フォン・ツェルプストーの城は、濃い黒い色をした森の奥深くに建てられていた。その第一印象は、雑多。何と言っても無秩序に増築を重ねたとしか思えないのだ。
見た目としては、あまり美しくない。けれど、それはフォン・ツェルプストー家の柔軟性の現れでもあるのだろう。とにかく何でも取り入れてみて、その上で判断する。そのようにしてフォン・ツェルプストー家は大きくなっていったのだ。
そんな、ある意味では特徴的な城に入ったわたしたちを出迎えてくれたのは、キュルケによく似た燃えるような赤髪の四十前後に見える男性と、同じ赤い髪でもここまで印象が変わるものかと驚くほど穏やかな笑顔を浮かべる女性だった。
「あたしの両親よ」
顔つきを見て、そうだろうと思った通りだったようだ。
「まずは到着が予定より一日遅れてご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます。わたくしは、ローゼマイン・トータ・リンクベルク・アドティ・エーレンフェストと申します。火の神ライデンシャフトの威光輝く良き日、神々のお導きによる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「あたしが許すわ。二人に祝福を送ってあげて」
「火の神ライデンシャフトよ、キュルケのお父様とお母さまに祝福を」
二人に祝福の光を送っても、キュルケから少しは話を聞いていたのか、二人は思ったよりも驚いた表情を見せなかった。
「話には聞いていたが、キュルケは本当に異国の王族を召喚したのだな」
「あら、あたしの話を信じてくれていなかったの? 実際にオルドナンツの売買を通じて、これまで交流のなかった貴族とも面識を得ることもできたのに?」
「オルドナンツの開発にお前が関わっていたということは確信を持てていたが、それと異国の姫の召喚という話を信じるかどうかは話が別だろう」
エレオノールのときもそうだけど、通常はハルケギニア内の幻獣を呼び出すための魔法で異国の人間を呼び出しましたと言われても、簡単には信じれないよね。
「さて、ローゼマイン嬢宛てに、トリステインのラ・ヴァリエール家よりオルドナンツの代金が届いていますよ」
「もう届けられたのですか?」
別に急ぎで受け取る必要がないことから、フォン・ツェルプストー家に届けてくれればよいと言ったのだけど、思った以上にエレオノールは借りを作るのを嫌う性格だったのだろうか。ともかく、届けられた金額はリーゼレータに受け取ってもらう。
「昨日、体調を崩されたばかりで長話もないでしょう。ローゼマイン嬢との話は食事の際とするので、まずは部屋へ案内してあげなさい。部屋は三階の客間を用意した」
自宅であるので、キュルケはそれだけで場所を理解したようだ。そのキュルケに案内され、わたしたちは用意された部屋に向かう。
「お父様と和やかなお話ができてよかったですね」
ゲルマニアの首都ヴィンドボナにある魔法学校をやめたキュルケは、両親によって老侯爵と結婚させられそうになり、トリステイン魔法学院に留学したと聞いていた。その一件で両親との関係が悪化しているのではないかと心配したが、杞憂だったようだ。
「一時は悪化してたわよ。けど、フーケを捕らえたことで叙勲を受けたのと、オルドナンツの開発で家に利益をもたらせたことで改善したのよ」
放蕩娘が定職に就いていたことがわかったような気分だろうか。何にせよ、キュルケの家族関係が改善したのなら良いことだ。
「ここよ。ローゼマインの側近にとっては同じ部屋に誰かいた方が安心できると思ったから広めの部屋にベッドを二つ入れてあるわ。天幕も付けているから学院と同じように生活ができるはずよ」
「わたくしたちのために、わざわざありがとう存じます」
「いいのよ、それじゃ。夕食までゆっくりね」
そう言ってキュルケは部屋を出て行く。それを見届けると、側近たちが部屋の中の安全の確認を始めた。側近たちもキュルケの家族がわたしを害するとは、本気では考えていないと思うけど、それでも念には念を入れて行うのがユルゲンシュミットでの常識なので、こればかりは仕方ない。終わるまでわたしは待機だ。
「お待たせしました、ローゼマイン様。少し体をお安めください」
「ええ、皆も交代で休憩を取ってくださいませ。この場は側仕えが一人と扉の前に護衛騎士が一人いれば十分です」
