ルイズの詠唱が完成すると、アンリエッタの周囲に眩い光が発生する。それが収まったときにはアンリエッタとウェールズは地面に倒れていた。
凄まじいまでの風と水の竜巻が雨雲まで吹き飛ばしてしまったのか、雨が止んだ。辺りは先程までの激しい戦闘が嘘のように、しんと静まり返っている。けれど、戦闘の終わりの余韻を味わうような余裕はなかった。
「どうしてアンリエッタ様まで倒れているのですか!?」
「知らないわよ。わたしが使ったのは『解除』の魔法のはずよ!?」
ルイズの声にフルーランスが慌ててアンリエッタに駆け寄った。
「大丈夫です。気絶しているだけのようです。おそらく精神力の使い過ぎでしょう」
その言葉にほっと息を吐く。非はアンリエッタの方にある上、直接、攻撃を仕掛けたのはルイズとはいえ、女王に就任しているアンリエッタの命を奪った戦いで共闘していたとなれば、どのような災いが降りかかるかわからない。
アンリエッタの無事を確認したフルーランスは、今度は隣に倒れているウェールズの様子の確認を始める。アンリエッタのときとは違い、フルーランスは剣をウェールズの体に突き刺して傷が治らないかを確認している。
「ローゼマイン、サイトのことをお願い」
「承りました。ルイズはアンリエッタ様の元に」
ルイズがアンリエッタの元に駆け出すと同時に、フルーランス他、グリフォン隊の隊員たちが他の兵たちが起き上がってこないか確認を始めた。アンリエッタの元まで駆け寄ったルイズは、その体にすがりつくようにして必死に名を呼び始める。
アンリエッタは自分には信頼できる人がルイズ以外にいないと言ったが、ルイズにこれだけ慕われているのだ。他の貴族には全く慕われていないとは思えない。おそらく本人が気付いていないだけで、アンリエッタを支えてくれる人は他にもいるのではないだろうか。
けれど、アンリエッタはフェルディナンドや養父さまや父さまのように付き合っても良い相手、警戒しなければならない相手を教えてくれる保護者がいないのだろう。結果として、誰を信じていいのかわからず、思い出の中のウェールズに縋ったのだろうか。
「平賀さん、よく頑張ってくださいました。すぐに癒しを与えますので、もう少しだけ我慢してくださいね」
そんなことを考えながら、わたしは平賀の元に行き、フリュートレーネの杖を出す。
「水の女神フリュートレーネの眷属たる癒しの女神ルングシュメールよ。我の祈りを聞き届け聖なる力を与え給え。傷つけれられしルイズの騎士を癒す力を我が手に。御身に捧ぐは聖なる調べ。至上の波紋を投げかけて清らかなる御加護を賜わらん」
緑色の光が平賀の体を包む。はがれていた爪やちぎれていた耳が元に戻っていく。色々と嫌な思いもしたこともあったけど、こうして魔術で誰かを助けることができるのは、貴族になったからこそだ。今更ながらわたしを貴族として教育してくれたフェルディナンドには感謝しなければならない。
「もう大丈夫だ。ルイズのところに行こう」
傷が完治した平賀がそう言ってルイズの元に向かい、わたしはその後を側近たちに囲まれた状態でゆっくりと追う。アンドバリの指輪の恐ろしさを知った側近たちは、いつも以上に厳戒態勢でルイズたちのように駆け寄るということは許してくれないのだ。
「ん……」
わたしがアンリエッタの側に立ったとき、ちょうどアンリエッタが目を開けた。その目が自分を覗き込んでいるルイズの姿を捉えたのか、口が小さく、ルイズ、と動く。
「はい、姫さま、ルイズです。お怪我はありませんか!」
けれど、その言葉を聞いたアンリエッタが確認したのは自らの体ではなく、隣に横たわる今は動かないウェールズだった。じっと見つめて、もうウェールズが起き上がることはないと悟ると、そっと目を伏せた。
「あるべきものは、あるべきところへ戻ったということですね」
