ハルケギニアの商人聖女   作:孤藤海

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エレオノールの見た異国人

ヴァリエール家の長女、エレオノールがフォン・ツェルプストー家の娘であるキュルケや、ローゼマインという異国出身と語る貴族たちを連れてきたのは、街道から少し外れたところにあるヴァリエール家の別邸だ。今はそこのホールでキュルケとローゼマインの側近たちから話を聞いているところだ。

 

「ローゼマイン様のために宿泊場所を提供していただきましたこと、主に代わりお礼を申し上げます」

 

そう言ってきたのはローゼマインの筆頭側仕えと名乗ったリーゼレータという少女だ。貴婦人というものは、どんなときでも身の回りの世話をさせる侍女を最低一人は連れて歩くものだとエレオノールは考えている。侍女を二人連れているローゼマインは異国の出身とはいえ、ひとまず貴婦人としての資格を持っていることになる。貴婦人相手にみすぼらしい宿など紹介してはラ・ヴァリエール家が侮られてしまう。

 

なによりローゼマインたちは、これからツェルプストー家に向かうという。否応なく両者は比較されてしまうのだ。ツェルプストーの客をヴァリエールがもてなすというのは癪ではあるが、ヴァリエールはツェルプストーよりも下だったなどと思われることは、もっと我慢がならない。

 

「いいのよ、他ならぬルイズの紹介だもの」

 

そう答えつつ、リーゼレータの様子を改めて観察する。最初はただの従者かと思っていたけれど、それにしては行動が洗練されすぎている。それで疑問に思ってツェルプストーの娘に聞いたところ、彼女も貴族であるらしい。貴族が侍女をしているということには驚いたが、ローゼマインの国ではそれが普通らしい。

 

ローゼマインの側近は主の生活の世話をする側仕え、主の身を守る護衛騎士、主の執務の補佐をする文官に分けられるらしい。そして、そのいずれもが貴族なのだそうだ。あまりの贅沢さに眩暈がしたが、更に驚くことに今の布陣は全側近の半分程度なのだそうだ。

 

側仕えが侍女で文官が執事と置き換えれば、まだ納得できる。けれど、護衛騎士は異質で、普通の貴族にはそのような存在はいない。大公家まで範囲に入れればクルデンホルフ家ならば同じことをしでかしそうだが、あれは実利よりも見栄を優先した結果だ。

 

平時の護衛としては、公爵家であるヴァリエール家よりも、よほど贅沢な状態に驚いたが、ツェルプストーの娘によると、ローゼマインは異国の王族という話だった。それなら、体調が悪い中でもエレオノール相手に全く怯む様子がなかったことにも少しは納得がいく。

 

「ところで、ルイズとは魔法学院で交流があったということかしら?」

 

エレオノールが聞くと、それまで話していたリーゼレータに代わってハルトムートという文官が前に出てきた。

 

「その通りです。ルイズ様とはトリスタニアの職人を紹介していただいた縁により交流を深めて参りました」

 

「そういえば当家の次女であるカトレアの元にルイズから楽師を紹介してほしいという手紙が届いたようなのだけど、あれも貴方たちが関わっているということ?」

 

「はい、ローゼマイン様はトリステインが諸国の情報を十分に得られていないことを憂い、お手伝いをするために劇団に情報収集をさせるつもりです」

 

「異国の貴族である貴方たちに他国の情報が必要とは思えないけれど?」

 

「いいえ、異国の貴族であるからこそ判断を誤らぬよう、正確な情報が必要なのです」

 

それは寄らば大樹の陰、ということだろうか。そうなると別の問題が発生する。

 

「それで、フォン・ツェルプストー家は異国の王族を招いてどのようなことを企んでいるのかしら?」

 

エレオノールはツェルプストーの娘に、眼光を鋭くして問いかける。

 

「あら、企むなんて穏やかでない言い方ね。あたしはただ、長い夏休みを有意義に過ごしてもらうためにおもてなしをしようとしているだけよ」

 

「実際は異国の知識を独占してしまおうとしているのではないの?」

 

ツェルプストーには実際にローゼマインの国のマジックアイテムを再現するために必要な財力がある。今回は魔法学院と共同で開発したようだが、次も同じとは限らない。

 

