ローゼマインの魔法の盾の中で、ルイズは歯がゆい思いを抱えていた。ルイズの魔法は詠唱時間が長い。そのため乱戦の中では使用できる見込みが低いのだ。それゆえローゼマインの盾の中に退避して周囲の味方の戦いを見守ることしかできない。
魔法が飛び交う中、サイトは剣を振り続けている。けれど、サイトがせっかく切り裂いた敵の傷はすぐに塞がってしまう。タバサやフルーランスの魔法も同じだ。これでは、いくら数で勝っていても優勢に立つことはできない。
けれど、敵も強力な魔法を使う余裕はないようで、多く使えるドットの魔法で少しずつ弱らせる方法をとっている。敵の連携は巧みで徐々にローゼマインの盾の中に退避する魔法衛士隊の数が増えている。
そんな中、わずかな攻撃の間隙をぬって繰り出されたキュルケの炎球が、一人のメイジを燃やし尽くした。
「炎がきくわ! 燃やせばいいのよ!」
キュルケの炎が、立て続けに繰り出される。タバサはすぐに攻撃をキュルケの援護に切り替えた。サイトもその支援に回る。自らの使い魔がツェルプストーの支援を行うというのは業腹だが、今はアンリエッタを止めるためだから仕方がない。
しかし、キュルケと魔法衛士隊の炎の魔法で四体ほど倒したとき、敵は魔法の射程から一気に離れた。態勢を立て直すつもりらしい。
「このまま、少しずつ燃やしていけば……、勝てるかもね」
キュルケが呟いた。
しかし、天はルイズたちに味方しなかった。ぽつぽつと頬に当たるものに一番先に気がついたのはタバサだった。降り出した雨は、一気に本降りへと変わる。
「杖を捨てて! あなたたちを殺したくない!」
「姫さまこそ目を覚まして! お願いです!」
アンリエッタの声に対するルイズの叫びは、激しく振り出した雨粒でかき消される。
「見て御覧なさい! 雨よ! 雨! 雨の中で『水』に勝てると思っているの! この雨のおかげで、わたしたちの勝利は動かなくなったわ!」
「そうなんか?」
サイトが不安げに叫んだ。キュルケがやれやれと言わんばかりに頷いた。
「これであの姫さまは水の壁を全員に張れるわね。あたしの炎も役立たず。タバサの風も、土とこちらの水の魔法、サイトの剣では相手を傷つけることすらできないし……このまま見逃すしかないかもね」
キュルケの言っていることは正しい。ここは諦めるしかないのだろうか。
「仕方ないですね。一度、風の盾を消します。皆さま、ご自身の身を守れるように備えてくださいませ」
しかし、皆を巻き込むわけにはいかないと撤退を決めかけたルイズの耳に届いたのは何か手を持っていると思わせるローゼマインの声だった。
「何か手があるの?」
「ええ、闇の神の祝福は魔力を奪う効果がございます。おそらく彼らは魔力で動いているのではないでしょうか?」
そう言われて、ルイズはワルドの偏在がローゼマインの作ったマントによって消えたことを思い出した。ローゼマインは『アンドバリ』の指輪に対しても同じ事ができると考えたようだ。
「それしかないようね。やって。ローゼマイン。自分の身は自分で守るわ」
ルイズの答えを聞いたローゼマインが風の盾を消した。
「闇の神の祝福を授けます。マティアス、ラウレンツ、復唱してくださいませ」
「はっ!」
「高く亭亭たる大空を司る、最高神たる闇の神よ。世界を作りし、万物の父よ。我の祈りを聞き届け、聖なる力を与え給え。魔から力を奪い取る御身の祝福を我が武器に。御身に捧ぐは全ての魔力。輪から外れし魔を払う、御身が御加護を賜らん。この地にある命に一時の安らぎを与え給え」
呪文を唱えるとマティアスとラウレンツの剣が黒に変わる。
「エントヴァフヌング」
ローゼマインの杖も同じく色が変わっていたが、すぐに元に戻していた。一方、剣を黒く変えた二人はすぐに騎獣に乗って敵へと向かっていく。風の盾が消えたのを見て、敵が猛攻を仕掛けてくるが、ローゼマインが再び風の盾を作るまでの間、マティアス、ラウレンツ、ハルトムートに加えて騎獣から降りたクラリッサも盾を手に敵の魔法を防ぐ。
そしてタバサやフルーランス、グリフォン隊とヒポグリフ隊の生き残りも残る力を振り絞り、各々の得意魔法で敵の攻撃を防ぐ。ルイズも急いで傍まで戻ってきたサイトから離れないようにして、ローゼマインの魔法が完成するのを待った。
「害意持つものを近付けぬ風の盾を、我が手に」
再びローゼマインの風の魔法が完成し、安全となったルイズは一息つく。黒いマントを手に盾の外に出たマティアスとラウレンツは魔法攻撃に妨害され、がなかなか敵に近づけないでいる。
二人は剣で敵を切り裂こうとするが、最初の一人の隙をつくのがやっとで、なかなか数を減らせない。ローゼマインたちは、まだ精神力に余裕があるみたいだけど、このまま見ているだけでいいのだろうか。
「思い出した。あいつら、随分懐かしい魔法で動いてやがんなあ……」
