ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

59 / 101
アンリエッタを追って

「さきほど、女王陛下が何者かによってかどわかされました。警護のものを蹴散らし、馬で駆け去った賊を追跡するため、お手持ちのオルドナンツを全て譲っていただきたい」

 

わたしのもとに、王宮からそんなオルドナンツが飛んできたのはルイズと一緒に訪問をしてから数日後の、深夜のことだった。急ぎ起きだしてきたリーゼレータに手早く衣装を改めてもらい、わたしは側近たちを部屋に召集した。簡単に事情を説明して、申し出を受けるべきか相談する。

 

「断る、ということは難しいでしょうね。アンリエッタ様の捜索に非協力的な態度を示すならば、今すぐにでもここを立たねばなりません」

 

ハルトムートの意見にわたしは大きく頷いた。

 

「ハルトムートの言う通りでしょうね。今のアンリエッタ様は救国の英雄として国民から慕われています。わたくしたちの協力がなかったから、彼女の命が失われたなどと言われては堪りません」

 

協力しても責任を押し付けられる可能性はあるが、何もしないよりはましなはずだ。それにゲルマニアにとっても今のアンリエッタはトリステインの纏め役として重要な人物だ。移住を考えているキュルケの実家がトリステインと国境を接している以上、トリステインの混乱は余波を避けられない。アンリエッタの奪還はわたしにとっても価値が高い。

 

「皆、申し訳ございませんが急ぎ支度を整えてくださいませ」

 

わたしは救出にも助力する旨を吹き込んだオルドナンツを飛ばし、側近たちは慌ただしく出立の用意を始めた。今回は戦闘になる可能性が高いので、同行をするのはマティアスとラウレンツの護衛騎士二名に、上級貴族のハルトムートとクラリッサの四人だ。そのうち、用意の音に気付いたキュルケ、タバサ、ルイズの三人も起きだしてきて、わたしたちと一緒に王宮に向かうと言ってきた。

 

正直、アンリエッタに忠誠を誓うルイズは無茶をしそうで連れていきたくなかいが、置いていくにも素直に頷いてくれるとも思えない。しぶしぶ三人と平賀を騎獣に乗せて、わたしはトリステインの王宮へと飛び立った。

 

三十分ほどで王宮まで駆け、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっている王宮の中庭に騎獣を降ろす。すると、すぐに新しいグリフォン隊の隊長が駆け寄ってきた。

 

「ローゼマイン様、グリフォン隊の隊長を拝命しておりますフルーランスと申します。この度は女王陛下の救出にご協力いただけるとのこと、感謝に堪えません」

 

「挨拶は結構です。女王陛下をさらった賊の行方に宛てはございますか?」

 

「賊は街道を南下しております。どうやら、ラ・ロシェールの方面に向かっているようです。間違いなくアルビオンの手のものと思われます。ただちに近隣の警戒と港を封鎖する命令を出しましたが……。先の戦で竜騎士隊がほぼ全滅しております。ヒポグリフと馬の足で賊に追いつければよいのですが……」

 

「でしたら、わたくしの騎獣で追いましょう。フルーランス様は十名ほどを選抜して、急ぎわたくしの騎獣に乗ってくださいませ」

 

「恐れ入ります」

 

竜騎士隊に続いてヒポグリフ隊もすでに発ったとなると、ここにいる中では、わたしの騎獣が最も速い。わたしは大きくした騎獣にフルーランスが選抜した十名の魔法衛士隊の隊員たちを乗せて飛び立った。

 

まずはアンリエッタを連れた賊の向かった方角を確認するため、オルドナンツを飛ばす。羽ばたいた鳥はフルーランスが言った通り、南へと向かった。

 

オルドナンツは相手のおおよその位置を知ることができるという特徴がある。欠点として敵にもわたしたちが捜索をしていることを知らせてしまうことになるけど、害意があるなら、誘拐でなく殺害をしているはずなので、今回はそれほど問題はないだろう。

 

前方をラウレンツ、後方をマティアス、真下をハルトムートに守られながら、わたしは騎獣を南に進める。クラリッサは定位置となりかけている助手席だ。一時間ほど南に飛行して、再びオルドナンツを飛ばす。オルドナンツの向かった方角から、賊はなおも街道を進んでいると確信する。

 

「オルドナンツから逃れられないと敵も知っているのでしょう。それならば街道を進んだ方がよいと判断したのではないでしょうか?」

 

賊はわたしたちが何個のオルドナンツを持っているかは知らないはずだ。だから、行方を掴まれるのを前提に行動している。けれど、わたしはそれほどたくさんのオルドナンツを使うつもりはない。側近のをかき集めれば十個以上はあったけど、今回、わたしが持ってきたのは三個だけだ。