側近たちの部屋はツェルプストー家の使用人たちが整えてくれているはずだ。特に側仕えであるリーゼレータとグレーティアは旅の間、わたしと側近全員に加えてキュルケの世話のために大忙しだったのだ。それに、これからも夏の間、わたしの体調が優れないことが多いことが予想される。わたしが体調を崩している間は、必然的にやることが多くなるので、休めるときはなるべくゆっくり休んでほしい。
わたしはツェルプストー家が用意してくれた寝台に入って、横たわりながら本を読んで過ごす。そうして日がほとんど落ちてきた頃にキュルケが部屋に呼びに来た。
「どう、ゆっくり疲れは取れた?」
「ええ、おかげでゆっくり休めました」
「なら、良かったわ」
キュルケと話しながら食堂に入る。食堂内は長めのテーブルが一つ。片側にはキュルケの両親がすでに着席しており、その隣に椅子が一つ。こちらはキュルケの席だろう。その反対側には椅子が五つ。そのうち中央を除いた四席の椅子の後ろにフォン・ツェルプストー家の使用人が立っている。
「こちらの席の采配はキュルケでしょう? お心遣い、ありがとう存じます」
わたしの側近たちは七人だけど、わたしが食事中は側仕え一人と護衛騎士が一人は必ずわたしの背後に付いている。なので、同時に食事をするのは五人だけだ。
わたしの給仕はリーゼレータかグレーティアがするものと決まっているので、初めから給仕役は用意をしていない。逆に給仕なしで食事をすることには慣れていない側近たちのために、フォン・ツェルプストー家の使用人を用意してくれたのだ。
キュルケたちとわたしたち、それぞれの国の食前の言葉の後、夕食会が始まった。そうしていくらか食事を進めてお茶が淹れられると、キュルケの父が本題を切り出した。
「ローゼマイン嬢の発案で稽古をさせている劇団ですが、手始めにゲルマニアの国内から公演を開始しようと思うのですが、どう思われますか?」
「良いと思います。最初から見知らぬ場所での公演となると緊張もするでしょうから、まずは経験を積ませることを重視するのが確実だと存じます」
とりあえずそう言ってみたけど、わたしに役者の練習の仕方がわかるわけがない。何となく失敗しても大丈夫な場所で経験を積んだ方がいいかな、と思ったくらいだけど、キュルケの父も同じ思いだったのか、大きく頷いていた。
「では、手始めに我らの領地内から公演を開始してみましょう」
「わたくしたちが滞在している間に初演ができるようなら、見せてくださいませ。観客の反応によって台本を変更する必要もあるかもしれませんから」
「無論、初演の際にはローゼマイン嬢のために特等席を取っておくつもりです」
「お心遣い、ありがとう存じます」
恋物語自体はユルゲンシュミットで何冊も出版してきたわたしだけど、演劇の形で見るのは初めてだ。初演が今から楽しみだ。
「ところで、ローゼマイン嬢の国で使われているマジックアイテムはオルドナンツというものだけではないのでしょう? 他のものはないのですか?」
「当然、他のものもございます。けれど、多くはハルケギニアのマジックアイテムで代用ができるものなのです。それ以外の物もあるにはあるのですが、消耗品ですので作成者が限られる状況では得策ではないのです」
「では製法自体をお伝えしていただくことはできませんか?」
「ユルゲンシュミット式のマジックアイテムの作成はシュタープという特別な杖を体の内に取り入れている者か、それと同じ効果を持つマジックアイテムを持つ者でなければできないのです。わたくしたちは、そのマジックアイテムを一つしか保有していませんが、それは友人に譲ってしまったために、ここにはないのです」
これは嘘だ。わたしは調合用の魔術具を、まだタバサには譲っていない。けれど、わたしたちにとってハルケギニアに存在しない回復薬を始めとした魔術具は、万が一のときのために秘匿しなければならないものだ。安易に公開はできない。
「ですので、当面の間はオルドナンツの数を増やすことに注力するつもりです。その販売の際には再びフォン・ツェルプストー家のお力を借りることになると存じますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたす」
「時の女神ドレッファングーアの本日の糸紡ぎはとても円滑に行われたようですね。それでは、そろそろ下がらせていただきますね」
これ以上、ぼろを出す前に今日は部屋に下がって、今後、どこまでの情報を渡すのかの作戦会議をしておくべきだ。そう判断したわたしは食後のお茶の時間を短めにして早々に部屋へと戻った。