ローゼマインが滞在し始めてから一週間が過ぎた。あたしの両親とローゼマインもだいぶ互いの存在に慣れてきて、今ではローゼマインの側仕えと護衛騎士が交代して食事の時間を確保するための、食後のお茶の時間に他愛ない雑談も増えてきた。
そうして改めて気付いたこと。それは、あたしが言えることではないけど、ローゼマインがあまり人付き合いが得意ではないということだ。
商売のことでは素早く利益計算などをして饒舌に語る。また、好きだという本に関することでも同様だ。けれど、それ以外のことになると、どちらかというと聞き役に回っていることが多い。
考えてみれば、学院でも普段から話をしているのは、あたし、タバサ、ルイズにサイトの四人くらいだ。アルビオンやお宝探しで何日も行動をともにしたギーシュであっても、何か用事があれば、といった感じだ。
ローゼマインに近づく者には護衛騎士が目を光らせているという事情があるので、普通の学生同士のように交流を行い辛いという事情も、あるにはある。けれど、ローゼマインの方から話しかけることは、護衛騎士たちも止めたりはしない。
ローゼマインが話しかけると相手も身構えるため、単なる交流のために話しかけにくいのは確かだろう。でも、それよりもローゼマイン自身が他の学生に対して関心が薄いのが、交流の広がらない最大の原因に思えてならない。ローゼマインは他の学生に話しかけないのではない。他の学生を話しかける対象として意識していない様子が見えるのだ。
ハルトムートはローゼマインを慈悲深いエーレンフェストの聖女だと言っていた。けれども、ローゼマインが関心を払うのは、おそらくローゼマインが庇護しなければならない相手だけなのではないだろうか。
それが顕著だったのが、アルビオンが侵攻してきたときだ。あたしはゲルマニアの貴族であるため、多くは知らないけど、後から聞いた限りでは積極的に非戦闘員を守ろうと行動したようには思えなかった。彼女の領地の民は彼女が守るべき相手であるため、力を尽すのだろうが、トリステインやアルビオンの民は彼女が守るべき相手ではないのだろう。
そして、関心が薄い相手に対しては助けられるなら助ける、というスタンスを崩さない。目をかけていたシエスタも命の危険を冒してまで救出する範囲には入っていなかった。
学院内にいるトリステインの貴族たちにしても同じだ。おそらく庇護すべき対象でないため、関心を払うことがなく、関心を払っていないために興味が薄いのだろう。
「けれど、あたしにタバサにルイズにサイトにローゼマイン、よくもこれだけ学院の輪から外れてるのばかり集まったものよね」
あたしは入学早々、男性関係で多くの女子生徒を敵に回して孤立気味。タバサは極端に無口であるため、ほとんど会話をしないため孤立気味。ルイズは魔法がまったく使えないくせに公爵家の令嬢として妙にプライドばかり高くて孤立気味。サイトは平民であるため、貴族のための魔法学院では、そもそも孤立気味。そしてローゼマインは異国の王族であること、そもそもローゼマイン自身に他者への関心が薄いために孤立気味。
我ながら、最近の交流相手には頭を抱えてしまうが、その中でもやはりローゼマインは異色だ。あたしにしてもタバサにしても、そもそもトリステインの貴族との付き合いを望んでいないという面もあった。ルイズの人付き合いの苦手も全方面だ。
それに比べて、ローゼマインは一見してしっかりと人付き合いができているように見えてしまう所が異なる。学院長のオスマンや女王アンリエッタやらと交流をしているくせに、いざ後で振り返ってみると、身近な相手との交流が疎かになっているのだ。
魔法の実力は目を見張るほどだし、商売に関する知識や交渉力は大人顔負け。それなのに正式には同じ学院生ではないとはいえ、同じ教室で学んでいる同級生との交流という当たり前のことが上手くできていない。全方面に喧嘩を売っていたあたしが言えることではないけど、ローゼマインはどこか歪だ。
と、ローゼマインの人付き合いへの評価はともかく、今日はあたしたちツェルプストー家にとって重要な、主宰する劇団の初演の日だ。そのため演劇の台本を用意したローゼマインと一緒に観劇することになっている。