 

オルドナンツはわたしたちにも必要なものだ。材料を採取すれば補充することはできるとはいえ、ハルケギニアの材料で作ったオルドナンツの使用回数に制限がないかなど、実は調べきれていないのだ。ユルゲンシュミットで作った価値の高いオルドナンツはそうそう使いたくない。

 

夜明け前の街道を南下し続けていると、黒々とした何かが前方に見えてくる。キュルケがすかさず炎の球を前方に発射した。

 

見えてきたのは、無残な姿に変わり果てたヒポグリフ隊の姿だった。焼け焦げた死体や、手足がバラバラにもがれた死体が街道上に転がっている。血を吐いて倒れたヒポグリフも何匹も倒れている。

 

「フルーランス様、ハルトムートの騎獣で下に降りて生存者がいないか確認してくださいませ。マティアスはわたくしを、ラウレンツはフルーランス様を護衛してください」

 

わたしたちはヒポグリフ隊の隊員の顔を知らない。敵が負傷者のふりをして倒れていないか確認するためにはフルーランスの助力が必要だ。

 

フルーランスが息のある者がいないか確認する中、ハルトムートはシュタープを出して負傷者が急に起きだして攻撃してこないか警戒する。その間、ラウレンツは騎獣に乗ったまま油断なく周囲を見回す。わたしはその間、上空で待機だ。少し待っているとオルドナンツが飛んできて、クラリッサの腕に止まる。

 

「生存者がいました。ヒポグリフ隊の隊員で間違いないようです。深い傷を負っているようですので、お手数ですがローゼマイン様のお力をお貸しいただけますか?」

 

「すぐに向かいます、とお答えしてくださいませ」

 

クラリッサが隣でハルトムートへの伝言を吹き込んでいる中、わたしはハルトムートのシュタープの光を目指して騎獣を降下させる。けれど、騎獣が地面に降りるという瞬間に、四方八方から魔法が飛んできた。奇襲を予想していたタバサとフルーランスは空気の壁で、マティアスとラウレンツが盾で魔法を防ぐ。その間にわたしは祝詞を唱える。

 

「守りを司る風の女神シュツェーリアよ。側に仕える眷属たる十二の女神よ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。害意持つものを近付けぬ風の盾を、我が手に」

 

完成した盾の中で一息ついたわたしは、続いてフリュートレーネの杖を作り出した。生存者もかなりの重傷のはずだ。早く癒してあげないと、助からなくなるかもしれない。幸か不幸か、貴族院二年生時の卒業式での襲撃やダールドルフ子爵夫人による聖典の盗難の一件でわたしも随分と血に慣れてしまったようだ。悲惨な光景の中でも淀みなく祝詞を唱えられるようになった。

 

「水の女神フリュートレーネの眷属たる癒しの女神ルングシュメールよ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。ゲドゥルリーヒのために戦い、負傷した者を癒す力を我が手に。御身に捧ぐは聖なる調べ。至上の波紋を投げかけて清らかなる御加護を賜わらん」

 

緑の祝福の光が風の盾の中を覆う。光が収まる頃には三人の衛士が身体を起こしていた。逆に言うと、十数人いると思われた倒れていた人のうち、三人しか助からなかったということだ。

 

少しすると、敵の攻撃が止んだ。わたしの風の盾を突破することを諦めたのかと思っていたら、草むらからゆらりと影が立ち上がった。その中にウェールズの姿があった。やはり、クロムウェルは『アンドバリ』の指輪でレコンキスタの戦力を強化していたようだ。事情が理解できていない周囲の皆に、わたしは水の精霊から聞いた『アンドバリ』の指輪の力を伝える。

 

「ウェールズ様、アンリエッタ様を返してもらいますよ」

 

「ローゼマイン嬢はおかしなことを言いますね。返すもなにも、彼女は彼女の意思で、ぼくにつきしたがっているのですよ」

 

その言葉の通りにウェールズの後ろから、ガウン姿のアンリエッタがあらわれる。

 

「姫さま、こちらにいらしてくださいな! そのウェールズ皇太子は、ウェールズさまではありません! クロムウェルの持つ『アンドバリ』の指輪というマジックアイテムで蘇った皇太子の亡霊です」

 

ルイズが叫ぶが、アンリエッタは足を踏み出さない。

 

「見てのとおりだ。さて、取引といこうじゃないか。ここできみたちとやりあってもいいが、ぼくたちはヒポグリフ隊との戦いで馬を失ってしまった。朝までに馬を調達しなくてはいけないし、道中危険もあるだろう。魔法はなるべく温存したい」

 

そう語るウェールズの隙を突き、タバサが得意の『ウィンディ・アイシクル』で攻撃する。何本もの氷の矢がウェールズの体を貫いた。しかし、ウェールズは倒れず、それどころか傷口が見る間にふさがっていく。