アンリエッタも理性では、自分が縋ろうとしたものが偽りであったことに気付いていたのだろう。それでも感情が理解をすることを拒んでしまった。けれど、事が終わった今は、戦いの最中に見せていたような激情は見せず、ただ静かに自らの顔を両手で覆い悲しみに暮れている。
「姫さま、ウェールズ様の元に行かなくてよいのですか?」
「その資格はありません。わたくしは幼き頃よりわたくしを慕ってくれたあなたや、わたくしを救出に来てくれた者たちに杖を向けたのですよ。本当にわたくしは、なんてことをしてしまったのかしら」
「目が覚めましたか?」
そう問うたルイズにアンリエッタはゆっくりと頷いた。
「なんと言って謝ればいいの? わたくしのために傷ついた人々に、なんと言って赦しをこえばいいの? 教えてちょうだい。ルイズ」
「それはアンリエッタ様が考えなければならないことです。その答えだけはルイズに求めてはなりません」
目が覚めたかと聞いたときの声音から、ルイズが簡単に赦すと言うとは思えない。けれど、ここで厳しいことを言うのはわたしの方が適任だろう。一度、民を裏切ったアンリエッタは、これから一層、厳しい立場に置かれるはずだ。そのときに、弱音を吐ける相手は一人くらいは残しておいた方がいい。
今日の一件で、さすがにアンリエッタに期待する気はなくなった。けれど、今日のことでトリステイン国内に纏まりがなくなるのも困る。それでは、来るべきアルビオンの再侵攻の折に敗北が必至となってしまう。
「まずはできることから始められてはいかがですか?」
少しでも信頼回復になればと、言いながら怪我を負っているグリフォン隊の隊員たちを見ると、アンリエッタもわたしの意図に気付いたようだ。
「皆様にはお詫びの言葉もありませんわ。怪我をされたかた、どうかわたくしに治療をさせてください」
そう呼びかけて怪我を負った者たちを集めると、ひとりひとりに声をかけながらルーンを唱えていく。アンリエッタはウェールズと一緒に唱えた水の竜巻の魔法に魔力を注ぎすぎて気絶までしていた。それでも、『水』の力をたくわえているという王家の杖の力も借り、贖罪をするかのように力を振り絞って魔法を使い続ける。
グリフォン隊全員の治療を終えたアンリエッタは今度は亡くなったヒポグリフ隊の隊員たちと、ルイズの魔法でアンドバリの指輪の力から解放された者たちを見渡した。彼らの亡骸も街道に置いたままというわけにはいかないだろう。
皆で協力して敵味方を問わず、遺体を木陰へと運んでいく。その間は誰もが無言だった。ヒポグリフ隊の隊員を運んでいる間も、ルイズやキュルケ、タバサ、フルーランスたちはおろか、当のヒポグリフ隊の生き残りも誰もアンリエッタを責める言葉も、赦す言葉も吐き出すことはなかった。
「こちらとは少し様式が違うと思いますけど、わたくしでよろしければ、彼らを悼むための儀式をいたしましょう」
運び終わったところで声をかけると、アンリエッタは目を瞬かせた。
「ローゼマイン様が、ですか?」
「わたくしは、エーレンフェストにいる頃は、神事を行う立場にいましたから」
「そうですか。わたくしのために亡くなった皆のため、お願いできますか」
「かしこまりました」
わたしがシュタープを出して祈り始めると、側近達も同じようにシュタープを出す。わたしは皆に死者を送る祝詞を教えて、皆で祈りを捧げる。
「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神よ、我等の祈りを聞き届け、はるか高みに向かう者達へ、御身の祝福を与え給え。御身に捧ぐは弔いの歌。最上の御加護を、不帰の客へ」
わたしのシュタープから光と闇が飛び出し、空へ向かって上がっていく。わたしの側近たちのシュタープの他、ルイズやキュルケ、アンリエッタやフルーランスたちの杖からも祝福の光が飛び出し、空へと上がっていった。
白と黒の光が捩じれ合いながら空から降ってきたのは、その直後だった。光はウェールズたちへと降り注いでその体を包んでいく。
少しして光が消える。そこではウェールズが立ち上がってこちらを見つめていた。