あたしが部屋を訪ねると、ローゼマインはすでに外出の用意を終えていた。ローゼマインも今日の初演を楽しみにしていたのだろう。
あたしはツェルプストー家主催の劇団キュントの初演の場となる広場へとローゼマインたちを案内した。広場には天幕が張り巡らされた一角があり、これが楽屋で、何もない中央の広場が演劇の場だ。観客席も木箱を置いただけというお手軽すぎる劇場だけど、募集した素人も混じった劇団員たちの修行の場と考えれば上等だろう。
ちなみに劇団の名前は、ローゼマインたちの国の芸術の女神というキュントズィールから取った。さすがにキュントズィールではハルケギニアの人間には呼びにくいし、長すぎるのでキュントとした。由来は全く異なるが、結果としては恋物語を主に演じる劇団の名前として良いものになったのではないだろうか。
三十人ほどの観客たちがいる中、あたしたちはフォン・ツェルプストー家用として用意させていた最前列の特等席に腰掛ける。それと同時に、楽屋代わりの天幕の中から騎士の出で立ちの若者が出てきた。
騎士は自分の名を名乗った後、心優しい姫に心惹かれて騎士団長を目指していることを高らかに宣言した。騎士は始祖ブリミルに加護を願い、必死に努力をして騎士団内で頭角を現し、ついに騎士団長に就任する。しかし、それからが本当の試練で、姫と騎士との恋愛には様々な障害が……という話だ。結果的には障害を乗り越えて二人は結ばれるのだが、その間に登場人物たちが感情を詩的に歌いあげていくのが特徴的だ。
ちなみに、歌い上げられる詩を作ったのは主にタバサだ。ローゼマインたちが当初、作り上げた詩は妙に神への感謝が多く、しかも回りくどくてまどろっこしいもので、観客の心に届かないことが懸念された。それで、ハルケギニアの物語も多く読んでいるタバサが、よりこちらに合った表現に直したのだ。タバサがよく本を読んでいるのは知っていたけど、文才もあったのは意外だった。
演者には、まだまだぎこちなさが見えるが、それでも観客は始めて聞く音楽と高らかに歌い上げられる詩に引き込まれている様子だ。改善点も多いが、初演としては及第点ではないだろうか。
「ローゼマインはどう思った?」
「そうですね。歌詞については、タバサに随分と嚙み砕いてもらいましたが、それでもまだ難しい箇所があったようでした。貴族の前で公演するときと、平民向けに公演するときでは歌詞を変える必要があるかもしれませんね」
言われてみれば、劇中に意味を確認するささやき声が聞こえた気がする。なるほど、確かに文学作品にも触れる機会の多い貴族と、そもそも識字率も高くない平民では歌詞の理解に差が出るのは当然だ。
「それなら富豪層が多いのか、普通の平民が多いのかといった客層によっても分けるべきかしら?」
「それは難しいところでしょうね。貴族向けなら演出面も含めて特別な上演としたと言い訳ができそうですが、平民の間で分けてしまうと、話に聞いていたのと違う、といった印象を持つ方がでてくるのは避けられません。ですが、富豪の屋敷に招待されての公演などでは、考えてもよいかもしれませんね」
なるほど、普通の平民の中にも知識を持つ者はいる。平民間での区別は、馬鹿にされたと感じる者も出るかもしれない。
「じゃあ、従来通りの台本に加えて平民向けに少し平易にした台本を作ってみて、それで数公演してみて反応を確認してみるってことでいい?」
「ええ、最初から何から何まで上手くはいきません。試行錯誤して少しずつ良いものに仕上げていきましょう」
タバサがいないので、ローゼマインが直した台本を確認するのはあたしの役割だ。いざ自分で試してみると、ほんの数文字の修正におそろしく時間がかかる。
「ああもう、元のままでいいかも」
「そう投げやりにならず。ひとまずお茶を飲んで心を落ち着けてはいかがですか?」
「もらうわ」
そうして、なぜか机に向かう日が多いという、あたしは例年と異なるゲルマニアでの夏の日を過ごした。ちなみに、そんなあたしを見て、両親がようやく落ち着いてくれたと喜んでいたが、あたしはそんなに不良娘だった覚えはない。けれど、古くからの使用人たちにそのように伝えた際の反応は、微苦笑という明らかに両親側のもので、あたしは少しだけ、今までの自分を反省した。