 

「見たでしょう! それは王子じゃないわ! 別のなにかなのよ! 姫さま!」

 

「お願いよ、ルイズ。杖をおさめてちょうだい。わたしたちを、行かせてちょうだい」

 

「何をおっしゃるの! 姫さま! それはウェールズ皇太子じゃないのですよ! 姫さまは騙されているんだわ!」

 

説得を試みるルイズに対して、アンリエッタはにっこりと笑った。

 

「そんなことは知ってるわ。でも、それでもわたしはかまわない。ルイズ、あなたは人を好きになったことがないのね。本気で好きになったら、何もかもを捨てても、ついて行きたいと思うものよ。嘘かもしれなくても、信じざるをえないものよ。わたしは誓ったのよルイズ。かつてラグドリアン湖で水の精霊の前で誓約の言葉を口にしたの。『ウェールズさまに変わらぬ愛を誓います』と。世のすべてに嘘をついても、自分の気持ちには嘘はつけないわ」

 

「そのお気持ちは、国や民の命すべてよりも優先されるべきものですか?」

 

わたしの問いにアンリエッタは逡巡を見せながらも頷いた。

 

「アンリエッタ様を救出するために追いかけ、ヒポグリフ隊の者たちは散っていきました。彼らにも家族がいたでしょう。愛する夫を、子を、兄を失った遺族の前でも、アンリエッタ様は同じ言葉を言えますか?」

 

「ええ、わたしは、ウェールズさま以外のすべてを捨てましたから」

 

口ではそう言いながらも、アンリエッタの視線は、呆然としているフルーランスたちを避けている。さすがに後ろめたくはあるようだ。

 

「ルイズ・フランソワーズ。わたしのあなたに対する、最後の命令よ。道をあけなさい」

 

「アンリエッタ様はご自身で王族としての責任を放棄しておいて、ルイズ様には王族として命令をする。シュラートラウムの訪れにはまだ早いのではございませんか?」

 

寝言は寝てから言え、という意味だけど、アンリエッタは理解できていないようだ。それはそうだねと思うが、咄嗟に口をついて出る言葉がユルゲンシュミット式の婉曲表現となる辺りいつの間にかわたしも貴族文化に馴染んでしまっていたようだ。

 

「姫さま。恋も、愛もしらねえ、女とまともにつきあったことのない俺にだって、そんなのは愛でもなんでもねえことぐれえはわかる。それはただの盲目だ。頭に血がのぼってワケがわからなくなってるだけだ」

 

わたしたちの言葉を聞いていた平賀が怒りに肩を震わせながら言った。

 

「どきなさい。これは命令よ」

 

「あいにく、俺はあんたの部下でもなんでもねえ。それに、ローゼマインが言ったとおり、あんたは王族の責任を放棄したんだろ。命令なんかきけねえよ。どうしても行くって言うんなら……、しかたねえ。俺はあんたをたたっ斬る」

 

その後、一番初めに動いたのはウェールズだった。

 

「相棒、奴ら逃げるつもりだぜ!」

 

ウェールズの呪文を聞いたデルフリンガーからのアドバイスを受け、平賀はわたしの盾を出てウェールズに飛びかかる。しかし、平賀は水の壁によって吹き飛ばされた。

 

「ウェールズさまには、指一本たりとも触れさせないわ」

 

水の壁は平賀を押しつぶすかのように動く、しかし、次の瞬間アンリエッタの前の空間が爆発する。爆風でアンリエッタが吹き飛び、平賀への魔法は効果を失った。

 

「姫さまといえども、わたしの使い魔には指一本たりとも触れさせませんわ」

 

いつの間にか、平賀を追ってルイズも盾の外に出ていた。これで二人はアンリエッタとの敵対が確定した。さて、わたしたちはどう動くべきか。アンリエッタがアルビオンに付けば、トリステインの動揺は激しいものになる。けれど、わたしたちが独断でアンリエッタと戦うのもよくない。わたしはフルーランスに視線を向ける。

 

「フルーランス様、たとえお体を傷つけることになっててもアンリエッタ様の出奔を止めるか、このまま行かせるか、フルーランス様はどちらがよいとお考えですか?」

 

フルーランスはしばし黙考した後、顔をあげた。

 

「アンリエッタ様は敵の魔法で正気を失われているようだ。皆、ウェールズ皇太子の亡霊を討ち、アンリエッタ様を救出せよ」

 

フルーランスの言葉を聞いて、わたしの盾の中で散開していた魔法衛士隊がばたばたと外に駆け出る。キュルケとタバサも臨戦態勢を取る。

 

激しい戦いが、始まろうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。