息を整えているサイトに背負われたデルフリンガーがとぼけた声をあげたのは、ルイズがそう考えていたときだった。
「あいつらと俺は、根っこは同じ魔法で動いてんのさ。とにかくお前らの四大系統とは根本から違う、『先住』の魔法さ。ブリミルもあれにゃあ苦労したもんだ」
「伝説の剣! 言いたいことがあるんならさっさと言いなさいよ! 役立たずね!」
「役立たずはお前さんだ。せっかくの『虚無』の担い手なのに、見てりゃあバカの一つ覚えみてえに『エクスプロージョン』の連発じゃねえか。確かにそいつは強力だが、知ってのとおり精神力を激しく消耗する。今のお前さんじゃ、この前みてえにでかいのは一年に一度撃てるか撃てねえかだ。今のまんまじゃ花火と変わらん。さっさと祈祷書のページをめくりな。ブリミルは、きちんと対策は練ってるのさ」
言われて、ルイズは必死に祈祷書のページをめくった。そうして文字が書かれたページを見つける。そこに書かれた古代語のルーンを読み上げた。
「……ディスペル・マジック?」
「そいつだ。『解除』さ。ローゼマインの闇の神のマントとやらと理屈は一緒だ」
ルイズがディスペル・マジックの詠唱を始めると同時に、アンリエッタたちにも動きが見えた。まずはアンリエッタが呪文を唱える。その詠唱にウェールズの詠唱が加わる。水の竜巻が、二人の周りをうねり始めた。
『水』、『水』、『水』、そして『風』、『風』、『風』。
水と風の六乗。
トライアングル同士といえど、このように息が合うことは珍しいと書物で読んだことがあった。ほとんどない、と言っても過言でないとも。しかし、選ばれし王家の血がそれを可能にさせたのだ。
けれど、ヘクサゴン・スペルを成立させたものは、単に体に流れる血のみによるものではないだろう。互いの呼吸を図るように二人の詠唱が干渉し合い、巨大に膨れ上がる。
絡み合った二つのトライアングルは、やがて巨大な六芒星の竜巻を描き出した。それを見届けたアンリエッタとウェールズの顔に笑みが浮かぶ。
一方のルイズは微笑ましい気持ちなど全く抱けない。二人の作り出したのは、津波のような巨大な竜巻だ。この竜巻による暴虐は、城でさえ一撃で吹き飛ばしてしまいそうに見えた。いかにローゼマインの風の盾が強固でも、この魔法は受けきれないかもしれない。
でも、ルイズの心に不安はなかった。大丈夫。今回もサイトが、自分の使い魔が、きっと詠唱が完成するまで守ってくれる。その信頼を裏切ることなく、サイトがデルフリンガーを手に颯爽と風の盾の外に立ち塞がる。
「勘違いすんなよガンダールヴ。お前さんの仕事は、敵をやっつけることでも、ひこうきとやらを飛ばすことでもねえ。呪文詠唱中の主人を守る。お前さんの仕事はそれだけだ。主人の詠唱を聞いて勇気がみなぎるのは、赤んぼの笑い声を聞いて母親が顔をほころばすのと理屈はいっしょさ。そういう風にできてんのさ」
ルイズの魔法が完成するより先に、ウェールズとアンリエッタの呪文が完成した。うねる巨大な水の竜巻がサイトに飛んでくる。サイトは一気にステップを踏んで竜巻の前に飛び出ると、デルフリンガーでそれを受け止めた。
デルフリンガーを中心にして、水の竜巻が回転する。巨大な水の城にも見える暴威が懸命に耐えるサイトを吹き飛ばそうとする。
サイトは懸命に踏ん張っているようだが、デルフリンガーも魔法本体ではない余波までは防ぎきれないようだ。サイトの体に徐々に傷が増えていく。
そして、ついに竜巻から発生した吹き上げる風が、サイトの足を地面からすくい上げる。けれど、空に浮きかけたサイトの体を横から掴む腕があった。見ると、いつの間にか隣に立ったマティアスとラウレンツがサイトの腕を掴みながら盾で側面を守っている。
「ローゼマイン様の命だ。感謝しろ」
ぶっきらぼうに言ったラウレンツだか、その言葉にはサイトに対する敬意が見えた。主人を守るという同じ使命を持つ者同士、通じ合うものがあったのかもしれない。
「耐えるぞ、ラウレンツ、サイト!」
「おう!」
マティアスの声に答える声もいつになく勇ましい。
荒れ狂う巨大な竜巻にもまれながら、サイトが必死に耐え続ける。そして、ついに竜巻は徐々に回転力を失い、そのうちに巨大な滝のように、地面に崩れ落ちた。サイトも一緒に地面へと倒れる。
全身鎧を身に纏うマティアスとラウレンツと違って、サイトは傷だらけだ。爪がはがれ、耳がちぎれている。
満身創痍となりながらサイトは今回もルイズを助けてくれた。唇を噛み、崩れ落ちる水の隙間からルイズは完成した『ディスペル・マジック』を叩きこんだ。
闇の神の祝詞がシュツェーリアの盾に影響を与えるというのは捏造設定。
原作では可とも不可とも言っていないと思います。
ただ盾の中だとローゼマインの魔力を奉納してしまいそうだなと思ったので。