ルイズが虚無の使い手だと判明したことで、わたしたちのユルゲンシュミットへの帰還にも一筋の光明が見えてきた。けれど、同時に早急に成し遂げなければならないこともできてしまった。それは、他国への移住の準備である。
わたしたちも一定の利益は得られているとはいえ、アンリエッタのお願いは危険すぎる。これ以上、当てにされることは避けたい。けれど、実際の移住となると、一長一短だ。
候補としては、このままトリステインに留まるという方法が一つ。その他にゲルマニア、ガリア、アルビオン、ロマリアのいずれかに移住という方法がある。けれど、アルビオンについては、はっきり言って論外。そして、それはロマリアについても同様だ。
ロマリアはこのハルケギニアで広く信仰されているブリミル教という宗教の最高権威である教皇と宗教庁を有しているという。地球の歴史を考えても、この手の宗教権威が異教の信仰者に対して排除に動くことは想像に難くない。
わたしたちはユルゲンシュミットの神々の存在を普通に信じてしまっている。ブリミル教徒として振る舞っても、どこかでぼろが出る可能性が高い。わたしたちに限定するならば、ある意味アルビオン以上に最悪な場所だと思う。
そうなると結局は関係の深いトリステイン、ゲルマニア、ガリアの三択になる。けれど、この中でどこがいいかという判断が難しいのだ。
まずトリステインはアンリエッタから許可を得ているので国内ではかなり自由に動くことができる。各地の書物も調査という建前を使って読み放題だ。けれど、付随する面倒としてアンリエッタのお願いが舞い込んでくる可能性がある。
次にゲルマニアはある程度の自由は得られる反面、研究面では制限がある。キュルケの実家は経済力はかなり高いものの、他の貴族が所有している本や国が保有する書物の閲覧はできない可能性が高いからだ。そして、トリステインと友好国であるため、アンリエッタから要請によってゲルマニア皇帝が動くという可能性を完全に排除することはできない。
最後のガリアは、引きこもっているだけなら安全だと思う。けれど、下手に外に出て存在をガリア王に知られてしまうと、非常に危うい。タバサの実家であるオルレアン家はガリア王家の陰謀で没落させられたという。そのオルレアン家が貴族を複数、囲い込んだとなると、謀反の可能性を疑われ、下手をすればそのまま刺客を放たれてしまうだろう。
「ユルゲンシュミットへの帰還の方法を探るという点ではトリステインが一番だと思うのですけど……」
「肝心のアンリエッタ様があの様子では、危険も大きいでしょうからね」
わたしの呟きに、ハルトムートが渋い顔で意見を述べる。ルイズに虚無の危険性を説いて自らも力に溺れる可能性を考えていた姿勢は素晴らしいものだと思う。けれど、いざ開戦となり、更にルイズの虚無が使えないとわかったときにも同じ考えでいられるか。逆に優秀な為政者であればあるほど、使えるものを使おうとするのではないだろうか。
「移動すべきかを判断するためにも、早急にルイズにサモン・サーヴァントを行使してもらう必要があるのではないでしょうか?」
そう進言してきたのはクラリッサだ。
「そうですね、少し気持ちが整うのを待って、勧めてみようと思います」
ルイズと平賀は、なんだかんだで、あの二人なりに関係を作っているように見える。上手くいっている関係に異物を入れることで、関係が悪化する可能性については、わたしも過去に苦慮したことがある。身分の低いダームエルと上手く付き合っていける相手に側近を限定したのはわたしだ。だから、ルイズの気持ちもわかる。
けれど、一方で今の帰還についての手がかりが何もない状態が続くことも許容できない。勝手だけど、いずれはルイズにサモン・サーヴァントを試してもらわねばならないのだ。
「ひとまず、判断を誤らないように各国の情勢は入念に探らないとなりませんが……」
「トリステインとゲルマニアはともかく、ガリアの情報を得にくいのが難点です。そして何よりアルビオンの情報をどのように得ていくかが問題ですね」
