。城下では奇跡の光だ、などと噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。あの光が膨れ上がった場所に、あなたたちが乗った飛行機械は飛んでいた。あれはあなたなのでしょう?」
そこまで言うと、ルイズは観念してアンリエッタからもらった水のルビーを嵌めて始祖の祈祷書を開く。そうして、始祖の祈祷書に古代文字が浮かび上がったことを語った。光はそこに記された呪文を読み上げたら発生したらしい。
「始祖の祈祷書には、『虚無』の系統と書かれておりました。それは本当でしょうか?」
「ご存知、ルイズ? 始祖ブリミルは、その三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したのです。トリステインに伝わるのがあなたの嵌めている『水のルビー』と始祖の祈祷書」
アンリエッタの言葉を聞いて、わたしは密かに驚いていた。水のルビーをアンリエッタは、アルビオンに向かうための路銀に変えるように言ったと聞いていた。それが、まさかそんな大事なものだとは思ってもみなかった。
「王家の間では、このように言い伝えられてきました。始祖の力を受け継ぐものは、王家にあらわれると」
「わたしは王族ではありませんわ」
「ルイズ、なにをおっしゃるの。ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子。なればこそ公爵家なのではありませんか」
エーレンフェストの上級貴族であるわたしのお父様も領主候補生のボニファティウスの子だから、領主の血を引いている。他にダンケルフェルガーからツェントが立ったという記録があったが、それも初代のアウブたちはツェントの血を引いていたからだったはず。おそらく、それと同じような事例なのだろう。
わたしが考えている間にアンリエッタは今度は平賀の手を取っていた。そしてルーンを見て頷いていた。
「この印は、『ガンダールヴ』の印ですね? 始祖ブリミルが用いし、呪文詠唱の時間を確保するためだけに生まれた使い魔の印」
それは、これまでに何人もが言っていたことだ。おそらく間違いないのだろう。
「これであなたに、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね?」
「どうしてですか?」
聞いてきたのは尋ねたルイズでなく平賀だった。良い方向に解釈すれば理解力の低い主をサポートするための発言だが、平賀の場合は絶対に自分がわからなかっただけだ。
「わたくしが恩賞を与えたら、ルイズの功績を白日のもとにさらしてしまうことになるでしょう。それは危険です。ルイズの持つ力は大きすぎるのです。一国でさえ、もてあますほどの力なのです。ルイズの秘密を敵が知ったら……、彼らはなんとしてでも彼女を手に入れようと躍起になるでしょう。敵の的になるのはわたくしだけで十分」
下手に力を示すと、他領からの横槍で中央神殿に入れられそうになったり、ツェントの養子にならざるをえなくなったり、本当にろくなことにならない。けれど、わたしの場合は、そのおかげでフェルディナンドに隠し部屋を与えることができ、連座回避の道も作れたのだから、一概に悪いこととも言えないのだけど。
「敵は空の上だけとは限りません。城の中にも、あなたの力を私欲のために利用しようとするものがあらわれるでしょう。だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたくしたちだけの秘密です。あなたはその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ。母は過ぎたる力は人を狂わせると申しておりました。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言いきれるでしょうか?」
「わたしは、姫さまと祖国のために、この力と体を捧げたいと常々考えておりました。そう躾けられ、そう信じて育って参りました。しかしながら、ご存知のように、わたしについた二つ名は『ゼロ』。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」
ルイズは妙な使命感にかられているようだ。確かに先のアルビオンとの戦いは、ルイズの魔法がなければ、善戦するも敗れていただろう。その自負が今は逆に危うく思える。
「しかし、そんなわたしに神は力を与えてくださいました。わたしは自分が信じるもののために、この力を使いとう存じます。それでも陛下がいらぬとおっしゃるなら。杖を陛下にお返しせねばなりません」
「わかったわルイズ。あなたは今でも……、一番のわたしのおともだち。『始祖の祈祷書』はあなたに授けましょう。しかしルイズ、これだけは約束して。決して『虚無』の使い手ということを、口外しませんように。また、みだりに使用してはなりません」
「かしこまりました」
「これをお持ちなさい。わたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む、国内外へのあらゆる場所への通行と、警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由がなければ、仕事もしにくいでしょうから」
ルイズにそう言った後、アンリエッタは今度はわたしに顔を向けた。
「同じものをローゼマイン様にも用意しました。これで戦前のお約束に応えたことになりますか?」
「ええ。ありがとう存じます」
よし、これでトリステイン内の図書館ならどこでも入館ができる。ユルゲンシュミットへの帰還にも一歩近づいたと思いたい。
「ルイズ、あなたにしか解決できない事件がもちあがったら、必ずや相談いたします。表向きは、これまでどおり魔法学院の生徒としてふるまってちょうだい。まあ言わずともあなたなら、きっとうまくやってくれるわね」
それから、アンリエッタは平賀に金貨が入っていると思われる、小さな袋を手渡した。
「これからもルイズを、わたくしの大事なおともだちをよろしくお願いしますわね。優しい使い魔さん。これは、ほんとうならあなたを『シュヴァリエ』に叙さねばならぬのに、それが適わぬ無力な女王のせめてもの感謝の気持ちです」
それからアンリエッタは、もっと大きな袋をわたしに向けて差し出してきた。それを見て平賀が目を見開いていたが、わたしが受け取ったのは側近たちの分も含んだ七人分だ。同じに考えないでほしい。
ともかく、ルイズが余計なことを言い出さないように釘を刺すことには成功した。もっともルイズも虚無の危険性は認識していたようなので杞憂だったようだけど。
ともかく懸案が一つ減ったわたしは晴れやかな気分で魔法学院へと騎獣を飛ばした。