あたしは今、ローゼマインから妙な提案をされていた。それはフォン・ツェルプストー家に劇団を主宰する気はないかという提案だった。
「どうして、ツェルプストーが劇団を所有という話になったの?」
「わたくしはこれまで魔術具の売買のみ行っていましたが、わたくしがエーレンフェストで得意としていたのは平民と共同で行う事業だったのです。けれど、知識の売買は信頼関係がなければ成立しないため、これまでは行えていませんでした。ですが、キュルケとなら問題なく商売ができると思ったのです」
「平民と共同で商売というのは分かったけど、それで何で選択したのが劇団なの?」
そう聞いたあたしに、ローゼマインはトリスタニアでは今、タニアリージュ・ロワイヤル座という劇場で行われている演劇が評判だと言ってきた。その劇を見て、ローゼマインは自分たちがユルゲンシュミットで出版してきた本に載せた物語を手直しして上演することを思いついたようだ。
「わたくしが貴族院で集めに集めた物語の中から、ハルケギニアの文化でも違和感がないものを選び、ここにいるローデリヒが物語を手直しして、それをハルケギニアの流行に詳しい者の手で校閲を行えば、評判は間違いなしです」
「興奮しているところ悪いんだけど、それって劇団を主宰する理由にはならないわよね」
「劇団を主宰する理由としては、先に挙げた理由が一番です。要するに儲かりそうだから、ということですね。けれど、無論、それ以外の理由もございます。一番は、各国を巡業する劇団を創設すれば、他国の情報が得やすいということですね」
確かに日常的に他国と行き来する商人たちは、それぞれが独自の情報網を持っていることが多い。それに倣って、情報を得られる当てがないのなら、作ってしまえということだろうか。相変わらずローゼマインは発想が突飛だ。
「ちなみにローゼマインが集めた物語ってどういうものなの?」
「そうですね。トリスタニアでの客層を考えると、やはり恋物語がよいでしょうね」
そう言ってローゼマインはいくつかの物語の粗筋をそれぞれ五分ほどで話してくれる。その中で、あたしが気に入ったのは何度敗れようとも立ち上がり、最後には意中の相手を射止める騎士の話だった。けれど、あたしが気に入った話を伝えるとローゼマインはなぜか微妙な表情をした。
「何か問題があった? どことなくサイトを連想できて、いい話じゃない」
「これはダンケルフェルガーという領地のお話で、虚弱なわたくしでは熱量が多すぎて少しついていくのが難しいのです」
「あら、情熱的でいいじゃないの」
とはいえ、ローゼマインの恋愛面での成長が年齢でなく外見相応の発育途中の段階であるならば、このような反応も仕方ないのかもしれない。
「ところで、上演する演劇の案はたくさんあるとしても、劇団を運営する方法なんてあたしにはわからないわよ」
「わたくしも、劇団を運営する方法については存じません」
勧めてきたのはローゼマインではなかったか。驚いたあたしが顔を見ると、ローゼマインは僅かに肩をすくめて見せた。
「自分たちが詳しくないのなら、詳しい方に知恵を借りればよいのです。実際にアルビオンでは採掘技師のエイバルの力を借りて素材の採取を行ったではありませんか」
そう言われればそうだ。けれど、一回限りの取引であったエイバルと違って、劇団を運営する能力がある人を、完全に引き抜かなければならない。当てはあるのだろうか。あたしの懸念が通じたのか、ローゼマインはにこりと笑って続けてきた。
「実は話題に出たタニアリージュ・ロワイヤル座ですけど、何やら劇団内で揉め事があったらしく、支配人が離れたようなのです」
「それは本当なの?」
「ええ、確かな情報です。当人にも接触して、打診だけはしてあります。ローデリヒの感触では、なかなかの好感触だったようですよ」
すでに相手とは一度、面会をしていて興味の有無までは尋ねていたらしい。あたしの所に話を持ってくる時点で、実は用意万端だったということだろうか。
「けれども、支配人だけでは劇団は成り立ちません。演者が揃わなければ何もできませんし、楽師がいなければ、どれだけ演者が熱を込めようとも盛り上がりに欠けることになりますから。そこをキュルケの伝手で何とかできないかと思いまして」
「そう言われても、あたしに演劇関係に知り合いはいないわよ」
