ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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夏季休暇
夏の始まりと体調不良


トリステイン魔法学院には、日本の学校と同じように夏季休暇があった。それは二ヵ月半にも及ぶ、長い休暇だ。わたしたちは、その長い夏季休暇を利用してキュルケの実家であるゲルマニアのフォン・ツェルプストー家に向かっていた。目的としては、いざトリステインから離れると決断したときのためのキュルケの実家との関係構築だ。けれど、その前にわたしは一つの難問に直面していた。

 

「ローゼマイン様、ご気分はいかがでしょう?」

 

「大丈夫です。今はそれほど具合は悪くありません」

 

私にとっての難問、それはハルケギニアの夏の暑さだった。エーレンフェストは冬の間は雪に閉ざされ、少し北では初夏まで雪が残る地域も多い。そのせいで春を呼ぶ儀式が重要視されることにもなったのだ。そもそもユルゲンシュミット自体がハルケギニアに比べて気候が寒冷なのだと思う。

 

そのユルゲンシュミットのエーレンフェストでさえ、わたしは夏の暑さで体調を崩していた。今はその頃に比べれば丈夫になったとはいえ、それでもハルケギニアの夏を平穏無事に過ごせるほど、わたしの体は丈夫ではないのだ。そのため当初のゲルマニア訪問は諦めて、ラグドリアン湖の湖畔にあるタバサの実家に避暑に向かうという案も出たほどだ。

 

けれど、フォン・ツェルプストー家には劇団の主宰といった本来の貴族としての活動とは全く無関係な事柄でも面倒をかけようとしているのだ。無論、きちんと利益は確保するつもりではいるが、それでも労を負ってもらう以上、一度、きちんと挨拶をしておくべきだろう。その思いで、わたしはゲルマニアに向かっている。

 

「いいえ、やはり顔色が優れないようです。今日はこの近くで休息をいたしましょう」

 

しかし、わたしの体調を見ることにかけては一番のリーゼレータがそう判断したことで、その旅の予定はあえなく変更されることになった。

 

「この辺りで休めるところはございませんか?」

 

休憩を決定したリーゼレータはキュルケに質問を投げかけていた。ちなみに、わたしの許可を得ていないことを諌める声は側近の誰からもあがらない。

 

「……この周辺のことは、あたしは詳しくないわ。聞くのならルイズが一番ね」

 

「ルイズ様、ですか?」

 

思わぬ名前が出てきて、不思議そうに聞いたのはグレーティアだ。

 

「この辺りはヴァリエールの領地なのよ」

 

「確かルイズの領地はキュルケの領地と国境を挟んで隣同士でしたよね。それなら、このままキュルケの領地まで進んでもよいのではありませんか?」

 

「ローゼマイン、そうは言ってもヴァリエールは公爵家だけあって領地も広大だから、ここからだと半日以上はかかるわよ」

 

ハルケギニアの公爵家はエーレンフェストのギーベ並みの領地を保有しているようだ。ここから半日以上となると、リーゼレータがキュルケの領地まで進むことを許可してくれるとは思えない。

 

「仕方がありません。ルイズ様にオルドナンツを飛ばして宿泊できる場所を紹介してもらいましょう。ローゼマイン様もそれでよろしいですね」

 

「ええ、お願いしてよいかしら、リーゼレータ」

 

リーゼレータは許可を求めている態を取っているけど、反対をすれば他の側近も説得に加わってくるだけだ。こと体調のことに限っては、わたしに決定権はない。

 

オルドナンツはリーゼレータからルイズに送られた。そして、その返答がくるまでは馬車を止め、わたしは布を巡らせて目隠しをした木陰に出した騎獣の中で横になっている。側についてくれているのはグレーティアで、リーゼレータはキュルケやタバサや他の側近たちの休憩のためにお茶を淹れてくれている。ちなみに領地にはフォン・ツェルプストー家の使用人がいるということなので、平民の側仕えには学園の仕事に戻ってもらっている。

 

「なぜツェルプストーの関係者をわたくしたちが手助けしなければならないのです!」

 

そうして騎獣の中でうつらうつらとしていると、誰かの叫ぶ声が聞こえてきた。

 

「何かあったのですか?」

 

「ヴァリエール家の方とキュルケ様が言い争いをしているだけです」

 