エレオノールはトリスタニアの王立魔法研究所、アカデミーに勤めている。ローゼマインが持っている知識がゲルマニアに渡るのは避けなければならない。

 

「心配しなくてもローゼマインは慎重よ。特定の誰かに独占させるよりも広く利を配るような方法を取ると言っていたわ」

 

そう言われたところで、はいそうですかと、信じられるはずがない。

 

「貴方は今回の開発に関わっているということでいいのよね」

 

「ええ、その通りです」

 

エレオノールの問いを、ハルトムートはあっさりと肯定した。

 

「トリステインのアカデミーに協力する気はない? 厚遇を約束するわよ」

 

「私は、ローゼマイン様がはるか高みに向かうことがあったとしても、お供させていただくことになっています。お側を離れるなど考えられません」

 

意味が分からない言葉はあったが、断られていることだけは確かなようだ。

 

「仕方がないわ。引き抜きは諦めましょう。けれど、貴方たちは今後もトリステインに協力するつもりはあるということでいいのよね」

 

「それはローゼマイン様がお決めになることですので」

 

「あら、貴方たちの意見は聞き入れられないの?」

 

「ローゼマイン様のためになると思えば進言はいたしますが、決定はローゼマイン様がなさいます」

 

堂々とした態度を取っているとは思ったが、重要な決定までローゼマインが行っていることには驚かされた。この側近たちは子供が自分たちの行く末を決めることについて、何とも思わないのだろうか。

 

「ローゼマインを所詮は子供と思わない方がいいわよ」

 

そこで口を挟んできたのはツェルプストーの娘だった。

 

「あの子はあたしより、ひょっとしたら貴女よりも優れた判断力を持っているかもしれないからね」

 

「わたくしをたばかるつもり……というわけではないようね」

 

「ええ、確認がしたいのなら、改めて本人と話してみるといいわ」

 

ツェルプストーの娘はそう言うと、視線でエレオノールの背後を示す。振り返ってみると、屋敷に到着してすぐに休息に入ったローゼマインが起きだしてきていた。

 

「もう具合はよくなったの?」

 

「ええ、お陰様でだいぶ楽になりました。ありがとう存じます」

 

「具合が良くなったのなら、一つ質問してもよいかしら?」

 

「ええ、わたくしでお答えができることなら」

 

「貴女なら答えられるはずのことよ。オルドナンツというマジックアイテムについて使い方を教えてくれないかしら」

 

エレオノールが言うと、ローゼマインは意外そうな顔をした。最初から詰問をして相手を警戒させるほど、エレオノールは短絡的ではない。まずは普通の質問からだ。

 

「マジックアイテムが開発されたという話は聞いているけれど、実際に見るのは初めてなのよ。だから、使い方はわからないの」

 

「リーゼレータ、エレオノール様にオルドナンツの使い方を教えて差し上げて」

 

リーゼレータから教えてもらった内容の通り試してみると、色のついた石にしか見えなかったオルドナンツが白い鳥に変わった。その使い方を見ていると、確かにハルケギニアの既存のマジックアイテムとは大きく違う。

 

「これは、なかなか便利そうね」

 

「エレオノール様にはお世話になりましたから、魔法学院で販売した金額と同額でよろしければ、一つお譲りすることもできますけど?」

 

「いただくわ」

 

金額を聞かずに即決したことに、ローゼマインは少し驚いた様子を見せた。だが、ルイズでも買えるような金額をエレオノールが払えないということはありえない。そして予想通りリーゼレータが伝えてきた金額は、思ったよりも少し高いという程度だった。

 

「さすがに手持ちでは足りないわね。支払いはどのようにすればいいかしら?」

 

「でしたら、代金はフォン・ツェルプストー家にお届けくださいませ」

 

あっさり後払いを認めたと思ったら、支払いを担保するための強力な手を用意していたからだった。マジックアイテムの代金を踏み倒したということがフォン・ツェルプストー家に知られるなど、ヴァリエール家としては許容できない。絶妙な手だ。これは確かに油断がならない相手のようだ。

 

「わかったわ。すぐに手配するわ」

 

屋敷に帰ったら至急、手配させなければ。そう心に誓いながら、エレオノールは微笑みを浮かべた。


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