「キュルケが知らずとも、どなたかそういった関係者を抱えているか、伝手のある貴族に心当たりはございませんか?」
「そう言われてもね……」
ゲルマニアでは演劇はそれほど盛んではない。演劇関係なら、むしろトリステインの方が盛んなくらいだ。と、そこで一人の顔が頭に浮かんだ。
「あたしには心当たりはいないわね。そういうことなら、むしろトリステインの貴族であるルイズの方が詳しいんじゃないかしら」
「そうかもしれませんね。では、一緒に尋ねてみましょうか?」
「え? あたしも一緒に?」
ルイズとはアルビオンへの同行などで、少しは関係が改善した。とはいえ、そこは昔から因縁の深い両家の間。やはり、まだまだ気安い関係とはいかない。
「実際に劇団を主宰していただくのはツェルプストー家になるのです。キュルケは本当に話を聞いておかなくてよいのですか?」
そう言われてしまうと、ローゼマインだけで行ってきて、とは言えない。そもそも劇団を諦めればよいのでは、という言葉を飲み込み、あたしはルイズの部屋へと向かった。
「ハルケギニアでは他者の部屋を訪ねるのに、面会予約を取らなくてよいので、話が早く進むのはよいことですね」
何と言って協力を要請するか、あたしの足取りは少し重いというのに、ローゼマインは呑気にそんなことを言っている。足取りは重いと言っても女子寮の中のこと。すぐに目的地であるルイズの部屋に到着した。ノックをして、中からの誰何の声に答えると、ルイズは不審げな顔ながら扉を開いた。
「あら、ローゼマインもいたのね。今日は一体どうしたの?」
「それが、ローゼマインが劇団を主宰したいって言ってきてね。トリステインの公爵家であるルイズの家なら演者や楽師に心当たりがあるんじゃないかと思って」
あたしの言葉を聞いたルイズが顔をひきつらせた。
「と、当然、知っているに決まっているでしょう。演者や楽師なんて余り過ぎててどうしようか困っていたところよ」
これは見栄を張っているだけだ。そう一瞬で理解できた。
「ねえ、ルイズ。演者が余るって、どういう状況よ」
「え!? ええと……そう、舞台の数が足りないのよ」
「上演回数を増やせばいいんじゃないの?」
「上演回数は、もう一杯になってるのよ」
なんだか、見栄を張るにしても内容が下手すぎる気がする。
「ねえ、もしかして貴女、芝居を見たことがないの?」
「そんなわけないじゃない。ちゃんと見たことがあるわよ」
「何回?」
「に……二回……」
ふむふむ、一回しか見たことがないけど、少しだけ見栄を張って二回と言ったと。
「ローゼマイン、あたしの人選ミスだったわ。他を当たりましょう」
「待って、本当に心当たりはあるから」
「本当に?」
「ええ、わたしはあまり詳しくないけど、姉さまなら知っているはずだわ」
ルイズには姉がいたらしい。サイトへの接し方から、どちらかと言うとルイズが姉の方だと思っていたが、違ったようだ。
「それで、お姉さんはどんな伝手があるの?」
「わたしの姉さまは身体が弱くて外で活発に活動できない分……ん、ちょっと待って、どうしてわたしがツェルプストーに協力しなければいけないのよ!」
あ、それに気付いちゃったか。
「あたしへの協力じゃないわ。むしろトリステインのための協力よ」
「トリステインのため?」
「そうよ。ローゼマインは主宰した劇団をアルビオンでも公演させて情報を得ようとしているのよ。そうして、港の軍艦に多くの兵士が乗り込んでいるという情報を事前に掴められれば、前回のように奇襲を受けることもないでしょう」
そう言うとルイズは考え込んだ。前回の奇襲でトリステインの空軍は大変な損害を受けたと聞いている。ルイズとしても奇襲を察知するというのは優先度の高い事柄だろう。
「わかったわ。姉さまに手紙を書いてみる」
ちなみに、そう聞いたときに上手くいったことを喜ぶより先に思ったのが、ルイズって自前のオルドナンツを持っていないんだ、というどうでもいいことだったあたり、あたしは随分とオルドナンツに慣らされてしまったらしい。
とりあえず今回の件が上手く事が運んだなら、謝礼としてオルドナンツを贈ってもいいかもしれない。そんなことを考えながら、あたしはルイズの部屋をあとにした。
原作副題が使えないと気づくのが遅い。