グレーティアの報告を聞いて、わたしは頭を抱えた。宿泊場所の紹介だけでよかったのだけど、ルイズは実家に連絡を入れたようだ。ヴァリエール家とツェルプストー家は以前から仲が悪かったと聞いている。それはわたしを助けることに抵抗感もあるだろう。

 

「わたくしが行きましょう。あの両家に任せるよりはよいでしょう」

 

「まだお顔の色があまり良くないようです。無理をなさらないでください」

 

リーゼレータの言う通り、まだ体調は良くない。けれど、短時間ならば取り繕うことくらいはできるはずだ。

 

さてヴァリエール家から来たのはどのような人だろう。思いながらわたしは騎獣を片付けて張り巡らされた布の中から出た。

 

そこにいたのは見事なブロンドの女性だった。年齢は二十代後半くらいだろうか。どことなく、顔立ちがルイズに似ているけど、気はさらに強そうだ。

 

「ご足労させてしまい、申し訳ございません。わたくしがルイズに宿泊場所の紹介をお願いしたローゼマイン・トータ・リンクベルク・アドティ・エーレンフェストです」

 

「ヴァリエール家の長女、エレオノールよ。それで、貴女はゲルマニアの貴族なの?」

 

「いいえ、わたくしは召喚の事故により、こちらのフォン・ツェルプストー家のキュルケ様に呼び出されたユルゲンシュミットという遠い国の貴族ですわ」

 

そう言うと、エレオノールは胡散臭そうな目でわたしを見てきた。まあ、そもそも人が召喚されること自体が例がないと言われたのに、更に急に知らない遠い国から来ました、なんて言われたら、そういう反応になるよね。

 

「エレオノール様は白い鳥の形をしたマジックアイテムから伝言をお聞きになられたのではないですか?」

 

「そうよ」

 

「そちらがわたくしたちの国、ユルゲンシュミットで用いられているオルドナンツというマジックアイテムですわ」

 

ハルケギニアに存在しないマジックアイテムを見せれば、信じてもらえる可能性も高まるだろう。わたしがオルドナンツを取り出して見せながら言うと、エレオノールの目が少し鋭くなった。

 

「最近、魔法学院で便利なマジックアイテムが開発されたと聞いているわ。それは魔術学院で開発されたマジックアイテムなのでしょう?」

 

「その通りです。わたくしたちの国で使われているマジックアイテムを元にして、魔法学院で作ったものです。ですので、従来のハルケギニアのマジックアイテムとは随分と異なった特徴を持っているでしょう?」

 

ハルケギニアのマジックアイテムは、概ねそのままの形で効力を発揮する。それに対して、オルドナンツは魔力を注ぐと石が鳥になり、役割を終えるとまた石に戻る。ハルケギニアで開発されたマジックアイテムならば、最初から鳥の形をしているだろう。

 

「確かにあの鳥のマジックアイテムは従来のハルケギニアのマジックアイテムとは異なる点が多いわ。異国の知識を元に作られたと言われると、納得できる部分は多いわね。けれど、それでも貴女が異国の出身という証明にはならないわよ」

 

「ええ、その通りです。ですけど、エレオノール様がわたくしの元に来てくださったのは、わたくしが異国の出身であるかを確認するためでしたでしょうか?」

 

わたしがどこの国の出身かは本質ではないよね、と言うとエレオノールが黙った。元よりきつめの顔立ちをしていることもあって威圧感がある。けれど、わたしはラオブルートを始めとした、もっといかつい顔の面々とやり合ってきたのだ。この程度では怯まない。その状態が少し続き、先に折れたのはエレオノールの方だった。

 

「貴女が異国の出身かどうかはともかく、わたくしに睨まれて全く表情を変えないなんて、ただの子供ではないわね」

 

「お褒めの言葉、ありがとう存じます」

 

「そうやってしっかりと皮肉を言ってくるところとか、本当に可愛くないわね。でも、見たところ顔色もよくないみたいだから、体調不良というのは本当なのでしょう。いいわ、宿泊場所を紹介するから、ついてきなさい」

 

そう言ってエレオノールは自分が乗ってきた馬車に戻っていく。エレオノールに見抜かれた通り、そろそろわたしの体は限界だ。わたしはすぐに馬車に戻り、リーゼレータの肩に頭を預けた。

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