ハルトムートの言う通り、自国内とはいえタバサは自由に動き回ることができないため、ガリアの情報は得にくい。そして、トリステインとゲルマニアの運命を左右するアルビオンの動きを得るのは、とにかく難しい。
「民間の交易までは停止されてはいないのですよね。ラ・ロシェールを発着する船から情報を得られないでしょうか?」
「発着する船からですか?」
どのような情報を得られるのか理解できないという風にローデリヒが首を傾げる。
「一番は船主にどのような品を取引したかの質問でしょうね。その他に船の数からでも何かを掴めるかもしれませんが、これについては、これまでの戦いでどのくらいの船が失われたかにもよるかもしれませんね」
「それで、どのような情報を得られるのでしょうか?」
わたしに聞いてきたのはグレーティアだ。側仕えもお茶会の下準備などで情報収集の腕は要求される。見当がつかないことを恥じているように見えた。
けれど、それも仕方がないことだろう。そもそもユルゲンシュミットの貴族は平民から情報を収集することに慣れていない。それに加えて、今回はユルゲンシュミットとの違いが顕著に出る場面だからだ。
「ハルトムートなら少しは理解できているかもしれませんが、貴族と違って平民が移動するのには、色々と準備が必要なのです」
ユルゲンシュミットの貴族であれば騎獣を使えば目的地に短時間で移動できる。そのため婚姻に伴う領地の移動などでない、本人の身一つでの移動ならばそれほどの準備は必要ない。けれど、平民はそうではない。
「移動にもそれなりの日数がかかりますし、それに伴って用意する食料や衣類なども多くなります。ましてや多くの物資を消費する行軍となれば、必要な物資の量は莫大なものとなります。このハルケギニアでは貴族だけでなく、平民の兵士も多数動員して戦に臨むのは、先のトリステインとアルビオンの戦いでも見ていたでしょう?」
「つまり、アルビオンが戦争を仕掛けてくる前には、人や物資の移動が活発になるということでしょうか?」
「その通りです、ローデリヒ。実際、アルビオンで立ち寄ったダータルネスでは、多くの品が活発に取引されていたと言っていたではありませんか」
わたしの言葉に、ローデリヒはキュルケと訪れたダータルネスの様子を思い出そうとする仕草を見せた。わたしは直接は見ていないが、大きな港町なら、さぞ活気に満ちていたことだろう。それこそ、貴族街出身のローデリヒには別世界のように感じられたはずだ。
「確かに賑やかな様子でした」
言葉と裏腹に浮かない表情をしているのは、その活気がアルビオン王家と最後まで忠誠を尽くした貴族たちの命を奪う準備によるものだったと気づいたためだろう。
「しばらく大きな戦いなど起こらないとよいですね」
そして、わたしもトリステインとアルビオンの一戦を思い出していた。結果としては大勝を収めたといっていいトリステインだけど、やはりそれなりの犠牲者は出ているのだ。
エーレンフェストでも旧ヴェローニカ派の粛清の他、貴族院での襲撃などで多くの人の命が失われた。そして、ハルケギニアでも戦争が起きて多くの命が失われた。皆が笑って暮らしていくことができればいいのに、現実は思うようにならない。
「ともかくラ・ロシェールの船の出入りを観測することで、ある程度の推測ができるかもしれません。もしくは実際に交易でアルビオンに船を派遣することができれば、そこから多くの情報を得られそうですね」
「そうなると、キュルケの実家に正式に商会を立ち上げさせた方がよいでしょうか?」
「ええ、そうですね。キュルケに提案してみることにいたしましょう」
キュルケならば信頼ができるので、これまでは控えてきた現物以外の知識の売買などもできると思う。そうしてツェルプストー家の影響力が増せば、ゲルマニアに移った際の障壁が少し低くなるはずだ。
こうして、わたしたちはキュルケの実家に立ち上げを提案する商会について、この日から話し合いを重ねていった。