今日の昼過ぎにローゼマインという名の異国のお嬢様を召喚して以来、あたしは驚かされっぱなしだ。それはトリステイン魔法学院のアルヴィーズの食堂での夕食を取っている今も継続している。
初めは何てことのない会話を普通に楽しんでいた。アルヴィーズというのが壁際に並んだ小人の彫像の名前で、夜中に踊るのだと説明すると、むしろローゼマインの方が驚いていたのだ。
その後の食前の挨拶では、またしても文化の違いを感じさせられた。ハルケギニア……というかトリステインでは、食前の祈りは、偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ、今夜もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします、だ。
それに対してユルゲンシュミット式の挨拶は、両手を胸の前で交差して、幾千幾万の命を我々の糧としてお恵み下さる高く亭亭たる大空を司る最高神、広く浩浩たる大地を司る五柱の大神、神々の御心に感謝と祈りを捧げ、この食事を頂きます、だった。最初の挨拶の時にも感じたことだが、ユルゲンシュミット式は基本的に挨拶等が長ったらしいようだ。
けれど、そんな発見など極めて些細なことだった。真に驚いたのは食事の仕方だった。
全ての生徒が食事をしている最中、リーゼレータは最初に一口だけ料理を切り分けて口にした。それが毒見であることはなんとなく理解でき、ローゼマインは毒殺を警戒しなければならない身分なのだと改めて衝撃を受けた。
そんなあたしのことなど気にすることなく、その後リーゼレータはローゼマインのために側に付き、かいがいしく給仕をする。無論、給仕の間は何も口にしない。
一方の給仕を受けているローゼマインはというと、汚してしまいそうな長い袖の衣服にもかかわらず優雅に食事を進めていく。音もたてずに料理を切り分け、気品を感じる仕草で口に運ぶ姿は見習わなければと思うものだ。
けれど、やはり何も口にしないリーゼレータが気になって仕方がない。貴族に対して行うには有り得ない粗雑な扱いに、あたしはローゼマインに注意をすることにした。
「ミス・ローゼマイン、さすがに従者の扱いが酷すぎるんじゃない?」
「わたくしのことはローゼマインとお呼びくださいませ。先ほどから聞こえてきた周囲の会話から察するに、学院生同士はそのように呼び合っているのでしょう?」
「分かったわ。じゃあ、あたしのこともキュルケでいいわよ」
「分かりました、キュルケ。それでリーゼレータの待遇についてですね。今日の夕食の様子を見ていて、少なくとも学院内では給仕を受けずに食事をするものということは分かりました。けれど、ユルゲンシュミットでは貴族は給仕を受けて食事をすることが一般的です。そして、給仕は側仕えの重要な仕事です。ただでさえ、慣れない土地の中にいるのですもの。慣れた仕事をしている方がリーゼレータにとっても良いと判断しました」
確かに慣れない環境の中では、できるだけ普段通りというのは大切かもしれない。そして、ユルゲンシュミットでは当たり前のことなのであれば、リーゼレータは何とも思っていないのだろう。
「本当にローゼマインたちは全く違う国から来たのね。あたしたちの国同士の違いなんて些細なものだと思い知ったわ」
「そのように仰られるということは、ここにはトリステイン以外にも複数の国があるということですか?」
「そもそもあたしはトリステインじゃなくて隣国のゲルマニアの貴族よ」
そう言うと、ローゼマインは驚いた様子を見せた。
「ユルゲンシュミットは国内に複数の領地があるのですが、どの領地も他領に出す情報は厳選していました。このように国すら異なる貴族が共に学ぶというのは考えたこともありませんでした」
もう少し話を聞くと、ローゼマインは他国どころか、他の領地についても中央にある貴族院という場所以外には行ったことがないという話だった。
貴族院はユルゲンシュミット中の貴族が集まって貴族として必要なことを学ぶようだ。そこでは各学年三百人もの貴族が学んでいるとローゼマインは言った。
「各学年三百人……ここの三倍以上ね」
トリステイン魔法学院は各学年九十人ほど。それでも、これだけ広大な敷地が必要なのだ。ユルゲンシュミットの貴族院がどのくらいの大きいのか、あたしには想像できない。
「それに加えて、学生たちはそれぞれ一人、成人の側仕えを連れて行きますから、貴族院の領は大所帯になるのです」
リーゼレータもローゼマインの成人の側仕えとして貴族院に行くところだったらしい。そこでローゼマインのいた領地から貴族院に向かうために転移陣というものに乗ったが、気づいたらここにいたらしい。
「ごめんなさい、私のせいで」
「キュルケを責めても仕方がありません。それよりもわたくしがユルゲンシュミットに帰るための研究に力を貸してくださると助かります」
もっと感情的に怒ってもよさそうなのに、ローゼマインはあくまで理性的に振舞う。それに感心すると共に、あたしはその前にローゼマインが言った、ある言葉が気になった。
「ところで、転移陣って何なの。言葉からすると、非常に便利そうなもののような気がするんだけど」
「おそらくキュルケが想像したもので大きな差はないのではないかしら。転移陣とは遠くの場所に人や物を運ぶものです」
「すごいじゃない。それじゃ、例えばあたしがゲルマニアに一瞬で帰ることも可能ってことなの?」
「有効距離があるのかは、わたくしも存じませんので確かなことは言えませんが、可能なのではないでしょうか。けれど、そもそもわたくしは転移陣の作り方を存じませんよ」
それでは、ハルケギニアで転移陣を使うことはできない。ものすごく画期的な技術だというのに残念だ。
がっかりと息を吐いたところで、一つ気になることができた。それは、ローゼマインが飲んでいるお茶についてだ。トリステインとゲルマニアでも茶葉は異なる。茶葉が異なれば淹れ方も異なるものだ。ユルゲンシュミットとであれば、その差はもっと大きいはず。
けれど、リーゼレータが淹れたお茶はハルケギニアのものだ。幾ら何でも初めて見る茶葉で適切にお茶を淹れられるとは思えない。それに料理についてもローゼマインに、どの料理を取るといいかリーゼレータはアドバイスをしていたように見えた。
「ねえ、リーゼレータはいつの間にハルケギニアのお料理やお茶について学んだの?」
「お食事の時間の前に厨房に赴いてお料理や茶葉について質問をしていたようですよ」
「こちらのお料理については作法なども分かりませんから。ローゼマイン様が恥をかかないように事前に調査をするのは、側仕えとして当然のことです」
リーゼレータはそう言って、こちらも優雅に料理を口に運んでいる。その遣り取りだけで、リーゼレータが側仕えという仕事に誇りを持っていることが分かる。そして、貴族が務める側仕えというものが、ただの従者でないことも。ただの従者なら厨房に赴いて事前に食事のマナーや茶葉の淹れ方を学んだりしない。
「ローゼマインの国の貴族は、全員が貴族院で側仕えとしての技能を学んでいるの?」
「全員ではありません。わたくしたちの国の貴族院では二年生まで共通コースで学んだ後、三年生から主に側仕え、護衛騎士、文官の三つのコースに分かれるのです。わたくしは文官コースを選んでいますので、側仕えとしての技能はありません」
護衛騎士と文官なら、あたしにもだいたいの役割は想像できる。
「確かに上位の貴族なら側仕えや護衛騎士より文官が良さそうね」
領地経営を意識してのあたしの言葉に、ローゼマインはゆっくりと首を振った。
「王族や上位の領地との社交の際には絶対に上級側仕えが必要ですし、騎士団の要職には上級護衛騎士が必要です。上級貴族だから文官ということはありませんよ」
「そうなの? でも、領主が側仕えや護衛騎士として領地を離れっぱなしでいいの?」
「もしかして、ハルケギニアでは上位の貴族は土地を持っているものなのかしら?」
「ユルゲンシュミットでは違うの?」
「ええ、上級・中級・下級貴族の別と、土地の有無は別です」
このような所もハルケギニアとユルゲンシュミットでは違いがあったようだ。と、そこでもう一つ、流してしまっていた違和感に気が付いた。
「ねえ、ローゼマインはすでに貴族院ってところで文官コースで学んでいるのよね。そういえば聞いてなかったんだけど、ローゼマインは今、いくつなの?」
「わたくしは今は十三歳。四年生です」
あたしは、ある意味でこれまでで一番、驚いた。
集団で食事をとるときの下げ渡しについては、どうしても読み解けず、保留。